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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
魔の二週間の始まり
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火種

混沌とした意識の中、私はあいつとの出会いを思い起こす。

 夕闇迫る森、突き刺さる鮮やかな緋色は徐々に色を失い、暗く虚ろな闇が音もなく静かにその領域を拡げていく。八ツ森に住む人間のほとんどはその豊かな森で幼少期を過ごす。かつての支配者から放置された現在では考えられないが、その豊かな森は生物を育み、流れる川は魚を育て、適度に間引かれた木々は動物達の寝床となった。その森の北方を支配する北白家。一般開放されていたその森で私とあいつは出会った。


 十一年も前の事になる。私が両親から逃げる様に木々の間を歩き続けていると人気のない森の奥深くにあいつが居た。


 ずっと泣いていたのか、近づく私の気配に気付かず、私が声をかけると驚いたようにこちらに振り返った。目深に被ったフードの下から口元に出来た青い痣が覗いていた。涙が顔の横を伝っている。無理矢理泣くのを止めた少年が私に語りかけてくる。


 「……君は?」


 私はその問いに明確に答えなかった。ただの居場所を無くした子供だと。


 「そっか、なら僕と一緒だね」


 私達は森の奥深い場所で出会った。私は問いかける。世界が憎くないのかと。なぜ私達だけがこんな目に合うのかと。


 「僕は……確かにこの世界が大嫌いだ。けど、きっといつか、僕のお父さんとお母さんも分かってくれる気がするんだ。きっと辛いのは今だけなんだよ」


 私は私の事を自分達の思い通り操ろうとする両親に嫌気が差していたんだと思う。強制された行動、決められた未来、のしかかる重圧。私は親を殺す機会を伺っていた。子供を苦しめる大人は懲らしめられる。遠い昔、枕元で聞かされた童話の一つにもそうあった。森に迷った少年少女をお菓子の家に誘い込み、食らおうとした魔女がその報いを受けるように、私自身がその手を下そうと常々考えていた気がする。


 私は両親への憎しみを語った。


 そんな私の言葉を受けて、少年は私に諭すように聞かせてくれた。


 「苦しいのは多分、僕らだけじゃないんだよ。きっと、パパやママも同じぐらい苦しいんだ。だからそれに気付いている僕らがきっと我慢してあげなきゃいけないんだよ」


 その言葉のおかげで私の心の中に巣くっていた闇がいくらか薄らいだような気がした。白いフードを目深に被った少年。


 森で会う僕らは名乗り合わなかった。


 自らを名乗ってしまえばきっと、両親から虐待を受けている可愛そうな子供というレッテルを認めてしまいそうな気がして。私への虐待は主にしつけや自らの言うことを聞かせる為の手段として用いられていたが、その少年へ振るわれる暴力に意味など無かった。


 気分次第。


 暴力者の機嫌により少年は暴行を受けていた。そしてその少年の両親は常に機嫌が悪かったようだ。


 ある日、足を引き吊りながら待ち合わせ場所に現れた少年は涙を流していなかった。


 そこにあるのはあの儚げな優しさなどでは無く、憎しみの炎を湛えていた。私が肩を支えようと、腰をかけていた大樹の切株から立ち上がると、枝葉が踏み折られる音がし、二人は振り向く。


 そこに奴が居た。


 この北方の森の支配者、北白直哉きたしろ なおやだ。


 彼が呟いた。


 「男の子か。まぁ、君達でいいや。この森と僕の魂の浄化の為に犠牲になってくれないかな?」


 男が手元にナイフを構える。そうか、私達は結局、この世界には必要無い存在だったのか。それならもう仕方ない。私は世界に絶望し、膝を折り、うなだれる。いつも泣いていた少年がその時に限って笑い声をあげている事に驚いた。


 「私は貴方が祈りを捧げる者から遣わされた使い。いや、そのものであると言っても差し支えない。信仰深き、貴方に神の祝福とお導きを」


 震える私を余所に真っ向から高身長の大人の男と対峙するフードを目深に被った少年。夕日を背中に受けて白く輝く少年に男は目を大きく見開く。


「救世主様……?」


黒縁眼鏡をかけた小太りな男がナイフを捨て、両膝をついて祈りを捧げる。


「私の祈りが届いたのですね!主よ!救世主様!どうか私をお導き下さい

!この私の穢れた魂と弱まる森の清浄化を!」


 救世主と呼ばれた少年が男の頭に手を置き、神託を述べる。


 「この森と貴方の御霊の浄化。そこへ至る道は少女達の尊い犠牲によって成就されるであろう。信仰深き私の御子よ、父である私の言葉に従いなさい。さすればその願いは昇華されるであろう」


 男が涙を流しながら必死に少年の言葉、一つ一つを噛みしめている。


 「さぁ……この世界の浄化を始めましょう」


 男が少年の前に頭を垂れてひざまづく。


 私はその少年に命を救われた。


 その名も知らない少年がこちらに振り返る。夕日を正面から受け、逆行でそのシルエットが黒く浮かび上がる。表情は分からなかったが、その目に炎を宿した少年が笑っているように思えた。


 「僕の最初の友達。この歪んだ世界を復讐の炎で焼き尽くそう」


 私は同じように笑い声をあげた。あぁ、そうだ。


 「約束だ。このクソみたいな世界、壊してしまおう。そしてもう一度、創り直そう」


 そして程なくして最初の生贄が捧げられた。

 八ツ森市連続少女殺害事件。


 生贄ゲームの始まりだ。

 世界よ復讐の業火に焼き焦がされてしまえっ!

 

世界に炎を焚べよ。

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