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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
決着の文化祭
207/319

玉座への帰還

 日嗣尊に刺された箇所を押さえながら生徒会室に顔を出すと、パイプ椅子に腰掛けていた一年の藤堂汀とうどう なぎさと三年の不二家仂ふじや つとむが驚いた様に立席する。

 「亮!?もう大丈夫なのか?」

 「先輩!安静にしていた方がいいですよ!」

 私は顔をひきつらせながらそれに頷く。

 「生徒会長たる私がこんな一大イベントに顔を出さないでどうする」

 不二家が銀のフレーム眼鏡の位置を正しながらため息を付く。

 「腹をあの黒衣の亡霊に刺されたんだ。一歩間違えれば死んでいた。お前の女好きもほどほどにしろよ?」

 私はあの女の憎たらしい顔を思い出し不愉快な気持ちになりながら「今後改めるよ」とだけ答えた。あの女は言った。来る12月24日。八ツ森高校文化祭にて特設ステージを用意していると。あいつは無意味なハッタリなどは言わない。必ず何かあるはずだ。仕掛けてくるか、仕込まれているかは分からないが。警戒を怠る事は出来ない。動く度に傷口が疼き、全身に力が入らなくなる。一歩間違えれば死んでいた。正確には第三生贄ゲーム被害者である日嗣尊はベッドの上で私の事を殺そうと思えば殺せた。今生きているのはその直前に救急車が呼ばれていたからだ。あと数分遅ければ確実に出血多量で死んでいた。

 殺せたのに殺さない。奴は他に目的があって私を生かした。それが何なのかは分からないが、ここで私が捕まる訳にはいかない。現在も私を刺した容疑をかけられ、指名手配されている日嗣尊。皆、口にはしないが八年前に北白事件の折りにメディアを賑わせた彼女が同じ高校に通う生徒を刺した容疑で逃亡している。石竹緑青の手前、騒ぎ立てるような事はしないが内心動揺を隠しきれないだろう。

 「せ、先輩!」

 「……何か用か?」

 傷口の痛みと不愉快な気分だった私はついつい乱暴に返事をしてしまう。

 「ひっ!!ごめんなさい!」

 私は私の居ない間生徒会の仕事を意欲的に手伝ってくれた彼にも感謝している。この文化祭、我々三年にとっては最後の一大イベントに違いは無い。叶うなら良い思い出を刻んで卒業してほしいものだ。恐らく私は……卒業出来ず、ここで日嗣の罠にかかり、死ぬか、もしくは警察に捕まり私が殺した生徒達、もしくは殺すようにし向けた人間達への償いをさせられるだろう。

 生き恥を晒すぐらいならいっそ死んでしまった方がマシなのかも知れない。当初は石竹緑青にしろ日嗣尊にしろどうせ何も出来ずに終わると多寡を括り、なんの警戒もしていなかった。私が入院している間に石竹緑青への暗殺依頼は成功時の報酬額を添えて裏サイト経由で契約したが気付けば報奨額は一千万越えとなり、結局の所、期限である12月23日を向かえる前にその依頼は突然消え去っていた。まるで依頼など最初から無かった様に。裏社会の構造まで私は知らないが彼の名が死亡者として記事になる事は無かった。彼の名前と境遇は八ツ森市民全員が知っている事になる。その彼が死亡したともなれば一大事だからだ。半分予想はしていた。彼を殺そうとすれば必ず天使がそれを阻止しようと動くはずだ。それこそ命すら擲って。

 私は人生の大半を惰性で生き続けて来た。剣道部部長に生徒会長、成績も上位をキープし、女性には苦労しなかった。あんな親でも金だけは分け与えてくれた。そう努力する必要の無い人生は実に苦痛だ。そんな私にも唯一心を動かされた出来事があった。夕刻を迎える新緑の森。血と狂気が入り交じる薄暗い山小屋。もはやその結果がどう世界に影響を及ぼすかなどどうでもよくなっていた。あるのは同じ境遇の少年、白い法衣を纏った彼との約束を果たそうとしていた。予想を超えて世間が僕らのしているゲームを取り立て、八ツ森市が恐怖と憎悪に包まれていった。私の、いや、僕等の蒔いた火種が業火となり、世界を焦がしていく。目には見え無いはずの憎しみの炎が私と僕には爛々と煌めいて見えていた。

 不幸な子供は私と僕だけでは無いと。その時初めて私と僕は他者を哀れむ事が出来た。それと同時に満たされる充足感。自らよりも劣る不幸にまみれた少女達。世界から弾かれていた私と僕と笛吹男が無視できないほどの驚異となり、世間がその事件から目を逸らせないでいた。

 まだまだ、まだまだ、その憎しみの連鎖は拡散されていくはずだった。

 四件目の生贄ゲーム。その被験者を選定したのは私達が決めたルールに従い、僕の方だった。

 いや、違うな。僕は一つ、ルールを破った。あの事件は連続少女殺害事件。誘拐した少女二人を対象に殺し合わせ、生き残った方を解放するという誘拐監禁殺害事件。

 何故か僕は少年である石竹緑青を選定した。本来なら選ばれるのは佐藤深緋さとう こきひだったはずだ。姉妹で行われる生贄ゲーム。その結末は前件の双子の日嗣姉妹のケースで明らかだった。姉が妹を殺す事は無い。四件目の生贄ゲームの死亡者は佐藤深緋になると予想が付いたはず。僕はもしかしたら姉の方を生かしたかったのかも知れない。故に当時同居していた少年、石竹君を選定した。それは君が犯したたった一つの間違いだった。

 当時、八ツ森市の森で黄金の髪を持つ少女が黄色いレインコート姿で時折目撃されていた。噂程度のものだったが、その子は母親を父親に殺された事で有名になっていた石竹緑青の友達だとささやかれていた。彼の事を苛めにかかった連中が悉くその少女に打ちのめされた事から、黄金銃という異名が付くほどに。その金髪の少女が姿を消した彼を追って事件現場へと現れたのだった。鮮烈な夕日を浴びて燃える様に輝く彼女の姿は私の脳裏に深く焼きついた。

 石竹君と被験者に選ばれた佐藤さんの妹を誘拐してから僅か二時間後の事だった。

 八ツ森の北方、北白家の所有する森は広大で大人でも横断するのは難しく、野宿は必須となる。二時間という短時間で連れ去られた被験者を見つけるなど不可能だ。それをあの杉村蜂蜜は10歳という年齢で単身やり遂げた。

 それが愛のなせる技なのか信仰による奇跡なのかは分からないが、今日、ここで石竹君を殺せる様な状況を作り出したとしても必ず杉村蜂蜜てんしは現れる。その時、私は何を優先するのか正直自分自身で分からない。久しぶりの登校という事もあり、警戒して裏門からこうして生徒会室に姿を現した訳だが、クリスマスに文化祭が開催されるという事もあり、お祭りムード一色。そんな中で日嗣尊が用意したという特別な舞台とは一体何を差すのか。このまま病院で寝て過ごすのも手だが、あの黒衣の亡霊の事だ。放っておけば必ず私に致命傷を与える機会をみすみす作るようなものだ。


 私がパイプ椅子に腰かけながら考え事をしていると生徒会室に青いフードの男と女教皇のコスプレ衣装を身に纏った留咲=アウラさんがその姿を現す。

 「留咲さん?それに横の背の高い男は棍棒の10。細馬将さいば しょうだろ?」

 それに頷いてフードを降ろすとゴリラの様な彼の顔がフードの下から顔を現す。久しぶりの対面に歯を見せて笑いながら私の肩をドンドンと叩きつけてくる。その筋肉もゴリラに匹敵しそうだ。それになんだが顎を怪我しているようでガーゼが張り付けられていた。

 「亮、腹の傷はもう大丈夫なのか?」

 「あぁ。お陰様で」

 「もう少し休んでいてもいいと思うが……」

 「最後の文化祭、生徒会長として参加を見送る訳にはいかないからな。それより、留咲さんはそんな素敵な格好でどうしてこんな埃臭いところに?生徒会から奪ったスペースで行なうメイド喫茶の方はどうしたんだい?」

 留咲アウラさんが思い詰めた表情でこちらを仰ぎ見る。その神々しい姿とは対照的に水色の瞳に不安の色が漂っていた。

 「こちらへは細馬先輩に私が我儘を言って連れてきて下さいました」

 「もしかして私に会いに?」

 「はい。失踪したみこっちゃん。日嗣尊さんの事についてお伺いしたいのですが……」

 他の生徒もそのことについては興味津々なのだろうが、退院直後という事もあってか深く言及されるような事は無かった。この女も日嗣尊の回し者なのだとしたら厄介だ。警戒すべきはこの女か?

 「彼女の事は詳しく知らないよ。それなら君の方が詳しいはずだろ?」

 震える手を押さえながら目を伏せる彼女。

 「二川先輩が刺された日、私、みこっちゃんと喧嘩して、ひどい事言っちゃって・・・・・・あんな噂気にせず、私、彼女の事を信じてあげてたら結果も違うものになったんじゃないかって。私の喧嘩したショックで二川先輩を刺したかも知れないから、謝りたくって、本当にごめんなさい!」

 私が警戒しすぎのようだ。恐らく日嗣尊の事だ。彼女の事を自分の事情に巻き込まない為にわざと彼女を突き放す様な真似をしたんだろう。

 「ハハッ、とりこし苦労だよ。留咲さん。確かに彼女は親友にひどい事を言った事を後悔していたが、君への八つ当たりで私が刺された訳では無いよ。この傷は私と彼女との問題さ。君は関係ない」

 目に涙を浮かべて私の胸に飛び込んでくる留咲さん。

 「みこっちゃん、私の事、嫌いになってなくて良かった!本当に、すいません!私、私がもっと頑張って引き留めていればみこっちゃんも失踪しなかったかもだし、先輩も死にかけて入院する事も無かったんじゃないかって罪悪感でいっぱいで!」

 私の胸で鳴き声をあげる彼女の髪を優しく撫でてあげると、少し落ち着きを取り戻したようだ。君までこちら側に来る事は無いよ。その問題はあの北白事件に関わりを持ってしまった者達の背負うべき業なのだから。

 冷静になった彼女が私に撫でられている事を恥じらい、素早く身を離す。抱きついてきた時に落ちた女教皇の被り物を彼女に優しく手渡す。

 「あ、ありがとうございます!私、今、こんな事を相談出来る人が居なくて・・・・・・心理部の人達もなんだか色々悩みを抱えているみたいで、私だけこんな些細な事で悩んで子供みたいだなって」

 「それが……一番大事な事なんだと思うよ。君は君のままでいいよ」

 褐色の頬に朱の色が差すのが私のめにも分かってこちらも気恥ずかしくなる。やっぱり普通の子もいいよなぁ。胸の大きさは普通と呼ぶにはあまりにも大き過ぎた。なのだが。でもやはり、私は壊れている人間を見る方が好きなのかも知れない。

 「ありがとうございます。あっ、あとで是非心理部のメイド喫茶にいらして下さいね?杉村さんも多分外回りからそろそろ帰ってくる時間帯ですし、何より同じ剣道部員の東雲さんや、鳩羽君も心配していましたよ?当番の関係で今はフロアーに付きっきりですが」

 「ありがとう。身支度が揃ったら顔を出させて貰うよ」

 「はい!是非是非!」

 太陽の様な笑顔で明るくその場を去っていく褐色美少女。

 「なぁ……将」

 「なんだ?亮」

 「あの子のファンクラブは作らないのか?」

 細馬将がその口元を歪ませて笑う。

 「俺達は日嗣尊様を頂点とした星の教会員メンバーである手前、表沙汰にそのファンクラブは作る事は出来ない」

 「なんだその含みのある言い方は」

 「八ツ森高校、裏愛好会。既にそこに名簿登録はされている。名付けて教皇様のお膝元愛好会だ」

 「……お前さ、この高校三年間、そんなことばっかりに時間を費やしていたのか?体格もいいし、何かスポーツに打ち込めば頭角を現せた気はするのだが」

 「……我が人生に一片の悔い無し。美少女とは国の、世界の宝。視た者全てに癒しと活力を与える真の美少女価値を私は知っている。一生美少女とは縁のない私の心など、リア充の貴様には分かるまい」

 「そうだな。分からないな。だが、そんなお前の星の教会の教祖様、日嗣尊の抱き心地なら一回切りだが知っているぞ?」

 細馬が泣き叫びながら両膝を床に着く。

 「ぐぞっ!身体がなんだというのだ!現にお前は刺されたではないか!心こそ我らの宝だ!」

 「いや、お前に振り向く事も一生無いと思うぞ?彼女の本命はずっと石竹君だったしね」

 「ぐぐぐ。お前は偶々偶然に星女神アストレイア様の心変わりにちょっと得をした数多噂された男共の一人に過ぎん。どうせ飽きてポイされちゃったに違いないのだ」

 「……いや、彼女の名誉の為にも言うが男性経験は私が初めてだったみたいだぞ?あの噂は彼女に振られた男子が根も葉も無い事を言いふらしただけだろう」

 実際には彼女自身が私へ近付く際に怪しまれない為のカモフラージュであり、男好きだという噂を流したのは彼女自身なわけだが。

 「うおごごごごご!星女神様!あんなにも尽くしていたのに、何故私には手すら繋いで頂けないのですか!あまりにも理不尽で」

 「誰もゴリラと手を繋ぎたいとは思わないよ。握力やばいし、手をへし折られそうだしな」

 「顔か!全部顔か!女共め!!」

 謎の奇声と共に生徒会室を慌ただしく去っていく細馬将。腹をサバイバルナイフで突き刺される等価としては些か安すぎる気もするが。

 ゴリラが去った後の生徒会室で不二家が書類整理により動かす腕が微妙にぎこちない。生徒会一年の藤堂汀君が、目を輝かせながらこちらにすり寄ってくる。

 「二川先輩!その話を詳しく聴かせて下さい!」

 「いや、ダメだ」

 「どうしてですか!色々と参考にさせて下さいよ!知識だけじゃ分からない事もあるんですよ!」

 「それを教えると、守秘義務の関係で私は君を殺さなければならない」

 「大きなおっぱいの褐色美少女さんや喪服の似合う猫目で綺麗なお姉さんとお近づきになれるなら!この命さえ捧げて見せますよ!」

 「その心意気、気に入ったがやめておいた方がいいよ。見習うなら、私なんかよりも一見地味だが堅実にハーレムを築きつつある二年の石竹緑青君を参考にした方がいいよ」

 「確か、あの金髪の英国美少女な幼馴染に愛され続け、あの黒衣の亡霊さんや最上級ロリ系深淵美少女天野樹理さんからガチで愛され続けている一見地味だけど近付く女は確実に落とす、真の美少女キラー先輩の事ですね!容姿端麗文部両道の二川先輩でさえ手に入れられなかった彼女達の心を意図も簡単に手にした最強の無個性先輩!」

 こいつ、妙に的確なところを突いてくるな。私が本当にほしい心を彼は意図も簡単に手に入れてしまう。本当に一体、君は何者なんだ?

 「汀君、一度命捧げてみる?もしかしたら本当に石竹君みたいになれるかもね?」

 私が皮肉と共に殺気を放つと、それに怯えて彼が椅子から転げ、何か飲物買って来ます謝!と謝り走り去ってしまった。


 事務作業を黙々とこなしていた銀フレームの眼鏡をかけた不二家がそっと囁く。


 「亮……聞いていいか?」


 「何かな?」


 「女性と目を合わせても赤くならない為にはどうしたらいい?」


 「……うちの生徒会の女性とは普通に話しているじゃないか」


 「彼女達は女子だ。私が言っているのは女性とだ」


 「……それを彼女達の前で言うなよ?私まで巻き添えはごめんだからな」


 「……そうか。変なことを聞いてすまなかった」


 「好きな人でも出来たか?」


 眼鏡フレームの向こう側で彼の顔がほんのりと朱を帯びる。


 「お、お前には関係の無い事だ」


 「よく分からないが、その恋が実るといいな」


 「そうだな。だが、今日はチャンスなのだ。その女性は普段は登校拒否らしく姿を現さないのだが、心理部のひらくメイド喫茶のメイドとして姿を現すらしいのだ。だから、今日、その子を見かけたら話しかけたいと思う」


 そうか。だからそんなに急いで生徒会の仕事を片付けていたんだな。敵状視察を兼ねて後で不二家と共に心理部を覗いてみるのも面白いかもな。杉村蜂蜜のコスプレ姿も見ておきたいのもあるが。


 「それなら後で私と一緒に心理部に行くか?」


 「亮、お前っていい奴だったんだな」


 「私は元々いい奴だよ」


 登校拒否と言えば、アニメ研究部の小室亜記もそろそろ学校に顔を出している頃か。さぁ、日嗣尊よ。どう来る。必ず私は凌いで見せる。大丈夫だこれまで通り上手く滞りなくそつなくこなせるさ。十一年前、森の奥で互いの境遇を呪い合った少年。彼は私にとっての白き救世主様でもあるのだから。

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