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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
職業 暗殺者。
198/319

死神のお通りデス。

標的は少年一人。

 大人の男女が利用する事を目的とした如何わしいホテル「楽園」に死神ことワタシと暗殺者の鈍猫にびねこと共に配管業者を装い侵入に成功する。受付の女の反応から不審人物が現れたらすぐに連絡するように口裏を合わせていたようだが、相手のペースに飲み込まれる前にワタシ達は先手を打つ。

 館内放送による火事を知らせる警報が宿泊客の恐怖を掻き立て部屋の外へと足を向かわせていることだろう。その隙にワタシはホテルの玄関を出て外壁を伝い、目的の5階へと登る算段ネ。階段や昇降機は恐らく利用客でごった返して使い物にならなくなっている事を考慮して。


 装備を確認する。


 腰のホルスターにはウェブリー=フォスベリーのオートマチックリボルバー。世代遅れだが一番手に馴染んでいるものを長年愛用している。銃火器で特殊部隊の連中と端から渡り合えるとは考えていない。この場に「戦車」が居れば別の作戦が立てられたが、裏切る可能性が少しでもあればそれはこちらにマイナスの要素となって不利に働く。さすがのワタシもゼロ距離でマグナム銃を脳天を吹き飛ばされれば死ぬネ。

暗殺者と言うのは何時の時代も代替え品が用意された消耗品。いらなくなったら処分される。それが宿命であるが為にワタシはワタシの信用した者以外の助力を必要としない。最悪、最低限の武器さえあれば充分だ。

 他の武器といえばククリナイフにマチェットナイフ(1-18 SBK Machete-Sawback)。ONTARIO社製の鉈は1095カーボンスチール製。ブレード長は四十六cmとズシリと重く約六百gの重さを誇る。これはナイフにしては大型だ。他には工具箱から拝借したハンマーが一振り。服装はタンクトップにツナギを腰履きしている。幸いな事にレンガ調の外壁は指をかけるには丁度いい。

 壁面の中程で灰色の異装を身に付けた鈍猫が衣服を風にはためかせている。敵に見つかったら狙い撃ちだが、幸いな事に屋上にその姿は無い。体を準備運動で慣らした後、そこからは素早く壁面に手をかけ、上の階を垂直に目指す。

 数十メートルほど離れた箇所で鈍猫が素早く505号室へ入っていくのが見える。さすがこういう仕事には慣れているらしい。ワタシ達の戦い方は基本的に一撃必殺。存在を感知される前に背後から忍び寄り、急所を破壊する。今回はターゲットに護衛が付いている状態なのでその戦法は大凡通用しないだろう。故に混乱を巻き起こしてその喧噪に紛れこむのが手っとり早い。

 私はそれなりに体重もあるので筋力を頼りに壁伝いに上を目指す。ターゲットの少年が泊まる部屋は505室か504号室。そこにワタシは直接向かわない。私が通路で気を引いている間に目的の少年を始末して貰う。目立つ両肩の髑髏の刺青もわざと見せておく。恐らくこちらの情報が的にも流れている事を想定すると、私が暗殺者「死神」である事がバレるのも時間の問題だろう。もし敵が複数待ち構えていたり対象が居ない場合は鈍猫にはすぐにその場を離脱するように指示してある。陽動役を切り替えてワタシは敵の銃を掻い潜り少年を殺す。

 ハンマーを背中から引き抜いて窓ガラスを割り、余計な木戸ごと蹴り飛ばして侵入口を確保する。恐らく標的の少年はこの階に居るはずだ。そしてレイヴン戦車チャリオット、もしくは第三者の協力者の情報から本来は明日が襲撃日だという情報を得ているはずだ。


 するりと素速く室内に侵入し、ハンマーを武器代わりに軽く右手に持って素振りを繰り返す。


 それにしても五月蠅い。この火災報知器が鳴り響く中、ワタシと鈍猫の脅しを聞いて部屋で宜しくやっている男女は居ないはずネ。部屋への侵入は簡単に可能なはずだ。そして通路で逃げ惑う人々の波が邪魔して頼りのライフルや自動小銃も相手は使えないだろう。驚異となるのは精々挙銃ハンドガンかナイフ、装甲の厚いプロテクター、防弾服ぐらいである。この状況下、近接戦闘に特化したワタシや鈍猫の方が有利に事を運べるはず。Nephilim特殊部隊隊長の天使サリアも中距離戦闘に比重を置いた戦闘員でその懐に飛び込めば殺すには容易い。まぁ、死ぬ前に囮になって貰うが。少年の方は鈍猫が殺せばそれでいい。殺せなければワタシが殺す。人質は1人で充分ネ。逃亡されたら探せばいい。


 頭の中では幾重にも巡らされた相手との戦闘をシミュレートする。その回数と幅が非常事態への対応を柔軟にさせる。


 口と目元に張り付いた微笑みが形を崩さない。大丈夫だ。17年以上、殺すことを営みとしてきた者が感じる自身の死のイメージは沸いてこない。過去に渡ってきた修羅場の数々の一つにも数えられない程度だ。ふと501号室に流しっぱなしのシャワー音が狭い室内に響いている事に気付く。部屋の中に気配がしてそちらを向くと若い男女がベッドの上でシーツにくるまり怯えながら裸で固まって抱き合っていた。まだ若いようで下手したら20歳以下かも知れないネ。


 恐怖を張り付かせた二人の表情がワタシをそのまま見つめ続けてくる。ワタシは手にしたハンマーを見下ろし、ため息をつく。


 「灰猫配管でーす。当ホテルの配管修理に参りましたネ」


 「「ご、ご苦労様です!」」


 手を振りながらそのまま玄関に向かって出て行く。一言付け加えて。


 「そういう事は心も大人になってから。お兄さんからのアドバイスネ?」


 笑顔で手を振ると心当たりがあるのか慌てて2人が距離を取り、服をそそくさと着込み始める。日本は本当に危機感の無い国ネ。騒ぎ立てられ、障害になるようならここで消していた。この国は食料難に喘ぐことも紛争による貧困とも無縁だ。死はその辺に当たり前の様に転がっている。今もそうだ。ワタシの気分一つでその頭が吹き飛ぶ。自分だけは安全だとどこかで感じているのだろう。遠くの国で起こる戦争も貧困も、隣の町で起こる殺害事件も我が身とは無関係。遠い世界の夢物語だと思い込んでいる。


 ワタシが生き抜いてきた世界はそんな生優しいものでは無い。


 富裕層が貧困層を家畜の様に扱い、そこから出る残飯を漁ってワタシ達は日々の命を繋ぐ。手厚い補償も病気になった場合にかかることの出来る医者も居ない。命は金で買える。1元以下の値で容易く奪われていく命。一千万円という対価を払ってまで奪われる命。少年よ、その命に本当にそれだけの価値があるというのか?ワタシが暗殺を生業にし始めたのも金の為だった。熱が引かない妹を助ける為に人を殺した。妹は助かったが、ターゲットにされた男は死んだ。皮肉な事に助けたはずの妹は、ワタシをこの生業から身を引かせようとして殺された。ダメな兄ですまないと思う。妹を殺した組織を潰した後、復讐はとうの昔に終えている。今こうして暗殺者として働くのはただの惰性なのかも知れない。普通の生活に戻ったところでワタシには何も無いのだから。大切な家族も居場所も。


扉に耳を当て、狭いエレベーター前に大挙して押し寄せる人々の声が聞こえてくる。その阿鼻叫喚は自分だけが助かりたいという純粋な生存本能だ。ワタシはもう一度振り返り、退出準備をしている2人の若い男女に声をかける。


 「もう一つアドバイスネ。今はこの部屋から出無い方がいいね。警察のサイレンが聞こえて、悲鳴や銃声が鳴り止んでからここを出るネ。警察の事情聴取が怖ければサイレンが鳴った時点ですぐにここを離れる。いいね?」


 状況を飲みこめているかは怪しいが、とりあえず納得はしてくれたようネ。さてと。


 するりと扉を開けて飛び出したワタシはすぐさま少年の潜伏している505号室か504号室に迫ろうと足を前に進める。通路は幸いな事に真っ直ぐで向こう側を見渡せる。視界に大勢の裸の男女がいい感じにこちらの姿を向こう側から隠してくれている。近くでワタシを押しのけようとした頭の悪そうな男の頭に狙いを定めて軽くハンマーを打ち抜くと簡単にその場で昏倒する。

 そのまま2、3人ハンマーで打ち付けると悲鳴が更に弾け飛んで避難経路を非常階段へと方向転換してくれる。有り難い事だ。狙ってやった事だが。


 最初にのびた短い髪の男を肩に背負い、身を隠しながら進む。


 肌色の群に黒いタンクトップにツナギを腰で着ているワタシはそれでも目立ってしまう。持ち上げた男からはメスの濃い匂いがこびりついている様で嫌気が差した。さぞお楽しみのところだったのだろうがその相手はどこに消えたのやら。廊下を駆けていく女達の中にいるのだとしたら可哀想な男ネ。遠くで勢いよく非常扉が開くと、スコープが設けられた長銃を構えた特殊部隊装備の男が現われる。やはりこの階で当たりの様だ。恐らく屋上に構え、不審者を監視していたのだろう。こちらを発見されている様な気配は無いがその男がスコープを覗いた瞬間、殺気が流れ込み、それに反応して僅かに体勢をその射線上から僅かに反らす。次の瞬間、気を失い抱えていた男の頭が破裂しながら後方に大きく吹き飛ばされる。その胸元から覗く心臓が僅かに脈を打っているのが見えた。辺りにこの男の脳髄が壁面にへばりつき、血生臭さを漂わせる。白い特殊部隊の装備で身を固めた男との距離は約百M。


 スコープ装備のスナイパーライフルなら確実に射程圏内に入っている。蒸せ返る血の匂い。これは戦場の匂いネ。


 「メスの匂いよりはマシか」


 素速く逃げまどう人間の影に隠れるように身を低くし、他の男を新しい盾にしながらするりと近づいていく。


 505号室辺りと思われる箇所から鮮やかな紅色が飛び出してきてその射線上に姿を現す。黒い特殊部隊兵装に身を包んだ軍隊の女、恐らく「紅い悪魔」ネ。後方で銃を構える白い兵装の男に比べて最低限の装備しか身に付けていない。挙銃に刃物の類しか恐らく身に付けていないだろう。遠くでその悪魔が叫び、その後に続いて白銀のプロテクターを身につけた天使サリアが素速く動き、隣の部屋に飛び込んでいく。


 ある程度想定されていたのか、思いの外動きは良いようネ。


 紅い髪をなびかせながら口元をマスクで覆った女が逃げまどう人々の合間をうまくすり抜け。こちらに距離を詰めてくる。まずはこの女が相手か。


 英国軍、正規軍人。

 兼国防省お抱えのカウンセラー。


 彼女の仕事は心身共に傷ついた兵士達を癒す事だ。彼らが再び戦場に立てるよう精神コントロールし、消耗品としての兵士の磨耗度を減らす。まさに悪魔の様な女だ。兵士は上の命令で躊躇無く引き金を引く。その行為に疑問を抱く者は最初は居ない。自らの国と正義の為に他者の命を奪うことになんの抵抗感も見せない。英国人らしいといえばそうだが。無様に晒す命より、名誉ある潔い死を。実にくだらないね。


 レコレッタの情報バンクを頼りに身辺を調べれば、杉村誠一の娘、ハニー=レヴィアンに対しても同様の処置を行ない、7年前に起きた事件で傷ついた彼女の心の治療に当たっていた心理士でもある。彼女自身の過去は紛争と血にまみれた人生を送っている。彼女は元々、テロリスト達に連れ去られた少年少女達の中に含まれていた。幼少期から歪んだ正しさと相手を殺す術を叩き込まれてきた根っからの戦争屋だ。

 特に10歳にも満たない少女達は銃の扱い方と同時に自らの体の使い方も教え込まれている。そんな洗脳の中、運良く母国の英国軍に拾われ、正規軍として目を見張る活躍を見せた。ついた通り名は「紅い悪魔」。随分と昔に戦場から離れたと聞いたが、その腕に鈍りは無いようだ。


 目測を誤ったワタシの背後から紅い女の鋭い刃が迫る。


 「さすが紅い悪魔ネ。一瞬気づくのに遅れていたら致命傷を与えられていたね」


 近くに居た男が振り向いた背後で弾け飛ぶ気配を感じる。一般市民を巻き込む事に罪の意識を微塵も感じていないらしい。

 後方で構える男の射線を頭で計算しながら、至近距離に迫る紅い悪魔から繰り出されたスティレットにハンマーで対応する。


 「随分余裕ね!笑顔の素敵なお兄さん!とんかちで日曜大工でもする気?」


 「紅い悪魔さんこそ、そんな細いスティレットでワタシを殺すつもりネ?」


 適度な距離を取った女がブーツを床に踏みしめ、右手、逆手にスティレットを構える。こいつも接近戦がお得意なようだ。

 

 一瞬の間を置いて、紅髪の女が踏み込みと共にナイフを的確にワタシの身体の急所を狙って刃が伸びてくる。それを紙一重で体を反らしながら避け、ハンマーをその腿に打ち付ける。


 浅い。


 相手もこちらの打撃を見越して体の軸を旨くずらし、衝撃を最低限に押さえている。その行動のほとんどは兵士時代に培われた嗅覚によるものだろう。


 「とんかちを武器に戦う暗殺者だっけ?死神さんっ!オールドボーイに影響でも受けたのかしら?」


 直線的で軍隊的な身のこなしでこちらの打撃を避けながら、要所要所でスティレットによる突きを刺し込んでくる。当たりは浅いが、少しずつこちらの皮膚に穴が開いて血が滲みでてくるのが分かる。


 「日本の工具、素晴らしいね。ミルスペックも青ざめネ」


 わざと単調に振るっていたハンマーの扱い方を変え、頭心と柄を柔軟に使い分けて女の体に打撃を打ち込んでいく。女のこめかみを掠めた一撃に体勢を崩した相手の武器を握る右手首をそのまま右足で壁に叩きつける。間髪入れずに腰のリボルバーを抜いて後方に適当にそれを2発ほど撃ち抜く。その隙に女の背後に回り込み、リボルバーをそのこめかみに当てながら非常階段で銃を構える男に呼びかける。スコープ付きのスナイパーライフルが一番厄介ネ。火災警報はいつの間にか止まっていたようだった。通路でワタシと向こう側で銃を構える特殊部隊の男とに挟まれて裸の男女達が身動きとれずに円形に身を寄せ合っている。ホテルの外からはここから逃れる事の出来た人々の叫び声が聞こえてくる。


 「撃つと殺す」


 しばらくの沈黙の後、男が両手を上げて降参のポーズを取り、マガジンを解放するとそのまま銃を非常階段の外へと放りなげるのが遠くに見えた。一般人は殺せても同胞は殺せないらしい。


「いい子ネ。邪魔しなければ標的以外殺さない」


ゆっくりと死神は悪魔を人質に通路を進み行く。

暗殺稼業もなかなか骨が折れる仕事ネ。新人さんの定着率の悪さと死亡率も問題ネ。

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