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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
決着の文化祭
208/319

控室

心理部主催のメイド喫茶が今始まろうとしていた。

 八ツ森市立高校の広い玄関ホール全体を貸し切って行われる心理部主催のメイド喫茶。それぞれの持ち衣装に着替えた私達は休憩室を兼ねた控え室に机を囲んで集まっている。カントリー風なメイド服を纏った私こと佐藤深緋と各参加者面々の衣装はざっとこんな感じです。


 石竹緑青(偽名:石田葵)(心理部)

 =モダンメイド+包帯+ガーターベルトストッキング+女装


 若草青磁(偽名:草部聖子)(心理部)

 =ミニスカメイド+ニーハイソックス+女装


 東雲雀(剣道部)=佐藤喫茶店のメイド服


 江ノ木 カナ(心理部+アニ研)=アンミラ衣装


 鳩羽竜胆(剣道部+心理部)=執事服


 四方田卑弥呼(生徒会副会長)=佐藤喫茶店のメイド服


 荒川 静夢(2年A組担任教師+心理部副顧問)=桃色の着物に割烹着


 ゼノヴィア=ランカスター(心理部顧問+怪我人)=佐藤喫茶店のメイド服


 控え室の片隅、誰にも着用されずに眠っている衣装が箱の中に二着。日嗣尊さんが着るはずの赤いドレス衣装と天野樹理さんが着る予定のミニ丈の薄緑色の着物です。衣装に煙の匂いがつかないように煙草を我慢している荒川先生がしきりに机を指で叩く音がする。私は天野さんの容態を確認する為に声をかけます。

 「樹理さん、今日は来れないんですか?」

 机を叩く音が止み、髪を上げて見た目は美人女将になった先生が心配そうな顔をしています。

 「あぁ。ほとんど傷は癒えてるが、本人の希望で文化祭の参加を拒否したよ」

 「そう……ですか。でも被害者遺族に囲まれて集団リンチにあったと聞いた時には肝を冷やしましたよ」

 「刺された包丁の刃があと数センチずれていたら心臓だった。運が良かったんだよ」

 「……はい」

 その言葉を聞いて静まりかえる控え室。石竹君は特に怒りの表情を隠せていない。私は警察の知り合いの人からある程度情報を得ているので動揺は少ないけど、それでも心配せずにはいられません。集団リンチ事件の加害者は天野樹理さんによって身内を失った人々、つまり被害者遺族が復讐の為に加害者となったのです。

 「でもまぁ……樹理ちゃんもほぼ全員に対して持ってたナイフで斬りつけたからな。相子といえば相子だ。ただ、今度は誰も死んでない。あの娘は最後まで狂気に飲まれずに戦ったんだ。自分と被害者遺族が前に進める為に。だから彼女に恨みを抱いている人間はもう居ないよ」

 「前に進むために?」

 「あぁ。私が人質にされたのもあるが、樹理ちゃんは始めから死ぬ覚悟であの場に出向いた。全員の恨みを一心に受け止めた上で運命にあらがった」

 「運命に……ですか?」

 「本人がこうも言ってたなぁ……憎しみと不幸の連鎖をここで終わらせたかったって」

 私の脳裏に八ツ森市連続少女殺害事件が過ぎります。妹を失ったあの事件で起きた憎しみの連鎖とは山小屋に監禁された二人の少女が殺し合い、生き残った少女が更に不幸を拡散させたというものです。天野樹理さんは町へと降りた足で居合わせた人間に対しナイフで斬りつけ、多くの人が血を流し八人の尊い命が犠牲になりました。その原因を作ったのは北白直哉であり、彼を唆した共犯者です。私の心にくすぶり続けている復讐の火種が業火へとその姿を変えていくのが分かります。その憎しみは北白直哉へ向けられたものではありません。彼をそう仕向けさせたまだ見ぬ少年達への怒りです。生贄ゲーム事件の最も残忍な部分は殺し合いをさせるという部分です。亡くなった被験者の関係者が悲しみに包まれると共に生き残った方は幼くして人を殺めたという罪悪感を植え付けられてしまいます。殺人という重い圧が子供の心で受け止められる訳も無く、その事件を生き延びた人間の回りにも不幸がまるで波紋の様に広がっていきました。

 私が表情を強ばらせている事に気付いたカナちゃんが私の両肩に手を置きます。

 「コッキー……」

 この控え室には私の妹と一緒に監禁された男の子、石竹緑青君も同席している。彼の前で妹の話は出来ない。それは八ツ森市が彼を守る為に市民全員に強いられたルール。彼は妹の記憶を失っている。彼の記憶の中には私の妹はいない。この町からも存在が抹消された。写真も記録も抹消された私の妹の姿は彼女を知る人間達の心の中にしか存在しない。法とは正義とはなんなのだろう。私の妹を間接的に殺した北白直哉は重度の精神病で無罪判決。被害者達の無念を背負って彼を殺した杉村さんのお父さんは有罪判決を受ける前に何者かに留置所ごと爆破された。そして世間は生贄ゲーム事件と呼ばれたあの事件の共犯者には気付いていない。心配する面々、石竹君だけは事情が分からずに困った顔をしている。妹は少なからず石竹君に好意を抱いていた。その彼に殺された妹は一体どんな心境だったのだろうか。浅緋が生かした彼を復讐心に捕らわれた私が殺してしまえばそれこそ本末転倒。彼女が託した祈りを私は無駄にしたくはない。

 「カナちゃん、ありがとう。私は大丈夫。さぁ!今日という日の為に皆頑張ってきたんだから、何としても今日の文化祭は成功させましょ!」

 荒川先生が安心した様に微笑む。私も無理矢理笑顔を作って右手を高く上げて勝ち鬨をあげる。皆がそれに倣って手を掲げる。

 「全ては佐藤家の未来の為に!」

 「「お、おぉーーっ!!」」

 この文化祭に成功すれば佐藤喫茶店の名前は一気に市内に広まる!お店も忙しくなればきっと父や母の娘を失ったという一生消えない心の傷も少しは誤魔化されるはず。あと私の大学資金の為に宜しくお願いします!北白直哉から事件被害者へ財産の分配が行われ、その申し出が私の家にもあったらしいのだけど、父と母は仲介役の弁護士の人に娘の命はお金で買えるものでは無いと断固拒否。なんとも私の両親らしいわ。

 「深緋、今日のシフトライン確認していいか?」

 もうすぐ開店する心理部によるメイド喫茶。百人を目標に捌ける為に入念な準備は必須。私に声をかけてきたのは女装姿でスタンバイOKな若草青磁君。整った顔立ちと細身で中背な彼はどこからどうみても女性だ。胸も本格的な詰め物をしている性で、誰がどう見ても女性。私よりも綺麗で少し腹立たしいくらいです。私も胸に何か詰め込もうかな?

 「あっ、そうね。あとでコピーしておくから杉村さんと留咲さんに田宮さんにもスケジュール表を渡しといて?」

 「おぉ。あれ?お前、ずっと働きっぱなしのラインじゃないか?」

 「佐藤家の命運がかかっているもの。これぐらい当然よ」

 「そうだな……田宮が一番頼れそうだし、午後の数時間ぐらい休憩とれよ?他のクラスや部活の出し物みたいだろ?」

 ツリ目で優男な若草君がいつになく優しくて気持ち悪いです。

 「何を企んでるの?」

 「いやいや、何も。午後だと多分皆も作業の流れが分かり出して要領もよくなるだろ。だから折角の文化祭だし、お前も楽しめよ?」

 「ならお言葉に甘えさせてもらうけど……」

 女装姿の石竹君も若草君の横で深く頷いている。午後には食材の消耗度に合わせて両親が届けてくれる事になっていて、その時にお店もフォローして貰えるみたいだから何とかなりそうね。

 

「心理部メイド喫茶タイムスケジュール」


 10:00~13:00


 リーダー:佐藤深緋

 フロア:鳩羽竜胆、ゼノヴィア、江ノ木カナ、留咲アウラ

 キッチン:荒川静夢、石竹緑青、東雲雀


 宣伝:杉村蜂蜜


 13:00~16:00


 リーダー:田宮稲穂

 フロア:四方田卑弥呼、東雲雀、荒川静夢

 キッチン:若草青磁、ゼノヴィア、留咲アウラ


 宣伝:江ノ木カナ


 16:00~20:00

 

 リーダー:ゼノヴィア

 フロア:石竹緑青、鳩羽竜胆、杉村蜂蜜

 キッチン:東雲雀、荒川静夢、四方田卑弥呼


 宣伝:田宮稲穂


 スケジュールを眺める面々。

 「コッキー、休憩はありなのかしら?」

 先日の暗殺者襲撃事件で怪我を負ったランカスター先生が手をあげます。顔には殴られた様な痣と相まってゾンビメイドの様相。

 「はい。疲れたり、休憩を取りたい人は各スケジュールの時間帯のリーダーに言って下さい。状況を見ながら時間作らせて貰います」

 メイド姿の石竹君が心配そうに声をかける。

 「ランカスター先生、無理しないで下さい。只でさえ、一昨日、暗殺者から僕を守るために怪我したのに……」

 「大丈夫よ、紅い悪魔の通り名は伊達じゃないのよ。石竹きゅんこそ大丈夫?包帯で誤魔化してるけど、この二週間怪我だらけよね?」

 「まぁ、身体中痛みますけど、弱音は吐いてられませんしね」

 そこに控え室に入ってくる田宮さん。すかさず東雲さんが田宮さんに声をかける。

 「稲穂も大丈夫か?」

 「わ、私は大丈夫よ。すずは心配し過ぎなのよ」

 「そうか・・・・・・ならいいのだが」

 私の両肩に手を置いていたカナちゃんがそっと私の耳元に囁きかける。

 「(あの二人、幼馴染なのは知ってたけど稲穂ちゃんが誘拐されてからずっとあの調子なの)」

 「(そりゃあんな目に遭わされたらそうなるわよ)」

 「(漂う百合の匂い)」

 「(・・・・・・はいはい)」

 田宮さんが東雲さんを落ち着かせると改めて質問をします。

 「それより、すずは接客大丈夫なの?」

 「無論だ。客への水入れは任せろ」

 「料理は得意でしょうけど、オーダーは?」

 「何とか成る」

 「接客は?」

 「不審者が居たら任せろ。稲穂に近付く奴は叩きのめす!」

 先日の件以来すっかり田宮さんに対して過保護になってしまった東雲さんに溜息を吐く田宮稲穂さん。和風美人な田宮さんはともかく、険しい顔は相変わらずだけど東雲さんもモデル体型の美人さんなので貴女自身も気をつけてほしいものです。田宮さんは石竹君が暗殺者に誘拐された時に巻き沿いになる形でヤクザに捕まってしまったのです。幸いな事に暗殺者の人が彼女の事を守っていたらしいのだけど下手すれば彼女もまたひどい目に合わされていたのかも知れない。彼女を助けたのは杉村さんの義姉さんと東雲さんで、複数居るヤクザ達に対して完全制圧したのだとか。さすが東雲さん。校内で唯一、杉村さんに拮抗出来る剣力の持ち主。話によれば石竹君にかけられた賞金は一千万だったらしく、一流の暗殺者が彼に襲いかかったらしい。それを救ったのが八ツ森の特殊部隊の人々であり、例によって例のごとく幼馴染の杉村蜂蜜さんだったらしい。彼女も石竹君同様に行方不明になっていた訳だけど先日ひょっこり自宅に帰っていたらしい。どこからどこまでが作り話なのか。非常に疑わしいです。暗殺者が普通の高校生を殺しにくるなんてにわかに信じ難いものがあるけど、彼が生きていて不都合が生じる人間が恐らく彼を殺そうとしたのはまず間違い無いのだろう。集団暴行を受けた天野樹理さんにももしかしたら暗殺依頼がなされていたのかも知れない。田宮さんが思い出した様に石竹君に訪ねる。

 「石竹君、細目で人の良さそうな背の高いお兄さんと知り合い?中華料理屋の西森軒で働いている人だと思うけど、君に宜しくって。入口のとこの屋台で唐揚げ売ってたわよ?」

 その言葉に顔を青くする石竹君。一体どうしたんだろ?

 「まさか……いや、そんなはずは」

 「八ツ森高校では恒例なんだけど、毎年、西岡商店街の人達も有志で文化祭をサポートして貰ってるのよ。ね?若草君」

 「そうそう。うちの商店街の人達も佐藤の喫茶店が本格的に介入する事を知って店を閉めてまで当日参加してくれてるんだよ。屋台とか物販が中心だけどな。母さんも多分、商店街のブースでお菓子売ってるとおもうぜ?」

 「紅さんも来てるのね、生徒会としても毎年お世話になってるからホントに助かってるわ」

 「こっちこそ。商店街が廃れずに賑わってるのはこの高校ありきだしな」

 田宮さんと若草君が話をしていると石竹君が慌てて駆けだしていく。一体どうしたんだろ?控え室の入り口が開いて石竹君と誰かがぶつかってバランスを崩した女の子が尻餅をつく。

 「あっ、ごめん!ちょっと急いでて!って小室?」

 「イタタ、え?誰?」

 「石田葵です!」

 偽名を名乗って慌てて駆けていく石竹君。女装姿でうろつくのは恥ずかしいはずなんだけど、それ以上にきっと重大な事の様ね。しばらくしてランカスター先生が驚いたように口を開ける。

 「西森軒の細目のお兄さんって、まさか暗殺者死神?しかも唐揚げを売ってるとか!相手は毒殺のエキスパートよ!」

 ランカスター先生が腰から黒い拳銃を抜き出しながら石竹君の後を追うように駆けだしていきます。玩具の銃では無く、それは恐らく本物だ。暗殺者。そんな人間が堂々と高校の前で唐揚げ売っているとは思えないのですが。それにしてもここ二週間で色々有りすぎです。日嗣さんの失踪を皮切りに天野さんの集団暴行事件。そして誘拐された石竹君と田宮さん。その後も命を狙われ続けて殺されかけた石竹君。もう何も起こらない事を願うだけです。そんな私のささやかな祈りも悉く潰される予感がするのは何故でしょうか。登校拒否を続けていた小室亜記さんの登場、それが何かしらの波乱の予兆だったのかも知れません。


 「えっと、みんな久しぶり。あれ?石竹君と若草はここには居ないのかな?日嗣尊って人から手紙を預かっているのだけど……?」


 日嗣さんから?手紙?一体そこに何が書かれているのでしょうか。


いらっさいませニャー!西森軒の美味しい空揚げにゃりよ~。(鈍猫+チャイナドレス+猫耳+包帯)


お、お前は!(石田葵+女装)

あなたは!(ランカスター+メイド)


お客さん!割込禁止にゃ!あ、これ試食用にゃ。(鈍猫)


モグモグ。悪魔的美味!(石竹、ランカスター)


なんてったって店長とシューの旦那が仕込んだ空揚げにゃ!不味い訳にゃいにゃ。さ!並んで買うにゃ!あれ?そっちの赤髪の女、どっかで見た顔にゃ?(鈍猫)


何を企んでいるの?(銃を構えるランカスター)


ひぇ!?お前はまさか!紅い悪魔?!なんでここに!(ひらりと回転しながらワゴンの上に着地する鈍猫)


また懲りずに石竹きゅんの命を狙いに来たのね!(ランカスター)


何言ってるにゃ?(゜-゜)


(飛んで来たトングに銃を弾かれるランカスター)


くっ!死神!まさか空揚げに毒を仕込んで無いでしょうね!(ランカスター)


大人しくするネ。周りの客が逃げてしまうネ。(死神+コックコート)


ばれちゃあ仕方ないか。(店長)


店長さん!貴方もグルなんですか?!(石田葵)


そうだよ……この空揚げに中毒必須の美味と言う名の毒を仕込んだのさ。(店長)


……(全員)


回転しながら地面に着地する鈍猫。客が拍手を送る。


……シュー君、私、変な事言ったかい?(店長)


いや、誤解を解く為の揺るぎ無い一手。助かったネ(死神)


戻りましょうか、石竹きゅん。(ランカスター)

そうですね。(石田葵)


……そっちの女性、先日の少年だろ?(死神)

にゃ?!お前女だったにゃ!?(鈍猫)


人違いです。(石田葵)


シューの旦那、水、高校から借りて来ましたよ?(戦車)

ゴミ袋もたくさん頂いてきました!(バイトの女の子)


あれっ!?なんでこんなとこに?!(石田葵)


……誰?(戦車とバイトの女の子)









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