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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
深淵を覗く怪物
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鉄砲玉

アオミドロと木刀娘とタミフル。帰路につく。

ーー12月16日 20時38分。


 東雲との剣術修行を終えた僕等は学校を出て、近くのバス停までを一緒に歩いている。同行するのは剣道の師匠、東雲雀しののめ すずめ二年学年代表の田宮稲穂たみや いなほだ。


 赤いマフラーに顔を埋めた田宮が並んで歩く僕に尋ねる。長くサラサラとした黒髪が艶やかに紅いマフラーに巻き取られ、純日本、大和撫子を想起させる。黙っていれば田宮は美人なのだが、言動がハッキリしすぎている為、怖がって寄ってくる男は少ない。東雲の方も切れ長の瞳に和風美人に分類されるのでモテるはずなのだが、彼女の場合はそういう好意にすら気付かない武人だ。


 「ねぇ、杉村さんは本当にどこに行ったか分からないの?」


 僕はそれに頷く。


 「すぐに戻ってくる気がしてたんだけど、公園で別れの言葉を述べた後の消息は掴めてないんだ」


 田宮が口をへの字に曲げながら口を尖らせる。


 「貴方はそれでいいの?大事な幼馴染が消えたのよ?」


 僕はその言葉によく考えてから答える。


 「よくないよ。すごく心配だ。確かに彼女は強いけど、精神的な脆さも抱えている。だから、傍に僕が居ないと今の彼女は恐らく消耗していくだけだと思う」


 「なら!学校休んでも杉村さんを追いなさいよ」


 僕を叱るように窘める田宮に僕は首を振る。


 「すぐにでも追いかけたい。けど、今、僕は八ツ森を離れられない。それに僕から離れてくれていた方が彼女の為というか、危険な目に合わないからしばらくはこのままでいいと思うんだ」


 田宮が首を傾げる。


 「なんで君の傍に居ると危険が及ぶの?どういう事?それなら私達も危険ってことよね?説明してくれる?」


 「それは……」


 日嗣姉さんが言っていた。

 文化祭までの二週間を生き延びてと。


 決着の日を文化祭の日とすると、犯人がそれを知っているなら必ず僕を殺しに刺客を放ってくるはずだ。それまで出来るだけ僕の周りに人はいない方がいい。田宮はともかく東雲が一緒に行動してくれているので恐らく安全だろう。僕も自分の身は自分で守るつもりだ。


 「田宮は東雲の横にさえいれば守ってくれるよ。幼馴染なんだろ?」


 田宮と東雲が顔を見合わせて照れくさそうに頬を赤くする。


 「ま、まぁね。家が近かっただけだったんだけど」


 「あぁ。鼻血君。稲穂とは腐れ縁でな……私が近所の空き地で剣術の鍛錬に励んでいると、よく稲穂にうるさいって叱られたっけ。当時、体の弱かった私は稲穂にビクビクしながら二天一流の素振り稽古をしていたなぁ。稲穂に見つかったらとにかくすぐに逃げてたよ」


 木刀娘東雲が誰かに怯える姿は想像し難かった。


 「あなたが人の家の近くで五月蠅いからよ!」


 「うぐっ、仕方ないだろ?試合で相手から一本とろうと思ったら、剣技の他に姿勢と気合いが必要なのだ。当時、声の小さかった私はこれでも必死だったんだぞ?」


 それから数年、彼女は鬼神のごとき女剣士と化すとは誰も思わなかっただろうな。それだけ彼女が修練を積んだということだろう。仲良さげに話す彼女たちを眺めていると微笑ましい気分になってしまう。


 「いいなぁ、幼馴染って」


 お互いに顔を見合わせ、目を大きく見開いて驚いた表情をする二人。


 「石竹君も居るじゃない、杉村さんが。それに佐藤さんも幼馴染でしょ?」


 頬を掻きながらそれに頷く。


 「そうだけどさ、いや、そうなんだけど、同性の幼馴染とはまた違うっていうか」


 そういうもんかなぁと互いに顔を見合わせる二人。不思議そうな顔をして僕と田宮を交互に見た東雲が口を開く。


 「前から気になっていたのだが、稲穂と鼻血君(石竹)は許婚いいなづけなんだろ?将来、二人は結婚するのか?」


 僕と田宮が顔を赤くさせて慌てて手を両手に振る。


 「だ、誰がこんな冴えない君とっ!」


 「そうそう!僕なんかに勿体無いって!あれは僕のおじさんがモテない僕の将来を心配して、石竹家と田宮家をくっつけようとしただけで、田宮が断った段階で効力はなくなっているよ」


 東雲が難しい顔をして残念がる。


 「そうか。結構、私は二人もお似合いだと思っていたのだがな。稲穂が自然体で話す数少ない男子だし、稲穂も気に入っているものと。あ。そうか、杉村蜂蜜ともう婚約しているのか?」


 田宮が誰がこんな男!と必死に否定する中、杉村との関係を説明する。


 「ハニーとは婚約して無いよ。幼馴染だよ」


 「二人は愛し合っていないのか?」


 「それは……」


 分からない。杉村は僕の事を愛してくれている。が、僕はその感情が上手く働かない為に杉村への感情を僕自身が分からないのだ。困っている僕を見かねて田宮が助け船を出してくれる。


 「すず、それは私達が興味本位で関与していい問題じゃ無いわ。私が彼との縁談を断った理由に……今では悪い事言ったなぁって反省しているけど中学との時に「人を愛せない殿方と一緒になるつもりはありません」って断ったのよね。それにあの頃は佐藤さんと石竹君が仲良かったみたいだし」


 東雲が悲しそうな目をして元気づけるように僕の両肩を掴む。


 「お、お前ももしや!武を極める修羅の類なのか!?分かるぞ!分かるぞその気持ち!!」


 この木刀娘、何かを勘違いしていないか?


 「剣の道に色恋沙汰に心かき乱される事無く、ひたすら武の道を究めんとす。見直したぞ!鼻血君!」


 まぁいいか。田宮と目で会話し、溜息をつく二人。


 「じゃあ、雀師匠は恋とかを我慢してるのか?」


 東雲が僕を見つめて顔を赤くする。


 「い、いや、私はそういうのまだよく分からないというか、えぇっと。その……まだ早いかなって」


 田宮が意地悪そうに東雲に囁く。


 「あらあら、すずも鼻血君がお気に入りのようで」


 東雲が僕の両肩から慌てて手を離すとそのまま走り去ってしまった。


 「あら、冗談だったのに」


 その場に取り残される僕と田宮。お互いに顔を見合わせると再び歩み始める。バス停が見え、自然と歩みが遅くなる。


 「そろそろお別れね。私は反対方向のバスだから、石竹君とは……お別れ?」


 会話の途中で首を傾げる田宮。


 「知り合い?じゃ、無いわね?逃げて!石竹君!」


 田宮の叫びが響き、僕の本能が危険を告げる。振り向き様に手にしていた鞄を背後に向かって振り抜くと、誰かにそれが当たる感触が手に伝わる。


 見知らぬ男が手に黒い銃を持ち、僕が鞄をぶつけた衝撃でそのトリガーが引かれ、田宮の顔の横を銃弾が掠める。その銃声に田宮が声をひきつらせ、体を硬直させる。


 黒いスーツの下に紅いシャツを着たオールバックの男が、舌打ちをしながら銃口を僕へと定め直そうとするのが分かった。


 その男の背後から2人の同じ様な出で立ちをした人物がゆっくりと近づいてくる。恐らく、僕の命を取りに来たヤクザだろう。


 「くそ、このガキッ!」


 後ろから別の男の声が聞こえる。


 「やめろ、殺すなよ?聞きたい事は山ほどあるんだ」


 咄嗟に鞄に手を伸ばしつつ、男の懐にぶつかるように飛び込む。紅シャツの男が悪態をつきながら地面に倒れて、銃を手から落とすのが分かった。慌てて駆け寄る仲間に僕はどなりつける。


 「動くな、こいつを殺すぞっ!」


 僕の手には鞄に忍ばせていたSIG P226の拳銃が握られている。僕の声に固唾を飲む倒れた男と仲間の男二人。静かにセーフティを解除し、引き金を引けば発砲できる状態にする。


 「やっぱり、こいつだ。こいつが俺らの組のもんを返り討ちに!俺の事はいい!こいつを撃て!」


 「しかし、アニキ!」


 「アニキまでこいつに殺される事ありませんぜ!」


 心無しか僕の挙動に警戒心を抱いているように思えた。どういう事だ?襲撃されたのは今日が初めてで誰も殺したりしていないぞ?佐藤の妹以外は。


 「兄貴がどうなってもいいのか!こいつも返り討ちにしてやるぞ!お前等もだっ!」


 僕の言葉に懐から銃を取り出そうとしていた男二人が、慌てて銃から手を離し、手を上にあげて降参ポーズをとる。


 「さすが、一千万の少年だな」


 僕に馬乗りされている男が冷や汗を掻きながら皮肉めいた言葉を放つ。


 「は?何のことだ?」


 男が呆れた様に溜息をつく。


 「とぼけるなよな、俺達の仲間を散々殺っといてよくいうぜ。お前のたまをとりに行った何人もの兄弟が行方知れずになってるんだ、とぼけるの大概にしろよな」


 唾を地面に吐きつける男に、田宮が後ろから叫ぶ。


 「ただの逆恨みじゃない!殺しに来てこんな子供に殺されてりゃあ世話無いわよ!」


 ヘラヘラと周りの男達が笑い出す。


 「なんだお前?部外者は引っ込んでろ」


 ドスの利いた声が田宮に向けて放たれるが、それに構わず僕は拳銃の引き金を引く。その銃声にピタリと男達の声が潜む。もちろん顔面に当たらないように地面に向かっての発砲だが。


 「その銃、SIGP226だろ?どこで手に入れた?うちの組のもんでもそんなもん持ってねぇぞ?」


 「間接的におじさんから預かっている」


 僕のおじさんという声に顔を青くする3人の男。


 「やはり、風神は……杉村誠一はお前と関わりが」


 「ふうじん?誠一おじさんがどうした?」


 杉村家に危害が及ぶのを危惧してもう2、3発その男の横めがけて発砲する。


 「こ、殺すのか?俺達を」


 「お前等次第だ」


 「くそ、だが、あいつらも動き出している。必ずお前は殺される」


 「あいつら?」


 「犯罪者の集い、レコッレタ・ディ・クリミナーレだよ。風神の関係者ならそれぐらい」


 「知らない」


 男が戸惑いを見せる中、背後から短い悲鳴が聞こえる。


 「惜しいね、さっさと殺さないと。男三人に情けをかけた君の負けだよ?」


 振り向くと、軍服姿の青年が大型のサバイバルナイフを田宮の首もとに突きつけていた。


 「誠一さんには恩もあるけど、こっちは金を貰えば子供から老人まで分け隔て無く葬り去る暗殺者でね。報酬分は働かせて貰うよ」


 銃の照準を白人の青年の顔に合わせようとした瞬間、後ろで待機していた男達に背後から銃底で殴りつけられてその場にうずくまる。痛みで目の前が揺らいでいる。


 「助かりました、戦車チャリオットさん!」


 「まぁまぁ、今日はちょっと様子見だったけど、問題無さそうだね。お兄さん達しっかりしてよね?俺が居なかったら死んでるよ?」


 うずくまる僕は必死に田宮の方に手を伸ばす。


 「その子だけでも解放してくれ」


 戦車が無表情で僕を見下ろしている。


 「どうしよっかなぁ。この子は無関係だし、解放しても俺は気にしないんだけど、この子、他の人に話すよね?どうする?お兄さん達?」


 男達が顔を見合わせて歪な笑みを浮かべる。

 「そっちの女はこっちで処理します」


 田宮が必死に何度も僕の名前を叫ぶ。倒れ込む僕に紅シャツの男が何度も革靴で体を踏みつけ、蹴飛ばし、その度に鈍い痛みが体中を走る。


 「この!調子に乗りやがって!ここで本当は殺してやりたいぜ」


 その光景に田宮が再び叫ぶ。


 「止めて!本当に死んじゃう!大人しくしてるから暴力は止めてっ!」


 「ちょっと、五月蠅い」


 戦車チャリオットと呼ばれた男が大型のナイフを一閃、田宮の肩口をなぞると簡単に制服は裂けてその患部から血が溢れ出してくる。傷口を押さえながら田宮が地面に膝をつく。その顔からは血の気が失せ、寒いのにも関わらず、脂汗が額から滲み、長く艶やかな髪を張りつかせている。近くに倒れる僕に傷ついた方の手を伸ばしてくる。


 「ひどい顔ね」


 「お互い様……だな」


「中学の時はごめんね、私、貴方にひどいこと言っちゃって……」


「ずっと、気にしてた……のか?」


 戦車チャリオットが田宮の背中を蹴って地面に倒すとナイフを仕舞い、腰に提げていた大型の銃、黒いデザートイーグルを田宮に向ける。その銃声を聞く前に僕は別の男に頭を殴りつけられて意識は暗転した。


 僕は隠者の宿命を持つ者。


 光を放とうとすれば周りの闇は一層濃く浮かび上がる。


 すまない、田宮。僕の性で君まで……。


 


ホント、おじさん達、きちんと仕事して下さいよ。誠一さんに動きは?(戦車)


いや、やっぱり相手は子供(ガキ)ですし、こっちもね、それなりに思うところはあるんですよ。それにね、まだこいつが口を割った訳じゃねぇ。ホントに知らなそうでしたぜ?(紅シャツ)


……遠くから発砲音?(東雲)


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