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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
職業 暗殺者。
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打上げゴリラ


 八ツ森の無料タクシーを乗り継いで私は約二ヶ月ぶりに八ツ森高校へと足を運んだ。正門にはアーチが掲げられ、八ツ森高校文化祭の看板が掲げられている。看板には私の知る画風で描かれたアニメのキャラ描かれていてその下を通る人々を笑顔で迎え入れている。私がこの日、失踪したらしい日嗣尊ひつぎ みことに託された使命は二つ。


 私が手に持つ、映像データを午後の部で体育館で流し、その内容を全校生徒に知らしめる事。


 もう一つは午前中に、預かった手紙を特定の人物に届ける事だ。


 登校する前、霧島大学付属病院に立ち寄った私は入院していた「天野樹理あまの じゅり」にその手紙は渡す事は出来た。


 あとは石竹君に杉村さん、佐藤に若草、一年の鳩羽君に、あとは作品造りで役者としてお世話となったD組の巨乳褐色美少女、留咲アウラさんだ。彼女も確か日嗣尊を教祖として崇める星の教会員だったはず。つまり青いローブを纏っている為、探すのは困難を極めそうだ。江ノ木カナの話では心理部としてコスプレ喫茶を開くらしいのでその開催場所から当たろうかな。


 私は門前でパンフレットを配るメイド姿の少女に声をかける。

 「はい。こちらが文化祭のパンフになりま……」

 「どうかした?」

 目の前に何故かメイド服姿を纏った私達二年A組のクラスメイド、いや、クラスメイトの学年代表田宮稲穂が白いカチューシャを頭に付け、その長く艶やかな黒髪を両サイドで纏めている。珍しいその姿に私は見とれてしまうが、そんな事おかまいなしに田宮さんが首を傾げて私の目をのぞき込んでくる。

 「……もしかして小室さん?」

 私はそれに頷く。

 「もう学校大丈夫なの?木田さんの件ですごくショックを受けていたと聞いていたけど……」

 あぁ、そうだ。

 私は木田沙彩が通り魔に襲われ、意識不明の状態に陥ったショックで登校拒否になった事にしていた。本当は木田の残した作品を完成まで漕ぎ着ける事を目的に。私はちょっと元気の無い、悲しげな表情で俯く。


 「無理しないでね?あっ、良かったら玄関ホールを借りて開催している心理部主催のコスプレ喫茶の控え室で休んでいく?同じアニメ研究部の江ノ木カナさんもいるしね」


 手にした手紙の事を思い出し、そのメンバーの所在を田宮さんに聞いてみる。生徒会の彼女の言葉なら信用出来る。ただ、恐らく私が今からしようとしている事に関しては全力で妨害しそうだから全ては話せない。言わば私がしようとしている事は事前許可の下りていない映像を来場する人々に予告無く見せる行為、電波ジャックにも近い行為だからだ。


 「委員長、石竹や若草、佐藤、鳩羽っていう一年にD組の留咲さん、あと杉村さんってどこに居るか分かる?」


 首を傾げながらもそれに正確に応えてくれる田宮さん。


 「石竹君は私が着替えさせたからスタンバイOKなはずよ。厨房、もしくはテーブルの片付役に回っているかも。若草君と留咲さんは私が着替え終わった時にはまだ準備中だったから分からないわ。鳩羽君はウェイターとして既に執事服でホール内のテーブルを回っているはず。佐藤さんはお客さんに出す珈琲の準備で恐らく慌ただしくしていると思うけど。杉村さんは、あんまり難しい事はさせられない精神状態なんだけど・・・・・・ほら、広告塔として大活躍しているわ」


 委員長の指さすその先に、空色のアリスエプロンを纏った杉村蜂蜜がツインテールを解いた状態で頭に青く大きなリボンをつけて歩きながらビラを配っている姿が映る。


 「て、天使だ!」


 「そ、そうね。本当にお人形さんみたいね」


 私がぶ厚い眼鏡の下で目を輝かせてその姿を追っているのと同じ様に、周りの生徒や一足早く会場入りした一般市民の方々の注目も浴びてしまっている。遠くで杉村さんの可愛い声が耳に届く。


 「喫茶店ですよー!どうぞですぅ!」


 なんか可愛い。基本的に恥ずかしがり屋な彼女があんなに笑顔を振りまくのは珍しい。いつも以上に幼さが強調されている表情に私の心もときめいてしまう。笑顔を辺りに振りまいてビラを手渡ししていく彼女の姿に周囲の人々がどよめきながら固まってしまっている。認識を越えた美少女の存在は人を硬直させてしまうらしい。そんな彼女に近づく1人の背の高い青いローブを纏った男子生徒が声を上げて杉村さんに写真を撮る許可を得ようと声を上げる。あの顔は確か、よく二年A組の窓際で杉村蜂蜜を遠くから眺めているゴリラの様な先輩、細馬将さいば しょうだ。確か杉村蜂蜜愛好会会員で星の教会のメンバーだったはず。


 「我らが月女神アルテミス様!そのお姿を我がカメラに収めてもよろしいでしょうか!?グホオオォ!!」


 本物ゴリラの様な叫び声と共にガチで3M程上空に体が蹴り上げられる細馬先輩。そのすごい脚力というか、綺麗な白い足が美しい曲線を描きながら静止している姿に思わずスケッチブックを取り出してしまいそうになる。このピリピリとした圧を感じるのはもう1人の杉村蜂蜜「働きウォーカー」さんだなっと。もう少しでスカートの中が見えそうだけどパニエが邪魔してその機会を失ってしまう。

 「下心丸出しで不用意に女王蜂に近づくな!サイババ(細馬将)よ」

 先ほどまで出来ていた群集はリアルに上空に吹き飛ばされたゴリラの様な青年の姿を目の当たりにして周囲の人間が一斉に身を引く。


 辺りを見渡した杉村蜂蜜が一度咳払いをすると、手にしたビラを見つめ、ぎこちない笑顔でこう宣伝する。


 「心理部主催のコスプレ喫茶!店内でなら写真も一緒に撮れちゃうゾ!今ならなんと!一枚百円!宜しくネ!?」


 誤魔化す様にウィンクする杉村蜂蜜に、単なる宣伝を狙った演出なのだと感じた観衆は一斉に拍手を送る。口々にあれどうやってんだ?本当にあのゴリラみたいな人気を失ってない?とか囁かれているが気にしない。それに杉村蜂蜜との間に大きな空白が形成されたのは好都合だ。私は手紙を鞄から出して杉村蜂蜜に近付く。確か、危害さえ加えないと分かって貰えれば働き蜂さんは攻撃してこないはず。私が1人、見物人の波をかき分けて前に躍り出ると、私に気づいた働き蜂さんが僅かに微笑んだ様な気がした。いつもは甘い感じの微笑みとは違い、凛とした表情が何だか格好良い。


 「久しぶりだな。腐れ眼鏡」


 そういえば働き蜂さんの中で私は確かそんな名前だった。あの察しのいい田宮さんでさえ私の風貌を見て首を傾げたのになんの躊躇も迷いも無く、私の名前あだなを呼んでくれて少し嬉しかった。いや、大分嬉しい。

 「お久しぶりです。働き蜂さん」

 「うむ。アホ毛女の事は救ってやれなくてすまない。私が近くに居たにも関わらず。狙われたのは恐らく私の性……」

 それは違う。

 「違います。恐らく木田沙彩は彼女自身が作った作品に問題があったはずなんです。だから殺されかけた」

 「作品?」

 「そして私はその意志を引き継いでここに来ました。これ、受け取って下さい」

 私は日嗣尊から預かっていた手紙を彼女の前に差し出す。

 「手紙?」

 その封書の裏を見て目を見開く働き蜂さん。

 「これは……そうか。分かったよ。私にこれを読む権限は無いが、女王蜂クイーンの心には一方的だろうが伝えておくよ」

 「ありがとう。働き蜂さん」

 「いや、気にするな。メッセンジャーご苦労様。今日は楽しんでいってくれ。直に心理部が開くコスプレ喫茶も開店するだろう。きっとエノキダケ(江ノ木カナ)もお前に会いたがっているだろう」

 「はい……」

 これらの手紙には一体何が書かれているのだろう。あの黒衣の亡霊が何を彼らに残したのか気になるが今私がそれを気にしたところで仕方が無い。私はただこの手元にある映像を体育館で上映する事だけに集中すればいい。・・・・・・ん?上映しさえ出来ればいいのか。


 「働き蜂さん、少し話を聞いて貰えます?」


 「なんだ?そろそろ私は引っ込みたいのだが。こんな格好、女王蜂以外には恥ずかしくて耐えられない。それに笑顔を振りまくなど私には出来ない」


 俯きながら照れる働き蜂さんも可愛い。ホントに一粒で二度美味しい娘だなぁ。


 「も、萌える」


 「ん?何が燃えるのだ?」


 「働き蜂さんが」


 「自然発火現象!?」


 慌てて自分の身なりを確かめ始める働き蜂さん。燃えると勘違いしたらしい。このままその姿を眺めていてもいいけど、私があまり姿を晒すのは良くない。田宮さんに登校したのがバレてしまっているし、あの生徒会長も恐らく私のしようとしている事に気が付いたら始末されてしまうだろう。木田が襲われた様に。


 *


 私の病室に足を運んできたのは眼鏡を掛けた長髪の少女、二年A組の生徒「小室亜記」だった。彼女は生前の日嗣尊の意志を受けて私に一通の手紙を届けに来た。その手紙の内容にはこう書かれている。


==============================


 天野樹理様。


  私の想定では今頃貴女はご両親と共に安全な八ツ森市外で十一年振りの日常生活を送られていると思います。この秋に貴女の下を訪れた時は殺されないかヒヤヒヤしましたが、貴女からの情報提供のおかげで犯人特定へ繋がる確信を得る事が出来ました。私が望むのは貴女がこれから歩むであろう平穏な日常です。失われた十一年間を私が取り戻して差し上げる事は出来ませんが、せめてその真実を白日の下に晒し、そして何より、私達事件被害者全員が前に進める為に尽力を尽くす次第でございます。


 この手紙を受け取られたという事は既に私は姿を消した後です。


 もうしばらくの間、あの忌まわしき事件にお付き合い願う事をお許し下さい。もし、万が一にでも樹理さんの身に危害が加わる事がございましたら、その時は只ひたすら頭を垂れ、謝罪する他ありません。


 この私のこの悪足掻きがどういった結果をもたらすかは私自身も計りかねております。本当はずっとあの優しい眼差しの彼の傍で見守っていたかったのですが、恐らくそれはもう叶わないと覚悟しております。


 彼が辛い状況に追い込まれた際に、恐らく同じ事件被害者の正当な生き残りである天野樹理様が彼の心の支えになると考えておりますので私の代わりにどうか彼の事を宜しくお願い致します。


 不遇な運命の下、彼や皆さんと共に同じ時間を過ごせた事は何よりの宝物です。それでは、天野樹理様のご健康と幸せを願って。


 日嗣 尊

 

==============================


 私の病室のベッドに幼い少女が二人腰掛け、不思議そうな顔でこちらの顔をのぞき込んでいる。彼女達は精神病棟に入院している女の子達で怪我をして運ばれた私の噂を聞きつけてこうして遊びに来てくれた。


 「お姉ちゃんどうしたの?」

 「泣いてるの?」


 二人の女の子は私の流れていない涙を感じ取って心配してくれているようだ。


 「ううん。私は結末がどうなろうと見守るって決めたの」


 「会いたい人が居るんだね」

 「本当はすぐにでも駆けつけたいんだよね?」


 「……そうね。けどここからは……「僕と私」の問題だから」


 その言葉に首を傾げる少女達。


 「大丈夫よ、あぁ見えて彼は結構っやるんだから」


 「フフッ、私達もあのお兄ちゃん達大好き」

 「だね」


 「(さぁ……全ての始まり。生贄ゲームを企てた少年達に裁きをくれてやりなさい。緑青!今度は貴方達が前に進む番よ)」


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