西森軒
2012年12月17日(日)16時頃、木漏日町北丘駅前周辺で20代の女性が38人の男性に囲まれ、集団暴行を受けるといった事件が起こりました。首謀者を含む加害者39人は2001年に発生した無差別殺傷事件の被害者遺族である可能性が高く、被害にあった天野樹理さんはその事件の加害者で当時9歳の彼女は長い間、施設に保護されている状態でした。今回の集団暴行事件は彼女の退院のタイミングを見計らっての犯行と見られています。詳しい状況や経緯は現在調査中です。
尚、つい最近失踪した同じ「八ツ森市連続少女殺害事件」通称生贄ゲーム事件の被害者である「日嗣尊」さんが同じ高校の生徒をホテルで刺して逃亡した傷害事件とも関わりが無いかどうかも捜査中であります。警察では引き続き、行方不明になっている日嗣尊さんの目撃情報を受け付けております。
中華料理屋「西森軒」の出前に出たワタシは木漏日町のシティホテル「Pyjama」へと注文の無い料理を届け終えると、その足でそのまま西岡商店街へと帰ってくくる。店長ごめんね、料理の器は取りに行くつもりは無い。
石竹緑青との接触に成功したワタシの事を警戒し、恐らくすぐに潜伏先を変えるだろう。そのタイミングを狙って共闘関係にある暗殺者の1人「戦車」には事前にその車を襲撃する様に伝えてあったネ。
丁度、その本人からレコレッタの端末に連絡が入る。店前にバイクを止めてヘルメットを脱ぐとそのままその電話に出る。
「死神さんッスか?戦車ッス。ご要望通り、あの少年を乗せた車を襲撃したッスよ?」
「よくやったネ。他に応援は?」
「約束の10分、烏さんと襲撃してわざと逃がしましたけど良かったんスか?居場所が分からなくなったッスよ?」
「それでいいネ。殺すのは簡単ネ。けどリスクは冒せない。彼に付いている兵力の規模を確かめたかったネ。ワタシがホテルを襲撃した時は警護の男が2人、姿は見なかったが玄関に女物の靴が二足、室内に恐らく女が2人たはずネ」
「烏さんに運転を任されていたッスけど、俺の眼からはそのターゲットの少年の他に白いスーツの男二人、あのヤクザのビルに乗り込んできた金髪の女だけッス。あと聞いて下さいよ、烏さんクナイだけじゃ無くて銃の扱いも俺顔負けだったッス」
「フム、自動小銃を乱射する相手に応援が現れ無かったという事は恐らく単独で動いている可能性が高いネ。それに戦車の話す金髪の女の特徴、白いスーツの男達にグロッグの二丁使いで銀色の銃をサブウェポンに構えている事から、相手は恐らく天使ネ」
「やっぱそうッスよね?この八ツ森にだけ存在する特殊部隊Nephilim。もうあいつ等に嗅ぎつけられてるッスね」
「そう見て間違い無いネ。どこからか情報が漏れているか、ワタシ達暗殺者を含むレコレッタが嵌められているか……それとも奴が現れたかも知れないネ」
電子端末の向こうから戦車の脱力する溜息が聞こえる。
「あの爆発にレコレッタの関与は無かったし、やっぱ生きてるんすかね?あの伝説の傭兵「杉村誠一」さんは。俺はあの人とは戦いたくないなぁ」
数年前のあの男との一戦を思い出して自然と体が強張るのが自分でも分かった。
「この件、報酬に見合わなければ」
「分かってるッス。現状を報告し、このヤマから降りるッスよ。杉村誠一の生存が確認されたらレコレッタも満足するッスよね?」
「それでいいネ。ところで烏はどうしている?」
「あぁ、それなら……」
そこで通話が一方的に切られる。誰かに襲撃されたのカ?
ワタシはすぐさま端末を西森軒の制服の胸ポケットに仕舞うとバイクの荷台に積まれた出前用の配達箱を降ろし、辺りを見渡す。この中にはオートマチックリボルバーのウェイブリー=フォスベリーが隠されている。ナイフは無いが無手でもそれなりに対応は出来るだろう。何者かが近付く気配を感じてそちらを向くと、呑気にこちらに片手を上げて挨拶してくる顔見知りが居た。
先程の電話の主、戦車と烏だった。
「すごい格好ネ」
「ウィッス。板前みたいな格好のシューさんに言われたくないッスね」
ワタシの前に直接姿を現した戦車は「戦車男」と筆文字で書かれたシャツに迷彩柄の短パンを合せ、上に羽織ったミリタリーチックなコートは前を開けている。メットは外している為、短めの金髪がふわりと逆立っている。目には茶色い遮光の入ったサングラスを着用していて怪しい。
隣を少し恥ずかしそうにしながら歩いている烏は黒と白のモノトーン色のアオザイを着用し、黒いサングラスはそのままで結っていた髪を降ろし、三度笠を目深に被っている。逆に目立っている事に2人は気付いていないらしい。
「とにかく御苦労様ネ。借りはつくらない主義ね。働き分はワタシの店で食べていくネ?」
ワタシの言葉に2人が身構えてお互いに顔を見合わせる。
「大丈夫ね。人前ですぐに足が付きそうなところで毒なんか盛らないネ」
ワタシの言葉を信用した戦車が嬉しそうにサングラスの下の顔を輝かせると、嫌がる烏の背中を押して店内へと押し込む。ワタシはやれやれと溜息をついて中華料理屋の赤い暖簾を潜る。
「店長さん、タダイマね」
「お、お帰り。シュー君。遅かったけど迷ったかい?」
「うん、少しネ。でも大丈夫、帰りにだから料理は熱いうちに届けられたネ」
この店の店主がワタシの事を快く店に迎えてくれる。
「すまないけど、そのままそちらのお客さん2人に注文聞いてくれるかい?」
「ハイね。あ、この二人はワタシのお友達ネ。ワタシがこの二人に料理をつくるね」
「そうかい?なら注文とったら厨房に……」
「「店長さんのつくった料理が食べたいです!!」」
御座席にきちんと正座する暗殺者2人が声を揃えて心から訴える。アララ、相当警戒されているみたいネ?50代の店長が少し照れつつ「仕方ないねぇ」と満更でも無い表情を浮かべながら、鉄鍋に入れる力を増す。
ワタシは不服を訴える様にじとりと暗殺者2人をねめつける。
「さっ、ワタシの友達。ご注文は?」
店の赤いメニューに目をしばらく目を通す2人。注文を待っている間、店内を見渡すと、4~5人食事中の客が居た。
それぞれワタシの目の前に座る奇妙な出で立ちの暗殺者に伺う様に視線を送っている。暗殺者が目立っていては世話ないネ。私が待っている間に、奥の席から元気よく店員を呼ぶ声がする。奥のカウンターに腰かける猫目な三白眼の黒目がワタシを捉える。その独特な雰囲気はどことなく私達の側に近い感じがした。
「ハイ、少し待つネ。2人はまだ決まらないね?」
三度笠を壁に立てかけた烏が頷き、戦車も腕を組んでメニュー表と睨みあっている。ワタシは断りを入れてからその黒髪ショートヘアーの少女に注文をとりにいく。
「うむ。日替わり定食D!ご飯は少なめで頼もうかの」
「ハイ、承りましたネ。店長さん!日替D追加ネ!」
「ハイよー。シューさんももうすぐバイトの子が休憩から戻ってくるからそのタイミングで厨房きてくれるかい?」
私が返事をすると慌てて暗殺者2人が手を上げてワタシを呼び寄せる。そんなにワタシの料理が食べたく無いらしい。あの石竹緑青という少年の方がよっぽど度胸があるネ。
「シューさん、俺は日替り定食のB。炒飯変更で」
戦車が頼んだBには肉団子と空揚げがついてくる。
「私は……野菜炒めと天津飯をお願い出来るかしら?」
ちなみにさきほどの猫目の少女が頼んだDセットは焼そばと春巻き、ごま団子のセットがされたものだ。
「店長、日替Bの炒飯、野菜炒めの天津版お願いネ」
厨房のコンロの火が踊り、鉄鍋を振るうとその具材が宙を舞う。まだまだこの店長には料理で見習う部分があるね。今はまだ殺すには惜しいね。嘘だけど。
「店長、休憩頂きましたー」
ふわぁと伸びをしながら頭に頭巾を結ぶバイトの女の子が控え室から帰って来る。
「あっ、シューさん。出前お疲れ様です。迷わなかった?」
その高校生ぐらいの少女は先週から働き始めて、ワタシの少し先輩にあたる。主に注文とレジを担当している。少々訳ありの様でその名前をエーラとだけ名乗った。その赤髪と青色の瞳が印象的な彼女はドイツ人と日本人を親に持つハーフらしい。少し掘りの深い彼女が心配そうにこちらを見つめてくる。
「ちょっと迷ったネ、でも次は大丈夫ネ」
「良かった。あんまり無茶しないようにね?店長も怒らないし、なんかあったら店に電話かけるように」
「分かったネ。エーラさんいい子ネ」
「そんな事ないよ」
と謙遜する彼女がどこか陰りのある表情をする。
カウンターに料理が次々と並べられ、それを慌てて運び出すエーラちゃん。
「シューさんもこっち手伝ってくれるかい?」
厨房は調理の熱気で蒸しかえり、額に汗を流しながら料理をつくる店長。ワタシはそれに答えると慌てて厨房に滑り込んだ。
こういう人生も日本に居ればあったのかも知れない。そうふと考えながらワタシは鉄鍋に火をかけた。
カウンター越しにエーラと戦車とのやりとりが聞こえてくる。
「あっ、お姉さんドイツでしょ?」
「えっと、半分そうなんですよ」
「へぇ。ここ日本で同郷の子に会えるなんて嬉しいよ!」
「わ、私もですぅ……?あれ?こちらのサングラスの女性は?」
「あっ、僕等シューさんとお友達なんですよ。大丈夫、この女性はお友達だから俺は絶賛恋人募集中……ッス?!」
料理の煙越しに烏が投げたレンゲが戦車の額に命中する。
「目立つ行動は慎め」
烏が溜息をしながら振り抜いた腕を元の位置に戻す。戦車は額を抑えて畳を転がっている。結果的にすごく目立ってしまっている。よく暗殺者としてここまで生きて来れたものネ。
「だ、大丈夫ですか?戦車のお兄さん!」
苦しみながら驚いた様に声を上げる戦車。
「え?俺の通り名を知るお姉さんは一体何者?」
バイトのエーラさんが戦車のシャツを指差す。
「だって、シャツに戦車男って書いてる」
「しまった!これじゃあ同業者にバレてしまう!」
大丈夫ネ。同業者が見てもこんなバカ、暗殺者と思わないネ。さて、石竹緑青の命の期限は今週の土曜日まで。
あと4日。
あ、そういえばその少年に伝言を頼まれているんだった。
「店長、石竹緑青君が店長に宜しく言ってたね」
その名前を挙げた瞬間、店内の何人かが吹き出す。なんだ?一体?店長だけは目を細めて優しそうに微笑みながら鍋を振るっている。
「そうかいそうかい、緑青君がねぇ。また今度うちに寄ってくれる様に伝えてくれるかい?」
ワタシは細い目を少し開けて微笑む顔を作る。
「多分、近いうちに伝えられそうネ。彼が来れるかは分からないけど……ネ」
無事にターゲットを始末し、八ツ森から出られればいいのだが上手くいくかはまだ分からない。嫌な予感しかしないネ。ふと見上げた店内のテレビには日曜日に集団暴行を受けた少女の事が失踪した少女と共に報道されていた。最近どこかで見た様な顔ネ?
カウンターの席で食事を始めた少女が突然咽て慌てて水を流し込む。その姿にエーラさんが慌てて駆け寄って介抱する。
確かに自分の地元、それも身近な場所で事件が起きるのは心を波立たせるのに十分な出来事か。その事件の被害者は天野樹理。あの暗殺者リストに載っていた女の子の名前と一致する。
だが、あの女の子は今も病院で入院状態にあると戦車が言っていた気がする。その戦車の方を見ると烏と2人で喰い居る様にテレビ画面を見つめていた。
「嘘ッスよね。あの深淵の少女が意識不明の重体だなんて。俺を護衛につけてくれたら40人ぐらい一掃してやったのに」
天津版を掻きこみながら画面を見る烏が一言呟く。
「大丈夫よ。きっと彼女死なない」
それに同意する形でカウンターで咽ていた少女が小さく「そうじゃ」と呟いた様な気がした。
変な言葉使いの少女は店の代金をツケで誤魔化して出て行った。
食事を終えた戦車と烏が目で合図を送る。
「大丈夫ね、ワタシのオゴリネ。また後でメール入れるヨ。アリガトゴザイマシター!」
2人は戸惑いながらも満足したのか「ご馳走様」と言葉を残して店を出る。
さて、様子見は終わり。ここからが暗殺者達の本領の発揮ネ。覚悟する宜しい。