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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
第四生贄ゲーム 再開
226/319

【幼馴染と隠しナイフ〈破・I〉】


鬱蒼と生い茂る霊樹の森。


それは手のつけられない自然が生物淘汰の世界をそのまま表しているようだった。枯葉の下からは絶えず虫達が這いずる気配を不快に感じる。森に住まう野生の獣は茂みに身を隠し、こちらの咽喉を狡猾に噛み切ろうとする息遣いが聞こえる。それがまるで人の介入を拒むこの森の意思そのものであるかのように……。


「衛生兵アオミドロ、聞こえてる!?オーバー」


小型無線から僕のコードネームを叫ぶ幼馴染の声が聞こえてくる。口調は厳しいがその澄み切った声は健在だ。

「こちらアオミドロ。近辺に獣の気配あり。野犬と思われる。気を付けて、部隊長ホーネット、オーバー」

「了解。それ以上の進軍は危険だ。引き返すかその場を動くな。すぐにそちらに駆け付ける、オーバー」

近くに獣の気配を感じながら陽落ち前の空の気配に焦りを感じる。恐らくこの八ツ森市の北方、この森に僕が同居している佐藤家の姉妹は誘拐されている。陽が沈み、1日経ってしまえば恐らく彼女達の命は無いだろう。普段の僕なら陰りを見せた森に深く足を運ぶなんて事はしない。返答の無い僕に無線から幼馴染で唯一の友達であるハニー=レヴィアンの声が聞こえてくる。


「応答しろ!アオミドロ!その場を動くな!部隊長命令を無視するものには処罰が与えられるぞ!」


無線の相手の彼女は僕が6歳の時に雨の日、公園で偶然出会った10歳の女の子で、蜂蜜のように優しい輝きを放つ金髪と、緑青色の瞳を持つ。父を日本人に、母を英国人に持つハーフの子だ。こんな活発な子とは思わなかったけど。口調が厳しいのは僕らが森で戦争ごっこをしているからでもある。ごっこと言っても装備は結構本格的で、いつもなら彼女のお父さんも交えて蜜蜂小隊として存在しない仮想敵を想定した演習を行なっている。そんなにアウトドア派では無かったけど、小さい頃に色々あってぼっちの僕は彼女に合わせていつもそうやって森でゲリラ戦を楽しんでいる。ちなみに彼女のお父さんは日本人なのに紛争地域の傭兵さんらしく、そういった類のアイテムを僕らに回してくれて友達の少ない僕らに遊び道具としてそれらを提供してくれているのだ。どこからどうみても優しそうな普通のおじさんにしか見えないけど、特殊訓練と称して色々とそのおじさんに生きる術を楽しく教授してもらっている気がする。


さてと、いつもなら安全面を考えてそんなおじさんと3人でこの八ツ森市を囲む森に進軍するのだが、今日は僕のワガママでこの幼馴染の女の子と二人だけで足を運んでいる。


佐藤姉妹救出作戦。


極秘任務なのでハニーちゃんのお父さんにも内緒なのだ。だって、言ったら周りの大人達に止められるに決まってる。多分、僕が今お世話になっている佐藤家に同居している姉妹の二人が、最近世間を賑わしているらしい誘拐監禁事件の被験者に選ばれたみたいだったからだ。


その誘拐監禁事件、幼い女の子を二人誘拐してお互いに殺し合わせるというなんとも悪趣味な内容で、世間では確か……あれ?なんて呼ばれてたっけ?


無線を通じて幼馴染の金髪の女の子に訪ねてみる。


「緑青のバカッ!無視するな……!えっ?えっと、確かその事件はこう呼ばれてるよ?生贄ゲーム事件って」


そう、それそれ。


僕と同居している姉妹二人は恐らくそれの被験者に選ばれたんだと思う。


だから……


「ホーネット部隊長!二人を助けるぞ!これは演習では無い、繰り返す、これは演習では無い!」


通信先のノイズ混じりの息遣いが聞こえてくる。


「アオミドロ……無茶しないでね?必ずそっちに追いつくから山小屋への突入は待って。約束して?」


アオミドロっていうのは僕のコードネームで、本当の名前は石竹緑青っていうんだけど、そこんとこ宜しくね?


幼馴染のハニー=レヴィアンちゃんのコードネームはホーネット。僕は幼馴染であり部隊長でもある君の言葉を無視して地図とコンパスを頼りに、北方に広がる森の中に佇む大きな山小屋を目指し、ひた走っていた。恐らくそんなに時間は残されてない。


本能が告げている。

ここが恐らく僕の運命の別れ道だ。


こちらの武装はナイフ数本。


犯人も恐らく武装している。ここは日本。拳銃などの武装はまず考えられない。狩猟用のライフル相手だとちょっと敵わないかもだけど、それでも死ぬ気でやれば何とかなる気がする。


それに時間さえ稼げれば……僕の最強の幼馴染が必ず犯人を叩きのめしてくれるはずだから。僕の目的はただ一つ。監禁されている姉妹の命を数分、数秒でも長くこの世に繋ぎとめておくことなのだから。


頼むからさ、これ以上、僕の数少ない大切な人達を殺さないでくれ。


僕は僕の事を呪う神様にそう祈りを捧げた。



 私は音を消して鬱蒼と木々が繁る森を全力で駆ける。小さな小枝が時々私の小さな身体を引っ掻こうとするけど羽織る黄色いレインコートが私の身を守ってくれる。その男の子との無線は数分前の定期連絡を境に途絶えてしまった。考えられるパターンは二つ。幼い姉妹を誘拐し、監禁した犯人に襲われたか、目当ての山小屋を見つけ、そこへ突入する為に犯人に気付かれないように無線を切ったか。

事の始まりは今日の朝、石竹緑青ろっくんが一つ屋根の下で暮らしている一家の姉妹、佐藤深緋ちゃんと浅緋ちゃんが、この八ツ森市の北方に位置する森に向かった後、行方が分からなくなっているというものだった。その日、私のパパは用事で後から合流する予定だった。森へと続く入口に位置するキャンプ場。そこから私達は電話を取り次いで現状を知った。行方不明になった佐藤姉妹は何故か私達の事を追うように森へと足を運んだらしいのだ。本来なら森の入口であるキャンプ場で出会うはずが、妹の浅緋あわひちゃんがいつも付けている麦藁帽子が森の入口近くで見つかり、草むらへと引き吊られた痕跡が見つかった。誘拐事件である可能性が高くなり、大人達が騒ぎだした隙を突いて私と緑青君は森へと潜入した。無線でやりとりしながら何箇所かの目星をつけて森の中の山小屋を散開して調べていたけどそのどれもがハズレだった。私達の杞憂ならそれでいい。子供達を怖がらせない為に大人達は私達に極力黙っていたみたいだったけど、世間では私ぐらいの10歳の女の子達が山小屋に監禁させられて殺し合わされる事件が起きているらしい。その事を佐藤姉妹の妹から事前に緑青君が聞いていて私にもそれを教えてくれた。何故、佐藤さんの妹がその事を詳しく知っていたかは分からないけど。

その犯行現場は奇しくも私達がよく遊んでいるこの八ツ森市を囲む霊樹の森で起きていたらしい。一部を一般開放されているこの霊樹の森へは私有地にも関わらず出入りが自由になっている。そこに犯人は恐らく目をつけた。森の奥を徘徊する躾けられた猟犬達も子供の死体を処理するには丁度いい。森の中を駆け続けていると、途絶えていたろっくんとの無線が繋がる。


「……ハニー……ビンゴだ。五つ目の山小屋に姉妹は監禁されている。先に突入する…-あとから……」


 ザザッという雑音が入り、それ以降の連絡が途絶える。恐怖で呼吸が上手く出来ない。幼い子供を誘拐し、殺してしまう犯人とはどういう人物なのだろうか。顎の震えが止まらない。それは……私の最愛の人が死んでしまうかも知れないという恐怖。それは……自分が死んでしまうかも事なんかよりもずっと怖いってことをその日、私は理解した。

 どこか遠くから……獣の鳴き声が聞こえる。もうすぐ闇が辺りを支配する。私達の運命はもうどこかで既に決まっているのかも知れない。監禁された場所に緑青君と私が駆けつけたとして一体何が出来るというのだろうか。緑青がもし、犯人に殺されたどうしよう。そんなのは嫌!それに……そうだ、私は……あの日から彼を守るって決めたんだ!だから強くなるって決めた。女の子らしくなくたっていい、彼がそれでも笑ってくれる世界がそこにあるなら私は諦めない!誰にも私の幼馴染は渡さないんだからねっ!


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