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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
決着の文化祭
211/319

青春の1ページ

リーダー:佐藤深緋

フロアー:鳩羽竜胆、ゼノヴィア=ランカスター、江ノ木カナ、留咲アウラ + 小室亜記

キッチン:荒川静夢、石竹緑青(僕は調理担当である)、東雲雀

 10時の合図と共に来客者への挨拶を終えると、午前中の作業を担当している面々がそれぞれの配置へと付く。本来なら担当外である生徒会の田宮と四方田卑弥呼さんがしばらく入口のレジ近くで様子を見守ってくれている。

 始まりの合図と共に整理券を手に握った客が田宮と四方田さんにそれを渡し、フロア―を任されている鳩羽に案内されていく。杉村蜂蜜ウォーカーさんはトンファーを片手に構え、客への睨みを効かせてくれている。彼女は宣伝担当なのでもうすぐここを離れなければいけないが、初動を心配してこうして見守ってくれているのだ。僕と目が合うとここは任せろという意味で深くこちらに頷く。僕のすぐ近くをフロアー担当の鳩羽(執事服Ver)が横切る。その振る舞いは本物の執事の様だ。

 教皇服姿のアウラさんもゴテゴテした衣装に戸惑いながらも必死に客を捌き、アンミラ衣装の江ノ木も片手が使えない分、必死に注文を暗記して取っている。そんな風景を見ていると日常に帰ってきた事をしみじみと感じさせる。

 小室亜記に大まかな仕事の説明をしているリーダー役の佐藤の代わりに、メイド服姿のランカスター先生が軍隊仕込みの指揮を的確にとっている。客を席に案内しながら、一人でスマイルや握手、記念写真までこなす器用さはさすがだ。そのおかげで注文を取るのに戸惑うメンバーに余裕も見える。


 暗殺者に命を狙われていた二週間、きっとこの日の為に皆は接客の鍛錬を積んできたに違いない。入場者のグループそれぞれに手渡す整理券は定員数55名(うち15席が喫煙スペース)を越えないようにする為の配慮と、予約チケットの代わりにもなる。他のブースを見た後にそれを提示すると優先されて案内されるという訳だ。ここは喫茶店。皆さんにゆったりとした空間を提供する為、話し声のボリュームを抑える配慮も入店時に説明を受ける。それを守れない客は我らが門番(杉村蜂蜜(暗殺者)、東雲雀(用心棒)、ランカスター先生(拳銃保持者))が牙を向くだろう。続々と客が案内され、空席だった55席が少しずつ埋まっていく。文化祭に参加する人達は本校の生徒の他に一般人の入場も認められている為、様々な世相の顔ぶれだ。アンミラ服姿の江ノ木が元気よくこちらの厨房にオーダーを通す。

 「スペシャルと厳選、一つずつ入りましたぁ!」

 荒川先生が「あいよ」と返事をすると突っ立って客席を眺めていた僕に歩み寄り、僕のメイド服の裾を引っ張る。

 「おい、石竹。お前も厨房だろ?珈琲の入れ方教えてやるから付いて来い」

 桃色の着物の上に割烹着姿の女将風荒川先生が段取りをよく分かっていない僕を厨房まで案内してくれる。客席から厨房はカウンター越しに丸見えなのでその視線が少し恥ずかしい。客からの視線をどこか感じて気恥ずかしくなる。見ているのはきっと珍しく化粧をした荒川先生の方だろうけど。

 厨房には簡単なフードメニューを作るスペースと珈琲を入れるスペース、そしてデザートを用意するスペースに分けられていて、今入ったスペシャルブレンドと厳選深煎りアイスコーヒーは理科の実験で使いそうなサイフォンビーカーを使用して珈琲を抽出するらしい。何台も並べられたサイフォンがコポコポと湧きたっている。

 「調理は東雲がメインで、私はデザート。お前は珈琲を頼む。サイフォンの方を使うのは初めてだったよな?」

 「はい。ネルドリップ式とペーパードリップ式は佐藤に教えて貰ったんですが、サイフォンはその時手元に無かったのでまだです」

 「よし、なら一緒に作るぞ」

 フロアーから戻って来た江ノ木から再び声がかかる。

 「ミニケーキ、ベリタル、ホットセットとピラフのオレンジセットお願いしまーすっ!」

 慌てる僕を余所に荒川先生がマイペースにサイフォンの用意をしている。

 「荒川先生?注文は?」

 「ん?いいんだよ、あいつにやらせておけば」

 親指を背後に向かって示すと東雲がすり足で素早く厨房にインすると電磁コンロの上にフライパンを乗せ、油を引いて冷蔵庫から具材とライスを並べていく。そのついでに飲み物を淹れる為のカップにグラスを並べ、こちらへと移動する。そして素早く棚からセット様のブレンド珈琲の豆をペーパードリップに注ぎ入れ、直様調理台の前に戻るとピラフの調理に取りかかる。その調理進行度に合せてオレンジジュースとタルト、片手間にお湯を数回に分けて注ぎ入れていたペーパーフィルターを退けると、少しカップにそれを注ぎ入れる。砂糖やミルクはフロアーが準備するのでこちらで用意する必要は無い。ピラフをさっとお皿に盛ると、厨房の前に構えられたカウンターにそれを並べていき、伝票を一緒にそれを置く。一回のドリップで4人分作る想定なので残った珈琲はビーカーのまま暖められている。約5分もの間に2人分のメニューを1人で完璧にこなしてしまった。東雲雀、ただの木刀娘では無かったようだ。呆気にとられていると、荒川先生が「な?」と声を掛け、僕にサイフォンコーヒーの淹れ方を伝授してくれる。客席からもサイフォンビーカーの様子を見れる様になっている為、それを見て雰囲気を楽しめるようにもなっている。

 「まず、用意するものはフィルター、フラスコボール、ロート、竹べら、珈琲メジャー、アルコールランプ、砂時計だ」

 並べられたガラス製の球状容器にフラスコ、そしてアルコールランプ。これらの器具を見るだけでは淹れ方が良く分からない。

 「まずは中に入れるフィルターをボールに溜めた水で軽く洗った後、水気を絞れ」

 「こ、こうですね」

 「そうだ。次にフラスコボールにそっちの水を入れて、台にセットしてアルコールランプに着火し、それを底から当てる」

 「あれ?ランプってどうやって着けるんですか?」

 「ん?あぁ、ここがスイッチになっているからここをこうするとつく」

 「おぉ!」

 「火はきっちりと当てろよな?そんでセットした後、さっきのフィルターをロートにセットしろ」

 「はい!」

 「ロートの先端にきっちりとフックをかけてセットしたら、このロートに必要分の豆を入れる。スペシャルと厳選アイスコーヒーの豆は違うから、ブレンドを入れる場合はこっちの棚にあるスぺシャルってシールが貼った容器から取れ。同時進行で私は厳選アイスコーヒーを作るからな」

 「はい!2人分の豆を入れました」

 「それでいい。次にさっき用意した水の入ったフラスコボールから一旦、アルコールランプを退け豆を入れたロートをセットする」

 「あつっ!」

 「馬鹿!熱したフラスコを持ってどうする。軸の部分を持ちながらこうやってセットするんだ」

 「は、はい!」

 「そしたら、再びアルコールランプを戻す」

 「はい!メモ取っていいですか?」

 「あぁ。好きにしろ」

 メイド服エプロンの前に付いたポケットからメモ帳とペンを取り出して今聞いた事を書いて行く。

 「で、水が沸騰したら上のロートの方にどんどん湯が上がって来る」

 「すげー!これどうなってんの?」

 「私もよく分からん。理科の先生にでも聞け。そんで湯が半分ぐらい上がって来たら、アルコールランプはそのままで竹べらでロートの中の珈琲豆を撹拌する。このタイミングで若干味が変わる。ほぐすタイミングが早いと酸味の強い珈琲に。遅いと苦みのある珈琲に仕上がる」

 「えっ、じゃあどれぐらいで撹拌すればいいんですか?」

 「気にするな。半分ぐらいになったら掻き混ぜる事だけ考えろ。多分、喫茶店の娘、佐藤以外、客を含めて珈琲の味なんて分からないだろ?」

 「た、確かに」

 「私は苦い方が好きだから、すこし遅めにこうやって混ぜる」

 「自分の好み!?」

 「ほぼ全てのお湯が上がりきったら、もう一度撹拌させろ。7回ぐらい竹べらで掻き混ぜたら、このまま約1分放置だ。そこにある砂時計を使え」

 「キッチンタイマーじゃダメなんですか?」

 「それでもいいが、音が五月蠅いのと見た目が雰囲気でるからな。多少、遅れても客からの文句は来ないはずだ。メイド達のサービスで待ち時間を潰すことも出来るしな」

 「いや、全部、客席に聞こえてますよ?皆さん、きちんと静かにしてくれているんで丸聞こえです」

 「気にするな。私は気にして無い」

 「は、はい」

 「で、一分経ったらランプを外して火を止めて、三回目の攪拌を行なう。今回も約7回程度だ」

 「はい!こうですね!」

 「上出来だ。で冷めてきたら……こうやってフラスコに珈琲が落ちていく」

 「おぉ!」

 「珈琲の粉が山の様に盛り上がっていれば成功だ」

 「成功ですね!先生!」

 僕等の目の前にサイフォン工程を経て二つの珈琲が抽出される。

 「そんで、こっちのはアイスコーヒーだから何も敷いてないドリッパーに冷凍庫から氷を取り出して積み上げ、そこを通してグラスに注ぐ。これで結構冷えてるけど、グラスにも氷を投入して完成だ。カウンターに差し出せばあとはフロアーの連中が用意してくれる。要領は分かったか?」

 「はい!」

 楽しそうにする僕等を見て、厨房を覗く佐藤深緋がこちらをじとりと見ている。あ、やばい。

 「石竹君に荒川先生?」

 「は、はい!」

 「おっ、なんだ?」

 「働いて下さい。注文はどんどん入って来てますよ?東雲さん1人で捌ける量じゃない事ぐらい分かるでしょ?」

 我に返って東雲の方を見ると、汗だくになりながらも必死に料理とデザートと飲物を作り続けている東雲がフラフラしながら1人頑張っていた。

 「「ごめんなさい!」」

 僕は慌てて注文が入った珈琲を作り始める。お湯が入ったポットを一斉に並べ、それぞれのオーダーにより、ネルドリップ式とペーパードリップ式を使い分けながら。直火式エスプレッソの用意をしなくては。荒川先生も袖をまくり、慌てて注文の入ったケーキを用意してカウンターに並べて行く。それに合せて東雲は料理作りに専念出来る様に動きを変える。

 佐藤が入席状況とオーダーの兼ね合いを見合せて僕の方にやってきてフォローに入ってくれる。

 「石竹君、手伝うわ」

 「ありがとう」

 「作業は簡単に見えて結構奥深いのよ。お湯の温度や抽出時間で味が変わるの。スペシャルと厳選アイスコーヒーは私に任せて?一番時間がかかるし、価格も高め。目玉商品でもあるし、珈琲通を唸らせる為に、ここは私が担当するわ。石竹君は比較的簡単なペーパードリップの方をお願い。あんまり練習もしてないし、怪我してるようだしね」

 カントリー風メイド服姿な佐藤が微笑みながら僕の横に立つ。ほんのりグロスも引いている様でいつになく綺麗に見えてしまう。

 「何時になく優しいな……」

 「私はいつも優しいわよ。あ、小室ちゃん!レジお願い!」

 厨房から見えるフロア―は静かで落ち着いた雰囲気を漂わせているが、席の間を忙しなくメイド喫茶の従業員達が音も無く早足で歩いている。歩き方から徹底的に訓練されただけはある。小室はどうやらレジ対応と水汲み係をひとまず任されているようだった。短めの裾から覗く白い足を気にする事無く大股で歩いているので、逆にお客さんの方が戸惑っている。眼鏡を外した彼女自身に美少女の自覚が無い為の所作であり、スマイルや握手を客から求められる度に小首を傾げている。

 佐藤と僕は手を動かしながらフロアーの様子を見守っている。

 杉村は宣伝係で、田宮の四方田卑弥呼先輩は生徒会の方のクレープ屋があるので既に居ないようだ。執事服の鳩羽竜胆、メイド服のゼノヴィア=ランカスター、アンミラ衣装の江ノ木カナ、教皇姿の留咲アウラ、着物姿の小室亜記。最初はランカスター先生が人気だったけど、客もこの喫茶店の仕組みに馴染むと共に、一番胸の大きい留咲アウラさんの指名が増えて行く。ゴテゴテした衣装はやっぱり邪魔だったのか、頭のミトラと首に掛けられた帯が取られ、腰にリボンとして巻かれていて可愛い。それによって布地越しに彼女のボリューミーな胸元が露わになった事も影響していそうだ。彼女のコミュ力の高さも相まってか次々と声を掛けられていく。次いでアンミラ服姿の天然系美少女の江ノ木カナ。右手に包帯を巻き、ハンデを負い戸惑いながらも客の対応にきっちりと答えている。女性客のほとんどは鳩羽を指名してくれているのできっちりと活躍してくれている。小室への指名はなんだか偏った世相の指名が多く、小室は嫌な顔を隠そうともせずに対応している。全然スマイルしていない。そんな笑顔で大丈夫か。

 厨房近くの席に居た客の1人が近くを歩く江ノ木に声をかけて何かをお願いしている。その机には東雲特製のオムライスが置かれている。それを指差し、何かを囁いて、お金を渡している。こうして現金のやりとりをしてると何だか怪しい感じがするのは僕だけだろうか。江ノ木が戸惑いながら助けを求めるように振り向くと、声をかけてくる。

 「いッ!石竹君!じゃなくて、石田さん!指名入りました!どうする?出れる?」

 僕は必死に首を横に振って無理だというサインを送るが、横に並ぶ佐藤と荒川先生が僕の肩を叩く。

 「石竹君、じゃなかった石田葵ちゃん。こっちは大丈夫よ?席が埋まってオーダーも落ち着いてきた。追加注文ぐらいならこっちに任せて?」

 「折角の指名だ、いってこひ……プクククっ!」

 「ちょっ、荒川先生!笑いすぎですよ!」

 声で男だとばれない様に小声で話す。僕は渋々、溜息を吐きながらそのリクエストに答える為にフロアーへと足を一歩踏み出した。それに合せて会場の視線がこちらに一斉に向けられる。一体なんだ?やっぱり気持ち悪かったか?

 僕の制服はモダンでシックなメイド服姿に片眼には白い眼帯を、首には包帯を巻かれている。ちなみに黒いガーターストッキングまで装着させられている。

 戸惑いながらも、長いスカートの裾を持ち上げて上流階級のお嬢様がしそうなお辞儀をすると、客席からいくつもの手が上がり「私もそっちの背の高い質素なメイドさんがいいです!」「僕も!」「俺も!」と謎の石田葵コールが止まってくれない。フロアーのメンバーが客を宥めつつ、少し休憩をとる為に厨房へと移動する。皆の休憩時間を確保する為にも、石田葵として頑張らねば。

 僕は声で性別がばれない様に首を指差し、困り顔で微笑むと「儚げメイドさんキターッ!」とまたもや騒がれてしまう。ゴメン、野郎です。

 チラリと振り返ると、レジと案内を任されている小室以外が僕の背後からこっちを見守っている、笑いを堪えながら。僕が親指を立てて合図すると、皆がそれに答える様に同じく親指を立ててくれる。ここは任せろ、みんな!石田葵、出ます!

 言葉を話せない僕は机に並べられたメニュー表とを照らし合わせながら客達の要求に応えていく。でもこれ、詐欺罪で捕まらない?!ばれないようにしなければ。幼馴染の英国美少女よ、こんな時に居てくれたらそっちに指名が集中するのになと思いながら僕はお客様に笑顔を向けて歩き回る。これじゃあまるで一人ステージだ。メイド喫茶の周りには席待ちの為に長蛇の列が出来ている。恐らく、杉村の宣伝効果が効いているのだろう。久しぶりに感じるこういう学校行事に汗を流すのも悪くない。うん、非常に悪くない。青春って感じだなっと。僕は色々我慢しながら男の客の口にオムライスを運んで行く。僕の青春の一ページに女装して野郎どもの口にオムライスを突っ込むというよくわからないメモリーが増えた。死にたい。いや、ダメだ、まだ死ねない。必ず生贄ゲームの共犯者がどこかでこちらを伺っているはずだ。気は抜けない。けど、これ……僕が石竹緑青って事すら分からなくないか?

 



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 ・スマイル・・・¥10(店員さんが近くで貴方に微笑みかけてくれるぞ!)

 ・握手・・・¥50(綺麗な手でお願いします。)

 ・記念写真・・・¥100(無許可で撮影は処分対象となります。)

 ・あ~ん。・・・¥100(フードメニューを注文頂いたお客様限定で3口分、店員に食べさせて貰えます。)


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