腐れ眼鏡と生徒会長
やぁ、久しぶりだね。例の物完成したよ。なんだ……意外と元気そうじゃないか。お互いに随分な姿だな。
そうだな……今度、髪を切ってやるよ、木田沙彩。
(小室亜記)
人の気配がして目を覚ますと、近くで看護師の女性が点滴の交換作業を行っていた。どうやらここは病院らしい。頭の中に残る夢の残骸を朧気に脳がそれを再生する。私とあいつが北白直哉と出会った頃の記憶だ。
「あら、二川さん、お目覚めね。すぐに先生をお呼びしますからそこで大人しく待ってて下さいね」
看護師が体勢を起こそうとした私の肩を優しく抑えながら私を再び寝かせると病室を出ていった。鈍い頭を振りながら先日の事を思い出そうすると、左の脇腹に鈍い痛みが走る。自らの入院服をめくると分厚い包帯が大層に何重も巻かれ、じんわりと乾いた血のあとが広がっていた。
「黒き魔女……日嗣尊め」
腹に出来た刺し傷は日嗣尊によるものだ。あの血の流れ方から相当危ない状態だったらしい。恐らく、刺した本人が救急車を呼んでいなかったら死んでいただろう。私は刺された箇所を抑えながら体勢を変え、ベッドに腰かける。疑問が頭をよぎる。
「奴にとって、私は憎むべき人間。あの事件の共犯者の一人。死んだ方が良かったのでは?」
今、私はこうして生きている。それは奴が私を生かしたからだ。あいつの企みはなんだ?突き止めなければならない。とにかく今は情報がほしい。同じ病室で横になっているギブスをはめた青年に声をかけ、日付を確かめる。
「ん?あぁ、12月13日、水曜日だよ。西暦もいるかい?」
私はそれに首を振り、ベッド下近くに用意されていたスリッパに足を通す。ギブスをはめた20歳ぐらいの青年が続けて声をかけてくる。
「兄ちゃん、まだ動かない方がいいよ?昨日、急患で運ばれて手術を終えたばかりだろ?」
私は腕に繋がる点滴の針を引き抜き、立ち上がる。辺りに私の血がわずかに飛び散った。ギプスの男は信じられないと言った顔で目を丸くしている。
じっとしてはいられない。ここでのんびり横になっていたらまんまと日嗣尊の企みにはまってしまう。そうしたら最後、私とあいつは身の破滅を招く事になりかねない。奴はそういう女だ。私に一矢報いる為に、最も憎むべき男に処女を捧げる様な女だ。恐らくハッタリなどでは無い。なんとしても姿を眩ましているであろうあの女を見つけて殺すか、警察に突き出すしかない。奴の設けたリミットは二週間。文化祭までに奴を見つけなければ……いや、奴のルールに則るとしたら石竹の始末が先か?
私は周りを見渡し、自身の鞄と制服を探るが携帯がどこにも見あたらない。恐らく、私がすぐに動かないように日嗣尊に没収されたのだろう。幸いな事に制服に忍ばせていた財布と生徒手帳「杉村蜂蜜愛好会」の名簿リストは無事だった。とにかく病院の電話でもいい、今、どういう状況になっているかを確かめなければならない。脇腹の痛みに耐えながら、足を引き吊り、病室を抜け出ると、電話のあるロビーを目指す。通路に設置されていた時計を確認すると午前9時40分を差していた。
日嗣尊はどうなった?そして私はどういった経緯で腹を刺された事にされているのだ?私は足早に通路を抜ける。手術を担当した医師に見つかれば即刻連れ戻されかねない。病院内が徐々に活気づき、慌ただしく医師や看護士達が忙しなく動き始める。その方が目立たなくすむので有り難い。
”奴が用意したという特設ステージとは何を差すのだ?”
恐らく、私は否応無くそのステージに引っ張り出され、私の凶行は白昼の下に晒されるだろう。そしてその日までに石竹緑青を殺す事が出来れば勝ちだとも言っていた。一見、私にチャンスを与え、石竹を危険な目に合わしかねない言葉だが、奴はこうして私の腹に穴を開け、きっちりとハンデを石竹にくれている。しかも私の携帯まで没収する用意周到さ。恐らく、この出遅れが私の死を分かつデッドラインだ。
「くそっ!くそっ!日嗣、尊っ!!必ず居場所を突き止め、警察に突き出してやる!」
壁に手をつきながら階段を降り、電話のあるロビー近くまでやってくる。
「あいつの思惑通りにはさせない」
痛みで意識が飛びそうになるが、必死に意識をつなぎ止め、足を進める。
夏休み、私と石竹緑青が対峙した際、私との実力差は大して変わらなかった。幸いな事にあいつがバールを手放してくれたおかげで形成逆転する事は出来たが。無手の状態では、怪我を負う私が不利だ。普通に考えて日常的に剣道の稽古に励む人間が、心理部とかいう得体の知れない文化部の人間に負ける訳は無いと考えていた。いつでも手軽に殺せるどうとでもなる存在。近くに杉村蜂蜜が常に居る状態であったので、手は出せない状態ではあったが。それに周りの目もある。
迂闊だった。
彼の外見的にも攻撃的な面は見えず注意を怠っていた。
少し考えれば分かるものを。
あいつは、母を殺した父親の性で孤独な幼少時代を過ごしていた。
そんな中、父の都合でたまたま日本に遊びに来ていた杉村蜂蜜ことハニー=レヴィアンと出会う。
それからあいつが「生贄ゲーム」に巻き込まれるまでの間、あの驚異的な身体能力を誇る杉村蜂蜜と最強の元傭兵として名高い杉村誠一、その親子と共に幼少期を過ごしていたのだ。普通である筈が無かった。無意識にあいつは周りから浮かないように努めているのだろう。
にわかには信じてはいなかったが、それであの時起きた不思議な現象にも説明がつく。第四生贄ゲーム開始時、私は見張り役だった。
近くの森の中に気配を感じた時にはもう、私は天使に気を失わされ、意識を取り戻すと全てが終わった後だった。
生贄に捧げられた佐藤浅緋の腹は切り裂かれ、体は床に力なく寝かされていた。そして、小屋の近くには何故か気を失った二人の少年が横たわっていた。額から血を流し続けている石竹緑青と、白い法衣を紅く染めた白き救世主だった。
白き救世主は石竹緑青に止めを刺そうとしたが、それは叶わなかった。私も彼に倣い、近くに落ちていたナイフで奴を刺そうとしたが、彼の手負いの獣の様な気迫が私を怯えさせ、白い法衣の少年を抱えるとその場から逃げ出したのだ。恐らく、あの時、奴にそのまま近づいていれば私も気を失い、事件の重要参考人として警察に捕まっていただろう。
北白が捕まり、生贄ゲームが終演を遂げると私達は互いの素性も知らないまま自然と接触を絶った。あれは悪い悪夢だったのだと。
そんな折、天使は再び私の前に現れた。
杉村蜂蜜は事件の核心を掴んでいた。
だからあのメッセージが効果的に彼女の心を蝕んだ。
手元のアドレス帳を開き、小銭を電話機に放り込むと、杉村蜂蜜愛好会の一人であり、元星の教会員でもある細馬将に電話をかける。両方の接点を持ち、かつ、同じ3年という境遇は一度に情報を得るのに都合が良かった。
時間帯的には授業中だろうが、奴なら気にせず出てくれるだろう。
案の定、コール三回目以内に電話に出る細馬。
「はい?どちらさま?」
私は含み笑いをこぼしながら返事をする。
「同志よ、私だ。二川亮だ」
驚く細馬の声が上がり、教師や周りの生徒に事情を簡単に説明した後、廊下に出て場所を移してくれたようだった。
「本当に亮か?どこからかけてるんだ?病院か?」
心配そうな細馬の声と共に教室からざわめきの声が聞こえてくる。私はロビーを見渡して、現在入院している病院名を確認する。
「あぁ。熊谷病院からかけている。携帯を紛失してしまったらしくてね。どうしても学校や生徒会の方が心配で」
細馬がため息をつきながら答えてくれる。
「そんな事は気にするな。不二家や卑弥呼が代わりに業務をこなしているし、我ら星の教会の月の女神こと、日嗣尊様に刺されてまだ初日だろ?安静にしていろよ」
日嗣が私を刺した事は伝わっているらしい。気になるのはその動機だ。
「そうか、もう刺された理由は周知の事実なんだな」
細馬が少し戸惑い気味に肯定の返事をする。
「あぁ。精神的に不安定な状態だった尊様がその時たまたま居合わせたお前にその白羽の矢が立ったって。男女間の痴情のもつれだとかも囁かれているが、気になるのは、他複数の三年と肉体関係にあったとも言われているし、悪い偶然が重なっただけだよ。きっと。だから、お前もあまり気にするなよ?」
なんだかんだで仲間思いの細馬に関心しつつ礼を述べる。
「あぁ。すまない。脇腹を日嗣さんに刺されて死にそうに痛いが、2週間もあれば学校に顔を出せるだろう」
電話口で細馬が元気よく声を上げる。
「文化祭、一緒に楽しもうぜ!!生徒会長!待ってるからな」
「そうだな。高校生活最後の文化祭だ。存分に楽しむぞ。絶対に成功させような」
私は笑い声を上げながら受話器を降ろす。
電話帳をめくって日嗣尊と肉体関係にあったと噂を流されていた人物を辿っていく。彼らにとっては自分が日嗣に刺されていたかも知れないので、青冷めている事だろう。無論、標的は最初から私一人だった訳だが。
最初の一人を見つけ、番号を打ち込もうとしてある事を思い出す。先ほど、ロビーの案内で確認した病院名は「熊谷病院」だった。
確か、通り魔に襲われ意識不明の昏睡状態で「木田沙彩」が入院している病院だ。私は優先度を変更して、近くで受付をしていた女性に声をかける。
「すいません、こちらの病院に木田沙彩さんという女の子が入院されているとお伺いしたんですが」
困り顔で訪ねると、受付の女性は呆れ顔で私の問いに答えてくれた。
「あ、そういう君は昨日の夜、彼女さんにホテルでナイフで刺されて運ばれた男子高校生ね」
私は顔をひきつらせながら、その受け答えにあったリアクションをとる。
「ははっ……もうバレてるんですね」
「いくらカッコいい男の子だからって、女の子は大事にしないといけないのよ?このおませさん」
「肝に銘じます。まぁ、僕も女性に優しくされたいですよ。それに相手は立派な成人女性ですしね」
受付の女性が優しく微笑むと、近くのパソコンを使用してその名前を検索してくれている。
「木田、木田沙彩っと。確か君と同じ八ツ森高校の生徒さんよねっと」
手元のメモ用紙に部屋番号を記入して私にそっと渡してくれる。
「昏睡状態で眠ったままだからって、いたずらしちゃダメよ?」
「しませんよ。同じ高校の生徒として心配しているだけですよ」
「ならよし。貴方も怪我人なんだから、お見舞いが終わったら自分の部屋に戻って安静にしてなさいよ?」
「はい。そうします」
私はその女性からメモを受け取ると、左脇腹を押さえながら歩き出す。505号室か。さすがに2階から階段を登ってはいけないな。私は見つかる心配もあったがエレベーターを利用することにする。
移動の間、この動けない状態でどうやって石竹緑青を始末するかを考える。もう一人の私の協力者が動いてくれればいいのだが、逆に察知されてしまうのでそれも危険を伴う。日嗣尊の事だ、不審な動きを見せれば必ず察知されるような監視網をしいているに違いない。いっそのこと、何もしないまま流されてみるか……。
腹の刺し傷がノイズとなり、思考を妨げてくる。本当によくやってくれたよ。日嗣尊。貴様が捕まるのもきっと時間の問題だろうが。
エレベーターの階層が5階を示し、フロアーに出て木田が眠る病室へと足を運ぶ。扉前に複数の名前が掲げられ、その一つに木田沙彩の名前があった。部屋を覗くと、窓が僅かに開けられているのか、僅かな風が部屋を仕切る薄いカーテンが揺らいでいる。今日は珍しく暖かい日ようだ。
窓から差し込んだ暖かい陽の光がやさしく飾られた黄色い水仙の花と、薄く目を明けた木田沙彩が、起こされたベッドの傾斜にそって動かず、じっと前を見つめていた。継続的に心電図を指し示す計器が機械的な電子音を発し続けている。命に別状は無いようで、生命維持装置の類は体には装着されていないようだった。
私の知る木田の情報は少ないが、最後に見た彼女と比べて幾分髪が伸びているようだ。特徴的な癖のついたアホ毛も長く伸びている。私は今にも起きて返事をしそうなその姿に嫌な汗が滲み出す。
もし、彼女が目を覚まし、私にたどり着くであろう情報の一つを世間に開示した場合、どうなってしまうのだろうか。
私の心がざらつき、自然と手が彼女の細い首に迫る。
静かに息を立てている彼女の口元に変化は無く、瞼は目の前に迫る私の存在にも反応しない。今が彼女を殺す絶好の機会だ。ただ、首に付いた指紋や手形はどうする?証拠を残さずに誰にも目撃されずにここを立ち去るにはどうしたらいい?普段の私なら危険は冒さない。だがしかし、本能が告げている。こいつを生かしたままではいけないと。
ふと冷たい風が頬を撫で、正気に返る。
替えられた水仙の花に、起こされたベッド。そして僅かに開けられた窓。木田自身がそれらを行なう事は出来ない。私は伸ばした手を引き、周りに人が居ないかを確認する。
危なかった。
背の低い、眼鏡を掛けた少女が分厚い眼鏡の底からじっと私の方をずっと観察していたのだ。
「どうしたの?殺すなら今だよ?」
私は呆れた用に両手を広げる。
「何の為にだい?私はズレていた掛け布団を直そうとしただけだよ」
眼鏡を掛けた少女が無表情で私の横を通り、少し開けられていた窓を閉めると、更にベッドの高さを上げて、木田が丁度座っている様な形になる。
「ふーん……用が無いなら出て行ってくれる?ここの部屋、一応女性専用だから」
幼く見えるがその落ち着いた言動や挙動から恐らく木田とは同世代ぐらいだろうか。それにしても、彼女を殺そうとしている私をただ眺めていただけの彼女の挙動は少し不気味なものを感じる。
「聞こえた?出て行けって言ってるのよ。なんでここに生徒会長が居るかは知らないけど、今度彼女に近づいたら私が貴方を殺すから」
近くのテーブルに置いてあった果物用ナイフに手をかける彼女の目は本気そのものだった。
「私の事を知っているのかい?」
木田の横に並び、そのアホ毛を櫛で優しくとかし始めた彼女が無表情でこちらに向き直る。分厚い眼鏡の性でその表情が読みとれない。
「……現役の八ツ森高校の生徒なら、あなたの顔には必ず一回ぐらいは出くわす」
私は首を傾げながらその少女の顔と全生徒との顔を記憶の中で照合させていく。その中に、最近不登校が問題になっているアニメ研究部の一人を思い出す。私の記憶の中の彼女は大変印象が薄かったが、短いショートヘアーが伸ばし放題でロングヘアーに様変わりしていた。ツンとした鼻先が特徴的だが、眼鏡を外し、小綺麗にすれば十分美少女として通じそうだ。服装もジーパンに大きめのトレーナーと色気の欠片も無い。
「あぁ。確か2年A組のアニメ研究部の……」
「小室。小室亜記」
「そうだった。いや、失礼した。女生徒の名前は全員把握しているつもりなんだけどね」
私の答えに興味無さげに別の方向を向くと、そのまま作業を再開する。私はしばらくその光景をただじっと眺めていた。今、彼女が昏睡状態に陥っているのは私の性だ。金で刺客を雇い、襲わせた。本来なら殺す手筈だったが、送り込んだ刺客が逆に杉村蜂蜜に殺されてしまった。ただの女子高生一人を殺すのに男一人で事足りる。しかし、その直前で木田と杉村が行動を共にしていた。普段、石竹達とばかり行動している杉村蜂蜜の行動は私の予想外であったが、結果的に、彼女が罪悪感に苛まれ、壊れていく大きな要素の一つと成り得た。これで良かったのかも知れない。
考えて見ればいつも天使(杉村蜂蜜)には妨害され続けている気がする。
第四生贄ゲームの時といい、夏休みの日嗣尊の件といい……。だが、彼女ももう壊れてしまった。退行してしまった彼女は私達にとってなんら障害とならないだろう。物理的に対抗出来ないのなら、精神的な脆さを攻めればいい。ただそれだけの事だ。それに壊れていく彼女を見ていると最高に気分が良くなる。壊れるほどに人はより純粋に美しくなっていく。
「看護師呼ぶわよ?」
怪訝な顔で私を睨みつけてくる小室。
「すまない。すぐに出て行くよ」
私が病室の入り口に向き直るとその一歩を踏み出すと後ろから小室亜記に言葉を背中に投げつけられる。
「文化祭、楽しみね」
私の脳裏に日嗣の憎たらしい顔が映り、以前の口角が歪んでしまう。それを悟られないように振り向かずにそのまま返事をする。
「君も顔を出してくれよ?アニメ研究部が作成した杉村さん主役のショートアニメを私も楽しみにしているのだからね」
「フフッ……えぇ、ご期待に沿えるものに仕上がっていると思うわ。午後にでも体育館でフルスクリーンで上映する予定だから」
私は適当に相づちをうって病室を出る。これ以上、根暗で口の悪い女と会話など交わしたくは無かった。日嗣尊は警察に追われ、私はその被害者とされているならなんの問題も無いか。残るは石竹緑青をどう始末するかだが……。
廊下の先で先ほどの受付の看護師が私の事を見つけると、すごい形相でこちらに歩いてくる。どうやら問診前に勝手に抜け出した事がバレたらしい。傷が癒えるまでお言葉に甘えて入院生活に甘んじるのも悪くない選択かも知れないな。残る問題は石竹の他に、怯えて学校にほとんど顔を出さなくなった軍部の連中か。金を受け取ったお前等は共犯者だ。みすみすお前等も逃しはしないさ。この私も、恐らくあいつも。
「君っ!ダメでしょ?勝手に病室を抜け出したりしちゃ!見た目以上に重症患者さんなんだから動かないの!」
「ははっ……すいません」
「来訪者の方が知らせてくれなかったら、もっと大騒ぎになってましたよ?」
来訪者?私を訪ねてこんな時間に誰が?両親は共働きで、息子が刺されても顔を出すような人柄では無い。来るとしたら世間体を保つ為にやむを得なくだ。
「誰ですか?」
「彼女も木田さんと同じ八ツ森高校の生徒で、確か名前は……天野樹理さんって言う子だったわね。見た目は小学生ぐらいの可愛い女の子よ。制服を着ていなかったら分からなかったわ。今度はその子に刺されたりしないわよね?」
天野樹理?なぜあいつが?
「……もしかしたら、また刺されるかも知れませんね」
私の言葉を冗談と受け取った看護師が軽く私の背中を叩く。
「それより……天野樹理って、昔、どこかで聞いたような気がするんだけどなぁ。どこだったかしら?」
私はその答えを知っているが、それを口にする事は無かった。
深淵の少女。
八ツ森市連続少女殺害事件、最初の被害者であり、私が最初に選んだ生贄の片割れだ。彼女は先日、精神病棟から出てきたばかりで私と北白の繋がりは知るはずも無い。そんな彼女が一体何の用事があってここに?学校を休んでまでこうしてここに来る理由など無いはずだが?
……なぁ、木田沙彩、私はあぁいう男が大嫌いだ。一般生徒からは好まれているようだけど、一般ではない私と君はそうは思わないだろ?
作品は完成したよ、多分、君の納得のいく仕上がりだと思うよ。だからこれからは毎日顔を出してやるからな。
そうそう、江ノ木カナが言ってたけど、文化祭の出し物で心理部ではコスプレ喫茶をやるらしいぞ。
我らの女神、杉村蜂蜜のコスプレした可愛い姿が拝めるぞ?
だから……だから早く目覚めろ。
絶対一緒に卒業しようね?
(小室亜記)