表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
職業 暗殺者。
204/319

女王君臨

 こいつら一体なんなんだ?(死神)

 戦闘の途中で意識を失った暗殺者烏レイヴンに止めを刺そうと歩み寄るが、ワタシの進行を邪魔する石竹緑青ターゲット。その隙を見逃さず、ワタシの代わりに止めを刺しに行ったはずの暗殺者鈍猫にびねこが全身を切り裂かれ、血塗れになりながら床に倒れている。


 空中に舞う黄色のレインコートを烏がふわりと羽織った後の一瞬の出来事だった。


 何が起きた?


 コンクリート造りの地下室で意識を失ったはずの杉村誠一の娘が左右に垂らしたその蜂蜜色に輝く黄金の髪を揺らしながら微笑んでいる。その両手には黒い刃を持つシースナイフが両手に握られている。恐らくあの形状は「141SBK NIMRAVUS(ベンチメイド社製)」の代物で、フルタング構造のそれは154CMステンレス鋼を使ったタントブレード。特徴的な蝶のマークが刃の根本に刻印されている。


 武器を苦無くないからナイフに変えただけでこうも強さが変わるものなのか?


 「ろっくーんっ!このレインコート私にだよね!ありがとう!前にろっくんの青い傘と交換したレインコートはね、パパが洗濯しちゃったのか縮んで着れなくなってたの。……でもでもまたろっくんとこうして再開出来て嬉しい!2度とこうして会えないと思ってたから!」


 ナイフを両手に構えたまま童女の様に泣き出す彼女に暗殺者烏の面影は一片も無い。それはまるで人格そのものが変わってしまったかの様に。無警戒にもワタシと組み合っている少年を目指してとぼとぼとこちらに歩いてくる。鈍猫が倒れた状態から鉄爪を杉村蜂蜜のアキレス腱を狙って切りかかる姿勢を取るが、少年が少女に助言する。


 「左脚、アキレス腱を狙って鉄爪が内股方向から弧描きで来るぞ。約二秒後」


 鈍猫が動く前に少年が的確に次の相手の行動を予測する。衣装を血で染めた鈍猫が戸惑いを見せるも腕は既に動いた後だった。


 「うん」


 杉村蜂蜜が片目をナイフを擦る手で擦りながら、何の躊躇も無く左脚を上げると鉄爪が通過したタイミング丁度に、目視確認する事無く鈍猫の手をブーツの踵がそれを踏みつぶす。その左脚を軸に放たれた右側面側からの回し蹴りにより鈍猫は意識を完全に失う。一秒にも満たない一瞬の出来事だ。二流とはいえプロの暗殺者が手出し出来ずに落とされる。先程までの烏との斬り合いでは互角であったはずが今は一方的にやられてしまった。


倒した暗殺者に何の興味を示さないまま再びこちらに向かって歩き出す杉村蜂蜜。何の戸惑いも無く日常動作の延長上で相手をねじ伏せるその行動に一切の人間的道徳観は存在して居なかった。

それこそまさに本物の暗殺者か殺人鬼と言えるほどの躊躇の無さ、いや、それよりも厄介なのは目の前の少年の言葉を信じきった行動。そしてその少年の言動の的確さか?

 「ろっくん、その人なんか知ってる。細目の中国の人で確か死神って呼ばれる暗殺者さん?」

 少年が肉薄するワタシと顔を合わせてやんわりと微笑む。

 「そうだよ」

 「殺す?」

 「うん」

 「分かった」

 それは一流の暗殺者である私を退かせるに足る十分な殺意の圧力、いや、もっと別の純粋なおぞましい何かがワタシの背に圧し掛かる。すぐさま少年を突き飛ばし、距離を取るがそれでもその得体の知れない何かはワタシの喉元に喰らいついてきた。


 黄色いレインコートを羽織る彼女に闇を纏っていた暗殺者烏レイヴン様な暗い面影は無い。それはまさに蜂の様に太陽の元、蜜を集めるような蜜蜂の様な輝きを伴っている。黄色いレインコートに下に着込む黒をベースにしたラバースーツにふわりとしたミニスカートがまるでスズメバチを彷彿とさせる。


 「レイヴン、お前は一体、何になったネ?」


 大きく飛翔した彼女が蜂のように鋭くこちらの足下に舞い降りる。


 「私は私だよ?でもね、烏というよりは蜂さんかな?」


 小さく折り畳まれた体から勢い良く弓のように振り切る両手のナイフ。それが交差しながらワタシの体に襲いかかる。咄嗟に構えた棒の切れ端が寸断され、その黒い軌跡に沿ってワタシの体から血が吹き出す。


 身を反射的に逸らさなければそのまま致命傷になっていた。


 ワタシの返り血を体を回転させた杉村蜂蜜の黄色いレインコートがそれを防ぐ。低い位置から放たれた彼女の回し蹴りがワタシの脚を狙う。体を回転させながらのその一撃を回避し、手にした棒を熊蜂の様な少女の両手に鋭く打ち込み、ナイフを床に落とさせる。


 ナイフを同時にからめ取られた少女の無防備な胸部に渾身の蹴りを打ち込むと、そのまま仰向けになるように体が数M吹っ飛ぶ。しばらく息は出来ないはずだ。


 「痛……くない?」


 くるりと体を回転させた杉村蜂蜜が右足を上げた状態を保つワタシに間髪入れずそのまま襲いかかる。


 一撃一撃は軽いが、速度はワタシに匹敵するレベルで当たり以上に部位にダメージが蓄積していく。傷を胴体に受けた痛みが警告として本能に訴えかけてくるが、それを圧し殺して相手の打撃をいなしていく。動きは直線的で読みやすいが、打撃速度がそのまま驚異となり、こちらからの反撃する機会をことごとく潰していく。


 「ろっくん!このお兄さん強い!素手じゃ叶わない!」


 意識を失った鈍猫の元に駆け寄っていた少年が、鈍猫の鉄爪を外しながら近くに転がっていた鈍猫のポンチョを短いナイフで切り裂いてその傷口の手当をしているのが見える。


 「手を貸そうか?」


 ワタシへの攻撃の手をトップスピードのまま呻きながらその提案を受け入れるか思慮している。


 「やっぱいいい!ろっくんにいいとこ見せたいもん!あっ、でもナイフ拾ってほしいかも」


 「あとでね。ちょっと待ってて」


 少年が微笑むと完全に信頼しているのか、鈍猫の治療を再開する。手と体に受けた斬り傷でひどい部位から的確に応急処置してくれているのが分かる。まだ鈍猫にも息があるらしい。

 「あっ、僕はそのお兄さんと取引したいからやっぱり殺しちゃダメだ」

 「そうなの?」

 「うん。僕への暗殺依頼が七年前の事件後、元々出されていたとして誰かがそれを最近更新したはずなんだ」

 「そうなの?」

 何かがおかしい。烏である杉村蜂蜜はその事情を知っているはずだ。

 「ワタシ聞くまでも無いだろ?暗殺依頼を受諾したのはレイヴンネ?」

 「烏?何言ってるの?」

 鈍猫の治療を終えた少年がこちらを見て微笑む。

 「死神のお兄さん、恐らく聞いても無駄ですよ」

 混乱するワタシの思考。記憶そのものを失っているのか?

 「記憶喪失?いや、まさか……」

 「その子は今、レイヴンでは無く、女王蜂クイーンです」

 「二重人格という事か?」

 「いえ、僕の知る限りあと1人は彼女の中にいます」

 杉村蜂蜜が首を傾げながらワタシとの距離を空け、床に落ちたナイフを一本拾うと少年の元に抱きつく。


 「ろっくん、間違えてるよ?殺人蜂ホーネット以外私は知らないよ?それよりその猫のお姉さん息があるの?しっかりと殺したはずなんだけど?」


 「ハハッ、そうだったね。ごめんごめん。このお姉さん、さすがプロの暗殺者だね。傷は軽傷で済んでる」


 「ごめんね、殺せなかった。二人とも」

 「いいよ」


 そう言って少年が少女の黄金の髪を撫でると、嬉しそうに少年に抱きつく。命を的に狙われている状況下で何ともマイペースな。いや、こちらのペースに持っていけない分、相当厄介だ。そもそも暗殺者は長時間の戦闘には慣れていない。ほとんどが最初の一撃で決めることを視野に入れているからだ。こちらも傷だらけ、暗殺猶予はあと一日ある。ここで一度引くか。鈍猫を連れてここから逃げ出す事ぐらいは可能だ。


 鈍猫の元に駆け寄ろうとした瞬間、少年が今度は手にしていたナイフを鈍猫の喉元にあてがう。動きを止めるワタシに少年が優しい眼差しのままこちらに脅しをかける。


 「彼女はまだ死んでません。彼女の生死いかんは貴方が握っています」


 杉村蜂蜜が少年の傍らで目を丸くしている。


 「勝手にするネ」


 「……貴方の事は無差別に人を殺す殺人鬼の様な印象を受けません。恐らくターゲット以外は殺さないタイプの暗殺者だとお見受けしました」


 本当に調子の狂う子供達ネ。


 「タダで殺すほどワタシ寛容じゃないネ。まっ、鈍猫に報奨金もかけられてはいるが」


 「……このまま、見逃して貰えませんか?そして貴方が依頼を受けた組織にレイヴンさんの裏切り行為は秘密にして貰えませんか?」


 確かに、烏が裏切った件はワタシや戦車、鈍猫が黙ってさえいれば問題ない。期限日を過ぎれば依頼は消滅する。そもそも何故、期限日が明日までなのかは知らされていないが。


 「それは可能だが、ワタシ達が退いてもお前を逆恨みしているヤクザ達や他の暗殺者が黙っているとは思えないが」


 少年が困った顔をしながらナイフを下ろすと、鈍猫を抱えてこちらに歩み寄ってくる。自分がターゲットである事を恐れる事無く。


 「猫耳のお姉さんには謝っておいて下さい。治療したのはせめてものお詫びです」


 気を失い、寝息を立てている鈍猫を受け取る。


 「少年、ワタシ達は悪者ネ。みすみす逃すネ?」


 「ハハハ、僕も人殺しです、裁く権利はありませんよ」


 「ろっくん!私も!」


 杉村蜂蜜が元気よく手を挙げる。


 「ホント、調子の狂う少年ネ」


 ワタシは鈍猫を片手に抱えたまま、ホルダーに収納していた端末を起動させるとその場でレコレッタに連絡をとろうとする。その間、大人しくこちらの出方を待つ少年達。


 相手が端末に出るのを待つ間、この地下室の扉を開ける人物が現れ、ワタシはその人物を目にして細い目を見開く。


 「やぁ。死神かい?どうしたのかな?」


 電話口に私達の依頼主である犯罪集団組織である英国人天才ハッカー、ロバート=ジョンソンが犯罪者らしからぬ人の良さそうな声で対応する。


 「こちら死神。例の一千万の少年だが……億を積まれても不釣り合いな状況になった」


 「億?ただ事じゃないね。君がそう言うって事は、例の人物が姿を現したのかい?」


 「あぁ。杉村誠一サムライが今、目の前に現れた。組織から直に依頼を受けた暗殺者三人、死神、戦車、烏はこの件から手を引くネ」


 「……そうかい。それは深刻な事態だね。やっぱり生きていたか。OK。レコレッタも杉村誠一が生存しているとして八ツ森からは手を引くよ。どうやら、もう1人の防人の魔女も動き出してるみたいだしね。別件で八ツ森に侵入したうちの下位メンバーも撃退されているようだし」


 「防人の魔女?杉村誠一以外にまだ八ツ森を護る傭兵がいるのか?」


 「知らないのかい?普段は犯罪関係に不可侵の態度をとっていたみたいだけど、どうやら怒らせちゃったみたいだね。君でも恐らく彼女を怒らせたらただではすまないよ」


 脳内にネフィリム特殊部隊隊長の天使サリアに止めを刺そうとした時の場面を思い起こす。


 「その防人の魔女の特長は?」


 「詳しくは分かってないけど、銀髪に黒のドレス。仮面を装着している。武器は可変する錫杖や、独りでに動く奇怪なリボンを操る謎の多い女性だよ」


 その容貌はワタシの仕事を邪魔したあの銀髪の魔女と酷似している。


 「分かったネ。この件、依頼日まであと約二日あるけどどうするネ?」


 「君にこなせない暗殺しごとだろ?こちらも組織の介入はあきらめるよ。ただ、一般人からの刺客はこちらでカバー仕切れないけどね。こっち側に片足突っ込んでる人間には警告を発する事は出来るよ」


 「恩にきるネ」


 「いいさ、君は立派な稼ぎ頭だしね。こちらも君を失いたくないね。あ、口癖うつっちゃったよ」


 ワタシにもたれ掛かりながら寝息を立てる鈍猫を見下ろす。少なくともワタシに付くはずだった傷をこの女が肩代わりした事に代わりは無い。


 「もう一つお願いがあるネ」


 「君から頼みごととは珍しいネ。それより、大丈夫かい?サムライが君の目の前に居るんだろ?」


 地下室に入ってきた杉村誠一が少年と少女と感動の再開を喜んでいる場面を伝える。


 「家族団欒中ネ。これまでの鈍猫の不始末、ワタシが被害額を肩代わりするから帳消しにしてほしいネ」


 「なんだそんな事かい?いいよ。こちらから鈍猫の暗殺依頼は消しておくよ。ただし、個人的恨みで仕返ししてくる連中までは止められないからね?」


 「それで十分ネ」


 ワタシが静かに端末を切る。

 

 「久しぶりネ。杉村誠一。爆発で死んで無かったとは」


 40代後半の男が口に蓄えた髭をさすりながら首を傾げる。


 「君とはどこかで会ったかい?」


 十年振りに聞く杉村誠一の声に自然と体が強張る。私の暗殺者人生に唯一の汚点を与えた人物。殺しを重ねてきた今なら勝てるかも知れない。顔に貼り付かせた表情を取り払い、暗殺者としての本性を対峙する男に向ける。その圧に負けてか、金髪の少女と一千万の少年がたじろぎを見せる。肝心の誠一サムライは一向にその表情を崩さない。


 「あっ、確か君は……」


 「そうだ。十年前、お前に情けをかけられた男だ」


 「懐かしいね。あの時も確か娘の誕生日を祝う為に急いでいたんだよ。あの時、退いてくれて助かったよ」


 よく言う。散々痛めつけといてそれは無いだろう。


 「パパっ!覚えてくれてたんだね!」


 脇に構える杉村蜂蜜が父であるサムライに抱きつく。


 「当たり前だろ?娘の生まれた日、おちおちと爆死しても居られないだろ?一階に大きなケーキも用意しているからね。緑青君も食べていきなさい」


 暗殺者を前にして日常会話を繰り広げる親子達は既にワタシの理解の範囲を越えている。よっぽど余裕があるのかそれともただのバカか。そのどちらかだ。少年の方も呑気にそれに答える。


 「おじさん、いんですか?」


 「もちろんだよ。もう親子も同然じゃないか。それにしても私が居ない間、娘の面倒を見てくれてありがとう」


 「いえいえ。逆にこっちが助けられたみたいで」


 「ハニー、その黄色いレインコート、緑青君からの贈り物かい?」


 「うん!あっ!そういえばパパから貰った髪飾り!殺し屋の人と一緒に埋めちゃった!」


 サムライが少し残念そうな顔をするが、薄茶色のコートの大きなポケットから包みを渡す。


 「緑青君みたいに馬鹿の一つ覚え見たいだけど、私からもこれをプレゼントするよ」


 「馬鹿ってなんですかっ!」


 質素な長箱を空けた杉村蜂蜜がそのエメラルド色の瞳を輝かせる。


 「わぁ!新しい簪だ!」


 短い火鉢の様な二本の簪に短い筒状の持ち手の先端には丸く磨かれたエメラルドが埋め込まれていた。早速その簪を、両左右を纏めていた黒い紐の間に刺し入れる。それこそまるで本物蜂の触角の様だった。


 「どうかな?」


 「うん。私の眼に狂いは無かったね。だろ?緑青君」


 「はい。とても似合ってます。前のに比べて持ちやすくなっているんですね」


 「あぁ。以前にプレゼントしたものは武器としては物足りなくてね」


 「いや、簪として武器性能は必要無いですよ」


 「それもそうか」


 笑い合う2人を余所に1人剝れる顔をする娘の蜂蜜。


 「パパ。もうマイクロチップ埋まってない?」


 サムライがギクリとした様子で冷汗を垂らしている。


 「気付いてたのか?」


 「うん。パパならやりかねない。秋に江ノ木ちゃん達を助けようとした時に急に現れたもん。誰だって気付くよ」


 「ごめんごめん。大丈夫、その簪は強度優先で特注したからそういう機構はオミットさせて貰ったよ。手入れさえすれば一生使える」


 蜂蜜が両手をあげて嬉しそうにその場で回り出す。その片手には黒刃のナイフが握られたままだ。


 「それよりおじさん!警察ではおじさんの刑務所が爆破されて生死不明状態になっていますよ?」


 杉村誠一が思い出した様に手を叩く。

 「あぁ、その事か。どうも周りに怪しい気配を感じてね。娘と君の事も心配だったし、殺される前に自分で死を偽装しただけだよ。商店街のヤマアラシに手伝って貰ってね」

 「いいんですか?」

 「……私にはまだやる事が残っているからね。もちろん罪は償うが、今は世間的に死人扱いの方が都合がいいんだよ」

 「分かりました。おじさんの事は秘密ですね。あ、あと幼馴染ハニーに目隠しされて分からなかったんですが、ここって何処なんですか?」

 「どこも何も……私はただ単に自宅に帰ってきただけだよ?何時の間にか書斎ごと二階は丸ごと吹き飛んでいたがね。この地下室も本来なら私の部屋なんだが……丸々私物が消えているね」

 じろりと娘に視線を送るとその娘が覚えが全く無いのか首を傾げる。

 「私、知らないよ?」

 「あっ、おじさん。多分、もう一人のハニーです。恐らく、敵が侵入してきて武器として利用されない為に処分したと思います」

 「なるほど。それなら仕方ないか。恐らく家のどこかに隠してあるだろうから目星を付けて探してみるよ」

 話が一段落したのか、こちらの方を見つめてくる杉村親子と少年。

 「君も食べて……いくかい?」

 断ろうとして鈍猫が目を覚ます。

 「何だか甘い匂い。ケーキかにゃ?」

 「おぉ。猫耳のお姉さんも目を覚ましたようだね」

 「にゃ?おじさん誰にゃ?」

 「娘が迷惑をおかけしてすいません」

 「娘?まさか!爆死したはずの杉村誠一サムライかにゃ?!」

 腕の中で見上げる鈍猫に私は頷く。

 「逃げるにゃ!殺されるにゃ!!」

 溜息を着きながら杉村誠一の方を見ると首を横にふる。

 「君達と同じだよ。理由が無い限りは殺さない。私はいわば八ツ森の傭兵。八ツ森市民に危害を加えない限り私はその牙を剥かない」

 一千万の少年を殺す必要が無くなった現在、この後の予定は空いている。判断を鈍猫に任せる事にする。腕の中で難しい顔をしていた鈍猫が傷だらけの姿のまま小さく呟く。

 「……ケーキにゃ」

 地下室の扉を開いて杉村誠一がワタシ達を手招いている。死神を手招く一般人など聞いた事が無い。いや、記録上奴は爆死して生存確認がとれない死者当然の男だった。ワタシは鈍猫を抱えたまま杉村蜂蜜の秘密の誕生会に参加させて貰う事となる。

 「あっ、そういえばケーキはゼノヴィアが用意してくれたんだよ」

 「えっ、怪我、もう大丈夫なの?」

 「動ける見たいだね。先刻、サリアと天野樹理ちゃんを連れて訪問してきてくれたんだよ」

 横から鈍猫が青ざめた顔で口を鋏む。

 「にゃに?!やばいにゃ。あの紅髪と天使サリアとは数時間前に殺し合った仲にゃ。気不味いにゃ。何を話せばいいか分からないにゃ」

 気不味いとか以前の問題だと思うが。杉村誠一と石竹緑青がのんびりとそれに答える。

 「サリアさんなら大丈夫ですよ。だって、それを言うなら生死を偽っているおじさんと、暗殺者や刺客とはいえ人を殺したハニーも捕まえないといけないですしね」

 「うんうん。暗殺者達さんも一緒に食べよ?!それに本当に悪いのはろっくんを殺す依頼をした人達だよ。暗殺者は……」

 ワタシはそれにしぶしぶOKの返事を出す。

 「ただの道具。そこに善悪の意思は介在しない。銃の引き金を握るのはいつだって依頼者か」

 「そうそう!」

 少年が横から突っ込みを入れる。

 「いや、実行犯も法律では共犯者だから」

 「そうなの?」

 「そうだよ!」

 兎に角。

 この後、私達は最強の傭兵が主催する何とも奇妙な誕生会に参加させられた後、八ツ森を立ち去る事にする。少年には働いていた中華料理店の店長に代わりに挨拶をしてもらう事まで引き受けてくれた。

 「あっ、もう一人いいネ?ワタシの同業者オトモダチ戦車チャリオットを呼ばせて貰うネ?」

 もしも戦闘に突入した場合に備えて、保険はかけておく。これが暗殺者としての長生きの秘訣ネ?

 



私からは蜂蜜の匂い付き消しゴムをプレゼントするわ。(天野樹理)


わぁ!すごい!黄色い熊さんと可愛い蜜蜂さんの形したお人形さん消しゴムね!(8歳に退行している杉村蜂蜜)


……思いのほか喜んで貰えて嬉しいわ。(天野樹理)


わ、私からはオレンジ色のシュシュをプレゼントするぞ。(天使)


ありがとう!お姉ちゃん!リボンもいいけどシュシュも便利で可愛い!(杉村蜂蜜)


フンッ。でもまぁ、愚妹も少年も無事で居てくれてよかったよ。一時はどうなる事かと。ってなっ!?お前らは!鈍猫に死神!?しかも戦車まで!?(天使)


「「「お邪魔してまーっス」ニャ」ネ」(暗殺者三人)


全く!可愛い妹との貴重な時間に水を差しにくるとは。これであの烏が揃ったら暗殺者共はフルメンバーだな……ん?どうした?うちの愚妹を指差してどうしたのだ?(天使)


(働き蜂さん、出て来て下さい。話がややこしくなりそうなので)(石竹緑青)


どうしたの?ろっく……ん?(パタリ)…………貴様!わざとか?!わざとなのか?!顔面ケーキ塗れではないかっ!女王蜂の顔に何をしてくれる!(杉村蜂蜜)


勿体無いにゃ。ペロペロペロペロ(鈍猫)


ひゃんっ!?な、何をする!?(働き蜂=烏)


ぐぎぎ、もっと舐めさせるにゃ。糖分は私の村では貴重にゃりよ(鈍猫)


やめろ!女に舐めて貰う趣味は無……い?(働き蜂)


ん?どうしたんですか?こっちを見つめて(石竹緑青)


ん(働き蜂)


まさか(石竹緑青)


罰だ。アオミドロが責任を持ってペロペロしろ(働き蜂)


……う、うん。ペロペロ(石竹緑青)


ブファッ!(働き蜂)


き、貴様!うちの妹に何をしてくれている!気を失ったではないか!?」(天使)


あれ?私なんでこんなにケーキ塗れなの?(女王蜂)


あっ、もう一つ。蜂蜜にプレゼントを渡し忘れてたわ。チュッ(天野樹理)


テヘヘ。樹理たんのキス嬉しいな。(女王蜂)


……正確にはそれは緑青との間接キスになるわ(天野樹理)


えぇっ!!やったぁあああああ!ブファ(鼻血)って、あれ?どういう事?(女王蜂)


貴様!やはり暗殺者に殺されて置く方が、いや!ここで私が始末してやる!あんな童女に現を抜かすとは!見ろ!嬉しさと悲しさと怒りのあまり再び気を失ってしまったではないか!(天使)


ひえぇ!(石竹緑青)


……五月蠅いわね。全員纏めて殺されたいの?誕生日ぐらい静かに祝えないの?(殺人蜂)


…………ごめんなさい。(一同)


うんうん。元気が一番。緑青君。君の暗殺期限、あと一日あるけど私が全力で守るから多分大丈夫だよ(杉村誠一)


恩に切ります。それなら深緋こきひや心理部のメンバーにまかせっきりにしてる文化祭準備、手伝いに行っても大丈夫ですか?(石竹緑青)


そうだね。こちらで目を光らせておくので佐藤さん家の娘さんの手伝いに行ってあげなさい。その方が彼女も喜ぶだろうしね。元気な姿を見せてあげなさい。(杉村誠一)


はいっ!


(ん?待てよ?女王蜂に暗殺者烏の記憶がほぼ無いって事は……ずっと働き蜂さんが女王蜂っぽく振舞っていたのか?……つ、ツンデレ?)(石竹緑青)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ