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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
職業 暗殺者。
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深淵の眠り姫

……そんな訳無いですよね?サリアさん!天野樹理さんが被害者遺族達に集団暴行を受けて……意識不明だなんて……。(石竹緑青)

 それは深い深い闇の中へ沈んでいく感覚。

 深海へと落ちていく私の体はまるで鉛の様だった。これは私がいつも見る夢の光景。


 広い海原で只一人、紺碧色の水中に漂い沈んでいく。


 海底にそびえ立つ岩礁の深い亀裂の中に私の体が吸い込まれていく。

 不思議と息苦しさは感じなかったけど、浮上しようと手足を動かそうとしても両手足に絡まった鉄の鎖は絡まって解く事が出来ない。

 いつも私はそこで諦める。

 海底への重力に身を任せ、私はその亀裂の暗闇に飲み込まれていく。

 やがて光も刺さない深海へと達すると方向感覚は喪失し、自分が生きているのか死んでいるのかも判断がつかない。私の身を沈めているのは、私が「人を殺した」という罪悪感だ。心に常に重く圧し掛かるそれは重力の様に私の心の自由すら奪おうとする。その資格が無いのはとっくの昔に分かっているのに。


 だから私はそんな重苦しさに耐えかねて狂人と化した。


 人は皆、私の事を深淵の少女と呼んだ。

 深淵の常闇から這い出てきた少女を模った怪物として。


 何だっけ?

 何か大切なものを貰った気がする。


 誰だっけ?

 誰かが私をその常闇から救い出してくれた様な気がする。


 そして私は最後に何と戦ったんだっけ?


 私は、私は……私自身と私自身が生み出した怪物達と戦った。


 歩みを止めていた私の足が再びその一歩を踏み出せたのは、あの子達のおかげ。私と同じ事件に遭遇した子達。


 北白直哉の引き起こした「八ツ森市連続少女殺害事件」生贄ゲーム事件と呼ばれるその事件被害者であるあの子達が、あの優しい眼差しをした少年達に私は救われた。


 思い出した。


 私は、無念と後悔と憎しみの狭間で苦しみながら死んだんじゃない。こんな私でも何かを、誰かを変えられる可能性に希望を見出して私は血を流し、自らの宿命に抗い、足掻きながら私はその第一歩を踏み出せた気がする。


 私自身が産み出した終わりの無い憎しみの連鎖を私はその手で断ち切れたのかな?


 沈んでいく私の体。

 私はその時初めて気付いた。


 こんな深海でも頭上をしっかりと見上げれば光を見つける事が出来る。それはすごく小さくて遥か遠いところにあるけれど、光を目指して踠き続ければきっといつかそこに辿りつける様な気がする。こんな鎖の絡まった手足でも。


 自分の不自由な手を微笑みながら見つめていると、誰かに声をかけられる。


 「樹理ちゃん……だよね?」


 私が振り返るとそこには私が一番謝りたかった人の姿があった。


 「里宮翔子……さん?」


 眼の前に現れたのは私が最初に刺し殺した10歳の女の子。少し陽に焼けた肌は活発そうな彼女をよく現していた。


 「あは、おひさしぶりね」


 「ううん、お姉ちゃんこそ」


 私が自分の体を見下ろすとその事件当時9歳の姿に戻っていた。髪は伸び、左右の両肩に結われたおさげが垂れている。


 「私ね、翔子お姉ちゃんに一番謝りたかったの」


 里宮翔子さんがバツが悪そうに自分の頬を掻いている。


 「あはは、えーっとね。それはお互い様だもん。私だって樹理ちゃんを鎖で締め殺そうとしたしね」


 私もつられて笑ってしまう。


 「じゃあ引き分けね」


 「いや、違うよ。樹理ちゃんは生き残る資格を得ていた。私が悪あがきをしたから樹理ちゃんは私を刺して、狂気に飲み込まれて下山したその先で何人もの人に斬りかかった」


 私は眼を瞑りながら首を横に振る。


 「生き残る資格なんて、あの狂った男が決めたルールの中の事。私達は皆、誰でも生きる資格は持っているんだよ。そうじゃないとあんな世界、クソよ」


 目の前の里宮翔子さんが丸い目を瞬かせている。


 「ふぇーっ、さすが樹理ちゃん。聡明な子だとは思っていたけどやっぱり違うね。私が十歳止まりな性かな?」


 「ハハっ、今もこの姿とほとんど変わって無いけど、一応二十一歳だからね」


 「そっか。見た目は子供で心と肉体年齢は大人って訳ね」


 「そんなとこ。さて、私もそろそろ行くとしますか」


 里宮翔子ちゃんが首を傾げて難しい顔をする。


 「え?どこに?」


 「え?だって翔子お姉ちゃんが死んだ私をお迎えにきたんだよね?」


 「え?違うよ?私は呼ばれただけ。樹理ちゃんを連れていこうとはしてないよ?」


 あ、そっか。人殺しの魂は地獄行き。このまま沈んで地獄行きの様だ。翔子お姉ちゃんの居る天国には行けないのかも知れない。


 「あ、ちなみに天国なんて無かったよ。世界は表裏一体って感じ。びっくりだよ」


 あれ?何も話して無いのに。心が読めるのかも知れないわね。……翔子お姉ちゃん。ゲロ臭いって言ってゴメンナサイ。これはちょっと面と向かって謝れない。里宮翔子さんが溜息をつきながらがっくりと肩を落とす。


 「い、いいよ。生前の事だし気にして無いから」


 あ、やっぱり心を読めるみたいね。


 「そう言う事」


 ならなんで私の前に現れたのかしら?このゲロ女は。


 「ひ、ひどい。もうちょっとオブラートに包んでよぉ。せめて酸っぱい臭いのする女の子とか」


 「冗談よ。試してみただけよ」


 「もう。とにかく、私は呼ばれてここに居るの。でないと人の夢の中になんていくら死んでても現れられないよ」


 「私が貴女に謝りたい一心で思っていたからかしら?」


 「樹理ちゃん、その姿でその言葉遣いだと違和感ありまくりだよ。うーんとね、天上に光が見えるでしょ?」


 私は再び天上を見上げる。


 「最初はその世界を漂っていたんだけど、目の前に銀色の髪をしたお姉さんが現れて、そして会わせたい人が居るって連れて来られたの」


 「銀髪の?」


 「うん。銀髪で不思議な色合いで輝く黒いドレスを纏ったお姉さん。樹理ちゃんと引き合わせた後、もう一人会わせたい人がいるらしいんだけどね」


 銀髪?私の頭の中に2人の人物が思い浮かぶ。秋に私と会った時は既に黒髪だった元銀髪の女の子、日嗣尊ひつぎ みことと、私を北丘駅の改札口で引きとめたオカルトチックな両目にかかる様に白いリボンを巻いたあの銀髪の女の子だ。


 「あ、多分、後者。あ、その日嗣尊って娘も私達と同じあの事件被害者だよね?」


 私はゆっくりと頷く。彼女は北白直哉の共犯者に殺されたと緑青が言っていた。


 「あ、呼んでる」


 どうやら時間の様ね。里宮翔子さんが微笑みながら首を横に振る。


 「フフッ、私の方じゃないよ。樹理ちゃんの方」


 「私……の?」


 ついに地獄の釜の蓋が開かれるのかも知れない。


 「だから、天国も無いなら地獄も当然無いって」


 ならそこにあるのは何なのかしら?


 「私も分かんない。さっ、樹理ちゃん!眠り姫のお目覚めの時間だよ?もちろん王子様のキスできっと眠気も吹っ飛ぶよ?!いいなぁ」


 「ふぁっ?!」


 え?何?私の死体が弄ばれているの?


 「だ・か・ら!違うって!天野樹理は死んでないの。死にかけただけ。よく手を見て?」


 私が自分の両手を確認すると、絡まっていたはずの鎖がサラサラと砂の様に崩れて水の中に溶けて消えていく。


 「もう大丈夫だよ。君はもう自分の足で歩いて自分の手を伸ばして世界に触れる事が出来るんだ。向こうで幸せを望んでもいいんだよ。私が赦す!」


 私は彼女に優しく背中を押される。自由になったその両手を大事に握り締めながら。


 ありがとう。


 私は誰より、貴女にそうやって背中を押して貰いたかった。私の中で我慢していたものが弾けて我慢出来ずに子供の様に泣きじゃくってしまう。私の目から涙が次々と溢れ、深海に輝く光の粒となってそれらは天上を目指しキラキラと浮上していく。


 「もういいんだよ。樹理ちゃんは樹理ちゃんの人生を歩んで?私の事はちょこっと覚えててくれるだけでいいから。私もそのうちそっちの世界に行くからその時は宜しくね?」


 「翔子さん?」


 「ま、お互い多分分かんないと思うけどね。まぁいうほど世界は理不尽で無慈悲じゃ無いってことだよ」


 翔子さんが笑顔で元気よく私に手を振って送りだしてくれる。私は涙を拭い、彼女に自由にしてもらった手足を使って必死に泳ぐ。


 私の事を呼ぶ男の子の声を導に。


もう一度、もう一度あの子達に会いたい。

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