蜂蜜への手紙
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前略、拝啓杉村蜂蜜様。
その後、如何お過ごしでしょうか?
この手紙を受け取ったという事は既に私はその場にはいません。
別れは辛いですが、毎年留年の引きこもりな私が貴女達と過ごした数カ月間は何よりの宝物です。さて、来る文化祭の日に、私はある仕掛けを用意させて頂きました。体育館で午後の部に上映される「キュートなハニーちゃん」を何があっても視聴し続けては貰えないでしょうか?その場に恐らく石竹緑青さんはいません。そして来るべき時には彼の下に駆けつけて頂けるようお願い致します。あの撮影に関わった貴女ならきっと彼の居場所はすぐに分かるはずです。次は貴女達の番です。
最後に石竹緑青君の事は申し訳ありませんでした。夏休みのキャンプ場での事、私の我儘の性で一歩間違えれば取り返しの付かない事になっていました。私と彼を助けてくれた貴女には感謝しきれません。そして、そんな彼の事を好きになってしまった事をお許し下さい。ですが、私の推測では彼は事件の記憶と共に愛情という感情が封じられていると推察しています。私の好意などで彼の閉じられた記憶は元に戻り得ませんでしたが、きっと幼馴染の彼女の好意と口付けが鍵を握っていると思われます。
七年前に貴女と彼が巻き込まれてしまった北白事件。
本来なら佐藤さんの姉妹が被験者に選ばれ、妹さんが生き残るはずでした。その運命を変えたのは彼と貴女の存在です。憎悪と不幸の連鎖は当時の貴女達の介入により、断ち切られました。しかし、七年たった今、再びその悲劇が繰り返されようとしています。どうかこの拡散されていく憎しみと不幸の連鎖を再び貴方達の手によって断ち切っては貰えないでしょうか。
この呪われた事件の被害者達の思い、貴女に託します。運命はきっと変えられます。そしてそれが出来るのは幼馴染の彼の事だけを一心に思ってきた貴女にしか出来ません、どうか私の恩人でもある彼をお守り下さい。
そしてもう一人の貴方を受け入れてあげてください。
彼女は紛れも無い貴女自身に変わりは無いのですから。
貴女と私達を信じて下さった時、その道は開かれるはずです。どうかご武運を。 日嗣 尊
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メイド服から普段の制服姿に着替えた心理部員の僕達は玄関フロアーに設置されている控え室に集まっている。午前中に起きた出来事を脳内で復習すると・・・・・・僕に復讐する為、大勢の暴力団員が僕達のメイド喫茶になだれ込んできた。早い段階で人質を取られてしまった僕らは一触即発の事態に陥いってしまう。小室が早い段階で人質に取られ、用心棒の東雲雀は動けずに銃を突きつけられ身動きが取れない状態に。僕が女装していた事もあり、ヤクザ達は僕の所在が分からない状態に。荒川先生とランカスター先生は僕を庇い、ひどく痛めつけられた。
降着状態に業を煮やしたヤクザ達は標的を変え、東雲が乱暴されそうになった。そこに剣道部員で心理部でもある鳩羽竜胆の活躍により三人のヤクザが撲殺された。その鳩羽に銃が向けられた時、今度は生徒会の面々がメイド喫茶のブースに現れ、何とか時間を稼いでくれた。その間僕はというと留咲アウラさんに抱き留められながら、名乗り出られない自分に歯がゆさを覚えていた。けど、田宮が駆けつけると同時に、僕の命を狙っていたはずの暗殺者達が今度は田宮から渡された「メイド喫茶優遇券」で雇われ、この境地を見る間に片づけてくれた。ヤクザに一般人は適わないけど、ヤクザは殺しのプロには適わない。うまくできている。なら殺人鬼はどうなるのだろうか。軍部の人間を殺し回っている奴は確実に殺人鬼だ。
「ハニーちゃん、化粧ちゃんと取れてる?」
嬉しそうに微笑みながら僕の顔を覗き込む僕の幼馴染。キスしそうなぐらい近い。
「うん。大丈夫だよ!すっかり男の子だね!」
「もう二度とあんな格好はごめんだよ・・・・・・」
「えぇーっ、可愛かったよ?ろっくんのママにそっくりだったし」
「母親似だからね」
「そういえば、ろっくんのパパさんは元気だった?」
「ん?まぁー・・・・・・言うほど悪くなかったかな?」
僕の母は父に刺し殺され、その父は殺人の罪で服役中だ。
「ろっくん、私も制服に着替えたし、髪型も元通り。そのね、あのね!喫茶店、今は開けないし、文化祭を一緒に回りたいなって思うの、どうかな?」
控え室で卓を囲む心理部の面々、荒川先生やランカスター先生は到着した救急隊に治療されているが大した事は無いとの事だった。僕は申し訳なさそうにメイド長の佐藤の顔色を伺う。何とか生徒会の要望により文化祭自体は続行可能なものの、肝心のヤクザ達の死体が跡形も無く消えた為、現場検証の為に心理部のメイド喫茶だけは一時的に畳まざるを得なかった。佐藤メイド長が現状を鑑みて判断を下す。
「杉村さんには宣伝塔として十分働いてもらったし、佐藤家の喫茶店の名はある程度知れ渡ったはず。折角の文化祭、女装してオムライスを男共の口に運んだ思い出だけじゃ味気ないでしょ?金髪美少女の幼馴染と文化祭デート楽しんできてらっしゃいよ……」
「深緋……」
「貸しよ貸し。全く、誰の性で佐藤家の今後が危ぶまれると……それより、約束忘れて無いでしょうね?緑青?」
「あぁ、必ず守るよ」
僕と佐藤はお昼に二人きりで会う約束をしている。それは恐らく、佐藤の妹に関する事だろう。佐藤とはヤクザの一件で自然と中学の頃の様に名前で呼び合う様になっていた。
「ろっくん、約束って何?それに二人とも、なんか怪しいよ?」
退行しているロリ村の殺気が控え室にのしかかる。
「き、気にするな。さぁ、いくぞ!?」
あからさまに機嫌を取り戻した杉村が屈託の無い笑顔で僕に提案をする。
「うんとね、お化け屋敷とか的当て、スーパーボールすくいとかしたいなぁ。美術部の作品展示も見たいかも!カップル限定のイチャラブレストランとかも行きたい!さっきパンフレットで見かけて行きたいなって!」
機嫌を取り戻した杉村の背中を押して僕等は退出する。入れ違いで、給湯室から化粧を落とし、着替えを終えた若草が顔を拭きながら出てくる。
「おぉ、騒がしいな」
「青ちゃん!私達ね、これから秘密のおデートなの!」
「秘密に出来てねぇけど、頑張れよ、杉村」
「うん!既成事実作ってくるね!」
「……ほどほどにな」
若草が顔をひきつらせながらこちらを見てくる。
「青磁もありがとな」
若草も拳銃片手に玄関フロアーを囲んでいたヤクザ達に牽制をかけて事態収集に一役買っていたそうで感謝しっ放しである。
「いいさ。俺も今日の文化祭は潰されたく無かったしな」
「折角みんなこの日の為に練習したのに、僕の性で……」
「いや、お前は悪くないさ。悪いのはこの二週間、お前を賞金首に仕立てた奴だ。まぁ・・・・・・こっちの片付けは任せとけよ。あと昼には戻って来いよ?喫茶店もその頃には再開出来るだろうし。まぁ、着替えちまったし、午後からは高校生喫茶になる訳だが、一般人にはウケるだろう。佐藤の両親も応援に来てくれるし、何とかなるさ」
「わかった。それにしても・・・・・・自業自得とはいえ、ヤクザが三人死んで軽い現場検証と事情聴取だけで済みそうなのは、やっぱりあの人達のおかげか・・・・・・」
「そうだな。あの細目の兄ちゃんと猫耳女、跡形も無く死体処理して姿を消しちまった。参考人の証言と現場の状況の食い違いに警察も困惑してたし。思い出しただけで吐きそうな解体風景だったが」
暗殺者の三人は警察が到着する寸前で遺体を鉈で鮮やかに解体し、袋に詰め、厨房にあった発砲スチロールのケースにそれらを全て詰め込むと、床を入念に清掃した後、それを持ったままどこかに消えてしまった。彼らとはまたどこかで会いそうな気がする。何故なら僕の周りには変わり者がよってくるから。杉村(働き蜂=烏)の事も気に入られてたみたいだし。
「暗殺者か・・・・・・本当に居るのがまだ信じられないけど、杉村誠一さんの存在を考えれば無くは無いのか。よくあんな人達に狙われて生き延びられたよな・・・・・・僕は」
若草が頭を掻きながら呆れた様に微笑む。
「お前なら大丈夫だと思ってたよ」
「青磁?」
「杉村も居るしな」
「うん!ハニーも頑張ったんだからね!ろっくんを襲いにきた悪い奴らをみーんなやっつけたんだから!」
「・・・・・・ん?僕が襲われたのって田宮と一緒に帰ったあの日だけだぞ?そういえばその時も紅シャツのヤクザ達に見覚えのない因縁を付けられたような」
働き蜂さんからの話で、暗殺者烏としてとある犯罪集団に潜り込む為に殺人鬼に落ちた暗殺者を九人ほど始末したとは聞いているが、それは初耳だった。
「ハニーね、ろっくんを殺しに来た奴らをいっぱい懲らしめたんだ。けど、きりがなくてずっと動向を見守ってたらプロの殺し屋まで出てきて大変だったんだからね?頑張ったんだよ?サリア義姉ちゃんが居なかったらもっと大変な事になってたんだから!」
出て行こうとして立ち止まったままでいる僕等二人と若草青磁の会話が続き、それを聞いている他のメンバーからはどうも懐疑的な目を向けられている気がする。僕が生きているのは確かに杉村姉妹の尽力によるところが大きい。義姉さんとの逃亡劇と働き蜂さんが暗殺者「烏」として立ち回ってくれなければ最初の段階、暴力団達のビルに連れ去られた段階で殺されていた。杉村は僕が死んだらどういった行動を取るのか想像出来ないが、そのどれもが危険を孕んでいる事に変わりは無いだろう。
「改めてありがとう、ハニーちゃん」
「ん?いいよ別に。昔からずっとそうだし、一々気にして無いもん。それより、あの細目のお兄さん、殺し屋の世界で「死神」って呼ばれる一流暗殺者でターゲットは全員殺されてたんだからね?あのタイミングでパパが帰って来なかったらきっと私とろっくんも殺されてた」
「だな・・・・・・」
佐藤と若草が不思議そうな顔をしてお互いに顔を見合わせている。
「ん?どうかした?」
佐藤が眉を顰めながら僕に質問してくる。
「杉村さんのお父さん、留置所で爆殺されたって報道されてたけど?生きてたの?」
「……」
「あっ、どうしよ、ろっくん。秘密なのに話しちゃった」
「……えっ?!杉村の親父さん生きてるのか?!」
「どういう事?緑青?!空っぽの棺桶に葬式までしたのに死んで無いの?!死を偽るのは立派な罪で、北白直哉殺害容疑と重なってしまったら更に罪は重くなるわよ?それに逃亡の疑いも持たれわ……」
困惑する二人を余所に杉村はスカートの下から黒刃の小さなネックナイフを両手に握る。コスプレから制服に着替える際に武装も元に戻したらしい。ツインテールを止める簪も誕生日の日に誠一さんからプレゼントされた黄金の髪留め部の付け根にはエメラルドがあしらわれている特注品だ。もうマイクロチップは埋め込まれていない。
「……青ちゃん、深緋ちゃん!八ツ森の平和の為に……」
杉村が誠一さん生存という情報を自らうっかり口を滑らせ、それの後始末をする為にこの場に居る全員を始末しようと動く。
「やめろっ!ハニーちゃん!こいつらは口が固……い?」
杉村の身体が気配を消し、揺らぐ前にそれが突き付けられる。
「悪いな、杉村、今日は大人しくやられるつもりは無いぜ?」
「ごめんね、私も」
杉村が動く僅か前に若草からは黒いデザートイーグルの拳銃が。佐藤の手には小さな果物ナイフが杉村の身体に向けられていた。
「あ……れ?先手を取られた?」
「お前のパターンは大体把握してるからな」
「それに大丈夫よ、誠一おじさんの裏の顔なら知ってるわ。警察でも少数の人間は把握しているみたいだし、私から話すような事はしないわ」
杉村が嬉しそうに黒刃のネックナイフを腿に括り付けられたホルダーに素早く仕舞う。
「流石ろっくんのお友達!只者じゃないね!」
何だか嬉しそうにナイフを仕舞いながら僕の腕に抱きついてくる。ちなみに今日もロリ村さんはノーブラの様でした。この後、僕らは二人で文化祭デートと洒落込むのだけど、入場した先々で杉村のゴリラみたいな力で破壊の限りを尽くし事になるとはこの時知る由も無かった。けど、まぁ……美少女なので許される訳だけど割愛させて頂く。生徒達の青春の1ページに恐怖を刻み込んだ黄金のメスゴリラ伝説は引き継がれていく事だろう……。




