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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
第四生贄ゲーム 再開
224/319

三位一体

「そこに杉村蜂蜜は居るか?!」


 生徒会長、二川亮との電話口で先程起きた小室亜記、及び星の教会員のシネマジャック。その暴動に杉村蜂蜜は見られなかった。私の横で女生徒二人の襟首を掴み、まるで猫を捕まえた様な状態になっている。大柄な男、細馬将がその少女達に叩かれながらも何故か嬉しそうにしている同学年の男に事実関係を確認する。

「ゴリラ君、体育館内に杉村さんは居たかい?」

「ん?」

「ちょっと!離して!細馬先輩!」

「離せ!このクソゴリラ!」

 バタバタと宙吊りになった江ノ木ちゃんと小室がちゃんが必死に足掻いてその手から逃れようとしている。この騒動で何人かの生徒と教師が人の雪崩に巻き込まれて怪我を負っている。これ以上、怪我人を出す様な事は文化祭存続の危機に関わる。

「四方田……杉村様なら居たぞ?最前席中央、あれは確か、佐藤喫茶のご両親と大人しくしていたぞ?」

 私は薄暗い体育館の入口からそっと中を覗くが、観客は壁の角に追いやられ、映写機周りには生徒会と教員達が警戒して囲んで居る様だった。此処から杉村さんの姿は確認出来ない。通話中になっている二川に現状を伝える。

「ここからは薄暗くて視認出来ないが、細馬君の話ではモニターの一番前に座って居たようだね」

「小室が起こしたシネマジャックは日嗣尊がけしかけたものだ。奴の事だ……絶対に二重三重の罠を……」

 罠?何を言ってるのだ?この男は。騒ぎにより明かりが付けられた館内を見渡してもそのにはシネマジャックが失敗に終わり、意気消沈している青いフードの五十人ぐらいの星の教会員ぐったりしているのが見えるぐらいで、何ら動きも無い。そういえば江ノ木さん達を捕縛している細馬も青いローブを制服の上から纏っている。彼は極力しなくてよかったのだろうか。

「細馬君、キミは星の教会のメンバーなのに生徒会側に付いてよかったのかい?君としては日嗣さんの意思を継ぐなら私達の敵だろ?」

 細馬が当然と言ったようにそれを否定する。

「はっはっは、いくら星の教会員といえど、間違った事をしようとしてるのは明らかだろ?これ以上問題を起こしたとしたら生徒会の二川達が教師や警察側に頭を下げた意味が無い。そこは弁えてるよさ、ぐはっ!?」

 細馬君が小室さんに股間を蹴り上げられ、その手が離れる。その隙に私の横を抜け、叫び声を上げる。

『働き(ウォーカー)さんっ!お願いしますっ!!』

 私はそれ以上小室さんを行かせない為にその細い手首を掴んで引き留める。

「離して下さい!」

「ダメだ。これ以上は……それに働き蜂さんって……?!」

 何?一体何が起きてるの?小室さんの発した声に反応する様に空間そのものが震え、目に見えない圧が私を含めその場に居る全員にのし掛かる。

「(どうした?!四方田?!)」

「分からない、私もわから……」

 二回、連続する破裂音とともに天井の照明が二つずつ順番に割れ、辺りが再び闇に包まれていく。合間には何か金属製のものが転がる音が僅かに聞こえる。悪戯にしてはタチが悪すぎるぞ?照明が消えていき、ポツポツと視界が段々と遮断されていく。電話口から焦る生徒会長の声が響く。

「銃声だよ!照明ブッ壊す奴なんか一人に決まってるだろっ!!」

「それも……そうだね」

 弾けた照明のガラス破片が降り注ぎ、それを避ける様に人が疎らに散らばる。まさかそれを狙っていた?館内に響く叫び声とともに発砲時の閃光が走る。その異常事態に数瞬遅れて一部の観客達が出口に一気に雪崩れ込み、それに押し戻されてしまう。私は混乱する観客を誘導すると共に生徒会と教員、警備員の人達に叫ぶ。


「その金髪の女の子を捕まえてくれっ!!」


 *


 小室さんのシネマジャックが失敗に終わり、沈静化された後の館内で私は深緋ちゃんのパパさんとママさんに庇われる様に身を伏せ、目を瞑っていた。どちらにしろ私の体はもう言う事を聞かせて貰えない。耳元でパパさんやママさんの戸惑う声が聞こえてくる。

「一体なんだったのかしら?」

「さぁ、何だったんだろうね。何とか沈静化出来たみたいだけど、一体江ノ木ちゃん達は何をしようとしていたのかしら」

 私はその声を聞く。小室さんに託された願いを。

「これ以上の上映は無理かしらね」

「そうだね、百人規模の生徒が起こした暴動だから流石にお咎め無しとはいかないだろうな」

「えぇ。江ノ木さん達、そんな悪い事をする子達じゃ無いはずなのだけど」

「だね。きっと何か止むに止まれない事情があったのかも知れないが、これ以上、ここにいても深緋が見せたかった映像は見れそうも無いね」

 私は目を瞑ったまま、スッと立ち上がりブレザーの前のボタンを外し、ブラウスの胸ポケットに大事に忍ばされたそれを確認する。そこには小さくて黒い棺の様なUSBメモリーが隠されていた。これは私にでは無く、働き蜂さんが託された希望の祈り。こうなる事を予見していた彼女の切り札が私だった。働き蜂の持つ記憶不可侵領域の一部が解放され、記憶の一部が流れ込んでくる。大丈夫、体は動かせる。私は内ポケットからレミントン・ダブル・デリンジャーを引き抜くと両足を開き、片目を開け、手の平サイズの割に硬い撃鉄を起こすと、天井に向けて照準を合わせる。

「ハニー……ちゃん?」

「それ偽物の銃……では無いね」

 私は姿勢を低くしている二人を見下ろしながら謝罪する。

「ごめんね、私、問題児だから」

 パパさんとママさんが顔を見合わせて溜息を吐く。

「知ってるわよ」

「ハニー、私達は何があっても君達の味方だからね」

 こんな私を受け入れてくれるパパさんとママさんに目頭が熱くなる。

「パパさん、ママさん、なるべく強く耳を塞いで背後に下がってててね?」

 二人が耳を塞ぎ、充分距離を取ったのを見計らい、私はその合図を待つ。

 生徒会や教員、警備員達は先刻の暴動に関わった人間達から事情を聴いているけど、誰一人その事情を話す人が居なくて困惑している。星の教会を牽引した留咲アウラさんもそっぽを向いてシラを切っている。映写機周りを防衛する様に約五十人、観客達は恐らく壁際に追いやられ、蛍光の腕章を付けた役員や生徒会も館内に散らばり辺りを警戒している。小室さんや達は館内から追い出され、あのゴリラみたいな先輩に連れていかれた。私は静かにその時を待つ。館内は照明に照らされ、此方が動けばすぐに気付かれてしまう。今はその注目が青いローブを纏った星の教会員に注がれてるけど、一度私が動き出して仕舞えばすぐに捕まってしまう。騒つく館内で人々の喧騒が雑音となって私の思考から弾き出されていく。その中から私に必要な声を拾い上げる為に意識を集中し、五感を拡げ私の知覚領域を広げていく。逃すな、聞き逃してはならない。これは働き蜂の声。知覚に関しては私の方が得意だ。そしてその時は声となってやってくる。


『働き蜂さんっ!お願いしますっ!!』


 その声と共に二つ、私は最短の距離に設置されている照明を二つ破壊する。照明が割れる音と共に叫び声が上がる。素早く銃身を折り、排莢動作後、ブレザーのポケットから.41口径の弾を素早く装填して構え直す。護身用銃でこの距離、十M以上を狙うのは難しいから半分運任せだ。更に二つ照明を破壊すると悲鳴は大きくなり館内から観客達が逃げようと動き出す。その中には近くに居る人が私の存在に気付いて怯えて逃げ惑う。ショットとリロードを繰り返し、9割近くの照明を破壊すると館内が再び闇に覆われ始める。私はそっと閉じて居た左眼を開くとデリンジャーをブレザーに仕舞って脱ぐと、それをママさんに預ける。私の身体を這う様に巻きつけられたホルダーのベルトに驚き、戸惑った表情を浮かべる二人。私の背中にはトンファーが二本装着されていた。これは働き蜂の装備。


『その金髪の女の子を捕まえてくれっ!!』


 生徒会の四方田さんの声が聞こえてくる。その声により視線が此方に注がれる。この館内でこの蜂蜜色の金髪は嫌でも目立つ。良い標的だけど、照明が破壊され、その暗闇に戸惑う学校側の者達。この闇は私の狩場。ここは私の領域(テリトリー)。私は闇を統べる支配者であり、夜に潜む漆黒の烏。

「でしょ?暗殺者烏(レイヴン)

 私はもう一人の私に声を出して呼びかける。

「そうだな……それにしても懐かしいな女王(クイーン)よ」

 両手に構えられたトンファーの片方が唸りを上げて回転する。

「だね。転入当初を思い出すね」

「全く、やはり結局こうなるのだな」

「ごめんね、嫌な役回りばっかり押し付けて」

 屈強な警備員の一人が私の前に踊りでた瞬間、反射的に体が反応し、相手を薙ぎ払い、気を失わせる。

「いや、構わない。私は女王蜂のしもべ、働き(ウォーカー)だ。女王に危害を加えるものは許さない」

 二人目の警備員が映写機の光を受けて浮かび上がる私の前から消え失せる。

「私、今日で退学になっちゃうかもだけどごめんね」

 三人目、踏み込みから振り抜いた二つの棍により、男性教員が空中に打ち上げられる。私はゆっくり、堂々と映写機の場所まで歩き始める。

「構わないさ、アオミドロ以外どうなろうと構わない」

 四、五、六、七……映写機に近付くに連れて妨害者は増えていく。

「嘘、名残惜しいんでしょ?貴女も?」

 私達の中で防衛面に特化した働き蜂は全方位からの攻撃に強い。トンファーの二本持ちにより隙が殆ど無い。

「違う、私は何の未練も」

「クラスメイトに変なニックネーム付けてるし、君だけは相手がどんな格好をしていても見抜いていた」

 十二、十六、二十、と男達が空を舞い、地に伏せる。

「フンッ、女王蜂も人が悪いな」

「ごめんね、だって私って問題児だから」

 中央に纏まっていた人達が恐怖でバラけ出したけど、別の人間が合流して一気に人が群がる。まともに相手をしていたらすぐに捕まってしまう。私はそっと気配を消して、その身体を殺人蜂に委ねる。私の身体から圧が消え、すぐ様闇に溶け込んでいくのが分かる。けど、この黄金の髪色だけは消せなくて闇夜の中、人々の間を擦り抜ける私の痕跡を残す様に黄金の軌跡を描いていく。位置を特定されない様に襲撃する相手を変えて撹乱させていく。音も無く死角から近付き、相手に気を失わせる殺人蜂。身体を委ねる殺人蜂の苛ついた声が私の口から発っせられる。

「まどろっこしいわね。ナイフなら所要時間と必要な力を四分の一以下抑える事が出来るのに。殺しちゃいましょうよ。緑青以外の命なんてどうでも……」

 悪態をつきながらも殺人蜂は常人では追えない速度で次々と人々をトンファーで殴り倒していく。うん、大丈夫、急所は外してくれている。本物の私はいうほど冷たくない。この感覚は何とも不思議な感覚だ。それぞれ独立した意志系統を持つのに上手く一つの体を共有出来ている。一つの身体に三つの人格。それでいて私達がハニーである事に変わりは無い。それはまるで……父と子と聖霊、三位一体の様な関係性だ。神学者に言わせれば少し違うと言われそうだけど。そもそも神じゃ無いしね。ゴリラ先輩からは月の女神、アルテミスと崇められてるけど。

「あのさ、女王蜂さん」

「何かな?」

「声に出さなくても私達には聞こえてるのよ。特に私にはね?」

「フフフ、知ってるよ?」

「この確信犯。わざんざ声に出して会話してたらますます変な奴って思われるわよ」

 動きを止めた私が両手に構えるトンファーを回転させると、辺りの人間がそれに気付いて後退る。それはまるで殺人蜂の獰猛な羽音の様に。私を捕まえる為、算段をつけたのか同時に飛びかかってくる妨害者達。その一人の肩を足掛かりに高く上空に飛翔する私の身体。

「あのね、木田さんが通り魔に襲われた時ね、相手を生かして拷問すればもっと情報を手に入れられたはずなんだよね。殺人蜂ならきっとそうするって思ってた」

 着地と同時に群がる生徒会の生徒達を床に叩き伏せる。

「何が言いたいのよ!」

 起き上がろうとした生徒に留め刺して気を失わせる。新たに襲いかかってきた警備員さんも足をトンファーで掬い上げて転倒させる。

「貴女も木田さんが通り魔に襲われてきっと怒ったんだよね?だから情報よりも貴女自身の感情を優先させた」

「感情って何よ」

「親友を酷い目に合わせた事に対する怒り」

「……偶々虫の居所が悪かっただけよ」

「フフフ、そういう事にしといてあげる」

 残り半分ぐらいだけど、徐々に妨害してくる人達も闇に目が慣れてきて私の頑張りも恐らくそう長くは持たない。

「二人とも聴いて?」

「何だ?」

「何よ」

 問題児である私を捕まえようと多くの人が私に襲いかかってくる。大丈夫、まだ戦える。彼等を振り切る様にその身体に棍を打ち込んでいく。ごめんね、悪い子なのは私の方なのに。

「私ね、日本に来てろっくん以外に大切なもの、いっぱい出来たんだ」

「「……」」

「だから私ね、ろっくんの為だけじゃない、皆んなの為に頑張りたい!だから!何としても木田さんが私達に託してくれたこの思い、無駄にしたくないの!」

 私は止まらない。その場に留まる事をせず蜂の様に飛び回りながら追っ手を躱していく。この人数だと全員倒さないと映写機での操作を行なえない。作業を始めた段階ですぐに捕まって阻止されてしまう。本当に日嗣さんも無茶な注文を小室さんにしたものだ。その場に私が居る事を前提にしていたみたいだけど。けど、時間もそう残されていない。私は前に進まないといけない。このUSBの中にあるデータは私を苦しめるかも知れない。悪夢が呼び起こされ、心が悲鳴を上げて血を流し始めるかも知れない。

『けど!それでも!私達は前に進みたいの!だから……お願い!私に力を貸して下さい!!』

 私の叫びが混乱する館内に響き、一瞬、人々の足を止めさせる。その静寂の中、ボリュームが下げられたキュートなハニーちゃんの音声が流れている事に気付く。その声に一番に反応したのはゴリラみたいなあの変な先輩だった。少し離れた所でその両肩には何故か江ノ木さんと小室ちゃんが乗っかっていた。電話が誰かに繋がっているのか会話をしながら現れる。

「(何がどうなった?教えてくれ!)」

 ゴリラさんがニヤリと遠くからその笑みをこちらに向ける。

「悪いな。たった今、優先順位が変更された」

「(何を言っている?杉村蜂蜜を止めてくれとあれほど)」

 ゴリラみたいな先輩が二人の女生徒を床に降ろすと背筋をピンと張り、大きく息を吸い込み、声を張る。

「杉村蜂蜜同好会規定其一!!」

 ゴリラ先輩の声に反応する様に、壁の付近に避難していた生徒達の何人かが同じぐらいのボリュームで声が返される。

『我らは彼女を女神とし、崇拝する!!』

「其2!」

『汝ら女神に必要以上に近付く事無かれ!』

 また何人かの男子生徒がその姿を現し、前に進み出る。

「其3!」

『何度拒絶されても諦めるな、我らの人生は女神と供にある!』

 次々と人混みの中から男子生徒達が姿を現してくる。その中には働き蜂が保健室送りにした面子ばかり。

「其4!」

『女神を孤独にしてはならない!』

 私の周りをまるで守る様に何人もの生徒が壁を作っていく。

「其5!」

 その光景に焦った教員の一人が私を捕まえようとするけど、目の前で吹き飛ばされて転がっていく。

「女神に危害を加える者を我らは決して許さない、でしたっけ?あっ、僕は正式に所属してませんが、杉村天使先輩の味方です」

 後輩ストーカー君の鳩羽竜胆君が竹刀を片手に現れる。

「鳩羽君……」

「其6!」

「同好会会員は女神の情報を共有する事、だったかな!ハッ!」

 今度はメイド服姿のままの東雲雀さんが現れて私の周りに居た大半の妨害者をゴリラ先輩ごと吹き飛ばしちゃう。

「いや!俺も巻き込むなよ!」

「うぐっ、すまぬ。風貌が怪しかったのでつい」

 私の背後守る様に東雲さんが素早く回り込む。

「久しいな、好敵手よ」

 呼ばれた働き蜂が表層に現れて返事をする。

「あぁ、恩に切る。ヤクザ達に捕まった時もこうして助けにきてくれたな」

「……あの時、お前は変装して敵だったけどな」

「バレて居たのか?」

「あぁ、あの気配、間違うものか」

「フフッ、木刀で殴られた事、忘れてないぞ」

「すまない、つい反射的に」

「貸しだ。それを今、返してくれ」

「無論」

 東雲さんの闘気が働き蜂の放つ圧と同調する様に辺りの空気がピリピリと震える様な錯覚を覚える。咳払いをしたゴリラ先輩が、改めて叫ぶ。

「お前等!今こそ!我らが女神を救い出す時!立ち上がれ!同士達よ!!」

 その勝鬨と共に観客達の中から数百人という生徒達が映写機や私を妨害しようとしている生徒会の人達を私から遠ざけてくれる。

「女王蜂よ、なんだ、愛されてるじゃないか」

 働き蜂が微笑みながら私自身に呼び掛ける。

「み、みたいだね、みんな!私も愛してるよーっ!!」

 その声を受けて更に生徒達が雄叫びを上げる。

「本当に愛してるのはろっくんだけだけどね」と小さな声で付け加えておくのは忘れない。入り乱れる館内、私は人々の間を縫う様に映写機の所まで歩みを進める。

「私、一人じゃ無かったんだね」

 背後から伸びてくる竹刀が、側面から飛びかかってきた警備員を薙ぎ倒す。東雲さんがしっかりと背後を守りながら着いてきてくれている。

「無論だ。君はハニー=レヴィアンである前に、私達の学友、杉村蜂蜜なのだ。その友が困っていれば手を貸す。それまでだ」

「雀ちゃん……」

「あと十M程だ。守り切るぞ」

「ありがとう……チュ」

「ふわぁ?!い、今、何をした?!」

「ん?親愛のホッペチューだよ?」

「く、くそ!恥ずかしいじゃないかーっ!!」

 東雲さんが顔を真っ赤にしながら更に数人、上空へと吹き飛ばす。その光景を見ていたのか何人かの愛好家の男子生徒達が私の周りに雪崩れ込んでくる。ちょっと邪魔。

「あの!僕達にもホッペチューを!?」

 私はあまり親しくない人にチューはしたくないので、首を振ろうとしたら、殺人蜂が変わりに答えちゃう。

「調子に乗らないでくれるかしら?私はそんなに安くないわ。けどまぁ……頑張り次第では握手ぐらいしてあげてもいいわ」

 私の提案に顔を見合わせる愛好会の人達。流石にそれだけじゃ……。

『何としても我等の女神を守り切るぞーっ!!』

 私を守る様に現れた妨害者達にタックルしていく愛好会の皆さん。なんだか申し訳ござらん。そっと殺人蜂が呟く。

「それよりもういいのね?貴女達。彼女の……木田さんの残した映像、観るには少し覚悟が必要かも知れないわ」

 私は口を引き縛って深く頷く。

「ろっくんも皆んなも前に進む為に頑張ってるのに私だけが逃げてちゃかっこ悪いもん!」

「あぁ。女王が覚悟を決めたのならそれに従うまでだ」

「ごめんね。働き蜂、殺人蜂。私の我儘に付き合わせて。本来なら殺人蜂の身体なのに……自由に使わせて貰ってる。凄く動き易いよ」

 じわりと涙が溢れて視界が歪む。

「いいのよ。この身体、貴女のものでもあるもの。それに貴女は私が切り離した理想の杉村蜂蜜よ。そしてその罪も悲しみも何もかも一人で背負わなくていい。全て三等分といきましょう。緑青には三倍愛して貰えば問題無いわよ。身体が持つかは分からないけど」

「馬鹿者!この破廉恥蜂が!さぁ、女王よ、前に進む覚悟はあるか?」

 涙を拭く私。


「もう目を逸らさない、だって!私の親友木田さんが小室ちゃんに託してくれた思い、無駄にしない!だから立ち止まってなんていらんない!」


 体育館の入口から駆けつけた警備員の集団、約三十人が遠くから私めがけて駆け出してくるのが見える。その屈強な身体で愛好会の人達を蹴散らしてどんどん此方に近付いてくる。

「どうしよ、相手も警棒持ってるし捌ききれないかも……ナイフの出番かも」

 そこにまた別の声が発せられる。青いフード姿の人達を従える留咲アウラさんだ。

「星の教会の皆さん!我らが教祖、尊さんの意思も杉村さんと共にあります!何度怒られても立ち上がりますよ!!」

 畝りぶつかり合う人と人の奔流。どちらかと言うと悪いのは私達の方だ。けど、それでも、私達には道理を越えて成し遂げなきゃいけない事がある。


 そして私は大勢の人達の協力を経て、目的地点へと辿り着く。その前には映写機に連結されたPCを操作している生徒会の人が居た。私は胸ポケットから小室さんから渡されたUSBメモリーを掲げ、指し示す。


「この中にある映像、上映してくれない?」


 その生徒は怯えながらも必死に首を横に振る。


「駄目だ。そんな許可は……あっ、ええっ?!」


 その男の子が背後から何者かに掴まれて持ち上げられ、人混みの中に投げ捨てられていく。


「我等の女神様との謁見を邪魔するな」


 そこに現れたのは青いローブ姿のゴリラ先輩だった。


「あっ、貴方は窓際ゴリラ先輩」


「はい!そのゴリラめです!お怪我はありませ……」

「邪魔、ちょっとそこどいて!」

「後は任せて!杉村さん!」

 彼の背後から眼鏡を掛けた小室さんと江ノ木さんが現れ、ゴリラ先輩を弾き飛ばす。

「二人とも……」

「沙彩ちんの思い、ここまで届けてくれてありがとう!杉村さん!」

「カナ、片手でもパソコン弄れる?」

「モッチーのロンよ!」

 素早く江ノ木さんがパソコンの前に座ると、スリープ状態にあった画面を解除して慌てた声をあげる。

「しまった!これ、ログインパスワードが……」

 小室さんが横から淡々とコードを入力してパソコンにログインする。

「亜記ちゃん?!何処でパスワード知ったの?」

 小室さんが眼鏡を外して、両手を前で組み、上目遣いになる。

「四方田先輩!映写機前に繋がれているパソコン、使うにはパスが必要ですよね?お願いします!私にバスを教えて下さい!って、おねだりしたら……二つ返事で教えてくれたわ」

 この子も凄い。さすがアニメ研究部三人組の一人。

「さっすが亜記ちん!抜け目ねぇーですな!」

 江ノ木さんが素早くUSBメモリーから上映用ファイルを立ち上げて小室さんに確認をとる。

「このファイルだよね……あれ?こっちのアプリケーションは何?」


 小室さんがニヤリと可愛い顔を歪ませて笑う。


「映像ファイルは沙彩の、そっちは……日嗣尊さんが託したもう一つの隠しナイフよ」


 江ノ木さんがボリュームの調整をした後、そのデータを素早くクリックすると、木田沙彩さんが私達に残してくれた映像が薄暗い館内に映し出されていく。私はもう目を逸らさない。そこに何が刻まれていたとしても。

四方田卑弥呼「これじゃあ私も同罪だな」

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