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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
決着の文化祭
215/319

幼馴染の抱擁

「西森軒の店長、僕は無事です」

僕の元気そうな姿に安堵の溜息を吐く店長。

「本当に良かったよ。突然、この人達が大勢やって来て、校門前で入口を塞ぐもんだから、うちの店先で販売していた唐揚げがバカ売れで大助かりだったんだけど、その行列に目をつけたこの人達が、待ってる間、タダで唐揚げを求められてね……」

店長さんが心配そうに机や椅子が散乱したフロアーを進んでこっちに向かってくる。その道中、まだ意識のあるヤクザが起き上がろうとしているのを発見し、店長がお玉を叩きつけて昏倒させている。この人もすごいな。暗殺者死神を知らずとは言え、雇っているだけの事はあるのかも知れない。

「本当に迷惑な人達だよ。折角、この文化祭に私達西岡商店街の面子も総力をあげて参加しているのに……折角の稼ぎ時を邪魔するなんて許せないよ、全く」

コン、コン、コン!とまだ呻き声をあげているヤクザ達にトドメを刺していく店長。そして僕の前にやってくると改めて僕の姿を確かめる。

「緑青君……うん。素敵だと思うよ?白緑君が見てもしっかりと話せば分かってくれるよ。でも本当、当時の葵さんにソックリだね……」

そっか、この街の人達は僕が小さい頃、母が父に刺し殺される前から石竹家との付き合いがあった。だからこの僕の姿もきっと感慨深いものがあるに違いない。

「僕も鏡を見た時は驚きました」

そっと僕の事を背後から抱き留めてくれていた留咲さんの腕をポンポンと叩いて合図を送ると、危険性が無くなった事を察した留咲さんが慌てて手を離してくれる。背中に柔らかい感触がふわふわと残って消えてくれないのは少し照れる。

「いつからだい?隠さなくても緑青君の事なら皆んなも受け入れくれたのに」

ん?なんか勘違いされてないか?

「いや、ちょっと待って下さい?この女装姿は別に趣味とかでは無く、無理矢理……」

「石竹さん、すいません、私達気付いてあげられなくて……」

後ろから留咲さんまで勘違いしてくる。ボロボロになった荒川先生やランカスター先生まで笑ってるし。緊張から一変、クスクスと小さな笑い声をあげる心理部のメンバー達。それに対して、驚いた様に目を見開いているのは生徒会のメンバー達だった。銃口を突き付けられ、火傷を負ったこめかみを抑えながら生徒会長の二川亮が呆気にとられながら確認をとってくる。

「君が……石竹君なのかい?」

僕は渋々それに頷く。

「はい。残念ながら」

二川亮が辺りを見渡し、ある可能性を疑う。

「変だと思ったんだよ。心理部に査察に行った時、君と若草君だけ居なくて、入れ代わる様に登校拒否の女生徒が居たのは。もしかして、もう一人の草部聖子って名乗るあの綺麗な女の子も?」

「はい……若草青磁の女装姿です」

顔を引攣らせる生徒会長。何故かその横の書記、不二家ツトム先輩が崩れ落ちる。あっ、謝らないといけない事があった。フロアーの周囲に固まる来客者達の中に、僕にオプションサービスを頼んでくれた人の姿を何人か見つけて頭を下げる。

「という事なので、騙してすいません。代金は仰って頂ければお返ししますの……で?」

同席してオムライスを口に運んだお客様達がお互いに顔を見合わせた後、仕方ないなぁという両手のジェスチャーをとったあと、見合わせた様にガッツポーズをとる。

「「「「男の娘最高っ!ご馳走様でした!」」」」

多分、男のこの「こ」の部分の漢字表記は娘の方なのだろう。まぁ、いいか。

暗殺者の三人が鳩羽によって殺されたヤクザ三人の遺体をテーブルクロスを利用して遺体の回収作業を行なってくれている。その光景を見た鳩羽竜胆が慌てて頭を下げる。

「すいません、あの、僕が……つい殺してしまったのに……」

動かなくなった体を引き摺りながら黙々と作業をこなしていく死神と戦車と鈍猫。こういう事態に慣れているようだ。

「気にする事ないネ。正規の暗殺依頼で無い場合は、自分達でこういう後始末もしてきた。そうか、遠くからこの男が打ち上げられるのが見えたけど、君だったネ?烏かと思ったネ。なかなか素質アル」

「素質ですか?」

鳩羽竜胆が血塗れの執事服の上着を脱いで、彼等の遺体にそっとかけてやる。

「殺し屋の素質ね。私達、こう考えてるネ。世の中には人を殺せる人間と殺せない人間が居るね。追い込まれ、防衛の為につい殺してしまうのでは無く、きっちりとした意識下の下、相手を殺せる人間ね。こいつらの打撲痕、的確に迷い無く打ち込まれてるネ、才能アル。最も、杉村誠一の娘や、そこの女装メイドに比べたらまだまだだけどネ?」

今度はこっちを見てくる暗殺者死神。

「君もこっち側にくるならいつでも言うネ?烏の暗殺者としての席もワタシが消させて無いネ」

どうやら僕の事も気に入られているみたいだけど、そんな物騒な世界に足を踏み入れたくは無い。殺人を犯したのは一件。それは佐藤の妹、浅緋あわひの首を絞めて犯した殺人。それだけでいい。もう本当は誰も殺したくなんか無い。

「烏……もとい、ハニーにはそう言伝しておきます。僕はお断りですが」

「フフッ、気が変わったらいつでも言うネ?この世界、信頼したとしても信用出来る同業者トモダチは少ないから貴重ネ。あと、この件は貸しだと杉村誠一に伝えてくれると助かるネ」

多分、そっちが僕達の事を助けてくれた一番の理由なのだろう。さすがは抜かり無い。猫耳チャイナドレスのお姉さんが厨房にやって来て、佐藤深緋に包丁の在り処を尋ねている。恐る恐るその箇所を佐藤が指差すとお礼を言って数本の包丁と工具箱から鋸を手にして厨房から出てくる。

「お兄さん、いいのがあったニャ。これで解体して梱包して組に送り返して自分達で後処理させるにゃ」

包丁の一つをクルクルと死神に投げるとそれを寸分の狂いも無く、キャッチする。この人達にもしもの受け損ないとかいう概念は無いらしい。

「助かるネ。警察が来る前に素早くバラして撤収するネ」

戦車はそういうのに慣れて無いのか、解体という言葉を聞いて口元が引き攣っている。僕の横にカントリー風メイド服を着用した佐藤深緋がやって来て、恐る恐る僕の腕を引っ張る。

「もしかして、暗殺者に命を狙われて死にかけたって言う話、実話だったの?」

「信じられないなら別にいいけど……」

「あんな立ち回りを見せられたら信じざるを得ないじゃない……よく無事で生き残れたわね?」

「それはハニーの、いや、働き蜂さんが烏っていう暗殺者に化けて敵の組織に潜入してくれたお陰で……」

暗殺者死神と鈍猫が包丁を振り上げる。僕は佐藤がその光景を見ない様に左手で視界を塞ぐ。

「ちょっ」

近い位置に居るせいか、佐藤の頬が少し紅く染まるのが分かった。

「ごめん、嫌なものは見せたく無いというか……」

佐藤が僕の手にそっと手を合わせて呟く。

「平気よ……あんなの……もう見慣れたし何より……妹の変わり果てた姿と比べれば」

その言葉に僕の左手がピクリと反応してしまう。僕自身が佐藤の妹を殺した事は世間的には知らない事になっている。その事を知って居るのは、若草青磁、杉村蜂蜜ハニー、杉村誠一、石竹白緑、そして佐藤の母……桃花褐つきそめさんだけだ。

「ねぇ……緑青、後で……お昼休憩が終わった後、二人だけで話せない?」

もしかしたら、母親からその事を聞いたのかも知れない。深緋には自分から言う様に言ったが、桃花褐さんから言わない約束を結んだ訳では無いからだ。僕は覚悟を決めてそれに頷く様に佐藤の手を握り返す。

「うん……分かった」

僕の握り返した手に驚いたのか、その手を握ったまま驚いた様に目を丸くして僕の事を見上げる佐藤。身長が145cm程の佐藤が見上げたその顔は軽い化粧と相まっていつもよりも可愛く見えて僕まで紅くなってしまう。

「ちょ、緑青?何、紅くなってんのよ!」

「深緋こそっ!?」

考えて見たらお互いに名前で呼びあうのは中学生の時以来かも知れない。妹の死が僕等を明確に隔てている。もしそれが解決したなら、僕等は以前の関係性に戻れるのだろうか。それとも、僕はその小さな手に裁きを受けるのだろうか。それは他でも無い、佐藤自身が決める事で僕はその裁きを待つ罪人に過ぎない。それでも僕等は手を離そうとはしなかった。久し振りにお互いの心に触れた気がしたからなのかも知れない。

「ッ!?」

殺気を感じて前を向くと、腕から血を流した紅シャツの男が目を血走らせながらこちらを睨みつけていた。まだ動けたのか!

「女装してたとはな……だが、見つけた、殺してやる」

右手に握られたバタフライナイフが素早く空を掻く。狙われているのは心臓。ひとまず佐藤の身体を退けようとした瞬間、握られていた左手に力が加わり、僕を庇う様に佐藤が正面から抱き付いてくる。その勢いに後退りながらも心臓の位置に佐藤の顔があるのでこのままでは頭にナイフが突き刺さってしまう。反応速度では僕の方が上だから、佐藤は逸早く紅シャツの気配に気付いて身を挺して庇ってくれたのか?その刹那の瞬間、僕は懐かしく馴染みのある甘い匂いを鼻腔に感じた。その匂いが誰のものかは目視しなくても分かる。その名を叫ぶ。

「頼む!ハニーっ!!」

態勢を崩しながらその声達を耳に聞く。

「やっちゃって下さい烏さん」

「いくにゃ、烏」

「殺るネ、烏」

暗殺者三人の声にも反応する様に短く低めの澄んだ声が死角から聞こえて来る。

「無論だ……」

その声が届く前に紅シャツの切り離された右腕がナイフごと宙を舞い、辺りに鮮血を撒き散らす。まるで黒い翼で身を隠す烏の様な出立の杉村の手に握られた包丁。切れ味を超越させる持ち主の技量がその両腕を寸断し、幾重もの斬り傷を紅シャツの男に刻んだ後、黒い布の隙間から伸ばされた細く白い足が紅シャツの男の顎を砕きながら蹴り上げられる。数メートル打ち上げられた紅シャツのヤクザが宙を舞い、床に叩きつけられる間、まるで時間が止まった様な錯覚をその場に居る全員が体感していたと思う。紅シャツの男の落下音とその痙攣する体を眺めながら僕等はその時間を取り戻す。辺りはただその一瞬の出来事に息を飲み、静まり返っていた。返り血が衣服にかかるのを恐れてか黒い布を体から引き剥がす杉村。その下に着ているアリスエプロンと包丁に違和感を感じながら、その少し不機嫌そうな顔で僕に左手を伸ばす。佐藤と抱き合いながら尻餅をつく僕に。

「アオミドロは本当に目を離す隙も無いな」

震えながら目を瞑って僕に抱き着く佐藤の背中を叩いて声をかける。

「ありがとう、深緋。助かった……」

ゆっくりと目を開いた佐藤の目には涙が溜まっていた。

「深緋?」

その事に自分で気付いて無い様子の佐藤が慌てて涙を拭いて僕から体を起こす。

「なんで、私、緑青を助けようと……」

僕以上に戸惑いを見せる佐藤、それもそうだ。彼女は妹を殺したく男を助ける為に自分の命を犠牲にしようとしたからだ。僕はきっと佐藤姉妹に命を救われた。そしていつも僕の危険に駆けつけてくれる幼馴染の差し出された左手に手を伸ばす。

「いつもありがとうな、ハニーちゃん」

そっぽを向きながらも僕を引き起こしながら杉村が反論する。

「私は「働き蜂」だ。助けたのはこれで経ったの二回だよ。一回目はあそこでヤクザ達を解体している暗殺者達から。そして二回目が今だ」

僕は微笑みながら返事する。

「僕にとっては君も同じハニーだよ。だからいつもありがとう」

面食らった様な顔で僕を立たせた働き蜂さんは、咳払いをした後、右手にした包丁を床に投げ捨てると、僕に抱き着いてくる。

「無事で良かった!ろっくん!ハニー凄く心配したんだからネ!」

「……働きウォーカーさんですよね?」

女王蜂クイーンだ」

「……いや、だって、女王蜂は働き蜂さんの事を聞いても分からないって」

「女王蜂だ」

「す、すいません」

そういう事にしといた方が良さそうなので、僕は大人しく幼馴染に顔をぐりぐり胸に押し付けられながらその抱擁を受け入れた。遠くに警察のサイレンの音を聞きながら。




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