妹ノ影
最近のコンビニ弁当はおいしいにゃ。
八ツ森市南ヶ原にあるシティホテル「Behemoth」に戻った私は冷蔵庫にコンビニで買ってきた品物を急いで仕舞うと身の回りにある尖って鋭いモノを探す。少年一人を殺すのに普段使用している暗殺道具を使用するまでも無い。足がついても怖い。銃保持者とはいえ少年。近づきさえすれば確実に殺せる。これでいいかにゃ。
私はアイスピックを手に取ると何回か相手の急所を突く素振りをして道具の使用感を確かめる。鋭い刃が空を切り、鋭く狙い定めた心臓一点を刺し貫くイメージとそれが重なる。
「一千万、一千万、一千万ニャ¥」
私の計画はこうだ。
少しお高いけどお総菜の美味しい横島屋で買い物を終えた少年が潜伏先のホテルへと帰って行く。その後ろを気付かれずに追いかけ、泊まっている部屋の位置を確認。長時間潜伏しているという事は必ず部屋を出るか、ホテルのサービスを利用する為に従業員を部屋に招き入れるはず。部屋の出入りのタイミングで襲いかかるか、従業員がその部屋を訪れるタイミングでそいつを殺して入れ替わり、進入する。完璧ニャ。
「おっと、こうしてはいられないニャ」
素早く手持ち鞄にアイスピックを仕舞うと机の上に置かれた部屋の鍵を手に取り出ようとする。そのタイミングでルームサービスが部屋の扉をノックする音が聞こえる。むぅ、タイミングが悪い。
「ルームサービスです。ご注文のメニューをお持ちしました」
「にゃ?何かのまちがいにゃ?」
節約の為にコンビニでご飯は調達している。高めのルームサービスのフードメニューなんて頼まない。
「おかしいですね。先ほどこの部屋から炒飯と餃子を注文されたと中華料理屋西森軒様より言付かったのですが」
ゆっくりとベルボーイによって部屋の扉が開かれるとそこから香しい中華料理の良い匂いが漂ってくる。どこか懐かしい故郷の料理。私は追い返さずにそのままそれを机に運ぶように指示する。
「頼んだ覚えはにゃいが、私が食べるニャ。おいくらニャ?」
「いえ、西森軒からお代の方は既に頂いていると仰っておられましたので結構です」
「ホントかにゃ?」
身なりが綺麗に整ったベルボーイがニコリと微笑むと一礼して私の部屋を出ていく。ちょっと素敵なお兄さんだったにゃ。
「それにしてもいい匂い。ちょっとぐらいいいかにゃ?10分ぐらいの食事タイム、暗殺に支障は無いニャ」
私は用意されている蓮華を手にすると急ぎめに皿に盛られた炒飯を口の中にかきこんでいく。噛みしめる度にお米一粒一粒から旨みがにじみ出てあまりの美味しさにうなり声を上げてしまう。
「ゴロゴロ……八ツ森市を離れる前にそのお店に寄ってみようかニャ?」
想定していた10分よりも6分も早くそれらを平らげると手を合わせて御馳走様する。横島屋を越えたかも知れない。再び部屋をノックする音が聞こえてくる。今日は忙しい日だ。
「お客様、食べられましたか?先ほどお伝えし忘れておりましたが、そちらの器は西森軒様にお返ししないといけませんので扉の外に置いて下さればこちらで回収させて頂きます」
「もう食べたから今持って行きます!」
私はもう完食してしまった事を知られてしまった事を少し後悔しながらトレイの上に乗せられた中華皿を返すために扉のノブに手を掛けようとする。
そこで何か違和感に気付くこのベルボーイはなぜ私が食事をする間待ってくれていたのか?それに当日、少し高めのルームサービスを頼んだ時は、ウエイターさんが配給を行ってくれた。ベルボーイは主に玄関で客の送り迎えをする人間。
私は私の心の中を暗殺モードに切り替える。
「あっ、ちょっと待って下さい。餃子のお皿を取り忘れてしまいました」
一度、料理の器を室内に置くと衣装はそのままだが、暗殺補助道具のホルダーを取り出してそれを左腕にくるりと巻き付ける。15cm程度の棒状手裏剣が7本連ねられている。
「扉前に置きましたので良ければ中に入ってお取り頂けますか?」
「そうですか。……わかりました」
そのベルボーイがやや戸惑った後、部屋の扉を開ける。私はその僅かな殺気を見逃さず、ホルダーから棒状手裏剣を引き抜くと3本同時にそれを相手の顔向けて投げつける。
やはり。ただのベルボーイでは無かった。これはチップ代が高くつきそうニャ。その男が深く腰を落とし、体勢を下げると棒状手裏剣はベルボーイの帽子を扉に磔にする。
「何者にゃ?」
「おっと、危ないネ。さすが二流といえど同業者。さすがに感づかれたか」
「同業……まさか?!」
その男が腰の後ろから変な形状の中型ナイフを引き抜く。あれは多分、ククリナイフという代物だ。私は一本ずつその男に向かって棒手裏剣を投擲しながら距離を取りつつ、クローゼットから愛用の暗具を取り、それを装着する。
「なかなかいい動きをするネ。さすが鈍猫といったところか」
素早く猫の手を模したグローブを両手に装着し、構えをとる。
「当たり前ニャ。伊達に一流暗殺者たちの上前を跳ね続けてきたわけじゃない二」
突然、男の姿が視界から消え、私の懐に潜り込んで来た。本能的に体を動かし、男の両肩を掴むとひらりと空中で回転して飛び退く。
「仕込み刃付きのグローブか。それに私の攻撃に対応できるその反応速度、見くびり過ぎていたようネ」
私に切り裂かれた両肩から血を滲ませながら素肌が露わになる。その両肩にはドクロのマークと毒という漢字が刻まれていた。初めてお目にかかれるとは。
「お前、死神だな?」
男が溜息ながらに切り裂かれた上着を脱ぎ捨てる。
「何故かそう呼ばれているネ」
奴は暗殺者の中でもトップクラスの実力者。
こなした仕事が多ければ多いほどこの仕事における死亡リスクは高まる。それを奴は100%こなしてきた。奴の姿を見たものは死ぬ、姿の無い死神の様な暗殺者。一般人から同業者の掃除まで幅広くこなす奴は毒の使い手でもあり対象者を無限に殺せる。組織そのものを潰すことなど造作も無い事だろう。
「さっ、君も始末リストに入っている。大人しく殺されるネ」
私の小さな心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
「暗殺リストに私のニャが?」
男の細い眼が見開かれるとその鋭い双眸と共にその殺気が圧力となって身にのしかかってくる。数秒先の死を予見して両足がガタガタと震え出す。これは本能的な怯え。止められない。
「死にかけた暗殺対象に止めを刺して報償を掻払う行為は同業者も君の事を見逃していたが、さすがにお金を盗むのは不味いネ」
私は顔を真っ赤にして怒る。
「うるさいにゃ!まともに社会保障も受けられない。そんな中、私ら二流は額の低い依頼をこなしていくしかない。おいしい仕事はあっという間に一流どもがこなしていく!そこに機会があるならどんな手を使っても手に入れてやるニャ!」
溜息をつきながら死神はこちらに近づいてくる。
「人の報酬を盗むのは犯罪。悪人のする事ネ」
「人を殺し続けてきた私やお前達が善悪を語る資格は無い!」
「それでもルールは守らないといけない。私達は暗殺の為の道具。そこに意志は介入しない。善悪を決めるのはその引き金に手をかける者達。依頼者ネ」
「ぐっ、それは……ごめんなさい。お金は返すニャ」
私が動揺するのを見越して男が同時に距離を詰めてくる。慌てて手に力を込めようとした瞬間、膝に力が入らなくなりその場に膝をつく。
「何故ニャ?貴様、何かしたにゃ?」
全身に力が入らなくなり、そのまま床にうつ伏せに倒れ込んでしまう。
「毒を仕込ませてもらった」
「おかしいニャ。お前の太刀は掠ってもいないニャ!」
男を見上げる私の顔にその男の顔が近づいて鼻をクンクンしてくる。匂いを嗅がれるのは少し恥ずかしいニャ。
「炒飯と餃子に弱い毒を仕込んだ。一時間は体がまともに動かないはずネ。口ぐらいは動かせるだろうけど」
「にゃ!?」
思いっきり平らげてしまった。食欲に負けるとは乙女として恥ずかしい。人間版ねこいらずニャ。
「少し君をこっちで利用させて貰うネ」
私をくるりと丁寧に仰向けると、両手の暗具と肩の棒手裏剣のホルダーを剥がされる。灰色のマフラーと衣服をスルスルと私の体から引き剥がして薄桃色の下着姿にされてしまう。利用?まさか陵辱というやつかにゃ?いや、こんな仕事をしていればいつかはこんな場面に遭遇するかもと思っていたけど、まさか今日とは。しかも体動かない。
「や、やめるニャ!不男じゃないからまだマシだけど、一方的にそんな事は犯罪だと思うニャ!さっき言ったじゃない!私達は道具だと」
「そう、利用する為の道具ネ」
「あっ、にゃるほどにゃ」
そのまま下着まで脱がされてあんまりボリュームの無い体が外気にさらされてしまう。死神め、私の体を存分に弄んだ後、殺すつもりネ。あ、口癖が移ったニャ。そして最後に残ったネコ耳まで外されてしまう。
「私のアイデンテテーまで奪うとは、どこまで卑劣な奴ニャ!」
首だけジタバタしていると男が一端離れて、私のクローゼットから暗殺用コスチュームを取り出す。
「暗殺者の中には独自の衣装に身を包んで暗殺を行う者が居る。鈍猫も確かその内の一人だったネ。ワタシには考えられないけどネ」
ハンガーに掛けられた暗殺衣装を取り出すと、私をそれを着せていく。衣装を着させて弄ぶ気らしい。
「くそーっ!もう家族や猫達に顔向けできないニャ!」
ボンテージ風衣装を着せられた後、黒色のネコミミを付けられ、切り目の入った灰色のポンチョを着せられる。
「なかなか機能的によく出来ているネ。最低限の防護面積は可動範囲を阻害せず、動く時に邪魔にならない。ただ、この灰色の穴あき布袋を被るのだけは理解出来ないネ。視るための穴は空いているが、口が塞がって呼吸し辛そうネ」
「顔を見られない為ニャ!その分聴力は鍛えて……モゴゴ」
マスクを被せられて、丁寧に鈴をあしらったベルトまで首に巻いてくれる。やはり視界が悪く体が麻痺しているのであまりなにされているか分からなかった。私の眼の端から涙がこぼれ落ちる。
「こんなものでいいか。他の暗殺者への見せしめは」
寒さを感じて眼を開けるとベランダにロープで釣り下げられているようだった。剥き出しの足に僅かに寒さを感じる。下を視るとここはホテルの七階なので相当高い。猫は高い所が好きだけどこれは高すぎて怖い。お漏らししちゃいそうニャ。
「勘弁ニャ、もうしません!これじゃあテルテルボウズにゃ!もう死にた……いや、死にたくないにゃ!」
上を見上げるとホテルのベランダから死神が私を見下ろしている。その冷たい眼差しに背筋が凍り付く。
「大凡、一千万の少年を狙って八ツ森に入ってきた輩だと思うが、このまま引き下がるなら見逃してやらなくもないネ」
「くっそーっ!高い所から見下ろしやがって!ずるいにゃ!変な言葉使いのくせに!」
「君に言われたくないネ」
ロープの端を握る男の手が離されると、重力が私の体をそのまま地面へと引き寄せる。
「にゃああああああああんっ!ごべんなざいぃ!!この言葉使いは日本で深夜につけたアニメで学んだ言葉使いにゃ!もうとれにゃい!」
「私のはとれるよ」
「羨ましいにゃ!」
「日本人、カタコトの外国人には何故か優しい。そこを利用させて貰っている」
「猫のウンチみたいな奴ニャ!確かにいちいち私に声をかけてくる日本人は鬱陶しいにゃりが!」
「出身は?」
「広東にゃ。お前はどこにゃりか?」
「中国で最も寒い東北だよ」
「うぅ。あそこはもう行きたくないにゃ」
気のせいか鋭い眼差しのお兄さんが細い眼に戻ってどこか優しい顔付になる。
「広東の人間は食へのこだわりが強い。食べ物関係には暗殺者なら気をつけるネ」
「にゃに?!見逃してくれるにゃりか?」
「少し妹に似ているネ。命拾いしたネ」
スルスルとベランダから引き上げてくれるお兄さん。
丁寧に室内に運んでくれるとそっとベッドに運んでくれる。
顔にはめているマスクもとってくれているの話しやすい。
ベッドの縁に腰掛け、背中を向けている死神のお兄さんに顔だけ向けると何かを考えているようだった。
「実は行き詰まっている。その一千万の少年が八ツ森の特殊部隊の天使と行動を共にしているが、その潜伏先が分からない」
「にゃ?奴ならここから近いラブホテルに宿泊してるにゃ?」
死神のお兄さんが呆気にとられた様に口を開けてこちらを向く。
「いや、ありえない。あのお堅い天使が業務上でそんな所に未成年を連れていくはずは無いと思っていた。確かに盲点か」
「この借りは高くつくにゃ」
「そうだな。ホテルの名前は?」
「楽園にゃ」
「エデンとは皮肉だな」
「あと紅髪の女と特殊部隊の格好をした男も多分天使の関係者にゃ」
「紅髪?……杉村誠一の関係者を洗っていたら、その娘のカウンセラーが確か居たな」
「そうにゃ。あの顔は恐らく正規英国軍の紅い悪魔にゃ」
「どうしてもあの少年を殺させたくないらしいな」
「私をこうして拘束さえしなければ私が殺していたにゃ!!」
死神のお兄さんが自分のポーチから小瓶を取り出すとそれを口に含み、私に口移しする!?必死に口を閉じて抵抗するが、息苦しくなってそれを飲み込んでしまう。
「何するにゃ!まさか、ほしい情報は得たから殺すニャ?!」
死神が口から垂れた液体を拭うと私の口のまわりも拭いてくれる。紳士ニャ。
「解毒剤ネ。自然回復よりも早く、後遺症もほとんど無い。すぐに動けるはず」
「あ、ありがとうにゃ。ってそもそもお前が!」
死神が立ち上がると着替えを私に放り投げる。
「想定ではネフィリムのお嬢さん一人とその部下が相手だったが、紅い悪魔を投入してきたという事は米軍からスカウトされた奴が警護についているかも知れない」
「米国軍?そんな奴と今回戦わないといけないにゃりか?」
「しかも、下手したら杉村誠一とも遭遇するかも知れない」
「嘘ニャ!確かサムライは爆死したって聞いたにゃ!でないと一千万がかけられているとはいえ、奴の縄張りに足を踏み入れたりしないにゃ!!」
「同感だよ。奴の姿が確認された段階でこちらも身を引くつもりだ」
「他に同業者の仲間は?」
「戦車と烏」
「ふぇ!!やばいにゃ!!殺されるにゃ!」
「安心しろ。今回はあの少年を殺す為だけに動いている」
「戦車も烏も一流暗殺者を殺せる掃除屋。私なんかの助けなんかいらないはずにゃ」
死神がしばらく何かを考えたあと、口を開く。
「どちらかが特殊部隊ネフィリムに情報を流している可能性がまだ僅かにある」
「私の得意な裏切り?」
「分からない。どう考えても自分の立場を危うくしてまで一人の少年を守るメリットなど無い、はずだが」
「変な話にゃ。少年に送り込まれた刺客が次々と消されている噂は?」
「分からない。本人と実際に顔を合わせてみたがそんな気配は無かった。いや、杉村誠一に育てられた少年だからそう判断するのは早計か」
「分かったにゃ、手伝うにゃ」
細い眼を丸くして私の方を見ると、優しく頭を撫で出くれる。
「言葉使い以外、お節介な所は妹に似ている。一千万は私の方から渡すから協力してくれると助かる」
私は顔を紅くさせながら眼を反らす。ちょっとなら抱かせてやってもいいにゃり。あくまでもハグまでならにゃ。一千万をポケットマネーで出せるこの男はどれだけの人を殺してきたというのだろうか。
「い、妹はどうしたにゃ?東北に残してきているのかにゃ?私の方は広東に家族が居るにゃ」
「死んだよ。19歳の春に。いや、小さな組織に殺された」
「そっか……妹さんは暗殺業の事は知ってたかニャ?」
「知らないはずだったが、なにかよくない事はしていると感づかれていた。私の性だよ。妹の尾行に気付かずに組織の根城まで着いてこさせてしまった。馬鹿な妹だよ。話合いで私をこの暗殺業から足を洗わせようとしたんだ」
「賢い妹さんにゃ。こんな稼業いつか死ぬにゃ」
「そうだな。誰よりも聡明だったよ」
「その後はどうなったにゃ?」
「組織の周りから潰していって、最後は本部に乗り込んで壊滅させた」
「……十年ぐらい前、一人の暗殺者が勢いづいていたある組織をまるまるこの世から消し去った伝説があるにゃ。その張本人がお兄さんのせいだったとはにゃ」
「昔の話……ネ」
ふと気付くと体の自由が再び利くようになっていた。体を起こして腕を回す。
「少し話し過ぎたネ。準備を整えたら楽しいお仕事の始まりネ」
「にゃん、にゃん、にゃーっす!!」
私は自由になった腕を高く掲げて勝ち鬨を上げる。
ところであの中華料理はお兄さんが?(鈍猫)
そうね。西森軒に来てくれたらいつでもご馳走するネ?もちろん毒抜きで。(死神)
こ、これは遠回しにプロポーズにゃ?!不束者ですがよろしくお願い申し上げます。いや、お兄さんは私に亡き妹の影を重ねているだけにゃ、兄妹、それは禁断の恋にゃ!(鈍猫)
ん?(死神)
ちなみに見ていたアニメはポータブルモンスター、通称ポタモン。主人公をいつも邪魔する悪い奴らの中に私の大好きな猫ポタモンがいるんにゃーす(鈍猫)
私はなんだったかな…らんまる2/1だったかな?(死神)
…………おいっ、ゼノヴィアっ!妹婿はまだ部屋に篭りっきりのようだぞ?大丈夫なのか?一体何をしているんだ?!(天使)
……高校生だものね……こんな2人の美人に付き添われてモンモンしてたのね。そろそろ私達の出番かしら?(紅い悪魔)
出番?私ならいつでも用意できている(天使)
……銃はいらないわよ。(紅悪魔)