ハニー=レヴィアン
それは追憶の中の贖罪。いいんだよ、貴女は何も悪くないのに。
あの時、私は……あいつを殺せばよかったのかな?
あの森であいつを罠に嵌め、その喉元に牙を突き立てるはずだった。
それを躊躇させたのは彼の私を見る眼差し。そこに殺意は無く、心から救いを求める者のそれだった。
私は躊躇した。
獲物を殺す事を。
奴が呟いた。
「天使様、穢れた私をどうか御救い下さい。救世主様の言う通り、生贄を捧げ、儀式を行ないました!天使様、どうか私を愛して下さい!」
あの頃の私が躊躇する。
それは命を奪う行為を恐れたのでは無い。
獰猛な獣であるあの子にそんな感情は無い。
情報を引きだす為に奴を生かしたのだ。
救世主様?
その言葉が私の頭にひっかかる。
まだ仲間がいる。
それなら私のこの行為すら無駄になる。
彼が殺されてしまう!
私は吐き気をもよおしながら、あの小屋での場面を思い浮かべる。あの小屋にはこいつを含めて3人しかいなかった。
この男はまともでは無い。
それは小さい頃の私にも解った。
救世主様とはこいつの内にいる何かなのかも知れない。
「僕は1人で犯行を行ないました。僕が彼女達を誘拐し、小屋に連れ込みゲームを行なったのです」
こいつは聞かれてもいない事を話し出す。
単独犯なら死ね。
ナイフの刃先が奴の喉元に届く前に私はその眼が別のものを捕らえている事に気付く。
刹那、私の腕が誰かに掴まれて殺人という行為を止めさせた。
お父様だった。
そして悲しそうな目をして首を横に振る。
それは人としてはいけない行為なのだと。
彼女は獣、そんなの関係無いのに。
男が繰り返し呟く。
「私が1人でやりました。私が1人でやりました……私が1人で……」
その言葉は私では無く、お父様に向けて放たれている。
その言葉は明らかに誰かから言わされているものだった。
奴が口にした救世主様の事は私しか知らない。
あの小屋には3人しかいなかった。
1人はこいつで、1人は殺された少女。
あと1人は……”石竹緑青”君。
森で私達は遊んでいた。
石竹緑青君の姿が見えなくなって私は慌てて森を駆け、探し回った。
そして私が唯一この森で知らない領域である小屋に辿りついた。
少女の悲鳴が中から聞こえてきて、私は窓の隙間から小屋の中を伺った。
暗がりの中、この男のナイフが石竹君の額を切り裂くのが見えた。
そしてこいつが石竹君に強要する。
「これはゲームなんだ、どちらかが生き残る為のね。彼女を殺さないと君はこのまま死んじゃうよ?」
私はその現実離れした光景に震え、その場に崩れた。
「私を殺して!緑青くん!……私は……。この……!どうせ……無い!」
小屋の壁越しに少女の言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。
何か鈍い音が中から響く。誰かが倒れた。誰?緑青君?それともあの女の子?
死ぬ、死ぬの?誰が?どちらが?
私は選ばなければいけない、彼の命か、彼女の命かを。
私は選んだのだ。
私は彼の命を選んだのだ。
私の選択が彼女を殺したのだ。
窓を割ってすぐにでも中に侵入出来たはずだ。
時間を稼いで彼女が殺されれば石竹緑青君は助かる。
それがゲームだとしたら、勝者と敗者が存在するのなら。
ゲーム……奴は確かにゲームと表現した。
しかし、私が奴から聞きだしたのは儀式という言葉だった。
それは自身の浄化を促す神聖な行為、決してゲームなどと表現するはずは無かった。誰かが奴を操り、言わさせている。
誰に?
解らない 解ら ない 解 ら な い 解ら……本当に?
私は 真相を 見つけ出さなければいけない。
私が勝ち取った未来とは、彼が存在しないと意味の無いものだったから……。




