秘密の園
額の傷、その記憶が僅かに疼く。
<死>
木漏日総合病院の病室内の窓から灰色の空を見上げる。12月20日今日の空は曇り空。
私を呼ぶ声がしてそちらの方を向くと目に涙を溜めた荒川静夢お姉ちゃんと英語科の小川先生、そして心理部のメンバーである江ノ木カナ、留咲アウラ、鳩羽竜胆、若草青磁、佐藤深緋が壁沿いに一列に並んでいる。
私が目をしばたかせ、皆を見つめると荒川先生が私に抱きついてくる。その勢いでベッドに倒れ込む私。
「静姉、苦しいわ」
静姉が私への包容を少し緩めて嬉しそうに涙を流しながら微笑んでくれる。
「樹理ちゃん、意識が戻ってよかったよ!」
私は死んだと思っていたけど、刺された箇所が心臓に達していなかったのと、早急治療が功を奏したようね。痛み止めの性か少し頭がぼうっとしてうまく働いてくれないけど私はもう一度彼らに会いたかったので嬉しい。
「もし樹理ちゃんが死んでいたら私はあいつら全員に私なりのやり方で仕返ししてやるつもりだった」
私は静姉の乱れた髪を手で整えながら答える。
「ダメよ、それじゃあ私が頑張った意味が無いじゃない」
首を傾げる静姉のワンレンの髪が傾き垂れる。
「私は緑青や蜂蜜のおかげで前に進むことが出来た。だから今度は私が私の性で前に進めない人たちの進ませる番。そして、私が憎しみの連鎖反応をあそこで止められる唯一の機会だった。だから、痛い目を合わせてごめんね?静姉?」
私はそっと荒川静夢の頬に出来た痣に触れ、肩に巻いた包帯を確認する。その傷は私をおびき寄せる為に栗原友香達によって出来たもの。
私はその時の状況を思い出し、一つ間違えば静姉の事を失ってしまいかねなかった未来を想像して耐えられなくなって涙を流してしまう。私はこの人が居たからこうして外に出て生きる勇気を持てた。そんな人が私の性で死んでしまうなんて考えられない。
「私……私もしかしたら、一歩間違えば静姉を見殺しにしていたかも知れない。そう思うとすごく怖くて!」
「大丈夫だ!そんな事考えなくていい!私はこうして生きている!」
病院のベッドで泣きじゃくる私達につられて周りの部員達も鼻をすすっている。しばらくして落ち着きを取り戻した私は集団暴行を受けたときのことを静姉に確認する。
「あの時ね、あの場に蜂蜜が居た気がするの。静姉はその姿を見てなかった?多分、蜂蜜の助けが無かったら私は何人もの被害者遺族達に刺し殺されていたと思う」
静姉がその時の情景を思い出しながら眉を顰める。
「確かに、栗原友香が樹理ちゃんに挑発されて離れた瞬間、私は誰かに拘束を解かれて解放されたが、私が礼を言おうとその姿を確認しようとした時には闇に紛れて消えていた。その後ろ姿は黒いコートの女性としか」
蜂蜜じゃ無かったら誰なのかしら?親切に私を助け、かつ街灯まで粉砕してくれた。
「ところで杉村蜂蜜の行方は?」
静姉が私の質問を受けて英語の小川先生に視線を送る。
白い特殊部隊用のタクティカルベストを着込んだ小川先生が赤いフレームメガネの位置を正しながら答えてくれる。
「依然として警察でも掴めていない状態さ。彼女の消息は先週の木曜日以降掴めていない。唯一の足がかりだった彼女の簪も山中に衣服一式と共に埋められていたからね。それに……」
そこまで言い掛かった言葉を濁らせる英語科の小川。私は情報がほしくて詰め寄る。
「ちょっと、そこまで言い掛けて止めるの止めなさいよ。それに何?」
少し間をおいて咳払いした後、言葉を続ける。
「その近くに男の死体が発見された。恐らく致命傷となった傷跡から、杉村蜂蜜さんが身につけていた簪を使って殺した可能性が高い」
近くにいた若草青磁が小川先生につかみかかる。
「おいっ!あいつは意味もなく人は殺さない!」
掴みかかる青磁を宥めながらその手を離させる小川。
「あぁ。恐らく彼女は石竹緑青君を殺しにきた刺客を止める為に止む終えず殺した。相手も薬の常習犯。クスリの金ほしさに彼は狙われた」
若草がほっと胸をなで下ろすけど、すぐに表情を厳しくさせる。
「緑青が土曜日に田宮と一緒にヤクザに掴まったのも関係しているのか?」
「あぁ。私の調べでどうやら裏社会で彼が暗殺対象に上がっているらしい。恐らく杉村蜂蜜さんは石竹君の命を狙う奴を片っ端から始末したいったみたいだね。その性で石竹君がヤクザから逆恨みされる原因を作った」
日嗣尊はここまで予想していたのかしら?プロ相手にただの少年が叶う訳無いでしょ?生きている今が奇跡の様なもの。
「ねっ!緑青は無事なの!?」
佐藤深緋が耐えられずに声を上げる。それに微笑みながら答える茶髪のショートヘアーが爽やかな英語科教師。私はこの手の爽やか聖人を信用しないタイプだ。
「大丈夫、何てったって僕らの隊長が警護についてるからね」
杉村蜂蜜の義姉さんは少し頼りない感じはしたけど部下からの信頼はあるようね。
「あ、ちょっと待って?隊長から定期連絡だ」
「(ハミルトン、そちらに異常は無いか?)」
「はい。天野樹理さんも変わらずに元気です。もう命を狙われる危険性は無いかと」
「(そうか。あとで代わりの者を寄越す。そいつと交代したらこちらに応援に来てほしい)」
「増援ですか?」
「(あぁ。義妹からの電話が入り、12月22日の日に奴らは動くそうだ。それまでにあと二人はほしい。情報では手練れの暗殺者2人だ。こちらもそれなりに使える奴が要る。お前と……そうだな。管轄は少し違うがゼノヴィアを寄越してほしい)」
「吸血女を?なぜ本国直轄の彼女の手を?」
「(それがどういう訳か少年の体調が優れないみたいなんだ。毒を盛られたのかも知れないが、精神的なものも大きい気がする)」
「そういう事でしたらすぐに手配致します」
「(すまない。場所は追ってメールする)」
「YesSir」
「(あ、待て。ところで暗殺リストの件について更新はあったか?)」
「いえ、依然として少年の名前は上がったままです。今まで天野樹理さんや日嗣尊さんの名前があったにも関わらず、手が出されなかったのは」
「(あぁ。恐らく杉村誠一が目を光らせていたからだ。どこからか留置所への拘留情報が漏れて爆破された可能性が高いな)」
「誠一さんの生存確認はとれましたか?」
「(いや、依然不明の状態だ。現場に残された遺体はレコレッタ関係者意外まだ発見されていない)」
「そうですか。生きていてほしいですね」
「(そうだな。あれでも愚妹の父親だ。では切るぞ?)」
「はい」
私達に背中を向けて話していた訳だけど周りにいる人間はそれなりにその会話の内容を掻い摘む事が出来た。つまり私も暗殺対象になってたって事ね。随分昔から。
そわそわと江ノ木カナが小川先生の周りを忙しなく動き回っている。
「小川先生!」
「何かな?カナさん」
「ランカスター先生、ただの臨床心理士じゃ無いんですか?」
小川が少し考えた後に彼女の説明をしてくれる。
「知らなかったのかい?彼女は英国直属の軍隊に籍を置くカウンセラーでね。仲間内では紅い悪魔って呼ばれてて……あ、これは本人の名誉の為に言わない方がいいのかな?まぁいいかな。昔の事だしね。味わえなかった青春の鬱憤を晴らす様に敵を生かす殺さずの間で戦闘不能に陥れるという伝説があってね……。送られてくる暗殺者が二流ならまず負けない。ただ、今回、彼に懸かっている報奨金が1千万を越えている。もしかしたらトップクラスのアサシンが出てきてもおかしくないからね」
紅い……悪魔?何それ怖いわ。
<僕>
開け放たれた山小屋の扉。
鮮烈な夕陽が差し込み、意識を失ったはずの僕の意識が僅かに覚醒する。額からの出血は続き、シトシトと床を紅く染め上げていく。何だっけ?何かを僕は忘れている気がする。大切な大事な何かを。誰も居なくなったその小屋に人の気配はしなかった。額から流れる血が片目を塞ぎ、視界を阻害している。床に突っ伏したままの体勢を起こそうと左手を床に突こうとするが繋がれた鎖に重みを感じる。何だ?誰がこんな事を?僕は確かハニーちゃんと一緒に森で遊んでいたはずだ。なんでこんな場所に居るんだろう?出血多量の性か力が全身に入らないので動かす事もままならない。
鮮烈な夕陽を背中に浴びながら黒いシルエットが僕の前に現れる。僕と同じぐらいの子供の様で目深にフードを被った少年の様だった。その手には短いナイフが握られている。
「全部お前の性だ!全部お前の性で浅緋ちゃんは死んだんだ!」
少年が怒りと共に僕に近づいて来る。
「浅緋って誰?」
その言葉にその少年の動きが止まる。
「よく見ろ!そこに居る女の子だよ!お前の事を大好きだった女の子だ!」
夕陽を浴びて灼熱に輝く刃先のを追って首だけを後ろを向けるとそこには力なく血の海に横たわり、体を引き裂かれた女の子の姿があった。辺りには彼女のものと思わしき臓物が乱暴にそのままにされていた。
「わからない。君は誰?」
少年がこっちに駆け寄る気配がする。
それに反射的に体が反応して立ち上がると、僕の突然の動きに驚いた少年がつんのめり血塗れの床に倒れ込む。手には力強くナイフを持ったままだ。その白い法衣が紅く染まっていく。
「浅緋って誰?」
訳も無く僕の中から怒りが込み上げてくる。
少年に背中から乗りかかると足を大きく上げてその手を力一杯何度も踏みつける。観念した様に少年がナイフを放す。僕は先ほどの光景の一部を思い出した。僕の幼馴染は僕を助ける為に山小屋の扉をぶち破って現れた。
そして大きな男が彼女の後ろを追いかけていった。今度は僕が助けなきゃ。今度こそ。
額から止めどなく血は流れたままだ。
鎖の施錠を解く為に下で呻く少年の衣服の中を探ると、それに合う鍵が見つかったのでそれで開鍵する。なぜ?この少年が?
まぁいい。
今は友達を助けるのが先だ。
僕は何度かその少年の後頭部を殴りつけて気を失わせて黙らせると、衣服の襟首を掴みながら一歩一歩小屋の外を目指す。
あの解体されていた女の子は誰だろう。
僕の目から涙が流れて止まらない。
夕陽が沈むと共に視界が暗く霞んでいく。
小屋から数メートル離れた所で僕は得体の知れない怒りと共にその少年を投げ飛ばし、砂利道に僕は倒れ込む。近くで何かが動く気配がして僕は本能的に感覚を研ぎ澄ます。もう動けないけど。刺し違える事ぐらいは出来るはず。そいつがハニーちゃんを追いかけ無い為に。
誰かが近づく気配がして息を潜めているとその影は何もせず僕の元を去っていった。僕が気を失わせた少年を担いでどこかに消えたらしい。
僕の思い出せない女の子に何かを言われた気がする。
何だっけ?
僕はその約束を思い出しながら意識を失った。
<隠者>
目を覚ますといつかのカウンセリング室の様な光景が広がっていた。ベッドの上に寝かされた僕の近くで赤髪の臨床心理士が優しそうに僕の額を撫でながら微笑んでいる。
「ランカスター先生?」
「あら、ごめんなさい、目が覚めちゃった?」
「はい。先生、なんか色々嫌な夢を見てしまって」
「そうね。今はまだゆっくりと眠りなさい。次、貴方が目覚めた時には全部解決しているから」
解決?眼の端に黄金の輝きを見つけて僕は慌てて体を起こす。
「ハニー?」
こちらから見える距離で入口に近い所で銀色の銃を構えたままの女性が立っていた。
「残念。君の嫁では無い。嫁の異父姉サリア=レヴィアンだ」
鈍かった頭が本来の機能を取り戻してここ最近起きた出来事を次々と思い起こす。僕は暗殺者に狙われていて杉村の義姉さんにこうして警護されている。それにしても。
「なぜここにランカスター先生が?」
その特徴的な八重歯を覗かせながらいたずらっぽく笑みを浮かべる吸血女。
「覚えてないの?」
僕は辺りを見渡して現状を確認する。
やはりどこかのシティホテルらしい。どうやらあれから転々と行き先を変えているようだ。それなりの広さを誇る部屋で窓も閉め切られ、光も射さない状態だ。
「今日、何日ですか?世間ではどんな風に僕や樹理さん、尊さんの事は?」
ランカスター先生が手持ちの携帯を取るために腰を上げる。
僕は近くにあったリモコンを手に取り、テレビを付けるとその大きな画面に悲鳴を上げる裸の女性が映し出される。ちょっと脳がついていけない。体ももちろんついていけてないが。バツの悪い事に金髪の女性が苦しそうに悶えている。
「愚妹よ、やはり婿殿は金髪がお好みらしい。良かったな。……妹婿よ、何故私を眺めているのだ?必要ならゼノヴィアと私は暫く貸し切ってある隣の部屋に移動するぞ?」
「いいです、いいです!」
ランカスター先生がわざとらしく僕の首に抱き付いてくる。
「なんならお姉さん2人が相手し……」
「余計な御世話です!」
多分、普通の高校生なら発狂するレベルで喜ぶだろうな。金髪スレンダー美女と赤髪グラマラス美女。残念だけど僕はこれ以上杉村蜂蜜に殺されるバッドエンド死亡フラグを立てられない。僕は慌ててテレビを切るとベッドにリモコンを投げつける。何このチャンネル?地上波でこんな如何わしいものが放送されているなんて?まさか?
「ここ、もしかして」
「ラブホテルよ?宿泊者氏名の記帳の必要は無いし、顔を確認される訳でもない。丁度いいでしょ?」
「未成年を連れて来るな!!」
「折角のR指定作品だしいいかなって」
「作品ってなんだよっ!僕はまだ17歳です!」
ちなみに壁際に立っているサリアお姉さんはサービスで置かれていたバスローブを身に纏っていました。なんかすごい似合います。ワイン飲んでそう。ちなみにランカスター先生は何故かナースコスチュームに白衣を羽織っていました。こういう所初めてなんで分かりません。マイペースにサリアさんがフロントに食事を頼んでいる。やっぱり赤ワインとチーズ、そして僕にはハンバーグセットを頼んでくれている。そんなにハンバーグ好きそうなイメージかな?あ、確かに好きだ。
暗殺者もさすがにここまでは追ってこないだろう。この勝負、12月23日まで逃げ切れば僕らの勝ちだ。
その先は僕とあいつらの戦いだ。
……とまぁ、そんな上手くいくわけないよね。ボロボロでもいい、24日を生きてさえ迎えれば僕等に勝機はあるはずだ。
「隊長?えっ?今どちらに?」(ハミルトン(小川))
「少年とホテル「楽園」に居ると言っているだろ!?」(サリア)
「端末で場所を検索してるんですが、そこって・・・・・・」(ハミルトン)
「何度も言わすなっ!」(サリア)
「僕、お邪魔じゃ無いですか?」(ハミルトン)
「なら死ね!」(サリア)
「あ、通話切れた」(ハミルトン)




