暗殺者の集い
それは世界の裏の顔。
--12月16日 12時10分。
寒さが一段と厳しくなってきた12月も半ば。ワタシの服装は黒のタンクトップに砂漠迷彩のニッカポッカ。革製のゲードルを脛に装着している。ワタシの名前はシュー=ガイツァー。30歳、中国人男ネ。
ワタシの今居る場所は日本の東京。ある組織の隠れアジトの一つに足を運んでいる。珍しく雇い主に特別召集をかけられたワタシ達は仕事の説明が始まるまでの間を思い思いに過ごしている。1人は読書、1人は携帯ゲーム。私達を呼び寄せた張本人達は依頼内容の説明準備をしている。そんな中、ワタシはと言うと給仕室の一角を借りて、自分で中華料理を食べる為にバイトで培われた腕を振るっている。
日本の人達は中国人というだけで中華料理が得意と思われるので特に中華料理店への面接に受かる事が多かった。
ワタシは大食いなので3人前ぐらいのチャーハンとチンジャオロースを鉄の大鍋にかけている。薄暗い廃工場の地下にそぐわない食欲をそそる匂いが充満しているが気にしない。仕上げにチャーハンを掻きほぐしながら大皿にさっと盛り付ける。それを先に仕上げていたチンジャオロースと一緒にテーブルに持って行く。烏龍茶は冷蔵庫にあったペットボトルのやつを拝借するネ。
ワタシが出来た料理を並べていると、横に座っていたアーミーメットを被った青年が手元の携帯ゲーム機を放り出して涎をたらしてこちらを見てくる。仕方なく、ワタシは小皿とレンゲをその男に渡す。
嬉しそうにその青年はメットを外すとその下から短い金髪が覗く。瞳の色は茶色だった。ヨーロッパ、ドイツ系の青年だ。その服装と装備は雪山迷彩服を羽織り、腰からは大型のサバイバルナイフと大型のハンドガンをぶら下げている。もう1人のワタシと同業者の方にも目をやり、レンゲをヒラヒラさせるが黒髪で丸サングラスの女性は、呆れたように首を振るだけだった。胸焼けしそうな匂いに、本の下に鼻を隠す仕草をまじえる。その長い黒髪の女性は黒のロングコートを身に纏い、まるで黒猫の様な印象を受ける。彼女は手元の詩集に目を戻すと、こちらには興味なさげに再び読書を始める。外観からは四角い小型の鞄を背中に背負っているだけで、武具の類は見受けられない。ワタシも料理をつくるために銃と刀剣類は席の近くに置いている状態だ。
同業者三人に対して、召集をかけた雇い主もまた三人。「ヤオ」という小柄な中国人男性と「ロバート」という痩せたオタク系眼鏡の英国人。そのボディガードとして処刑人「サム=グイノーソ」という大柄の筋肉男が威圧的にこちらを見下ろしている。腰にハンドガンの一つでも仕込んでいそうだが、多分握力で私達を握り殺せそうな雰囲気だ。
ま、負ける気はしないけどネ。
私達の風貌や持ち物から違和感を覚えた貴方達に説明すると、私達は裏世界の住人だ。一般人から要人、赤ちゃんからお年寄りまで分け隔て無く依頼とあらば人知れず消し去る暗殺請負人。暗殺者、殺し屋といった方が分かりやすいだろう。
殺す事がお仕事ネ。
他者の命を奪うことにより日々の糧を得る。殺す事は果たして悪だろうか。銃の引き金を引く者。ナイフの切っ先を相手の心臓に突き刺す者。相手の首を絞め殺す縄。それらは全て悪人の行為だ。しかし、ワタシ達暗殺者は自らの意志で引き金を引かない。刃を突き立てない。縄を締めない。
ワタシ達は道具の一つ。
弾であり、刃であり、縄でもある。
そこに意志は介入させず、悪意も善意も、救いも絶望も存在しない。
そこにあるのは道具として自分。
頼まれれば何でもする便利屋に近いネ。ただほんのちょっと少しだけ融通が効くということ。ただし不発、刃こぼれ、断裂、それら始末は自分でつけなければいけないネ。だからこそ高収入が契約時に約束されている訳だが。ハイリスク、ハイリターンという奴。中華料理店へのバイトも金銭目的では無い。その地域に身を潜めるためだけの手段といっていいネ。
ハイリスク。暗殺を失敗した者の末路は大抵決まっている。警察に捕まるような間抜けにこんな仕事は勤まらない。
警察から逃げ延びても痕跡を残してしまえば依頼者は証拠そのものであるその暗殺者を消す為に別の暗殺者を仕向ける。
暗殺者を始末する暗殺者の事を、始末屋、もしくは掃除人とか呼んだりする。こちらとしてはただ単に依頼されたターゲットを分け隔て無く消しているだけなのに。私は頼まれれば赤ん坊でも老人でも殺す。そして、同業者でも始末する。もしかしたら、今回の依頼は同業者の始末かも知れない。一般人を消すのは一般人でも可能だが、プロの暗殺者を殺すには暗殺者並の技量が無いと返り討ちにされてしまう。下手をすれば送り込まれた暗殺者を含めて依頼人にもその刃の矛先が向きかねない。ワタシは知っている。普段、意志を伴わない殺戮を繰り返している者が、怒りという意志を持って力を行使した場合の恐ろしさを。ワタシも何度かそういうターゲットの始末に向かった事があったが、いつでも骨が折れる仕事になる。今のところ、生涯で失敗した人物はただの1人だけどネ。
近くを電車が横切る振動がこの地下室に響く。それに併せて天井の電球が揺れている。西島重工株式会社の廃棄された工場の一つがこの地域で幅を効かす暗殺者達の召集場所の一つとなっている。
改めてこの場にいる人物を再確認する。
普段、ワタシ達とターゲットを繋ぎ、報酬を約束してくれる犯罪者組織「レコレッタ・ディ・クリミナーレ」幹部クラスの人間が直接私達の前に現れるのは珍しい。今回はよっぽど特殊な案件らしい。
レコレッタ側の人間、中国系の男ヤオは組織でも麻薬の製造に深く関わり、ここ日本でもその密売ルートに密接に関わる。組織の中心的な稼ぎ頭という訳だ。人も殺さない様な顔してこいつがもしかしたら一番人を殺しているかも知れない。他人の人生を破壊するという間接的な殺し方だが。
その横で暗がりの中、壁に映像を映す為のプロジェクター立ち上げ準備をもくもくとしている英国人のロバート=ジョンソン。大きな眼鏡をかけ、痩せすぎているオタク風貌な彼は世界でもトップクラスのハッカーらしい。暗殺依頼者と暗殺者であるワタシ達のコネクト役であり、その痕跡を消すための清掃係として重要なポジションにある。組織への貢献度も相当高いだろう。表向きにはコンピューター関係の仕事で成功しているらしく、なかなか侮れない。殺そうと思えば、1秒ともかからなそうだが。
そのための用心棒としてさっきからワタシ達に威圧をかけてくる大男「サム=イグノーソス」が組織から特別に付けられているのだろうが。彼は組織の中でもトップクラスの実力を持ち、暗殺者数人がかりでも殺せるか危うい。ワタシなら問題無いけど、ワタシの料理をなんの警戒心も無く頬張る金髪の青年は恐らく叶わないだろう。詩集に目を落とす若い日本人女性の実力は分からないが。
ワタシの左右に召集された暗殺請負人は2人。
ドイツ軍のアーミーヘルメットを被り、雪原仕様の迷彩服を着る軍人の様な男。腰からは大型のサバイバルナイフ「CKSURC CAMO(S&W社製)」と黒いデザートイーグルが顔を覗かせている。背中からはジュラルミンのアタッシュケースをリュック代わりに背負っている。食事中にも関わらずにだ。
その風貌から、ここ数年で名を上げてきた若手の暗殺者「戦車」だろう。
多くの自動小銃を扱いこなす彼は複数の暗殺ターゲットが同時に存在する場合に重宝され、重役暗殺依頼などもそつなくこなす。軍隊の存在しない日本で軍服を着込む彼の神経は少し分からない。ただ、ここ東京でも秋葉原という地域にこういった格好の人間が散見される事から、そう間違いでもないらしい。日本、未だによく分からない。
じっとその男を観察していると、いぶかしむ用にレンゲを握るその手を止める。
「ん?何?チャーハン食い過ぎ?久々に中華料理食うけど、あんたの腕前なかなかだよ。手が止まんなくて」
ワタシは細い目を更に細めて微笑み「謝謝」とだけ答えた。
首を左に反対方向に向けると、黒く丸いサングラスの間から若い女が静かに読書を嗜んでいた。長い黒髪を頭の上で団子状に紐で結んで垂らしている。日本人かと思えば、黒いサングラスの隙間から覗く瞳は、エメラルドの様で、薄暗い廃墟に目だけが異様に浮かび上がっているようにも見える。
ワタシの視線に気づいた女がこちらを一瞥するが、すぐに興味なさげに手元の詩集に目を落とす。ちらりと垣間見えた中身は全て英文の様だ。この黒眼鏡の女、全身を黒い衣服に身を包み、闇夜に紛れて相手を殺すタイプだ。狙われた相手は死んだ事も気付かずにこの世から消えていることだろう。本人は名乗っていないが、彼女は恐らく「烏」と呼ばれる暗殺者だ。この場に呼ばれるとしたらそれぐらい名のあるものが呼ばれるはずだ。その名前はワタシが日本に滞在している数年間ほとんど噂を耳にした事はなかったが、ごく最近、その名前を聞くようになった。噂では隠れ里で育った忍者とも言われている。
彼女はワタシや「戦車」と違い、暗殺者専門の殺し屋。掃除人だ。
そうこうしているうちに組織側の準備が整ったらしく、ヤオが咳払いをした後、口を開いた。
「よく集まってくれたね、君達。今回の仕事はほんの少し特殊でね。その説明を踏まえてこうして集まってもらった」
黒眼鏡の女が手元の詩集を閉じて、ヤオに注目する。英国人のロバートがノートパソコンのキーボードを叩いてモニターを壁に映し出す。
「今回のターゲットだが、隣の八ツ森市に住む1人の少年を消して頂きたい」
その言葉を聞いて、黒眼鏡の女が立ち上がり、チャーハンをかっこんでいた金髪の青年が口からチャーハンを吹き出すと、米粒が大男サムの衣服にへばりつく。
「ちょっ!八ツ森って!!」
大男の額に青筋が浮かび、チャリオットめがけて大きな拳が振り下ろされる。目の前にあったテーブルが半壊し、戦車の体がコンクリートの床に軽く叩きつけられ、押しつぶされようとしていた。
ワタシの料理を粗末にする奴は許さない。
男が戦車の体を潰そうと力を込めようとした瞬間、英国人のロバートがやんわりと仲裁に入る。床に散らばったチャーハンを手で掬いながら口に放り込む。
「サムさん。止めといた方がいいよ?君が殺されるとは思えないけど、恐らく只ではすまないと思うよ。おいしいね、シュー。君の中華料理はいつだって格別だ」
「謝謝」
「サムの非礼は詫びるから、その手にしているククリナイフをサムから退けてくれないかな?」
大男サムが少し遅れて、背後のワタシの突きつけているククリナイフに気付く。
「そんな奇妙な形のナイフで、俺が殺せると?」
ロバートが笑顔でズレた眼鏡の位置を修正しながら答える。
「彼に切りつけられたら終わりだよ。その刃先にも毒は塗られているのだろう?」
「もちろん。モウドクフキヤカエルから抽出したバトラトキシンを染み込ませてあるね。サム、動かない方がいいよ。このカエル一匹から200人近く殺せる毒を採取できる。かなり強力だよ」
サムと呼ばれた大男が舌を鳴らし「戦車」に込められていた力を緩める。そのチャリオットはというと、ちゃっかりと腰に提げていたデザートイーグルの銃口を相手に向けていた訳だが。
「烏!君もだ!」
壁際に座っていたヤオから大きな声が発せられる。
私を含め、4人の男がヤオの声に振り返ると、死角からいつの間にか黒眼鏡の女がサムの脇腹向けてナイフを構えていた。あの刹那の時間で誰にも気付かれずに彼女の立ち位置から反対方向に移動できるなど常人では考えられない。
その手にしているのはナイフと呼ぶには無骨で、黒い、菱形の尖った刃先に円形の持ち手が付いていた。戦車がもの珍しそうに声を上げる。
「すげーっ!お姉さん、やっぱり忍者なんでしょ?それクナイっていうジャパニーズウェポンだよね?初めて見た!ニンジャソードっていう紛い物のナイフなら持ってるけど、クナイは初めて見た!」
人事の用になんの悪びれもなくデザートイーグルを腰にしまう戦車。本当に厄介な面子だ。黒眼鏡の女がそのエメラルドの瞳をサングラスで隠しながら興味なさげにクナイをコートの裏側に仕舞う。どうやら幾つものクナイと呼ばれるナイフが黒コートの裏に縫い付けられているようだ。コートの隙間から幾つものクナイと共に白い足が覗く。コートの下にはフリルのついた白いミニスカートを着用し、それに黒革のロングブーツを合わせているようだ。もしかしたら実年齢はかなり若いのかも知れない。
「騒がしいのは嫌いよ。ぐだぐだ言ってるならこの場の全員殺す」
その女から発せられた言葉は脅しでは無く、淡々とした事実を述べる言葉の類だった。背筋が凍り付くと共に、別の何かが熱く燃える様な気がした。殺し屋特有の闘争本能だろうか。
ヤオがため息混じりに苦言を漏らす。
「頼むから話を聞いてくれ。これでも私、忙しいね」
戦車「ちわっす。俺、チャリオットと呼ばれてる傭兵で24歳っス!細目で優しそうなのお兄さんと黒髪のくノ一さん、助けて頂いて光栄ッス!暗殺者同士仲良くしましょうね!」
烏「私はレイヴンと呼ばれている。助けたのはあの用心棒が次の標的に私を選んだ場合、面倒くさくなるからよ。そうなる前に隙を突いて始末しておきたかっただけよ。馴れ合いはいらないわ」
シュー「私の料理を邪険にする奴許さないだけネ」
戦車「シューさんはなんか通り名とか無いんですか?」
シュー「そんなものないネ」
ヤオ「……死神だろ」
ロバート「なんだい?みんなもう打ち解けたのかい?」
サム「……(帰りたい)」