夜鳴鶯
私が戦車との決着を着けた後、戦いの場になった大型デパートに何台ものパトカーが連なって横切っていく。あと一歩遅れていれば姿を見られていただろう。私は烏。暗殺者を狩る掃除人。
自身が寝泊まりする宿泊施設への帰り道、私の事をまるで待つように配達用バイクに跨がった糸目の中国人の男が口元に笑みを称えながら立っていた。
私と戦車、そこから情報が警察に流されていないかを確かめる為に二人にかまをかけた。食えない奴だ。
「まだ私達に何かさせたいのか?」
私は弾が掠め、戦車に蹴られた脇腹を押さえながらその男に対して怒鳴り声を上げる。私の気迫に両手を上げて降参ポーズを取る。その衣服は中華料理店で着用しているコックコートそのままだ。バイト終わりか、配達の途中らしい。こんな深夜の時間帯だ。バイトは終わっているだろうが、本職の方は終わっていないだろう。私達の仕事は暗殺。
金を貰い、人を殺す簡単なお仕事。
「そう怒らないでほしいね」
「暗殺者達は基本群れない。貴様もそうだろ?」
死神と呼ばれる男、その名をシューと名乗り、基本的に単体で暗殺を行なう暗殺者だ。主に毒物の扱いに長け、単体から複数のターゲットを無限に殺せる。
「勘違いしないでほしいね。今回も組んだ覚えは無いネ。邪魔になったら消すだけネ?」
声の調子そのものは好青年のそれだが、同業故に感じるこの圧迫感に自然と体が強ばる。
「お前は消されないとでも思っているのか?」
私のクナイが至近距離で奴の顔面に突き刺さる直前で表情一つ変えずにそれを難なくかわす死神。こちらの腕も戦車との戦いで消耗はしているが、全快の時でも恐らく殺しきれるか危うい。
「その件は謝るね。どうしても不可解な件があって、一度確かめておく必要があったネ。ほとんど痕跡を残さず、戦車はあの少年の事をヤクザの根城まで連れ去った。これでも戦車の実力は認めているネ。跡を付けられる暗殺者は二流。奴は少なくとも一流だった。それが経ったの二日で特殊部隊Nephilimに嗅ぎつけられた」
石竹緑青を戦車が連れ去り、ヤクザの事務所まで連れてきた日の事を思い起こす。
「戦車は逃げ、君は勝ったがその事だけが附に落ちないネ。逃がそうとしている人間をわざわざ捕まえてからNephilimに襲撃させて人質を助けさせる。どう考えてもおかしいね」
私は未だに疑いの目を私に向ける奴の目を睨み返す。
「お前が私に殺される10人目の暗殺者になりたいか?死神?」
全身の気が逆立ち、ピリピリと私の全身を包む。
この距離なら差し違える事ぐらいは可能だ。
そんな私の本物の怒りを見越してシューが肩を竦ませる。
「ワタシは戦闘狂じゃないネ。そこに金銭が無ければ動かないネ。このやりとりは無意味ね。それに恐らく相手も手数を増やしてくる」
死神がコックコートを脱ぐと、その下から黒いタンクトップ姿になる。冬場というのに寒く無いらしい。
「安心するネ。この通り武器は無いネ。先の事を申し訳無い事をした。暗殺者としての勘が悪く働いただけね。だから信用してほしい。ワタシは12月22日にターゲットの少年を殺しにかかるね。その際、ワタシのバックアップをお願いするね」
私はその言葉に小さく頷く。
「最終期限は23日ネ。ただ、留置所が爆破された件で杉村誠一の遺体がまだ見つかってないネ。その一日は奴が現れた時の為の予備ネ」
私はその名を聞いて額から汗を流す。
「あの傭兵王、風神が生きていた場合、私達はその男と戦うか逃げる必要があるネ」
「そうだな。私もなるべくなら戦いたくは無い。だが、それでこの一連の不可解な現象に説明がつくな」
死神の細い目から鋭い眼光が覗く。
「もう一つ、懸念材料がある」
死神に睨まれた私の心が悲鳴をあげそうに押し潰されそうになる。
このシューという男はまるで自身の殺戮衝動に防波堤を作るように目を細めている。暗殺者として高められた独特の雰囲気は決して消すことなど叶わない。
「レコレッタに調べて貰ったが、あの少年へ送られた刺客が次々と何者かに消されていくタイミングと同時期に奴の娘もその姿を消している」
「娘?風神本人では無く、その娘がどうしたというのだ?一体どんな問題が?たかだか少女の一人や二人どうという事は無いだろう」
「レコレッタからの報告で、奴の元に時折顔を出していたその娘が杉村誠一、もしくは石竹緑青の身の回りで起きている事に関連している可能性が高い。さらに言うと、戦車が情報を警察に流していない場合、そのどちらかが警察に連絡をとっていた可能性が高い」
死神がバイクに跨がりながら私から目線を外すと、再び上着を羽織ろうとする。その両肩には刺青が入っており、ドクロのマークと[毒]という文字が刻まれている。
「……恐らく、ワタシ達が動けばそのどちらかが動くね」
「勝算は?」
私は無意識にコートの下に隠しているクナイに手をかける。
「問題無いネ。私が殺すネ。だから烏は」
「分かっている。あの少年と特殊部隊は私が相手する。依頼内容的には貴様がバックアップに回ってくれ」
死神がにこりと笑うと、鋭い目が隠れ再び好青年の顔が姿を現す。
「宜しくネ。ホントならあの少年とも戦って見たかったネ。あの傭兵王に育てられた少年がどれほどのものか」
死神が顎を片手で掻きながらこちらに説明する。
「ビルであの少年とは会えたネ?」
「あぁ」
「ワタシの料理を美味だと誉めてくれたなかなか見所のある少年ネ。大丈夫ね、今回の件、経口摂取の方の毒は使わないネ。毒も消耗品、今回の件で必要無い」
「そうしてくれるとこちらも警戒せずに食事がとれる。その少年については私もそう思う。本当は殺したくは無い部類の人間だ」
「烏?」
「分かっている。私達は暗殺者。引き金を引く者では無く、銃そのものの道具に過ぎない。引き金を握っているのはいつだって」
「依頼者ネ。あと居場所については大丈夫ネ、明日はバイトお休み貰ったから必ずこちらで潜伏先は突き止めるネ。そちらはそれまで戦車に受けた傷を癒すネ」
そう言い残して、死神はバイクのエンジンをかけ、八ツ森のあの商店街の方へと走り去って行った。可愛そうに。暗殺最終期限12月24日の早朝、シューは痕跡一つ残さずその場を去るだろう。それが奴の死神たる由縁。
私はただの小夜啼鳥。
その咽を悲しげに鳴らす事しか出来ない哀れな墓場鳥。暗闇よ、せめて私の哀れな姿をその涙と共に溶かしておくれ。
私は光で照らされた空をもう羽ばたく事など出来ない。
ならばその刃は何ぞ?
それは復讐者の慟哭。
それらと共に怨敵を討ち滅ぼせ!
世界よ廻れ、人よ進め、命よ巡れ。
足掻く者どもに一握の憐れみを!
ども、戦車ッス。
先日の烏さんとの決着に一応負けて上げた俺はクナイが突き刺さった胴体の怪我の治療をする為に、八ツ森市の廃業した製紙工場の一室を借りてるッス。
なんでこんな廃工場の事務所が人の生活出来るレベルで設備が完備されているかと言うと、どうやらここを秘密の隠れ家として使っていた奴等がいるんス。
「それが私達って訳」
俺は傷口を軽く縫った後、胸部に包帯を巻き直すと俺をここに連れてきてくれた女の子の青い瞳を覗きこむ。同じドイツ系だけど俺の瞳は茶色だ。
「ホントにシューさんに頼まれて?」
赤髪のその女の子は昼間、俺達が食事をとった中華料理屋さんでバイトしてた子だ。名前を如月エィラちゃんと呼ぶらしい。その子はドイツと日本のハーフらしく、ドイツ人の俺とはなんか惹かれあうものがある気がするッスね。
「うん。仕事終わりに私に電話があって、デパートの駐車場出口近くで待機して出て来た方の僕の友達が怪我を負ってたら助けてあげてほしいって」
「シューさん、やっぱりいい人だったッスね!」
「うん。なんかすごく私にも優しくしてくれて、なんだが逆に申し訳無くなるぐらい」
「エィラちゃんみたいな可愛い子なら俺も優しくするッスよ?!」
少し照れた様に笑いながら、胴体に巻かれた包帯と傷の具合を青い瞳で見つめてくる女の子。少し照れ臭い。
「それ、大丈夫?」
「大丈夫ッスよ。これぐらいの怪我、まだまだ序の口ッス」
「喧嘩?」
「そうそう。そんな感じかな?」
その視線が俺の近くに置かれている剥き出しの自動小銃に向いている事に気付く。
「ドイツの名銃、SCHMEISSER MP40だね」
「そうそう。詳しいね」
「私達、サバゲー好きでよく遊んでたから。ちょっとかしてくれる?」
そう言って伸びて来た手を慌てて握り締めてそれを妨害する。
「ダメっすよ!安全装置はかけてるけど、暴発したら危ないし、俺に当ったら洒落にならないッス。それなりに名のある暗殺者の俺がバイトの女の子に殺されたなんて洒落にならないッスよ」
俺の言葉に「本物!?」と驚いて腕の中にある細い手を強張らせる彼女。仄かにあの中華料理屋の良い匂いがするッス。
怯えた様にしていた彼女の眼が何かを覚悟した様に変わって、手持ちの財布から3千円のお金を引っ張り出してくる。
「えっと?何の代金ッスか?三千円で人を殺すお仕事ッスか?そもそもこんな俺の話を信じてないでしょ?」
ブンブンと首を振る彼女の赤いストレート髪が揺れる。
「違うの。今はあんまりお金無いけど、バイト代でたらもう少し出せる」
俺はその健気な少女の思いに負けて、辺りに置きっぱなしにされていたコンバットナイフとデザートイーグルを腰に提げる。
「誰を・・・・・・殺す?」
仕事モードの俺の声に少したじろいた彼女は目を瞑って慌ててそれを否定する。
「違うの!私達はもう守られているけど、私の仲間を白い法衣を着た奴と杉村蜂蜜から守ってほしいの!!」
そっちか。
今回はどうやら暗殺者としてでは無く、傭兵稼業になりそうッスね。
本当はこっちの方が性に合ってるッス!
「で、誰を守ってほしい?」
「同じ部活仲間、三年生の草部裕太、春咲龍一、島原芭蕉の三人。お願い出来る?もうこの3人だけしか生存確認とれてないの。多分、他の仲間は白い法衣の奴と杉村蜂蜜に殺された」
「八ツ森って結構物騒な町ッスね。それより、杉村蜂蜜って……あの杉村誠一さんのご家族じゃ無いッスよね?」
エィラちゃんが目を丸くさせながらそれに答える。
「そう。知ってるの?タクシーの運転手、杉村誠一さんの娘、杉村蜂蜜の事」
「あ、人違いッスね。俺の知ってる誠一さんは戦場の傭兵ッス」
「洋平?あ、なら人違いだね」
「うんうん」
辺りを見渡すと近くには眠れそうな大きなソファーが幾つか並び、大型のテレビモニターと、ゲーム機、冷蔵庫に小さな流し台まで使える様にされている。最近まで使われていたらしい。可愛い女の子と二人っきりの状況、それならする事はたった一つッスね。
「ね?エィラさん?」
「ふぇ?!」
と可愛い声をあげるエィラちゃんが、辺りを見渡して顔を紅くする。そのまま強く瞼を閉じる。
俺はそのまま体を起して手を伸ばし、モニターのスイッチを入れて、ゲーム機の起動スイッチを押すと、ファンが回転する音が響く。どうやら電気も生きているみたいだ。
「エィラちゃん?」
「は、はいっ!こ、こういうの慣れて無いので優しくして下さい!」
「そ、そう?じゃあこっちのロボットの方にするッスか?」
「え?ロボ?」
「モニターの下に並べられた日本製の各ゲームソフトをただ眺めているなんてゲーマーの端くれとしては失格ッス!今日は朝まで徹ゲーッスよ!エィラさん!」
後ろを振り向くと、顔を紅くさせたエィラちゃんが溜息をついている。
「男として失格よ!」
振り抜かれた拳が脳天を直撃する。うん、きっとサバゲーマーの彼女らしい鋭い一撃だった。
「お、男?ゲーマーとしてじゃなくて?」
「こうなりゃ朝まで徹ゲー上等よ!ネットも繋がってるし、FPSなら負けないから」
「おぉ!その意気ッス!!」
12月の寒空の下、廃工場の一角で俺達は徹ゲーした。烏さんと死神さん、無事だといいッスけどね。
あの少年の殺しの期限は12月23日まで。あと4日が勝負ッス!
暗殺失敗に対するリスクも無い今回の件、暗殺者としてはイージーなはず。だから2人には殺しを失敗しても生きててほしいっすね。
へ、ヘッドショット?!(戦車)
戦車男さん……あまり強くないというか、むしろ下手?(如月エィラ)
だから言ったっすよ?ゲーマーの端くれだと(`_´)ゞ(戦車)
ヘックション!
エーラさん、一つ借しネ。
やはり実力は烏が上。(死神)




