揺らめく白き法衣
東京都に内包されているにも関わらず、広大な森に囲まれた都市がある。四方を霊樹に囲まれた八ツ森市と呼ばれる市は公共事業は最小限に抑えられ、多くの自然を残したまま人口40万人以上の都市へと発展を遂げている。大都市並の情報量を流通させながらも、その暮らしぶりは穏やかで犯罪発生率の低さも全国で1、2を競う。そんな都市で2005年に1人の男が少女殺害の容疑で逮捕される。
後に「八ツ森市連続少女殺害事件」と称されるその事件は、幼い少女を山小屋に監禁し、ナイフ一本でお互いに殺し合いをさせるといった類の猟奇性の高い事件として世間から注目を浴びた。
捜査が進むに連れ、その事件の被害者が明らかになってくると2001年に発生した「小3女児無差別殺傷事件」の加害者とされていた少女もその事件の被害者である事が一部の市民の訴えにより関連付けが認められ、最終的に計8人の少年少女が被害者として名を連ねた。
通称「生贄ゲーム事件」と呼ばれるこの事件は4回繰り返され、この生贄ゲームの被験者に選ばれた5人はそのゲームにより命を落とし、以下の3名だけが生き残った。
第一生贄ゲーム(2001年11月8日)被験者「天野樹理」。
第三生贄ゲーム(2003年10月2日)被験者「日嗣尊」。
第四生贄ゲーム(2005年5月8日)被験者「石竹緑青」。
そのゲームに生き残った彼らの苦しみは計り知れない。天野樹理は11年間も精神病棟での生活を余儀なくされ、日嗣尊は自分の身代わりに姉が犠牲になった事をずっと後悔し、自分自身を呪い続けてきた。そして、石竹緑青はその事件の記憶そのものを失っていた。同じ被験者となった「佐藤浅緋」と過ごした日々とともに。
この事件の被害者の1人、佐藤浅緋は二度死んだ。
命を奪われ、そして、存在そのものを消し去られた。少女を殺した少年の心を守る為だけに。
無意味な世界よ、憎悪の業火で燃え尽きろ。これは贄にされた君に捧げる僕からの鎮魂歌。
「白い法衣」が闇夜に揺らめき、身を暗躍させる。かつて八ツ森高校の部活動に戦争根絶を真正面から捉え、世界から戦争を無くそうと日夜活動を続けていた部活があった。
軍事研究部、通称「軍部」である。
そのメンバーは全21名であった。
しかし、昨年2011年に生徒会の査察が入り、廃部処置されてしまう。
その実、戦争反対を主張しながら研究資料として、数多くのサバゲー用の玩具の銃を買い漁り、無許可で廃棄工場に侵入し、戦争ごっこを楽しむだけの部活動であった。遅かれ早かれ、彼らの愚行は知れ渡り、廃部も時間の問題であったが、真面目に戦争根絶を考え、研究していた一人の少年の生徒会への情報提供により壊滅が速まった訳ではあるが。
そして彼らは現在、その「命」の存続すら危うい状況である。
2012年4月に杉村蜂蜜が英国から日本に転校してから8ヶ月経った現在、21人居たメンバーも生存確認が取れている人物が6人にまで減ってしまっている。森で野犬に襲われて亡くなった新田透を除いて14名が行方不明扱いとなっている。
部員21名の氏名を確認する為に手元の手帳をめくり、その氏名を確認する。
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2年A組
石竹 緑青
2年B組
× 新田 透
〆 畠 正一
〆 亀山 冬太
2年C組
〆 斉藤 肇
〆 田中 圭一
〆 田中 慎一郎
2年D組
〆 速見 惇
3年A組
× 宍戸 友華
如月 エイラ
黒谷 景子
× 中島 竜之介
3年B組
草部 裕太
春咲 龍一
3年C組
× 浜田 知也
× 森川 賢
3年D組
音谷 眩
× 笹原 暁
× 山本 信篤
× 旭 祐介
島原 芭蕉
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「……あと6人」
手帳に記された人物の一人、二年D組の速見惇に吐かせた住所から「軍事研究部」の生き残りの居場所を探り当てる。八ツ森の西に広がる森に沿って立ち並ぶ住宅街の一つに彼女達3人は潜んでいたようだ。
・如月 エイラ
・黒谷 景子
・音谷 眩
表札には黒谷と書かれている。
本来彼女が住んでいたのは西岡町であり、両親はそちらに住んでいる。恐らく同じ市内に住む祖母と二人暮らしを始めたのだろう。「軍部」のメンバーが「もう一人」の杉村蜂蜜に追いかけられ、姿を消していく状況に恐怖し、住居を移したのだろう。この状況下なら学校側も不登校をある程度認めざるを得ないのだろう。警察でも彼らを保護する方向で動き出してはいるらしいが、どうも足取りを掴めないでいるようだ。それもそうだ。彼らにも後ろめたい事がある。
杉村蜂蜜が転校して一ヶ月も経たない頃、二年A組の教室が彼らによって荒らされたからだ。その事件を境に杉村蜂蜜の様態が変化していき、結果、もう一人の杉村蜂蜜「働き蜂」を生み出した。
その彼女に巡り巡って自分たちの命が脅かされているのは本末転倒、因果応報としか言いようが無い。正確に言えば、彼女に一番影響を与えたのは黒板に赤いスプレーで書かれた「天使様、なぜ私を浄化して下さらなかったのですか?」という怪文書だろう。
このメッセージは彼女にとって、最愛の者を失いそうになった北白事件への介入体験と、助けられたかも知れない命を見殺しにしたという罪悪感、その二重のトラウマを呼び覚ます切っ掛けとなった。
彼らに味方するとしたら、解離性障害を起こす原因を造ったのは、黒板にその文字を刻み、軍部に二年A組を荒らす様に金を握らせて指示を出した別の人物他なら無いのだが。
よくもここまで手こずらせてくれたものだ。さっさと大人しく捕まっていればいいものを、部員間の連絡を常にとりあう彼らの情報の回りは早い。
3年の「2年A組襲撃事件」に関わった部員が数人消えたタイミングで軍部の警戒は強くなっていたようで単独行動する者はほとんどおらず、常に2人以上で行動する徹底ぶり。その警戒は堅固なものとなっていた。
だが、こちらとしてはその方が都合がいい。さぁ、狩りの時間だ。
時計の針が22時を差そうかという頃、日本家屋から黒谷景子が、音谷と如月を連れて玄関から出てくる。
道沿いに設けられた街灯に照らされ、白いセーターに紺色のロングスカートを合わせた黒谷が辺りを警戒しながら残りの二人を先導する。波打つ黒髪が外気に揺れ、黒い瞳の下の深い隈からはその疲労感が伺い知れた。
「二人とも、帰り道は気をつけて?なるべく一人にならない様に」
心配する黒谷景子を余所に、ショートカットの茶髪が似合う軍部のマドンナ的存在である音谷眩が口元に笑みを浮かべている。
彼女のトレードマークである黄色いスカーフは、12月ともあり、黄色く長い毛糸のマフラーにすげ変えられている。さすがに冷え込むらしく、家屋から出てきたばかりの彼女達の吐く息も白くなっている。白のダッフルコートを羽織る音谷眩が、寒そうに口元をマフラーに埋めながら他の2人を元気づける。
「二人とも、大丈夫だって。警察も動き出してくれているし、何より噂では杉村蜂蜜が何故か退行現象を引き起こしたらしいから安全だって連絡あったよ?」
ドイツ人と日本人のハーフである如月エイラが、いぶかしむようにその赤髪を掻きながら反論する。
「眩さ、あんた楽観的すぎ」
「そうかなぁ」と音谷眩が首を傾げると、如月エイラの青い瞳がじとりとねめつける。
「なんか怪しいなぁ。なんであんたはそんなに警戒せずに居られるの?」
音谷が少し頬を紅くさせながらその理由を話す。
「ほら、だってさ、この前ファミレスで話した男の子いるじゃん?」
黒谷景子が、目を瞑りながらひじりだす様にその時の情景を思い出す。
「ん……確か、ファミレスで皆集まった時に居た男の子って、二年の若草君だっけ?確か、本物の銃を見せてくれたのよね?」
「うん、そうそう。その男の子。私達の情報と交換に杉村蜂蜜の方を何とかしてみるって約束してくれて……」
黒谷景子が音谷眩の体に抱きつく。黒谷だけ、そのまま家から出てきたので寒いようだ。
「結局、今のところ生存確認が取れているのは私達3人と、他の3年の男子数人だけでしょ?あの件にほとんど関わっていなかったのに、今の2年なんて新田君の死亡を筆頭に全滅だよ?完全に私達の全滅死亡フラグ立ちまくりだよ?」
音谷久留米が黒谷に抱きつかれながら弁明する。
「6人しか残っていないんじゃない、6人も生き残っていると考えなきゃね」
「考え方の問題じゃねぇよ」
と如月エイラも音谷に抱きついて暖をとる。丁度、寒がっている黒谷を包むように。当初、軍部の女子部員は4人居た。本来ならそこに同じ3年の宍戸友華の姿もそこにあるはずだった。言葉には出さないが3人は恐らく、突然姿を消した彼女の事を考えているのであろう。少しの間の後、別れを惜しむかの様に如月が口を開く。
「そういやさ、若草っていう男の子と話した日、杉村蜂蜜とも出くわしたよね?」
黒谷が如月の言葉に何度も深く頷く。
「うんうん。杉村さんには驚いたね。殺されるかと思った。他の軍部の連中も女子の私達置いて逃げ出すし」
「本当、軍部の男共は情けない」
黒谷が再び首を縦に振ると何かを思い出したようだ。
「あら?そういえばあの時、捕虜君も見かけた気がする」
音谷が少しムッとして訂正を入れる。
「捕虜扱いされたのは軍部があった時の話。廃部になったんだから、石竹っちはもう捕虜じゃないの」
ムキになった音谷に目を丸くする他の二人。
「眩さ、石竹っちの事好きだったの?」
それに慌てて首を横に振る音谷。
「違う違う!確かに軍部の中では可愛い部類に属する男の子だったけど、一番安全な男子だったからね。だから女子4人と一緒に石竹君を交えてゲームとか出来たわけだし」
黒谷が二人に抱き締められながら夜空を見上げる。
「確かにそうね。不思議と彼からは他の部員とは違って、下心の様なものは感じなかったんだよね。あの部に石竹っちが入ってきた時には、名前だけが先行して知れ渡っている彼の事だから、どんな奴か警戒してたんだけど、すごい普通の子で拍子抜けしちゃった。それにしても、宍戸が居た頃は楽しかったよ……ね。軍部も正式に部活として認められてたし」
宍戸の名前を出す度に悲しい顔をする3人。そんな場面は二度と来ないであろう事を直感的に感じているようだ。
「なんでこんな事になちゃったんだろね」
音谷が悲しそうに顔を伏せ、それに黒谷が返事をする。
「多分、2年A組襲撃事件に実行犯として軍部が関わってしまった性だね。お金とスリルに目が眩んだ軍部の連中はそれを実行した。サバゲーってお金かかるし、いいものを揃えようとしたら軍事金は必要だしね。女子4人の中であれに関わったのは宍戸だけだったけど。私達は間接的に口外しない旨が書かれた契約書にサインし、その契約料として少なくない額のお金を受け取ってはいたけど。だから順番的に真っ先に宍戸は消されたんだ。杉村蜂蜜にきっと殺されて……あれ?」
口に手を当てて何かを考え込む黒谷。そんな黒谷を見つめる他二人。
「何か変じゃない?」
ただ首を傾げるばかりの他の二人。
「だってさ、殺される理由が分からない。確かに教室を滅茶苦茶にしたのは軍部だけど……それだけで杉村蜂蜜は人を殺すの?」
如月があきれた様に反論する。
「相手は狂った人間、実行犯かどうかなんてそんな些細な事、どうでもいいのさ」
音谷が何かに気づいた様に口を開く。
「杉村さんの異常性にばかり気をとられていたけど……。杉村蜂蜜の目的は本来、私達から情報を引き出す事で殺す事じゃないはず。最初に新田君を殺した理由と整合性がとれなくなる。最初の1人を殺してしまったら、他のメンバーが警戒して、なかなか捕まりにくくなる。もし、私が杉村さんなら、新田君と接触した段階で、襲撃実行犯の目星を立ててから、動く。もちろん、動きを悟られない為に、新田君の事は殺さずに生かしておくはず。なんで、新田君の死亡記事が夏休みに上がってから杉村さんは動きだしたんだろう。他にも辻褄が合わない事が幾つか……。そもそも杉村蜂蜜が私達を殺し回っていると情報を流してきたのは……誰?」
黒谷がシトシトと降り出した雪に目を取られ、向けた視線の先に闇夜に浮かぶ白い法衣姿の人物に気付く。もう遅い。家屋に引き返されない為に素早く門の側へと回り込み、距離を一気に詰める。数瞬、3人の動きが硬直する。彼女達が警戒していたのはあくまで杉村蜂蜜だ。他の人間への警戒は自然と緩くなっている。
一番早くに反応した黒谷景子が咄嗟に抱き付いていた音谷眩と如月エイラを後方に突き飛ばす。
「逃げてっ!」
暫く唖然としている2人を他所に、薄着の黒谷が両手を広げてその進行方向を塞ぐ。仲間思いのいい子じゃないか。音谷が慌てて黒谷を連れて行こうとするが、大声でそれを制止する。ここで叫ばれてもやっかいだ。
「来ないでっ!覚悟は出来てたの。誰かが残りの軍部にこの事を伝えないと、本当に全滅する、だから、走って!」
横に居る如月がバタフライナイフを素早く組み立て、その刃先を黒谷越しにこちらに向ける。さすが軍部員。それぐらい持っててもおかしくは無いか。
「あんたは行きな、後で二人で必ず追いつく」
「そんな事、できな」
如月エイラの手にしていたナイフの切っ先が一閃、音谷の黄色いマフラーの一部を切り裂く。
「エイラ?」
身体を硬直させる音谷に黒谷が振り返り思いを託す。
「生きて……出ないと誰がこいつに復讐するの?」
振り返った黒谷の隙を突いて一歩前に踏み出すが、それを如月がナイフを振り回しながら威嚇する。さすが軍事研究部である。刃は素人の軌道を描くのでは無く、確実に急所を狙ったものだった。思いの外、手こずりそうだな。黒谷が振り向いたまま音谷に話しかける。
「お願い、眩。あんな奴等でも私達の大事な友人を殺したこいつが許せない。だから、走って!」
ナイフを振り回す如月が黒谷に尋ねる。
「どういう事だよ?杉村が殺したんじゃ?」
黒谷が前に向き直り、言い切る。
「本当は疑問だったの。なんで杉村さんは私達を殺そうとしているのか。追いかけてきたのは私達が逃げるから。杉村さんはずっと、情報を欲しがっていた。彼女の行動原理は単純明快、たった一つの理由のみで動いている」.
迫り来るナイフを交わしながら、如月の懐まで迫り、腕を拘束してナイフを落とさせる。手元のスタンガンから火花が散り、短い悲鳴を上げ、身体を硬直させてその場に倒れこむ。
あと5人。
両手を広げて行かせまいと、進行方向を塞ぐ黒谷。
「杉村さんが動く理由はたった一つ、石竹っちの為だけだよ。だから……全部、きっとこいつが仕組んだ罠っ!」
黒谷がこちらに飛びかかるタイミングを見越して、左手でその身体を払い、音谷との距離を詰める。こいつに逃げられる方がやっかいだからだ。
振り上げた拳に怯え、身動きのとれない彼女にそのまま拳を振り下ろそうとするが背後から腰に抱きつかれ、その場に膝をつく。咄嗟に左手に構えていたスタンガンの端子をその腕に突き付けて放つ。パチパチと火花が散る中、それでも黒谷はその手を放さない。
腰に回された細い腕に自ら爪を立て必死に意識を保っている。
戦う術も、身を守る術も知らない、ただ精神力のみで立ち向かってくる奴が一番怖い。
「死んでも離さな……い」
しばらくして意識を失ったにも関わらず、その手は振りほどけなかった。黒谷の家から物音がして、振り返るとそこに住む祖母が顔を強張らせて立っていた。時間切れのようだ。
前を向くと、いつの間にか音谷眩はその姿を消していた。初めての失敗だ。黒谷の祖母が助けを求め、叫び声を上げ出す。気を失った如月と黒谷を担いで闇夜に紛れ、その場を立ち去る。
「大丈夫だ、逃げられはしないさ」
八ツ森を囲う霊樹は外敵から身を守る為の結界であり、又、牢獄なのである。
そう……誰も俺は逃がしはしない。
道路の向こう側から黄色いマフラーをした誰かがこちらに走ってくる。何処かで見た顔だ。寒空の下を形振り構わず走ってくるその人は、息を切らせながら私に縋り付く。
「よかった!お願い!友達が変な奴に襲われて……あっ!」
この人は確か、ファミレスでろっくんと仲よさそうに話してた女性だ。私が頬を膨らませていると、怯えながら尻餅をつく。そんなに怖がらなくていいのにな。
「す、杉村蜂蜜?!なんでこんなとこに……やっぱりあんたも!」
何だかひどい事を言われた気がしたので、手刀をその首に振り下ろすと、短い悲鳴を上げてその場で崩れちゃった。おかしいな?ろっくんなら5回ぐらいは耐えられるのに。
この人、どうしよ。
とりあえず持って帰ろうかな?
ろっくん、もう家に帰ってるといいな……少し顔を合わせ辛いけど、やっぱり会いたくなってしまう。
あれ?
それにしても、なんで私はこんな所に居るんだろ?分からない事を考えていても仕方ないので目の前で気を失ってい彼女を背負うと歩き出そうとする。
背後に気配を感じて振り向くと、雪の中、寒そうにしながらこちらに手を振る人影がある。ゆっくりとその人物は近付きながら私に声をかける。
「おぉ、やっと追いついたな」
若草青磁が少し疲れたようにこちらに近付いてくる。
「青ちゃん?どうしてこんなとこに?」
青ちゃんが一瞬首を傾げるが何かに納得した様に言葉を続ける。
「そっか、今はロリ村なんだな。いや、喫茶店を一人で出て行ったから、夜道は危ないと思って追いかけてきたんだよ」
「私なら大丈夫だよ?フル装備の特殊部隊が40人編成で襲ってきたらさすがにダメだけど」
「ハハッ、お前らしいな。それよりさ……その抱えてる奴……渡してくんないかな?」
青磁は私の抱えているこの女の人に用事があるようだった。私は特に断る理由も無いので彼女をそのまま引き渡す。
「面倒かけさせたな」
そのまま引き渡された女性をお姫様抱っこして抱える青磁。
「お前はどうする?俺はそのままタクシー呼んで商店街に帰るつもりだけど?」
私はシトシトと降り出した小粒の雪を見上げながら返事する。
「大丈夫、コンパス持ってるし歩いて帰られる距離だから」
ろっくんの住むアパートには帰りたい。けど、少し頭も冷やしておきたかった。
「そうか、じゃ、また明日学校でな」
青磁は彼女を抱えたまま、器用に携帯を取り出すと電話をかける。
「あ、すんません、八ツ森タクシーの手配をお願いしたいんだけど、いいっすか?いやぁ……友達が体調優れないみたいで……」
電話で話しながらこちらに手を振って別れの合図を送る。私は微笑みながら手を振り返すと、帰り道を歩き出した。
そういえば、彼女……変な奴に襲われたとか言っていたような?青ちゃんなら大丈夫か。前にいっぱい武器をお渡したしね。
私は両サイドに刺している黄金の髪を纏める為の簪に触れた後、スカートの下、腿に固定している8本のプレート型のナイフの所在を確かめる。うん、私にはこれで充分。変な奴に遭遇しても多分殺しきれる。
(杉村蜂蜜)