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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
蜜蜂と接合藻類
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心理部の3人

もう1人の青き少年。その追憶、残滓。

 俺の名前は若草青磁わかくさ せいじ。この記録は俺があいつと初めて接触を試みた記憶の残滓である。


 俺という人間に興味が無いのであれば即刻退去する事をお勧めする。

 こちらとしても15歳以下の女の子以外に興味は無いのでね。

 

 4月に入ると、それまでの寒さは嘘の様に身を潜め、穏やかで暖かい風が八ッ森市に流れ込んでくる。


 八ッ森市立高等学校2年へと過不足無く無事に上がる事の出来た2年A組のクラスメイト全員は新たな生活の始まりにどこか落ち着きが無いようだ。


 始業式が終わると元1年A組だった面々は2年A組へと移動し、新しい名札や上履き、ネクタイ、リボンが改めて生徒に支給される。1年のシンボルカラーが黄色であったのに対し、2年は赤色である。ちなみに3年生は緑色である。上履き等もそれらの色分けに沿った形で区別化されている。


 A組は馴染みの顔ばかりだが、まだ全員と仲良くなった訳では無い。


 運良くこのクラスにはいじめ等も無く、去年は平穏な1年を過ごす事が出来た。今年もその平和な1年が繰り返されると誰もが信じていた。


 この時はまだね。


 ちなみに石竹の座る席は廊下側の列、前から2番目。


 朝陽がクラスの窓から注がれ、石竹緑青は1人微笑んでいた。少し不気味だ。その石竹に対し、名前の順番でたまたま横の席に着席していた佐藤深緋さとうこきひと眼が合うと、彼女は口パクで“気持ち悪い”と伝える。


 顔は笑っている事からそれが本気では無いと石竹には伝わっているようだ。


 彼女も又、新しく始まる高校2年生としての生活に何かしらの期待をしているように見える。


 担任の教師である「 荒川あらかわ 静夢しずむ」から生徒への話が終わると、その日はそのまま解散と言う事になった。


 石竹が鞄の中に配付された諸々の品を詰め込んでいると、手早く帰る準備を済ませた佐藤が声をかけている。


 「今日さ、久しぶりにうちに寄ってく?それとも部活だっけ?」首を横に振る石竹。


 「あの部活は去年の決算時に生徒会によって叩かれて、廃部。だから問題無い」


 「確か、“軍部”だっけ?あのミリオタの集団……?」


 「違う違う、僕は真剣に戦争をこの世から無くそうと考えて入ったのだけど……中身はその逆で、戦争に憧れる少年達の巣窟だったよ」


「それは残念ね」


 あまり興味無さげに話を切り替える佐藤。


 「えとさ……実はね、今日から実家の喫茶店で働く事にしたのよ」


「え、働くって……バイトって事?」少し照れくさそうにする佐藤。


「ほら、もう今日から高校2年生だしさ、いつまでも甘えていられないしね。それに接客経験とかしとけば将来役に立つかな…なんてね」


 温い高校生活を満喫しようとしていそうな石竹緑青とは対照的である。


 閉鎖的で緩やかな時間の流れの中にいるこの町の者にとっては、無理に働こうとする習慣が無いのかバイトをしている生徒は僅かだ。このクラスだと確か学年代表の田宮稲穂たみや いなほが家政婦的なバイトをしていると噂で聞いた事がある位だ。


「僕なんか、まだ伯父さんの好意に甘えまくってるからな」

「けど1人暮らししてるのよね?」

「まぁ形だけはね?」

「形だけ?」


「食べ物は適当に見繕っているけど、月々の食費、光熱費、家賃は負担して貰っているし、おこずかいとして1万円くらい貰ってる。そんで別に頼んだ訳でも無いのに伯父さんからの依頼で、週に一度バイトのお手伝いさんがやってくるんだ」と石竹。


 「石竹君って……自立しているような、していないような、よく解らないわね」


 何気に心に深く刺さる佐藤の言葉に石竹は少し元気を無くす。それに気付いた佐藤は慌てて石竹の自尊心をフォローしつつ、今日の依頼内容を詳しく話す。


 佐藤の依頼は自宅の喫茶店での接客練習を「石竹緑青」で行おうというものだった。


 本人曰く、家族相手だと照れくさいし、情連のお客さんには迷惑かけられない。そんでもってあまりかっこ悪いとこは見せたく無い。見せるなら、仕事が出来るようになってからだそうだ。


 本来なら面倒な依頼内容にも関わらず、石竹は面倒臭そうな表情一切し無い。こいつなら俺の変な話でも聞いてくれるかも知れない。そんな予感がこの時した。


 俺は他のクラスメイトとの別れを済ますと、校門を出ようとしていた2人に声をかけた。


「なぁ、石竹と佐藤。ちょっといいか?」


 ゆるゆる歩く2人に声をかけると、少し驚いた様にこちらを振り返る。別に俺はクラスで浮いている訳では無いが、俺の本性を話した事は誰にも無い。俺の名前を石竹は口に出す。


「えっと……何か用事?若草くん」


 佐藤と石竹に自分も付き添いたいという俺の旨を伝えると、石竹は快く了承してくれた。少し佐藤は迷惑そうな顔をしているが、まぁ問題無いだろう。


「若草くん、でも今から行く私の喫茶店って市内を南下しないといけないし、駅からは反対方向になるのだけど大丈夫?遠回りじゃ……」


「大丈夫、俺の家は西岡商店街にあるから、少し横道を逸れるくらいだよ。石竹は家どのあたり?」


「僕は紫陽花公園の近くのマンションというか……佐藤の自宅からは15分位歩いた所にある」


「紫陽花公園……あの小さい公園だよな?中学の時にはよくそこで友人とたむろしてたよ。もしかして知らない間に俺達会ってたかもな」という俺の質問に微妙な表情をする石竹。


 その表情の意味する所は俺には解らないが大した問題では無いか。


「商店街の方か……あの辺の雰囲気はいいよね。西岡駅周辺の繁華街とはまた違った味わいがある。マクドナロドは無いけど」


 なんでマクドナロドに拘るんだ?確かに八ツ森市には無いけど、ハンバーガーならファミレスでも食えるだろ。


「ファーストフード好きなのか?高校生らしいな」


「いや、好物はお茶漬けだよ。時々それで夕御飯を済ます位だし」


 あ、やっぱ年寄り臭い。


 横から佐藤がそれでは駄目だと突っ込みを入れる。今日は私の家で食べていくようにと口を出す。うんうん、仲が宜しい事で。


 しばらく互いの他愛もない情報を交換した所で不意に車が近付いて来て停車する。


 その車は、優しい黄緑色をしたタクシーで、市内を走る無料タクシーだった。運転席から顔を覗かせた年配の男性は石竹と佐藤の知り合いらしく挨拶を交わす。


「君達。今帰りかい?」


「おじさん。こんちわ。今から佐藤の喫茶店にいくんだ」と石竹。


軽く会釈をする佐藤。そしておじさんと呼ばれた人物がこちらにも視線を向ける。


「こちら側ではあまり見かけない顔だね?同じ高校の同級生かな?」と優しく質問してくる。


「はい、石竹君とは同じクラスメイトやらせて貰ってます。お仕事ご苦労様です」


 「そうか」と笑うタクシーの運転手。


 年齢は40代位だろうか、見ようによっては30代に見えなくも無い事から実年齢よりは若く見える。結構渋い。


「私は見ての通り市内タクシーの運転手。杉村誠一、石竹君とは小さい頃からのお友達……いや、親みたいなもんだよな?」と視線を石竹に送り同意を求めるが、石竹は照れ臭そうにして返事を渋っている。


「おじさんは……杉村おじさんは、小さい頃仲が良かった友達のお父さんで、その時から付き合いなんだ」と俺に求めていない説明をしてくる。

  「よかったら送っていくよ?」という杉村おじさんの好意を迷惑がかかるからという理由で何度もお礼と断りを入れる石竹と佐藤。多分、佐藤の方は一緒に歩きたいんだろうな、石竹と。


 石竹の方は、迷惑がかかると本当に思っているみたいだ。


 ……まぁ、結局強引な杉村おじさんの押しを断り切れずに結局タクシーに乗っけられる事になって、道中石竹の過去話を聞かされたりした。


 その話を聞いて、終始顔を赤らめている石竹と微笑む佐藤には和やかな雰囲気を感じた。ん?待てよ?小さい頃から知り合いという事は、あの事件の事知っていたりするのかな?


 他の話と言えば、溺愛する娘の話が7割を占めていた。


 この時の杉村さんの娘さんがしばらくしてうちのクラスの転校して来ようとは誰もこの時、予想していなかった。


 恐らくおじさん自身も。

 佐藤の自宅前でタクシーを降りる俺達。


 あまりこの辺には足を運ばない俺の為に、簡単な商店街への道のりを描いた地図と、携帯番号が書かれた名刺を渡してくれた。


 何かあったらいつでも遠慮なく利用してくれていいそうな。


 この人、間違い無くいい人だ。


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