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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
劇場特別版
228/319

【幼馴染と隠しナイフ〈破・III〉】

 佐藤姉妹二人の無事を確認し、僕はほっと胸を撫で下ろす。何とか間に合った。


 警戒しながら山小屋に近づくと見張りと思わしき少年が居たので背後から襲って、小屋の玄関から見える木に括り付けておいた。もし、無関係な少年だったら意味は無かったけど、どうやら監禁した犯人の男とは知り合いだったらしい。そのまま外で迎撃しても良かったけど、安否確認を最優先にさせた結果、小屋の中に潜入する事にした。幸いな事に深緋の手に刺さったナイフの怪我は命に別状は無かったので手持ちの治療キットで何とか応急処置を施すまでは出来た。けど、そこで時間切れだった。戻ってきた男に正面扉は再度施錠されてしまう。男の人にしては半音高い声で姉妹に話しかける。まさか一人の少年があの短時間で潜り込んでいるとは思っていないようだ。


「親にバレた訳じゃ無かったみたいだったよ。だから、再開しようか。君達の生贄の儀式を」


 男が柱の後ろを覗き込み、姉妹を見下ろしている。二人はもう一つの柱の影に隠れている僕の事を勘付かせない為に視線はこちらには送らない様に気を付けてくれている。


「事情が変わったんだ。さぁ、仕切り直しといこう……か?あ、あれ?」


 男がその違和感に気付いたと感じた同時に僕はその頭、後頭部目掛けて森の中に落ちていた棒切れを振り抜き、続けざまに脛に対して深緋に突き刺さっていたナイフを走らせる。

 男の足から血が滴り、訳が分からないといった表情で仰向けに床に倒れる。そこへすかさず、棒切れをその額に打ち込むと男が昏倒する。これで少しは時間が稼げそうだ。僕は二人を落ち着かせる為に微笑みながら声をかける。

「ども、一宿一飯の恩義を返しに来た件の居候です」

「「緑青っ!」」

 二人が泣きながら僕に抱きついてくる。いつもは僕に当たりの強い姉の深緋まで。よほど怖かったらしい。僕も怖いけど。手を貫かれている深緋の状態を再度確認する為にその手をとって確認する包帯に血が滲んでいるけど出血は何とか収まってきた。

「深緋、大丈夫?」

 痛みで手を震わせながら深緋がフンと鼻を鳴らす。

「大丈夫よ、こ、これぐらい」

 床で意識を失っている男を見下ろしながら深緋に問う。

「こいつの手にも穴開けとこうか?」

 ナイフの持ち方を逆手に変えて提案すると、二人の姉妹が後ずさる。

「いいよ、緑青君。お姉ちゃんが好きでやったんだし」

「えっ、好きで?」

「違うわよ!浅緋が自分の事を刺そうとするから代わりに私が」

 この姉妹、刺されたがっている姉妹なのかも知れない。

「邪魔したかな?」

「「何勘違いしてるのよ!!」」

 さすが姉妹。息ぴったりである。

「さてと、そうこうしてられない。その手首の鎖を何とかしないとね」

 姉妹が互いに見やって困った顔をしている。どうしたんだろ?

「実は鍵が無くて」

 妹の浅緋が申し訳なさそうに答える。僕は床で倒れている男に馬乗りになってそのポケットを探るけど、どこにも見当たらない。

「確かに、持って無さそう。どこかに置いているとかかな?」

 姉妹がそれに頭を横に振って否定する。

「「救世主様が持ってるらしいの」」

 救世主?あの黒いフードの少年?いや、確か、彼は「監視者様と呼ばれていた」

「聞いた方が早いな」

「誰に?」

 深緋がいぶかしむ様に僕に怪訝な顔をする。

「監視者様にさ。ちょっと待っててね。あっ、深緋……は怪我で無理そうだから、浅緋にこれ渡しとくね?」

「へっ?」

 手に握っていたナイフを妹の方に渡す。戸惑いながらそれを受け取った浅緋が僕の助言を待つようにこちらを見つめてくる。

「床で伸びてる男が起きたら止めを刺して」

「そんな!出来ないよ!人殺しなんて!」

「なら黙って殺される?」

「それも……嫌」

「こういう場面で答えはいつだって簡単だよ。殺すか、殺されるか」

「それでも私は……」

「じゃあ、僕が此処で殺していくね?」

 僕は再び男に跨って腰のホルダーから中型のナイフを引き抜くと男に馬乗りになる。そして一気にそれを心臓目掛けて突き立てようとする。その間際、何かが僕の後頭部で弾け、視界が揺らぐ。きっと僕が室内に投げ捨てた棒切れを拾った監視役の少年がこの大人を助ける為に振り抜いたのだろう。殴られた瞬間に反射的に手にしていたナイフを持ち替えながらそれを横薙ぎに振りぬくと、少年の小さな悲鳴が聞こえてくる。腕に掠ったのか、赤い線が少年の剥き出しの腕に走り血を滴らせる。

「こ、この!死ね!」

 懲りずに棒切れを振り回してくる少年の打撃を揺らぐ視界で感覚でそれを避けていく。男との距離は取りたくなかったが、執拗に突き出されたそれが僕を男から引き剥がす。

「棒切れとナイフ、どっちが殺傷力が高いと思う?君?」

「そんな小さなナイフ、当たらないなら問題無い」

 スッと手にしていたナイフをその少年目掛けて投擲するとそれが綺麗に相手の腿に突き刺さる。少年の高い声が小屋内に響き渡る。

「当てたけど?」

 白いフードの下に見え隠れする頬に涙が伝っているのが見えた。こいつが救世主っぽいな。鍵を持ってるのはこいつか。そう推測しながら相手の攻撃の一手先をその挙動で読み、全て回避していく。

「これで、お前のナイフは無くなった!こっちの方が有利だろ?!」

 僕はそっと腰のホルダーに連ねた二本のナイフを両手に持つ。

「くそっ!」

 少年が悪態をつきながら棒切れをこっちに放り投げると、僕の投げた腿に刺さったナイフを冷や汗を垂らしながら引き抜くとそれを構える。

「殺してやる、石竹緑青!!」

「それはごめんだよ」

 白いフードの少年が腿から血を流しながらこちらにナイフを振り下ろす。

 それをなるべく距離をとって捌きつつ、小屋内の地理を生かしながら有利な位置取りをする。

「くそっ、なんで当たらないんだよ」

 覚束ない足元を足払いをして相手を転倒させる。必死に握ったナイフが仇となって顔面から床に突っ伏す。自分の体にナイフが刺さるよりマシだけど。このナイフの切れ味は僕の幼馴染特注品なので小さくても頑丈でよく切れる。僕はその隙を、機会を逃してやるほど甘くない。これが遊びならいいけど、こいつはお世話になっている佐藤姉妹を間接的に殺しかけた。異常事態への対応の為、僕の中の蓋をしていた感情が逆流してくる。

「これで、終わりにしようか」

 鼻血を流しながら上げた少年の顔を目視する前にナイフを握ったその手を、床板ごと踏み潰す。唯のスニーカーで踏まれても我慢できる痛さだけど、装備しているこのジャングルブーツは敵のブービートラップにも対応出来る様に鉄板が仕込まれている。指の骨が鈍い音を立てながら砕ける音が部屋に響く。踏みつけた床板がその衝撃で震える。白いフードの少年が涙と鼻水を流しながら踏みつけられたままの手僕の足の裏から必死に救い出そうとするけど、全体重をかけている為、解くこと叶わない。必死に僕の足を殴ったりしているが痛みに悶えている状態の殴打なんてまず僕には効かない。これが僕の幼馴染だったら的確に筋肉の筋を指先で突いてくるので耐えられないけど。

「くそ、なんで!なんで僕ばっかりこんな目にっ!!」

 その声に浅緋の顔が何かに気付いた様に叫ぶ。

「緑青君!駄目!やめてあげて!その子は!」

 僕の靴の下で足掻く少年を見下ろしながら浅緋に告げる。

「感覚的に分かるよ。こいつは僕と同じタイプの人間だ。平気で人を殺す。いや、殺してきた。そうだよな?」

「ぼ、僕は殺してなんか無い!勝手にあの男が殺し合わせて女の子達が殺しあったんだ。僕は悪くな……」

 僕はその少年の言葉を掻き消す様に笑い声をあげる。その声に怯えた表情をする佐藤姉妹。

「殺すか、殺されるか。僕は君を殺そうと思う」

 その僕の言葉から圧倒的な殺意を感じ取ったのか少年の動きが止まり、驚愕した表情で口が開けっ放しになっている。恐らく、今、ようやくこの場面に於いて自分の立場を理解したらしい。素早く白いフードの少年に背中から馬乗りになると両手にもったナイフを両方の脇腹に狙いを定めて握り締める。僕から放たれる静かな殺気に掠れた叫び声が小屋に響く。

「ご、ごめんなさい、ごめん」

「許さない」

「ごめんなさい、ごめんなざい」

「お前は僕の数少ない友達を間接的に殺そうとしたんだ」

「はい、僕らは、僕らが助かる為だけに多くの人を」

「それで生きながらえてお前は幸せか?」

「全然、もう、何も感じなくなって、良い事か悪い事かも」

「……それは僕も同じだよ。母が父に殺されてから。だから僕も君をここで殺す事が良い事の様に思えてしまう」

「……くっ、完全な被害者面して!お前さえ、お前さえ居なければ!葵さんは死ななかった!」

 葵……?僕の母さんの名前だった。急に沸いて現れた自分の母親の名前に鼓動が早くなるのを抑えられ無かった。

「母さんが?」

「そうだ!お前がもっとしっかり葵さんを受け止めてあげていれば!」

 父から暴力を受け、母に放置されていた鈍い記憶が徐々に蘇ってくる。

「僕……が?いや、でも、それは逆だ。母さんが僕を受け止め切れずに」

「違う!なんで!なんでお前は!何も言わない父親の代わりに母親を叱って引き留めてあげなかったんだよ!全部、分かってたんだろ!葵さんが叱られる様な事をしていた事を!」

 その白い少年の言葉に僕が信じていた過去の出来事の根底から覆り、その記憶の端からパラパラと音を立てて崩れていく様な気がした。

「僕の所為?」

「そうだっ!両親から暴力を受けていた見知らぬ子供、その僕を葵さんは庇い続けてくれたんだ!」

 僕の記憶内の情報が混線し、混乱を来たす。そのやり場の無い感情が苛立ちとなってその少年にぶつけられる。ナイフのグリップの部分で脇腹を殴打する。自分の正しさを押し通す為に。

「違う、違う、違う!ならなんで父に影で暴力を受けていた僕は見過ごしたんだ!おかしいじゃないか!」

 何度も下敷きにしている少年にナイフのグリップを叩き付ける。怯えた佐藤姉妹の止める声も今の僕には雑音として掻き消えてしまう。

「違う!ずっと、葵さんは君を救いたがっていたんだ!最初はちょっとした擦れ違いで誤解を生んで、その所為で父親に暴力を振るわれている君を見かけたけど、怖くて言い出せなかった!」

「それとお前とがなんで関係しているんだよ!」

「ぼ、僕を助ける事によって少しずつ恐怖を克服する為にだよ!ずっと葵さん泣いてた!怖くて自分の子だけを救えない事が……どれだけ悔しいかって!」

 母の最期の泣き顔を思い出す。こんな私を愛してくれてありがとうって。そして母は、身を挺してこの僕を刺し殺そうとした父から守ってくれた。僕は愕然とし、両手にしていたナイフを床に落とす。視界が狭まり、世界が歪み形を保てなくなっていく。

「僕が……母さんを?」

 じわりとした痛みが肩口から広がっていく。ぼんやりとその場所を眺めると、僕が落としたナイフを拾った黒いフードの少年が血走った目でこちらを睨みつけていた。そこからじわりと血が広がって床を赤く染めていく。白いフードの少年の衣を赤く染めながら。もう一本のナイフが拾われ、それが僕の頭に突き立てられようとする。僕はぼんやりとした意識の中、ふと懐かしい香りがして自然と笑みが毀れた。その笑みに一瞬戸惑った黒いフードの少年が重力や物理的法則を無視した様に小屋内の壁面に叩きつけられ、そのまま意識を失う。困惑している白フードの少年を他所に、その懐かしい匂いは虚ろな僕の襟首を浮かんで立ち上がらせる。

「アオミドロ!!貴様は小隊長である私の命令を無視して、一人敵陣に乗り込んだ!!銃殺刑ものだぞ!」

 その緑青色の瞳に怒り、恐れ、安堵、喜び、悲しみ、色々な感情を織り交ぜて僕の目を覗き込む、蜂蜜色した黄金の髪を持つ僕の幼馴染、ハニー=レヴィアンだ。

「あれ?扉は?」

「蹴り破った!!」

「すげぇな」

「それより分かっているのか?お前はあの同居人の姉妹を助ける為に自分の命を失うところだったんだぞ!?」

「ごめんなさい」

 僕がさっき白い少年に向けた説教がそのまま自分に返ってきて恥ずかしい。呻き声を上げながら白いフードの少年が落ちていたナイフを素早く拾おうとするがそれを僕の幼馴染が見逃すはずも無い。それより二手も早く髪留めの簪を片方引き抜くと、その少年の掌を床に串刺しにする。更なる叫び声を上げる少年。それに構う事無く、再び、僕の襟首を掴んで高く持ち上げる。苦しい。身長は同じぐらいなので、僕の方が見下ろしている感じになる。

「なぜだ!小隊長付軍曹キラービーを待てなかった!」

「間に合わない予感がした」

「その予感の性でお前は……お前は……」

 僕の身体がゆっくりと床に降ろされる。

「ごめん、ハニー……」

「あと6回ぐらい謝れ!」

「ごめん、ごめん、ごめ……めんご、めんご、めんご?」

「めんごって何だ!やり直せっ!」

「いや、わざとじゃ無いっ!」

 そんなやり取りを繰り返す中、小屋内に佐藤姉妹の悲鳴が響き渡る。意識を取り戻した男が妹の浅緋に背後から襲いかかり、首に大型のナイフを突きつ……け……る前にその手にハニーの隠しナイフが突き立てられた。

「五月蝿い!今、ろっくんと大事な話をしてるの!」

 呻き声を上げながら北白が大型のナイフを落とす。

「この森の結界は弱まっている……だから、僕が」

「知るかっ!!」

 杉村がワンステップで蹲る男に近付くと顎を蹴り上げ、その身体が飛び跳ねて床に叩き付けられる。

「寝てろっ!この中二病のロリコン豚野郎っ!!」

 顎を一撃で砕かれた男が白目を剥いて泡を吐きながら昏倒する。そしてツカツカと再び僕の前にやって来る前に、泣きながら床に転がる少年を見下ろすと、もう片方の簪を引き抜いて僕に砕かれた方の掌をも床に磔にする。泣き噦る少年のフードを取り、髪の毛を掴みながら殺気のこもった視線を少年に送りながら宣告する。


「お前にろっくんの何が分かる」


 口を開けたまま反論できない少年はその言葉を失ってしまう。誰が悪い、誰が良いのかの善悪ではなく、僕の幼馴染、ハニー=レヴィアンにとっては僕がどうかが重要で、僕が善悪の基準らしい。


「天使……様?」


 少年がハニーを目の当たりにした感想を述べると、眼前の少女に頭突きをされて気を失う。


「天に還りやがれ!」


 今のハニーは部隊長ホーネットなのでまるで鬼軍曹のなのだ。今度の標的は僕の方らしく、怯える佐藤姉妹を何故か睨み付けてから此方に近付いて再び、僕に攻め寄る。今度は無言の視線が痛い。


「ハニーちゃん?」


 ムスッとした顔になる。ちゃん付けを僕の幼馴染はどういう訳か嫌うらしい。


「ハニー?」


 黄色いレインコートの下に僕とお揃いの迷彩軍服を着込んだ彼女がキョロキョロと僕の身体を見渡し、大きな怪我が無いかを確かめてくる。よく見るとハニーの白い頬に擦り傷や枝葉で斬ったような細かい傷が付いていた。


「ごめんね、僕の性で綺麗な顔に傷が……」


 そっと怪我の箇所付近に触れると一瞬にしてハニーの顔が赤くなる。


「わ、私の事はいいの。それより、規定違反により貴方をこの場で銃殺刑に処せねばならないわ」


「マジか」


「分かってるでしょうね!」


「此処で?」


「あぁ。公開銃殺刑だ。言い残す事はあるか?」


 ハニーが青くて綺麗なリボンをポーチから取り出すと、それを使って僕に目隠しをする。


「……そうだな……言い残す事。あっ、深緋、浅緋、無事で良かった」


 ガチャリとハニーがポーチから拳銃を取り出す音がする。まぁ、玩具なんだけどね。その光景を見た佐藤姉妹が繋がれた鎖をジャラジャラ鳴らせながら僕に抱き付いて必死にハニーに抵抗する。


「元はと言えば、犯人に勝手に近付いた私が悪いの!撃つなら私を!」


「待って!妹を撃つなら私よ!それに緑青が来てくれなかったら妹は死んでたの!だから緑青は妹の、私達姉妹の命の恩人で!」


 ハニーが戸惑った様な声をあげて何を逡巡しているようだ。


「其処まで言うなら……三人まとめて銃殺刑だ」


「「「何でだよっ!」」」


 僕等三人の声が重なる。スルスルと衣擦れの音が聞こえて、短い佐藤姉妹の悲鳴が耳元で聞こえる。吐息がかかってこそばい。どうやら二人にも目隠しをしたようだ。


「ハニー、何もそこまでする事は」


「ルールは絶対。決まり事を守らない人間はいずれ部隊を危機に陥れる」


「いや、佐藤姉妹は部隊じゃないから」


「いいや、今後、こんな事があってはいけないから私の監視下に置かせて貰う。私はこの姉妹はろっくんをたぶらかすので好きでは無いが、こんな女達でも居なくなっては佐藤姉妹のご両親が悲しむからな」


 佐藤姉妹が困惑した声で狼狽えている。


「えっ?でも、私達銃殺されちゃうのに?」

「浅緋、大丈夫よ、きっとあれは玩具よ、安心しなさい」

「う、うん、お姉ちゃん。ちょっと怖いけど我慢するよ」

 ハニーが咳払いし、銃をスライドさせる音がする。


「佐藤姉妹、それに石竹緑青!軍法会議の結果、小隊長権限で貴様等を銃殺刑に処する」

 鬼軍曹のハニーから僕等に裁きが下される。

「ぱーん!チュッ!」

「あれ?なんか額に柔らかいものが当たった?」

「銃声、レヴィアンちゃんの声だよね?浅緋、死んで無い?パンチュって何なの?何してる?レヴィアンちゃん!まさか妹の下着を……」

「ぱーん!チュッ!」

「きゃっ!?」

「お、お姉ちゃん、大丈夫?!私は平気だったよ?アタリかな?」

 ハニーがコホンと咳払いをした後、僕に抱き付いてきて小さな声で囁きかけてくる。

「……今回は……約束、果したよ?ろっくん……」

「うん。ありがとな。多分、君が来てくれなかったら死んでた」

「良かった……本当に生きててくれて良かった」

 抱き締められた腕が震え、その涙声が耳元に届く。

「ハニーならあれぐらい時間稼げば来てくれるって信じてた」

 暫く僕の胸で泣いた後、小さな笑い声が聞こえる。

「もう……ろっくんには敵わないよ……あの男の子に言われた事は気にしないでいいからね?大人として、親としての責務を果たせなかったろっくんのパパとママの責任だから貴方が背負う必要は無い」

「ハニーはいつでも僕に甘いね」

「ううん、私はいつだって緑青を基準に善悪を定めているよ。だから至って公平」

「それを不公平って言うんだよ」

 ハニーが少し機嫌を損ねた様な声で僕に囁きかける。

「不公平なのが私達の住む世界だよ……ぱーん!」

「っ!?」

 ハニーの甘い、砂糖菓子の様な銃弾はいつもとは違う僕の場所を貫いてしまった。この為だけに犯人達を昏倒させ、佐藤姉妹にも目隠しをしたのかな?

「……お姉ちゃん、いつまで経っても緑青君の銃殺刑が終わらないね」

「キスの音も聞こえないし、まさか私達を置いて何処かに逃げたんじゃ……こんなトコに繋がれたままは流石に嫌よ!?」

「まさか愛の逃避行?!」

「え、えぇ?!」

「「あっ!?」」

 佐藤姉妹の悲鳴をぼんやりとした意識の中、遠くに聞きながら僕の幼馴染の銃殺刑はいつまでも終わらなかった……。


 その光景をハニーのお父さんに目撃されていた事を知るのは、ずっと後になってからの事だったりする。七年経って高校生になった僕等の間でもこの時の出来事は時々掘り返されて恥ずかしい限りだが、この時の僕はまだその事を知らなかった。


  *


『八ッ森市連続少女監禁殺害事件』 の終焉。


 2005年5月8日、東京都八ツ森市に住む当時36歳無職の「北白直哉きたしろなおや」は同市内の雑木林にて佐藤深緋さとう こきひ(10)さんとその妹の浅緋あわひ(9)を誘拐。北方の森で2人を監禁した上で過去の事件と同様の手口で2人の少女を殺し合わせようとしましたが、日頃から森でサバイバルゲームを楽しんでいた石竹緑青(10)君とハニー=レヴィアン(9)さんが事件現場に突入し、犯人の身柄拘束に繋がる活躍をしました。

 捕まった北白直哉容疑者への余罪の追及と共に、過去に起きた少女監禁事件についても被害者の1人である日嗣尊ひつぎ みこと(12)さんの証言を元に慎重に捜査を進めています。尚、今回の事件を未然に防ぐ活躍をした2人の少年少女については八ツ森警察より後日、大々的に表彰が行なわれるそうです。


 *


 それから七年、私はお姉ちゃんと同じ高校生になります!私の横には私より背が低くて胸もぺったんこだけど、気が強くて面倒見の良い深緋お姉ちゃんが歩いています。中学生で成長の止まった高校二年生のお姉ちゃんを尻目に、一人成長してしまうのは何だか申し訳ない気がするけど、綺麗なったら少しは緑青君も振り向いてくれるかな、なんて思ったり。


 私の横を黄金の風が駆け抜けていきます。


 その風の正体は、私達の少し先を歩いていた命の恩人、石竹緑青君の幼馴染です。彼等の仲良さそうな会話が聞こえてきてこっちまで何だか幸せな気分になってしまいます。仲があんなに良いのに二人は照れ臭いのか全然付き合おうとしません。これはまだ私達姉妹にチャンスがあると言う事でしょうか。


 あっ、私達の遭遇した北白事件と呼ばれる女の子の監禁誘拐殺害事件はどうなったかと言うと……あっ!向こうで緑青君が私の事を呼んでくれています。どうやら留年して後が無い銀髪の先輩が私に渡したいものがあるそうなのです。何だろう?あっ、行かなくちゃ。事件の事はまた後であなたにお話ししますね……ではまたお会いしましょうね?フフフ♩



 幼馴染と隠しナイフ 特別編


 完

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