表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
職業 暗殺者。
203/319

病室の警護人達

何やら別の病室が騒々しいわね。リハビリがてら注意してくるわ。警護人さん、着いて来てくれるかしら(天野樹理)

 霧島大学付属病院、外科一般病棟。

 私は八ツ森市立高等学校英語課教師、小川=ハミルトンである。小川は母方の姓で、父は米国人だ。

 今回、八ツ森高校の生徒である石竹緑青君が暗殺者に命を狙われているという報せを受け、所属する部隊長であるサリア=レヴィアンの命令で彼の護衛についた。元は米国軍のとある諜報部にその身を置いていたが、八ツ森で傭兵として優秀すぎる「杉村誠一サムライ」をこちら側にスカウトする為に八ツ森に潜伏していた。

 彼が米国側に着く意志は当初から無く、どんな報償を約束しようとも願としてこの八ツ森にタクシー運転手として勤め続けた。金には困って居なかったが折角とった教員免許を無駄にするのも考え物であったので、スカウトと監視の傍ら教師として働いていたのだが、逆にこちらが八ツ森の特殊部隊Nephilimネフィリムにスカウトされてしまった。そちらを了承したのも米国側の推奨があったからこそだが。その特殊部隊に席を置く金髪の女の子が英国の国防省の娘という事もあったのだろう。そしてその娘と杉村誠一は義理の娘という事になる。米国と英国との友好関係を気付く為の橋渡し。それを私は受け入れた。

 その娘さん、サリア隊長はエリートコースを進み、国防省の母の後を継ぐはずだったのだが、どういう訳か今もこうして八ツ森という小さな町の平和の為だけに命を捧げ続けている。

 今回の少年警護の任務でさえ、巨大な鉈を腹に喰らい、四肢を砕かれ、右腕を敵の暗殺者に斬り落とされている。どういう訳かそのあと突然現れた銀髪の少女「陽守芽依ひもり めい」に助けられ、切断された腕まで治して貰っていた。通常では考えられない超常現象が目の前で起きているにも関わらず、我々Nephilimネフィリムはそれを当たり前の様に受け入れている。言うなれば彼女は半分人間では無いのだ。そして特殊部隊を構成する面子も踏み込んだ事を明らかにするとサリア隊長よりも人では無かった。恐らく、人間は私だけだ。その秘密を握るはずのサリア隊長の実の父親が失踪した日を境に全ては有耶無耶の内になっている。


 八ツ森警察特殊課特殊部隊ネフィリム。


 独自の権限を持つ彼らの自由度は高く、他の公的機関には無いフットワークの軽さと規制に掛からない軍事兵力の保持が何故か許されている。しかし、どういう訳かその軍事力の使い道は対人でも対軍、対国でも無い。いうなれば対化物仕様の軍事力だ。私も最初聞いた時にはにわかに信じられなかったが、最初、その化物を目の当たりにした時の驚きは何にも比べ難いものだった。彼らは当初からの設立目的が根本的に他の機関とは違うのだ。サリア隊長がエリートコースを外れ、この部隊に留まり続けるのもそこに何か理由があるに違いない。ちなみに外見的には17歳で市内の学生服を着用しているが26歳の立派な淑女だ。

 「ちょいちょい。何ブツブツ言ってるのよ?」

 薄いカーテンで仕切られた病室の隣から、同じ警護任務に着いた同じ高校で働くスクールカウンセラーのゼノヴィア=ランカスターが声をかけてくる。先程まで寝ていたはずだが、目を覚ましたらしい。

 「すまない。起こしたかい?」

 太陽の日差しの向こう側に彼女のシルエットが映し出されている。仰向けのままこちらに話しかけてきているようだ。

 「いえ、気にしないで。もう完全に毒は抜けて傷も塞がっているわ。白い処刑人さんはどう?」

 両腕にヒビが入り、肋は数本折られ、斬られた傷口から毒が全身に回り動けない状態だったがゼノヴィアの持っていたワクチンおかげで後遺症も無く、こうして身動きがとれている。

 「まぁ、頗る元気だよ。それより今回は大変だったね、紅い悪魔さん」

 軽く溜息をつきながら、体を起こすと薄いカーテンを開け広げ、こちらの寝たきりの様子を確認してくう。

 「お互い様ね」

 私達はこうして生き残る事は出来た。しかし、肝心の暗殺者の方を逃がしてしまったので作戦は完全に失敗したとも言える。サリア部隊長の怪我も完全には塞がっておらず、別室の特別病棟で療養中だ。彼女の場合は英国軍国防省の政治家の娘という事もあり、人質としての価値も高い。凡人の私達の扱い自体が違うのだ。それをいうなら、もう1人の異父妹である杉村蜂蜜さんの方もそうであると言える。彼女が八ツ森にすんなりと英国側から転校を許されたのも特殊部隊あってこその配慮だ。私も何かあった場合の護衛として彼女を見守っていたのだが、その結果は散々なものだ。面目ない。

 「ゼノヴィア、逃げた暗殺者達はまた石竹君を狙うだろうか」

 呆れた様に溜息をつきながらそれに答える。頬に出来た青あざが痛々しい。

 「彼の暗殺期限は23日らしいわ。それまで恐らく。それにあの死神のお兄さんと猫耳女に狙われ無くても、一千万円という報奨金は誰でも飛びつくわ。山林で見つかった薬漬けの男みたいな輩がごろごろとね」

 そんな金額、一体誰が用意したというのだろう。

 「命を狙う側にとって相手は普通の高校生。またと無い機会だろうね。一般人にその情報が出回って無くて良かったよ」

 紅い髪を揺らしながらゼノヴィアがくすりと小悪魔の様に笑う。ちなみにゼノヴィアもサリア隊長と同世代なのだが、妙に達観した雰囲気が実年齢よりも高く見せている。臨床心理士という職業が影響しているのかも知れ無いが。

 「サリアの情報では最初は百万そこそこだったらしいのよ。それが最終的に一千万まで膨れ上がった」

 「どういう事だい?」

 「最初は市外の極道の人間が彼を殺しに向かわされたけど、失踪。原因が分からないまま第二、第三と刺客は送られ続けたけど結果は同じ」

 「……優しい顔して石竹君もなかなかのやり手って事かい?」

 悪戯っぽく笑う彼女の特徴的な八重歯が口の端から覗く。

 「少し違うわ。彼が初めて直接襲われた際には撃退し切れずに暗殺者戦車チャリオットに捕縛され、極道の人間に捕まってしまっているわ。同じクラスメイトの女の子と一緒にね」

 「それは知ってるよ。二年A組の田宮稲穂たみや いなほさんだね。幸いな事に軽い切り傷と打撲だけで済んで良かったよ。一歩間違えれば」

 「えぇ。女性として機能しなくなるまで犯され続け、あげく痕跡が残らないように始末されていたでしょうね。石竹きゅんと一緒に」

 「恐ろしい事だよ。確かうちの隊長が……剣道部副将の東雲雀しののめ すずめさんと乗り込んで助かったんだよね?」

 呆れた様にゼノヴィアが溜息をつく。

 「えぇ。あの木刀娘も大概無茶をするんだから。24日の文化祭では大事な看板娘の1人なんだから居なくなったらこっちが困っちゃうわ。でもね、どうやら彼等の身の安否を確保してくれていたのは連れ去った戦車チャリオットレイヴンの配慮だったみたいなのよね。彼等の眼が無ければとっくに石竹きゅんはリンチされた挙句にころされてたわ。稲穂ちゃんも同様にね」

 冗談めいて答える彼女が優しく微笑む。そこに戦場の紅い悪魔と呼ばれていたころの面影はもう無かった。

 「ゼノヴィア、心理士より教師になったらどうだい?」

 「えぇ?私が?そんな柄じゃないってば」

 「向いてると思うけどな。ほら、今だって君を慕って見舞いに来てくれてるしね」

 ゼノヴィアが開けたカーテンの向こう側で入院服姿の小学生の様な女の子が特殊部隊Nephilimの同僚に連れられて並んでいる。

 ゼノヴィアがその子に気付いて声をあげる。

 「ボロボロね。二人とも」

 この病院の同じ階に入院している天野樹理だ。彼女もある意味命を狙われ、集団暴行を受けた。最終的に首謀者である天野樹理に殺された被害者遺族の代表、栗原友香くりはら ともかに胸部を刺された。幸いな事に心臓に刃が届かなかった事が一命を取り留めたが、相当な痛みを受けただろう。

 「樹理たん!もう動いて大丈夫なの!?」

 彼女はゼノヴィアが受け持つ心理研究部(仮)という部活の部員でもある。

 「えぇ。傷は塞がっているわ。多分、安静にしていれば文化祭にも出られるはず」

 「うぅ!ランちゃん心配したんだから!」

 体を引き吊りながら天野樹理に抱きつくゼノヴィア。

 「先生も動かない方がいいわよ?顔に出来た痣の性で本物のゾンビみたい」

 「樹理たん食べちゃうゾー!ガブブッ」

 天野樹理が溜息をつきながらゼノヴィアの額に手を押し当て、腕を伸ばして体を引き剥がす。近くに立っている警護人に手を見せ、何かを要求する。

 「銃、持ってるでしょ?復活しないようにヘッドショット決めるからかして貰える?」

 それに素直に応えて同僚がそれを渡してしまう。

 「園崎、その子はサリア隊長じゃないぞ?」

 「あっ、すいません。ついいつもの癖で」

 私が彼の名前を呼ぶと、慌てて手渡した銀色の自動拳銃を取り上げる。

 この小学生にしか見えない黒髪の女の子もまた普通では無い様に思える。深淵の少女と呼ばれる由縁がそこにあるのかも知れない。そんな彼女が舌を出して謝罪する。うん。ロリコンなら進んで下僕になってしまいかねないチャーミングさだ。ゼノヴィアを元居たベッドに戻すと改めてこちらを伺う。

 「で、緑青は生きてるんでしょうね?警護人のお二人さん?」

 目が笑っていない。彼女の纏う深淵から漏れ出した様な薄暗い気配が重く僕らの肩に重圧となってのし掛かる。こんな小さな女の子に軍に所属している大人達が気圧されるとはますます情けない限りだ。

 「樹理たん。ひとまず石竹きゅんを襲いに来た暗殺者は追い払ったわ。逃げられたけど」

 幼い瞳が深淵の色を帯びながら紅い悪魔を見つめる。まるで怪物に睨まれた悪魔の様にゼノヴィアの体が硬直する。彼女の独特の気配は相手の心を敏感に感じ取れる者であればあるほど効果的に作用するらしい。心理士である彼女なら尚更だ。

 「今はどうなってるの?」

 「こちらの協力者、レイヴンという名の暗殺者が石竹君を安全な場所に匿ってくれてるわ」

 「暗殺者に狙われた少年を暗殺者が?」

 「そうなの。サリア……特殊部隊長の話によれば杉村蜂蜜ハニーがその仲介役を買って出て情報をこちらに流してくれていたみたいなんだけど」

 「蜂蜜は今どこ?」

 ゼノヴィアがこちらに視線を送るが、知る由も無く、お手上げのジェスチャーを取る。

 「その二人の足取りの情報は残念ながら辿れないんだ。追おうとしても片っ端から痕跡が消されていてね。恐らく、暗殺者の後ろ盾から自分の身を隠す為だろうけど……」

 「蜂蜜って、そんな事出来たかしら?」

 天野樹理が首を傾げながらゼノヴィア越しに私の瞳を覗き込む。

 「いや、恐らく協力者レイヴンの配慮のおかげだろう」

 「ふーん……おかしいわね」

 今度はこちら二人が首を傾げる。

 「彼のピンチに蜂蜜が駆けつけないのはありえない」

 「なんでだい?それは彼女自身も危険を伴うからで、至極真っ当な行動だとは思うよ?」

 「フフフッ……本気で言ってるの?私の知ってる彼女なら黙っていない。彼の為なら自分の体や心が傷つくことすら厭わない、あの彼女が指をくわえて傍観者を決め込むはずがないわよ」

 彼女の深淵から聞こえてくるような不適な笑い声が体感温度を下げる。それにつられてゼノヴィアも大声で笑い出す。

 「アハハッ、そっか、そうよね!きっとそうなんだわ!」

 「えぇ。英語の先生、その烏とかいう暗殺者の特徴は?」

 石竹緑青の警護時に渡された資料を思い出す。

 「黒いコートにサングラス。長い黒髪に緑の瞳。武器は基本的にクナイを使用するとあった。実際に会敵はしていないので確かかどうかは分からないが」

 「そう……私の暗殺依頼も裏で出されていた?」

 それには正直に頷き、それを肯定する。

 「今は依頼者である栗原友香さんが取り下げて出ていないが」

 「それをその烏さんが見ていた可能性は?」

 「充分あり得る」

 「私が集団暴行を受けている時、人質に取られた荒川静夢しずねぇが黒コートの人物に助けられたと言っていたわ。そして、私をアシストしてくれた時、殺傷力の低い投げナイフが使用されていた」

 「暗殺者烏レイヴンが君のことを助けたというのかい?」

 「そうね。匂いは誤魔化してたみたいだったけど、気配は変えられ無かったみたいね。あのタイミングで蜂蜜からの情報を頼りに烏が動いていたのだとしたら、あの襲撃事件には間に合わなかったはず。周りに気づかれるリスクを犯してまで私を助けてくれる人物は私の知る限り1人しか居ないわ。ね?心理士の先生?」

 ゼノヴィアが安心したようにベッドに寝転がる。何だというんだ?

 「アッハッハ。やられたわ。鈍感ね、貴方もサリア隊長も。安心していいわよ?どちらか片方が暗殺者に襲われたら心配だったけど、あの二人が同じ空間に居るのなら何にも心配無いわ」

 「何を言ってるんだ?さっぱりだよ」

 「こういう時の為に誠一さんは二人に自分の技量を引き継がせたんだから。もし彼女が人質になっても幼馴染の二人が揃えば対抗出来るようにね。そして、ハニーのお父様、杉村誠一さんはこの八ツ森をずっと悪い奴らから守り続けてくれていたの。言わば八ツ森の傭兵ね。この七年間、誠一さんは無敗だった。ここまで言えば分かるでしょ」

 「二人揃えば、あの傭兵王の杉村誠一に匹敵すると?」

 ゼノヴィアが紅い唇を歪ませて悪魔の様な笑みを称える。青い瞳と紅い髪が相まって本物の悪魔を彷彿とさせる。

 「誠一さんの攻撃面アタッカーをハニーが。防御面ディフェンサーを石竹きゅんが引き継いでいるのよ。それに特に精神的な不安定さの問題を抱えるハニーの近くに精神安定剤以上の効果をもたらす石竹君が居たら……」

 続きの言葉を黒髪の少女が目を輝かせ、頬を高揚させながら囁く。

 「多分、死ぬほど頑張っちゃうわね。好きな男の子の前でいいとこ見せたいもん」

 「あっ、帰ってきたらお祝いしないとね」

 「心理士の先生、何の祝い?」

 「今日ね、ハニーの誕生日なのよ」

 「あらあら、まだ17歳じゃ無かったのね」

 「フフッ、多分サリアもプレゼント用意しているだろうし、私も何か買いにいこ」

 「あっ、待って。私も行くわ」

 私は深い溜息をつきながら警護の園崎に目で合図を送る。呆れた様に同僚がゼノヴィアに肩を貸して病室から出て行く後ろ姿を見送る。

 「心理士の先生、わざと警護の人におっぱい当ててるでしょ?サングラスの人、すごく顔赤い」

 「大きいから当たるのよ」

 「・・・・・・警護の人、さっきの銃かして?吹き飛ばして余剰分を私にくっつけて貰うわ」

 「キャー!先生怖い!って!本当に渡したっ!?」

 「銃ってやっぱり重くて撃ちづらそう。こんなのを蜂蜜はぶっ放してたのね。そりゃ肩が外れるわ。あ、これが安全装置って奴ね?」

 「それだけは解除しちゃダメーッ!」

 騒がしい女どもが病室を去った後は余計に静けさが増したようだった。本当に大丈夫かな?石竹君と暗殺者烏レイヴンもとい杉村さんは。


 ん?待てよ?


 杉村さんが情報操作を行えないって事は誰が彼女の痕跡を消してたんだ?そんな芸当が出来る人物は……1人しか見あたらない。それも行方不明者リストの中からだ。人が悪いですよ。本当にあなたは。


 まだ毒が抜けきってないのか、私は一眠りする事にする。


 目が覚めた頃には恐らく全て終わった後だろう。


 暗殺者死神に鈍猫、そしてその他諸々の暗殺者達よ。

 君達に深く深く同情の意を捧げるよ。


 ひとまずはお休み。 

 


  

 

ハニーって何をあげたら喜ぶのかしら?(天野樹理:深淵の少女)


そうね……ナイフ。(ゼノヴィア:紅い悪魔)


それ以外で。お小遣い二千円じゃ足りないわ。(深淵少女)


一番は石竹きゅんのキスなんだけどね。多分、貰えないわね。(紅悪魔)


……それって間接キスでもいいのかしら?(深淵少女)


えっ?(紅悪魔)


……私の記憶が確かなら……友達へのプレゼントって言ったら、匂い付き消しゴム。これで決まりね。17個ぐらいあげたら喜ぶかしら?(深淵少女)


えっ?(紅悪魔)


……私の最終学歴小学3年生だから。(深淵少女)


うぅ(涙)(紅悪魔)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ