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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
劇場特別版
227/319

【幼馴染と隠しナイフ〈破・II〉】


 夕凪が森の木々を揺らし、森全体が騒つく。

 その広大な北方の森の一角、その山小屋に二人の少女は森で誘拐され、監禁されていた。


「さぁ、ゲームを始めようか」


 やや掠れた男の声に小屋の主柱に片手を繋がれた二人の少女が目を覚ます。姉妹だろうか、良く似たその少女達は朦朧とする意識の中、薄暗い、電球に照らされた小屋内を何事かと見渡している。男が小振りのシースナイフを二人の間に放り投げると、そのナイフは床に落ち、滑りながら二人の間へと収まる。困惑する少女達はその男を見上げて怯えた顔をする。


「君達は選ばれたんだ。この森の結界を再び強固なものにする為の神聖なる儀式の生贄にね」


 姉と思わしき僅かに目付きの強い女の子がもう一人の子を庇うように前に出る。床に投げられた小振りのナイフはそのままに。


「何言っているか分からないんだけど、ここから出しなさいよ!」


 発せられた強気な言葉も震え怯えきったその姿の前では唯の虚勢にしか聞こえない。余裕の笑みを浮かべながらその男、北白直哉は山小屋に誘拐した二人の少女の姿を眺める。


「君がお姉さんの方だね」


 手元で弄ぶ大型の刃渡り30センチ程のサバイバルナイフをチラつかせながら少女二人の恐怖心を更に煽っている。10歳前後の少女達にとってこの状況が与える恐怖は日常からひどく逸脱している事を否応なく自覚させる。姉である佐藤深緋が鎖に繋がれていない方の手で妹の浅緋の手を握り締め、言葉無くとも安心するように促している。その恐怖心を押し切って姉が男と対峙する。


「だったら何よ!このロリコン!変態野郎!」


 北白直哉が溜息を吐きながら先程まで座っていた木製の椅子にナイフを突き立てる。立ち上がった男の身長は180センチ近くあり、少女達に与える威圧感は相当のものだ。


「残念ながら僕にそっちの趣味は無いよ。世の中には君達みたいな幼い少女を陵辱する為だけに殺した人間が山ほどいる事を知ってるかい?」

「りょうじょく?」

「あぁ。まぁまだ分かんないよね。世の中にはね、君みたいな年頃の女の子に恋をする大人達がいるんだよ」

「気持ち悪い」

「本当にそうだね、気持ち悪いね。でも恋に罪は無いけど、それを叶える為に君達の様な女の子を殺しちゃいけないよね」

「あなたは違うっていうの?」

「そうだよ。僕は小さな女の子には興味が無いんだ」

「じゃあ、早くここから出してよ」

「それは出来ない。君達は僕の救世主様に選ばれた尊い生贄なのだから」

「生贄?神様への捧げ物ってこと?やっぱり殺す気じゃない」

 姉の背後で震えている妹の所作を凝視する。床に転がっていた小振りのナイフをその手に持ったからだ。

「浅緋?」

 その光景を見て男が安堵した様に微笑む。

「君の方が物分かりがよさそうだね。そう……僕は殺さない、き」

「私達が殺し合うんでしょ?」

 姉の背後で震えていた少女がその時、初めて口を開く。その言葉に戸惑う姉と男。

「大人達は隠そうとしてるけど、この八ツ森で起きている少女二人を誘拐し、山小屋に監禁されて殺し合わせる悪趣味な事件。テレビでも白髪の女の子が出てて必死に事件の事を訴えてた。まだ容疑者は出てないけど、貴方はその犯人」

「……浅緋?」

「あはは、すごいね君!報道ではある程度ぼかされているのに、よく分かったね」

「二年前、商店街に暮らしている仲良くしてくれた年上の女の子、里宮翔子さんていう女の子が森で遭難して行方不明になったの」

「里宮?誰だい?その女の子は?」

 妹が手に握るナイフをじっと見下ろす。

「貴方が殺した女の子の名前ぐらい覚えなさいよ。ずっと探してた。きっと、きっと翔子ちゃん生きてるって思ってずっと探してた。けど、ダメだった。テレビに出た白髪の女の子が言ってた。無差別殺傷事件の加害者、天野樹理さんが彼女の名前を呟いていたと日嗣尊さんの口から報道された時、彼女の死は確定した」

「天野樹理?知らないなぁ。君達の事も姉妹としか聞かされて無いし、名前なんて気にして無いよ」

「これは生贄ゲーム。被験者二人が生き残りをかけて殺し合う。生き残った天野樹理さんはきっと翔子お姉さんを殺して解放された。お前に、お前に殺されたも同然……」

「違うよ。彼女達は救世主様に選ばれ、そして尊い犠牲に」

「ふざけないで!それが、そんな理由で命を奪っていい理由になんてならない」

「これは大切な事なんだよ。八ツ森を囲う霊樹の番人たる四方の名家。今はもう行われていないけど、この世界の均衡と平和を保つ為に過去に行われてきた祭り事だったんだ。この森の力は弱まってきているんだ。そしたら最後、死は形を持って世界に溢れてしま」

「そんな事知らない!私は知ってる!最後の最後まで里宮翔子さんの生存を信じて捜索を続けてきた遺族達の苦しみを!それが!そんな下らない理由でお前は!無駄に持たせたその希望さえ踏み躙った!」

「下らないなんて言うな!流石の僕でも怒るよ!」

 椅子に突き立てていたナイフを引く抜くと北白直哉は妹に近付く。

 刺し違える覚悟で突き出した少女のナイフを簡単に手で振り払うとそれは呆気なく空を舞い、床に転げ落ちる。そしてナイフの持ち手の方でその少女の側頭部を殴打すると妹はその場に蹲る。その光景を姉はただ震えて見守る事しか出来ないでいた。肩で荒く息をする北白直哉の怒気が小屋内の圧として重くのし掛かる。

「これが、これしか方法は無いんだ。僕の汚れた魂を浄化するには」

 蹲る9歳の少女の笑い声が不気味に響く。

「なんだ。自分の為じゃない。貴方にとって世界の事なんて結局二の次。貴方は自分の事が可愛いだけの哀れな人」

 北白直哉が怒声をあげながら少女を蹴りつける。必死にそれを止めようとする姉はその足にしがみつくが、抵抗虚しく、弾かれ、床に叩きつけられてしまう。鈍い音と共に痛めつけられていく少女の口元から血が一筋流れ落ちる。彼が冷静になったのは小屋の壁を外から叩く音だった。

「そ、そうですよね。私が殺しては意味を成さない。申し訳ありません、救世主様。お淑やかな女の子だと思ったらとんだ口の悪い奴でして。この神聖な儀式を罵る薄汚い子供が……」

 落ち着きを取り戻した北白が少女から離れようとするタイミングで少し離れた場所から少年の短い悲鳴が聞こえる。その声を聞き逃さなかった男は扉に耳を当てて聞き耳を立てる。塞がれた窓からは外を伺い知る事は出来なかったからだ。

「監視者様?どうかされたのですか?」

 息を飲む男を他所に姉妹の二人が互いに身を寄せ合う。外から一向に返事が無い状況に戸惑い、額に汗をかく男。

「監視者様?」

 再び小屋内に響く少女の笑い声。

「フフフ、何人もの人間を不幸にしておいてこのまま捕まらない気でもいたの?」

「何を言ってるんだ?」

「私はこっそり書き置きしてきたの。北方の森に遊びに行くって」

 困惑した様に男が首を傾げる。

「そんな書き置き一つで何が変わると言うんだい?」

 妹の笑みは変わらない。

「少し前ならただの書置きで済んでた……けど、日嗣尊さんの呼び掛けで厳戒態勢が引かれた今、森へと遊びに来る子供なんてほとんどいない!」

「書置きを見たとしても、この広大な森は私有地でもあるんだ。例え警察でも簡単に許可無く乗り込む事は出来ないし、ここに辿り着く事すらままならない筈……だよ。深く森に入り過ぎたら北白家で訓練された野犬が侵入者を食い殺すしね」

 その視線の先を変えた妹が姉を怒られた様な表情で見つめる。

「ごめんね、お姉ちゃん。ここへは私一人で来るつもりだった。けど、お姉ちゃん、私を着けて来るなんて反則だよ……」

 姉が困ったように微笑みながら答える。

「だ、だって浅緋、ここ数日、様子がおかしかったし、前からあの居候が森に行く時に度々行きたがってたし……心配で……」

「……お姉ちゃんには叶わないよ、ホントに」

 妹の佐藤浅緋が手にしたナイフを両手で握り締め、力を込める。

「何を……する気?」

 男は妹の少女が取ろうとする行動に辟易した様に溜息を吐く。

「結局、君も殺し合わないんだね」

 その意図に気付いた瞬間、その刃先が少女の首に向かい、鮮烈な血の飛沫が辺りに飛び散る。男がその光景を見ながら呟く。

「うわぁ、痛そう……」

 ナイフの刃は妹の喉笛の寸前で留められていた。目を瞑っていた妹が違和感に気付いて目を開け叫ぶ。

「お姉ちゃん!?」

 刃が小さな掌を貫き、その箇所から血が流れ落ちていく。苦悶の表情を浮かべながら青冷めた表情で妹を叱る姉。

「勝手な真似しないで?そんな事許した覚えないわよ?」

 妹がその手を離すと弱々しく姉が手を床に置く。どうすべきか考えあぐねている妹がナイフを抜こうとするが、その激痛に姉の悲鳴があがる。迷ったあげく、ワンピースのリボンを解いた妹がナイフをそのままに止血の為に応急処置を行なう。

「ど、どこで覚えたの?そんな事?」

「ずっと前にね、緑青君と森に遊びに来て、私が転んで怪我した時にこうしてくれたんだ。自分は衛生兵だから救命処置を行うのは自分の役目だって」

「あの居候もたまには役に立つのね」

 妹が微笑みながら姉に呆れて溜息を吐く。

「どうしてそんなに緑青君に冷たく当たるの?彼、いい人だよ?」

 暫くの沈黙の後、怪我の痛みに耐えながらゆっくりと口を開く。

「あいつは……あいつは確かに良い人だけど、諦め過ぎてるのよ」

「諦め?」

「本当は自分の大好きな母親を大好きな父に殺され、自分も危うく死にかけた。凄く辛くて悲しいはずなのに、あいつは誰にもそれをぶつけ無い!恵まれた環境で暮らす私達姉妹にさえ!全部自分の所為にして全部抱えて解決した顔で平然としている。私は、私は……それが何より許せ無い。私が同じ立場なら周りに辺り散らして、あんな顔で日常を過ごせ無い!」

「……フフッ、やっぱり、お姉ちゃん優しいんだね」

「誰がよ!あんな奴、出て行ってくれるのを心待ちにしてるわ。確か、高校生になったら出て行くらしいけど」

「あのね、その事、緑青君には言った?」

「……え、えっと」

「言わ無いと伝わら無いんだよ。伝わってるつもりじゃダメなんだよきっと」

「妹の癖に生意気よ」

「一個違いで大して違わないでしょ?」

「……」

「約束よ、此処から出たらその事を伝えて?知ってるよ?お姉ちゃんも私と同じで緑青君の事、大好きだって」

「誰があんなや……つ?!」

 妹は姉の震える手を優しく支えると掌から突き出た刃先を自分の喉元に近付けていく。ハニーちゃんに聞いたんだ。どうやったら簡単に死ねるか。聞いた時、彼女ドン引きしてたけど、もしもの為に聞いてて良かった。

「馬鹿!止めなさい!」

 姉の腕にはもう妹の誘導に抗えるだけの余力は残っていなかった。つまらなそうに姉妹のやりとりを眺めていた男が、その展開に口元を歪ませる。

「前回は双子の姉の方が自ら死を選んだけど、今度は聡明な妹の方だね」

 銀色のナイフの刃先が妹の細い首筋に充てがわれる時、小屋の扉が強く叩かれた。

 その音に姉妹と離れた所で見ている男が驚いて反応する。数回、扉が強く叩かれた後、少年の声が扉越しに小屋内へと響く。

「チワーッス。三河屋デーッス!ご家族の方からこちらにおいでだと伺い、寄らせて貰いましたー」

 手にしたナイフを背中に隠し、正面扉に近付き、錠をしたまま扉越しに対応する男。

「み、三河屋?……用聞きが此処まで何の用事ですか?注文なら本屋敷の方で伺ってると思うんですが」

「……おかしいですね、ご両親は此方にいらっしゃる事をご存知でしたけど」

 男が声を潜めて姉妹に囁きかける。

「や、やばい。此処に居るのがバレてるなら此処で生贄は捧げられ無い。もう、君達は用無しだから、取り敢えず、向こうの部屋に……あっ」

 姉妹が不服そうな顔を浮かべて鎖が繋がれた片手を男に掲げる。

「くそっ!あぁ、もう、鍵は救世主様が持ってるし、仕方ないか。そこの二本の柱の影に隠れて訪問者から姿が見え無い様にしていてね」

 急な事態の好転に戸惑いながらそれに従う姉妹。この男は扉の向こうの相手が子供の声だと気付いて居無いのだろうかと疑問に思いながら。それはこの男が両親の事を何よりも恐れて居る事に他ならなかった。

「い、今開けるので少し待っていて下さい」

 手にしたナイフを腰のベルトに仕舞うと、小屋にかけられた南京錠を外し、正面扉を開ける男。開けた扉の隙間から仄かに朱色を帯びた陽光が差し込み、小屋内を明るく照らし出す。

「あ、あれ?誰も居ない?」

 男が辺りを見渡しながら扉を開けて一歩踏み出した瞬間、その足元に何かが絡みついてその場に転倒する。

「痛いっ!何これ?ワイヤー?こんなの仕掛けた覚えは……え?監視者様?!」

 小屋の辺りを囲む木々、その一番近い位置に黒いフードを目深に被った少年が木に括り付けられ、ぐったりと気を失って居るのが男から見える。

「待ってて下さい!今、助けますから!」

 男が足に絡んだワイヤーを解いて少年に駆け寄り、腰に提げていたナイフでそのロープを切り裂いてその拘束を解く。

「誰が、誰が一体こんな事を?」

 その木の幹に丁寧にその少年を寄りかからせると、男は用聞きに来た男の姿を探すが、何処にも見当たらなかった。

「おかしいな。何処に行ったんだろ」

 男が気を取り直して小屋に戻ると改めて扉に施錠を施す。ただの悪戯だと判断した男が振り返り、柱の影に隠した少女達に声をかける。

「両親にバレた訳じゃ無かったみたいだったよ。だから、再開しようか。君達の生贄の儀式を」

 男が柱の後ろを覗き込むと怯えた表情のままの姉妹が二人で寄り添ったまま男を見上げていた。

「事情が変わったんだ。さぁ、仕切り直しといこう……か?あ、あれ?」

 男がその違和感に気付いたと同時に頭に衝撃が走り、意識が僅かに白む。続け様に何かが自分の脛の撫でる様に引っ掻いた痛みに、その場に崩れ落ちる。

「何が?起きて?」

 仰向けに転がる男に、今度は頭上から棒切れが振り降ろされ、その額にクリーンヒットして意識を失った。暗転した視界の端、遠くに少年の声を聞きながら。

「ども、一宿一飯の恩義を返しに来た居候です」

 姉妹が泣き叫びながらその少年の名前を口にした。

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