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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
決着の文化祭
222/319

キュートなハニーちゃん

杉村ハニー


その実体は!

愛戦士、キュートなハニーさ!

 体育館に五百席ほど用意された視聴席、その一番前の真ん中で私はパイプ椅子に腰掛けて膝の上に置いた両手をギュッと握り締める。巨大なプロジェクタースクリーンに映し出されたアニメが軽快な大音量の音楽とともに流されていく。午前の部と合わせるとこれで4回目の視聴になるのでもう内容については覚えてしまったので真新しい楽しさは無い。無いのだけど……。そのリズムに合わせて膝を揺らしてしまう。画面上ではアニメ研究部の小室亜記さんが私をモチーフに簡略化した転校当時の英国で着ていた青い制服姿の私が、ナイフやトンファー、二丁拳銃を繰り出してトンボさんやハムスター、スズメさんなどをモチーフにした敵の怪人をズタズタに切り裂いていく。

「フンフンフフンフンフンフフフフン♪」

 デフォルメされたキャラ特有の派手なアクションとポップな効果演出が相まって目が離せなくなる。おかしいな、何回も見たはずなのに。歌と演奏は軽音部からの提供らしく本格的。軽音部の野外ステージでもこの曲は歌われているので生歌まで聞けちゃうけど、私はこの流れる映像と共に歌を聴く方が好き。このオープニング曲は私の本名であるハニー=レヴィアンにちなんで、とある昔のアニメをオマージュしたものになっている。

「こっちを 向い てねー ハニー♪」

 こんな事ろっくんに言われてみたい。熱が入ってくると共に鼻歌からついつい歌詞を口ずさんでしまう。画面では様々な姿にコスプレした私が登場して、少し頭身上がったセクシーな姿で描かれて赤面してしまう。あんな格好恥ずかしくて出来ない。

「お願い お 願い〜〜 傷付け無いで〜私の心がズキズキしちゃーうのぉー♪」

 クスクスと周りから小さな笑い声が聞こえてくる。私、お歌下手なのかな?まぁいいや。画面の中の小さな私の制服が強烈なフラッシュと共にビリビリに破れていく。そのシーンになると私はいつも恥ずかしくなって目を両手で覆ってしまう。でもこの変身シーンは最高にカッコ可愛い。

「イヤイヤよ イヤよ イヤよ〜見つめちゃイヤー……」

 画中の私のビリビリに破れた制服の代わりに触覚と羽根、モフモフした胴体に黒と黄色の縞模様のお尻が追加されて蜜蜂の着ぐるみ衣装になって、いつの間にかその手にはネックナイフが両手に握られている。クルクルと回転しながら歌詞と音楽に合わせてそれが振り下ろされると画面が蜂蜜色に点滅する。私は我慢出来なくなって勢い良く立ち上がるとナイフをスカートの下から素早く取り出して構えをとって叫んでしまう。

「ハニー!スラッシュ!!」

 立ち上がった私のシルエットが体育館の中央に設置された巨大な映写機から放たれる映像を妨害し、壁一面に私の影が浮かび上がる。その姿を見た人達が驚いた様にこっちを見て目を丸くしている。すごく恥ずかしいけど、ついついやってしまう。だって、私がアニメの主役なんだよ?普通に生きてて何かの作品の主人公になるなんて考えられ無いもん。暗がりの中、映写機の光を浴びる私の姿を視認した観客から少しずつ拍手が聞こえ、やがて大きなうねりとなって館内に響き渡る。視聴に来ていた人達はしきりにコスプレ、だとか実写化?だとか外人の女の子?って声が聞こえてくる。

「す、すいません、いっつもここでテンション上がっちゃって、テヘヘ」

 舌を出して誤魔化す。私は歌詞の中の女の子みたいに流行りの女の子じゃないし、どちらかというと日本の女の子みたいに小尻でも無いし、子猫の肌した女の子でも無い。あっ、でもプクッとボインなのは妥協点有りで認めたい。留咲アウラちゃんの巨乳には敵わないけど。形はいい方だと思いたい。ふと横の席に座る女性がヒョイヒョイと私のスカートの裾を引っ張って着席を促す。申し訳ござらん。おずおずと席に座る私。ずっと座っているのでお尻が痛いからたまには立たないとね。

「ハニーちゃん、気持ちは分かるけど、大人しくしてましょうね」

「はーい」

 私の横に座っているのは佐藤さんのママ、桃花染さとう つきそめさんとパパの宏治こうじさんが並んで座っている。文化祭午後の部で心理部のメイド喫茶を手伝いに来てくれたのだけど、極道の人達がろっくんに復讐しようと暴れた結果、一時閉店となり、こうして一緒に映画を観ることになったの。佐藤さんの家族とはろっくんが佐藤さんの家に居候し始めたあたりからの付き合いで仲良しさん。

 そのパパさんが口を開く。

「まぁまぁ、良いじゃ無いか。ハニーちゃんみたいに可愛い娘がパフォーマンスしてくれた方が呼び込み効果もあるだろうしね、また今度。うちの喫茶店のキャンペーン時には協力してくれるかい?ハニーちゃんならメイド服を似合いそうだしね」

「テヘヘ。メイド服着て見たいなぁ」

「よし、約束だよ、今度用意しておくからね。田宮さんとこのお嬢ちゃんと同じぐらいの背格好だからきっと合うのあるはず」

「わーい!今度またろっくん達と一緒に……」

 そう言いかけて私は思い直す。本当にまたろっくんと一緒に佐藤さん家に遊びに行けるのかな。もしかしたら私達は死んでるかも知れない。

「ハニーちゃん?」

 コホンッという咳払いが近くに座る客席から聞こえて私は慌てて唇の前に人差し指を立ててシーってして佐藤さんのパパさんと顔を見合わせる。桃花染さんが呆れた様に溜息を吐いて私達を嗜める。既にキュートなハニーちゃんの本編は始まっている。画面の中の私はちょっと舌足らずで間延びした喋り方なのでアホな子と思われないか少し心配。本編は何度も見ているので私は桃花染さんと話がしたい衝動に負けてしまう。

「ママさん達もこういうアニメ好きなの?」

 二人が顔を見合わせてさっぱりと言ったジェスチャーをする。

「喫茶店を再開する為の準備に取り掛かりたかったんだけどね。私達が此処に居るのは深緋に言われてのよ。14時からずっとこの場所で映像作品を見続ける様にってね?」

「奇遇だね!私もなの!」

「あら?ハニーちゃんもなのね」

 見た目が若くて綺麗な桃花染さん。その目元が驚いた様に大きく見開かれる。

「うん!日嗣さんから貰った手紙にそう書かれていたの」

 その名前を聞いてピクリと反応する二人。特に喫茶店のマスターをそのまま描いた様なパパさんの方が顔を顰めている。

「彼女、無事でいるといいんだけどね」

 私もなんだが胸の奥がシクシクしちゃう。そっと桃花染さんに抱き締められて頭を撫でられる。なんでかなって思ったら、いつの間にか涙を流していたみたい。日嗣さんは行方不明になってるだけなのに。パパさんが苦い顔をしながら自分に言い聞かせる様に呟く。

「この街の人間にとって彼女もまたあの事件で生き残った大切な子だ。それに彼女が居なければ他の被害者達と緑青君や私達の娘が遭遇した事件とが結び付けられるまで相当時間がかかっていたかも知れないんだ。だから彼女に私達は恩があるんだよ」

 事件、その事は思い出したく無い。私はパパさんの言葉の途中でサッと両耳を手で塞いで目を瞑って聞こえないようにする。

「やだ!その話は嫌い!パパさんやめて!」

 その事件があったから私は彼と離れ離れになった。歩むはずだった幼馴染との7年間を私は錯乱した精神で過ごした。いくら耳を塞いでも声が聞こえてくる。

「やめて!私は8歳のハニーなの!!事件なんて無いもん!私、私、誰も殺してなんか無いもん!」

 私は助けられたかも知れない命を見過ごしたのだ。自分の一番大切な幼馴染の男の子を助ける為に。その結果がこれだ。私達の心は別たれ、自分の事もままならない。

「やめて!聞きたく無い!事件なんて無かったの!」

 耳を塞いでも幾らその声を遮断しようと泣き叫んでもその声は私の心の中から響いてくる。もう聞きたく無い、全てから逃げ出してろっくんの下に駆け出したい!私はその声を振り払う様に顔を上げると出口を目指して駆け出そうとする、今、何処に彼が居るのかも分からない。けど、居ても立っても居られなかった。彼と一生離れ離れになる予感がして膝がガクガクと震え始める。彼が居ない人生に私が存在する理由なんて無かった。心から響く声に蹲りそうになる。もう苦しいのは嫌!

「だから!だから今すぐろっくんの処に行くの!邪魔しないで!ホーネット!」

 あの日、北白直哉に追いかけられていた私は、佐藤浅緋ちゃんを見捨てた罪悪感に苛まれ、追いかけてくる人間を殺すという大罪を更に上塗りしようとした。その負荷に耐えるが為に私達は心を分かつ必要があった。

「待っててね、ろっくん、今、行くから」

 全然言う事の聞かなくなった重い足を引き吊りながら出口を目指す。様子がおかしい私に大勢の目がこちらに向けられる。構わない、なんて思われようが。私は彼を今度こそ守るの。そうだ。七年前もお前はそう願い、私の声を聞き入れた。もう何も要らないと全てを捨てた。自分の心さえも。

「うるさい、うるさい、うるさい!私はそれでも、こんな世界でも彼が笑って暮らせる世界が欲しかったの!」

 だから私は捨てた。私の心を?私の心?心が無くなった私はまるで獰猛な獣、その針で外敵を死に至らしめる殺人蜂になった。ならその捨てた心はどうしたの?それは……それがもう一つの人格を作った。冷酷な殺戮機械では無い、ハニー=レヴィアンそのものと言える人格を切り離した。

「あっ……私は、私こそ、捨てられてこの世界から消え去るはずだった私?」

 この心の声こそが本物のハニー=レヴィアンで私は偽物?

「私に……ろっくんと一緒に居る資格なんて……最初から無かったんだ」

 動かない足、私は体を自由に動かせ無くなっていた。私の体に映写機から映し出される映像が投射され背後のスクリーンに大きな影が出来ている。

「それでも私は……」

 全身の力を振り絞ってやっと動かす事の出来た右手を館内の出口に伸ばす。

「ろっくんを助けたい」

 私の声に反応する様に体育館の正面の大きな扉が開け放たれる。暗がりの館内に外界からの光が差し込み、館内を青白い光が照らし出す。背中に光を浴びながら館内に突然現れたのは小柄な女の子。ずっと登校拒否してて文化祭のある今日、ひょっこりと顔を出してきた小室亜記ちゃんだった。その分厚い眼鏡の奥底、鬼気迫る表情で館内に居る私達を睨みつけていた。


「今からこの体育館をこの私!小室亜記がジャックする!!」


 腰に手を当てながら突き出した指は中央で映写機を操作している生徒会に突き付けられていた。時刻は丁度を十四時を指して居た。一体何が始まるというのだろう。


「わ、私、江ノ木カナも居るからね〜っと」


 恐る恐る小室さんの背後から現れた江ノ木さん。

 包帯が巻かれた右手を控えめにユラユラと揺らして手を振る様に存在をアピールしている。彼女達はクラスメイトのアニメ研究部三人組のうちの二人。三人?もう一人は誰だっけ?不意に聞いた事のある少女の声を思い出す。


「人並みな言葉だけど、友達っていうのはなるもんじゃない。いつの間にかなってるものなんだよ」


 少女にしては少しトーンの低めのその声こそもう一人のアニメ研究部、通り魔に襲われ、昏睡状態に陥って目を覚まさない木田沙彩、私の親友だ。なんで私は彼女の事すら今迄忘れていたんだろう。


 私の背後で流れるアニメ、キュートなハニーちゃんも敵の基地に潜入し、物語の佳境へと入るところだった。私も誰かを救えるだけのスーパーヒロインに成れるだろうか。

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