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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
職業 暗殺者。
200/319

烏と一緒に

《光が薄れて、烏が一羽、仲間の群れる森の方へ翔んで帰る。昼の世界のよきものたちがうなだれて微睡み始める。そして、闇夜の黒い手先どもが獲物を求めて蠢くのだ。》


(シェイクスピア「マクベス」より引用)

 近くでシャワーの栓を閉める音が聞こえ、足音だけがこちらに近づいてくる。仄かに甘い香りが鼻孔を擽り、僕は意識を取り戻す。視界は閉ざされ、両腕は椅子か何かに固定されているようで身動きが取れない。

 「目覚めた様だな」

 低く凄みはあるが妙に透き通った声が耳に届く。その声の主は僕の意識を失わせた暗殺者のレイヴンだろう。

 「ここはどこですか?状況を教えて下さい」

 しばらく間の後、髪を乾かすドライヤーの起動音が鳴り響く。質問に答える気は無いらしい。生きていて良かったが、これは烏に生かされているということか?確かに烏は期限までは生かしてくれると言っていたが、自分の命を暗殺者に握られている事に違いは無かった。潜伏先のホテルに戻ろうとした僕を彼女は無理矢理引き留めた。他の暗殺者がホテルに侵入したと烏は言っていた。警護に着いてくれていたハニーの義姉さんやランカスター先生に英語科の小川ハミルトン先生は無事だろうか。僕の為に死んでしまったとしたらもう合わせる顔がない。ふと気を失う前に抱え込んだ荷の事を思い出し、自由な両足を床に這わせてそれが置かれていないかを探る。

 ドライアーの音に紛れて「キャッ!」と可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。どうやら足先が烏さんに触れた様だけど、聞こえ無かったフリをして辺りを探る。烏さんが誤魔化す様な咳払いをした後、ドライアーの音が消え、室内が無音状態になる。

 「君が大事に抱えていたものは椅子の真下だよ」

 伸ばした足先を引っ込めて膝を折り曲げると、固い箱の感触があり、ひとまず安心する。

 「中身は無事ですか?」

 近くで衣擦れの音が聞こえてくる。どうやらシャワーを浴びた後、すぐに出てきてくれたらしい。よほど僕の身柄が警察に保護される事を警戒しているようだ。

 「中身は見ていないが、箱が少し凹んだぐらいだよ。よほど大切なものらしいな」

 僕はそれに深く頷く。

 「僕には今これぐらいしかあいつに返せないから」

 「あいつ?君の周りには女の子がいっぱい居るから誰を差しているのか分からないな」

 やや棘のある言い方だったが僕の身辺調査は滞り無いらしい。

 「僕の幼馴染ですよ」

 「どうせあの小さい女の子の方だろ」

 「違いますよ、一番付き合いが古い、僕の最初の友達、金髪の女の子の方ですよ。7年という空白の期間は空いてますが大事な幼馴染です」

 近くの床に何か硬いものがいくつも落下する音が聞こえてくる。烏さんは武器にクナイを使用する為、それが落ちたのかも知れない。

 「烏さん?」

 「き、気にしないで!きっとその子も喜ぶと思うよ」

 「だといいんですけどね。僕がこのまま暗殺者の人に殺されてしまったら……いや、生き延びれたとしても僕は……」

 「どうしたんだい?」

 「いえ、これは僕の問題ですから」

 「そ、そうか。それより君はその金髪の幼馴染の事がす、す、好き?なのかな?」

 随分食いついてくるな。もうすぐ貴女に殺されるかも知れないのに。

 「分かりません」

 「……そうか。やっぱり君は他の子の事が」

 「僕の好きだった女の子に言われたんです。僕の麻痺している心が正常になればきっと、その子に向けられていた感情以上にその幼馴染の事を好きになるって」

 何故か烏さんが僕の縛られている手にそっと触れる。

 「だった?もうその子の事は好きじゃ無いのかい?」

 烏さんも暗殺者といえど乙女なのか、やっぽりやたら恋愛話に食いついてくる。

 「もう死んでしまったので一生片思いです」

 僕の手に触れていた指先に力が込められる。

 「死んだ?のか?」

 「はい。背負って小さな町医者に連れて行ったんですが、出血がひどかったらしく息を引き取りました。亡くなる前に一度目を覚まして僕の事、抱きしめてくれて、死にたくないよって囁きながら……」

 僕の指に触れていた烏さんの手が一度離れ、僕の事をきつく抱きしめてくれる。

 「苦しくて辛かったのに、そんな悲しみを一人で抱えてたんだね」

 烏さんの体は暗殺者なのに暖かくてその優しさが僕の心を温めてくれる。枯れたはずの涙が頬から流れ落ち、烏さんの衣装を濡らしてしまう。なんでこの人はこんなに優しいのに暗殺者をしているんだろう。

 「烏さんはなんで暗殺者に?」

 しばらく間の後、それに応えてくれる。

 「危険だろうがその世界に足を踏み入れ無ければ守れないものもあるからだ」

 「良い暗殺者さんなんですね」

 「基本的に殺人鬼と化した手の着けられなくなった暗殺者や表の法で裁けない罪人を始末してきたが、殺しは殺しだ。悪者だよ。君とは住む世界が違う」

 僕は烏さんの胸に抱きしめられながら微笑む。

 「なら一緒です。僕も殺人を犯しました。記憶を失ってるとはいえ、一人の小さな女の子の存在と記録そのものをこの世から消し去る原因を作ってしまいました」

 小さな声でそれは君だけの罪では無いよという言葉が聞こえてくる。

 「あっ、お腹は空いたかい?」

 僕はそれに頷き、もう一つ注文をつける。

 「あとトイレに行きたいです」

 烏さんが慌てた様に僕の腕の拘束を解くと、トイレまで案内してくれる。

 「手伝おうか?」

 「結構です!」

 トイレの個室に入った後、目隠しを取ろうとするが布の上にベルトが巻き付けられ、施錠までされているらしくビクともしなかった。とにかく手探りで便器の蓋を開け用を足す事には成功するが汚していたらご免なさい。トイレから出た僕に烏さんが声をかける。

 「今は目隠しは取れないが、下の世話なら私に言ってくれればさせて貰うぞ」

 「気持ちは有り難いですが丁重にお断りさせて頂きます」

 「そ、そう?」

 どこか残念そうに烏さんが返事をすると、今度は机が近くにある椅子に座らせられる。何をされるのか不安になるが、何て事は無い、ごはんを食べさせてくれただけだった。その洋風カレーの味付けはどこか懐かしい気がした。

 「じゃあここに座っていてくれたまえ」

 僕は大人しく元居た椅子へと腰かける。多分、相手の隙を突くという点で、今烏さんに攻撃をしかけられたら確実に殺される。警戒心を解いた瞬間に殺すタイプの暗殺者だったら嫌だな。

 「あっ、もし僕が死んだらその包みを僕の幼馴染に渡してほしいんですよ」

 「それは聞けない」

 「えっ!?」

 「自分で渡せ」

 「でも殺され」

 「誰にも殺させないっ!!」

 その力強い声と共に椅子を引いた音がした後に幾つもの金属音が連続して耳に飛び込んでくる。烏さんがクナイを侵入してきた何者かに投げつけているようだ。どこかで聞いたような声が僕の耳に届く。

 「嘘にゃ?!私の投げた棒手裏剣全部をクナイで正確に打ち落としたにゃ?!変装しているとはいえ、やはりお前!暗殺者烏レイヴンかにゃ!!」

 「そうだ。対暗殺者殺しの掃除人。(レイヴン)だっ!」

 「死神のお兄さん!扉は開けたから早く来るにゃ!標的の少年も発見!隙が出来れば殺せそうなのに、烏の所為で全く隙が無いにゃ!こっちは特化型とはいえ、二流の殺し屋にゃ。こっちが殺される予感しかしないにゃ!」

 「にゃーにゃー五月蠅い!」

 「それお前と同じ金髪の特殊部隊のやつにも言われたにゃり!もう怒ったにゃりよ!!」

 烏さんの気配が離れ、侵入者と刃を交えているのか幾つもの刃と刃がぶつかり合う音が聞こえてくる。両者の空を切るような刃捌きが空気を切り裂く音を生み出す。烏さんの実力は目の当たりにしているが、その烏さんと渡り合うという事は相手も相当の実力の持ち主らしい。


 そこに別の男の声が流れ込んでくる。


 「やはりここに居たネ。烏。これは充分な裏切り行為ネ。……まっ、暗殺者にはよくあるけどネ?大人しく少年さえ殺せば君の命は奪わない。懸念事項だった杉村誠一(サムライ)も現れる気配すらないしネ」


「黙れ。私が2人纏めて殺してやる!」


なんだこの緊張感の無い殺し屋どもは。逆に怖い。(石竹緑青)

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