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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
亡霊の再来
162/319

混じる色は灰へと変わる。

西岡駅周辺を探し回る僕は、喪服を着た少女と、八ツ森高校の制服を着た背の高い青年とがホテル街を歩く姿を目撃したという情報を得る。日嗣姉さん……嘘、ですよね?僕は途方も無い絶望感に襲われ、力無く街を彷徨い歩く。

 

 12月の寒空の中、暗がりのホテルの一室で私の腕に抱かれた日嗣尊が苦しみにも似た歓喜の吐息を漏らしている。その白い肌が仄かに上気し、吐かれた息が熱を持って絶え間なく生み出されていく。先刻、腕を掴まれる事にさえ嫌悪感を抱いていた相手が今では不思議と愛おしい存在へと姿を変えていく。


 「な、慣れたものじゃ……のっ。さすがは容姿端麗、品行方正、文部両道、生徒達の頂点に立つ生徒会長じゃ。枕技も優秀とは、のっ!さすがはリア充じゃ、の!」


 私の動きに合わせて時折苦しそうな表情をする日嗣尊。剣道を心得る者として何人もの女性と関係を持っていた訳では無かったが、下級生から時折、交際の申し込みを受ける事はあった。特に断る理由もないので、相手のねつが冷めるまでは私もその体を許した。煩わしい相手も放っておけば自然と消えていく。いや、熱が冷めれば相手も気付くのだ。私は元よりそんな人間らしい感情など無い事に。ただ、唯一、天使だけが私の心をざわつかせた。それは彼女が私達の前に現れた姿があまりにも鮮烈だったからかも知れない。

 「そうでもないさ。貴女の噂は聞いてるよ。私達上級生を手玉にとり、次々と相手を変えていると」


 天使は舞い降り、そして姿を消した。そんなはずでは無かった。全ては私達の思惑通りに進むはずだった。11年前、名前も名乗り合わなかった友人が出来た。その少年は私と同じように親に見放された子供ネグレクトだった。だからだろう、私達は寄り添い、親を、世界を呪いながら時折、森で二人顔を合わせた。それだけで自然と心は晴れていくようだった。最初はただの方便だった。森ではち合わせた北白直哉の最初の生贄に捧げられそうになった私達は……最初の嘘をついた。恐怖に怯え、困惑する私はその少年に助けられたのだ。私にとっては彼が救世主だった。顔の痣を隠す様に白いフードを目深に被った少年。日常的に親の顔色を伺っていたその白き少年はすぐさま男の異常性に気付き、自らの立場を優位に立たせるが為、言葉巧みに主導権を握り、そして、私達の代わりに最初の少女達が犠牲になった。それが八ツ森市連続少女殺害事件だ。その三番目の被害者、日嗣尊が私に抱かれているのは皮肉としか言いようが無い。

狂い、壊れたままの女はもう少し生かしておこうか。私がその体に飽きるまではその欲望の捌け口にでも……柔らかな白い肌とその抱き心地はこれまでの女どもとは比べものにならないほどだった。

 「二川君……っ」

 私の下で喘ぐ黒衣の亡霊の白い腕が私の首の後ろに回り、強く抱きつく。囁くように私の耳に語りかけてくる。

 「もう、限界みたい……」

 暗がりの中、少し顔を離し、頬を朱くする彼女の眼元を見ると涙が滲んでいるようだった。

 「君はそのままじっとして……」

 再び彼女が私の耳元に口を近づけ、甘く囁く。

 「もう良いかの……私自身への罰はこれぐらいで贖われたはずじゃ」

 罪?罰?ここにきてこの女は何を言い出すんだ?

 「罰?君になんの罪が?それと私との行為に一体なんの繋がりが……」

「私は、天使よりも先に、石竹君の唇を奪ってしまった。それは罪以外の何ものでもない。だから……」

 「仕方無いよ、君はあの時、背中をナイフで刺されて死にそうに……」

 「お主も見ておったのじゃろ?」

 「君と石竹君の事は噂で聞いていたし、それに、アニメ研究部から提出された映像作品の叩き台は君と石竹君の物語だったはずだ……」

「お主自身は自分の過ちに気付いていないようじゃの。自惚れるのも大概にするのじゃ。……お前はあまりにも私の事を知りすぎている。二学期から学校に、日嗣命として通い出した私の事を知る人物は少ない。ましてや、夏休み、あの山小屋で起きた事を私と石竹君はほとんど語らなかった。いや、耳が聞こえなくなっていた彼はそもそも語れなかった。それに、アニ研の映像作品の脚本に、私と石竹君の交わしたキスの事は書かれていなかった。私が別の用事に時間を費やしている間、アウラに確認をとっておったからの」

 こいつ、やはり、私を容疑者から外していなかった。ここで、こいつは始末しなければならない。急に日嗣尊が鼻を啜りながらポロポロと泣き出してしまう。殺される事に勘付かれたか?

 「その手の甲の傷と、胸部から腹部にかけて縦に走る傷跡……それは石竹君にナイフで切りつけられ、そして、天使の投げたナイフが君の手の甲を貫いた」

 私に抱かれ、繋がりながらこの女は何を語り出す?私の事を犯人扱いした事を謝罪した女が!再び私に疑いの眼差しを向けてくる。

 「そして、その右脇腹に出来たナイフの古い刺し傷……それは天野樹理さんに付けられた傷跡……」

 「お前!まさか!その傷跡を確かめる為に、何人もの男に抱かれたというのか!?その為だけに!」

 勢いよく体を引き剥がそうとするが、しっかりと掴まれ、腕が解けない。


 「白き観測者よ……これが妾の隠しナイフじゃ。味わえ」


 ぬるりと硬質的な物体が私の腹部へと突き立てられる。その感覚に血の気が引いていく。


 「クククッ、さすがに血の気が引いたようじゃの。急に萎れてきたぞ?二川君?」


 私は勢いよくその右手を払い、日嗣尊から体を引き剥がす。ボタボタと何かが床に滴ると同時に左の腹部から強烈な熱さを感じる。

 「サーバントさんじゃ」

 「サーバント?何を言っている!くっ!」

 暗がりの中、自分の体を見下ろすと私の腹部から何かが突き出ていた。それを視認すると共に熱が痺れを伴い激痛となって体中を巡る。

 「なぜ、こんなところで。お前も傷害罪で捕まるぞ?」

 「逆にこんな所でないと、運動音痴の私は剣道部部長であるお主に傷一つ付けられないからの」

 日嗣尊が裸のまま私から距離を置く様に立ち上がる。全身から力が抜け、床に膝をつく私を見下げる黒衣の亡霊。よく見ると彼女も下腹部から血を流し、両足を小刻みに振るえさせていた。

 「震えてるじゃないか、それにその血は……まさか!」

 「妾の演技力もなかなかじゃろ?」

日嗣尊が唾を床に吐き捨てる。こんな屈辱は初めてだ。

 「黒衣の亡霊め……この私に一矢報いるが為に、処女を……いや、そんな訳は無いだろっ?3年の間で流れていた噂はどうした?!私は奴らから直接聞いたんだぞ?」

 日嗣尊が足を引きずりながら私の腹部に刺さるナイフを引き抜く。その痛みで一瞬頭が白み床へ顔から倒れ込む。腹部から血が溢れ、床を赤く染め上げていく。更に血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 「この一撃は、私の姉と事件被害者、そして軍部の連中の分じゃ。妾を舐めるでない。物理的には舐められたがの。その噂は杉村蜂蜜愛好会に属する疑わしき4人の男をホテルに誘い込み、このナイフをアレに突きつけ、切り落とすぞ?と1人ずつ脅し、聴取させて貰った。私がひどい淫女ビッチだという噂を流す指示をしての。ちなみに細馬君は星の教会との掛け持ちだから容疑者からは外しておる。あの日、杉村蜂蜜さんの危険を最初に知らせた人間が犯人の片割れと見越しておったからの」

 この女、全てはこの私との接触を怪しまれない為だけに、わざと自分を陥れるような噂を流したのか?許さないぞ、私の思惑を越え、私を出し抜こうとするなど、壊れた女などに私が弄ばれるなど!腹部の傷を押さえながら、気力で立ち上がり、日嗣尊との距離を詰めていく。この女は危険だ!

 「ここで、殺してやる」

 「いや、妾は生きる!」

 右足で踏み込み、日嗣尊の手にしていたナイフを素早く手で払うと、そのまま勢いよく頬に平手打ちを放つ。その場で倒れる日嗣に構わずに、転がるナイフを右手で拾い上げる。傷口は左手でタオルを被せ、軽い止血を施すがその痛みで何度も気を失いそうになる。頭を振り、ぐったりとする日嗣尊を見下ろしながら距離を詰めていく。終わりだ、日嗣尊!死ね!

 「お前は、どこまで知っている?危険だ!お前は危険だ!あの時!殺すはずだった!何故、今、お前は私の前に居る!」

 黒く長い髪の間から覗く唇の口角が上がり、笑みをつくったように見えた。

 「緑青君とハニーちゃんが、ボロボロになりながらも、私を生かしてくれた!前に進む勇気をくれた!だから!今度は私がっ!彼らを前に進ませる!その為ならっ!」

 倒れ込んだまま叫ぶ日嗣尊の手から、小さな鉄の塊がこちらに転がってくる。

 「……生徒会最高権力を握る生徒会会長と、星の教会の教祖たる妾、頂点同士、ケリを白黒ハッキリさせようじゃないっ!」

 その言葉と共に強烈な光が室内を包み、私の視界が完全に奪われる。これは、夏休みに石竹が使用した閃光筒かっ!私は両目を右手で押さえながら苦しみ足掻く。このままでは不味い。

 「バルス!じゃ!安心しろ、妾はお主を殺さぬ。救急車もすぐにフロントで呼んでやる。眼だけを潰したのはそのまま話を聞かせる為じゃ、よく聞くがいい、白き観測者よ」

 こいつはやはり、何かを握っている。私の事をわざわざその名で呼ぶと言うことは。

 「妾とお主、生贄ゲームを不正に生き延びた者同士、勝負しようじゃないか。のぉ?」

 「お前、分かっているのか?復讐の為とはいえ、こんか事をすれば貴様も警察に捕まるんだぞ?お前の推測などになんの証拠も無い。それに勝負……だと?」

少し離れたところから日嗣の声が淡々とした口調で流れてくる。

 「……妾は文化祭が行われる12月24日にある「罠」を仕掛けた。お主がそれまでに石竹緑青を殺せればお主の勝ち。殺せなければお主は一連の殺人事件の犯人として警察にお縄じゃ。その間、妾は姿を消す。妾が自首するのはその後じゃ」

 「貴様、何を企んでいる!?」

 「そしてもう一つ、24日にお主にとって最後のチャンスとも呼べる特設ステージを用意しておる。その機会をどう活かすかはお主の裁量次第じゃ」

 日嗣尊が足を引き吊りながら衣服を着る音が聞こえてくる。

「待て、無事で帰れると思うなよ?」

「文化祭まで約二週間、その傷では恐らく1週間以上はまともに動けぬじゃろな」

何がゲームだ。そこまで見越しての想定だろうが。かつて10歳であの事件を解決一歩手前まで持ち込んだ天才少女が……壊れ、無様な生き恥を晒すお前が、私を出し抜くなど許されない。痺れていた感覚が少しずつ戻ってくる。大丈夫だ、相手の大凡の位置は気配で掴んでいる。視力はしばらくは使い物にならないが。気配で奴に一撃加えることぐらい出来る。それまで引き止め無ければ。

「なぜ、貴様は、私に辿り着く事が出来たのだ?」

「いい質問じゃの」

日嗣尊がホテルのドアノブに手をかける音がする。間に合うか?

「証拠は残さなかった。私に至る証拠は全て消してきた。人も物も。それに山小屋で貴様は完全に気を失っていたはずだ。長身の男という特徴だけで、私に辿り着く事など……」

「簡単な事じゃ。お主に背中を刺されてから、ひたすら事件を追い、一人一人、容疑者のアリバイと動機を潰していったまでじゃ。まぁ……。地道な捜査が犯人を追い込つめる。単純な事じゃ」

「容疑者って……」

「八ツ森市に住む16歳から20歳の青少年全員じゃ。」

「馬鹿か!?八ツ森にその条件に合う人間が何人いると思っている?!」

「二十二万三千二百九人じゃ」

「調べたのか?その人数をお前一人で!?馬鹿か?狂ってる、本当に狂っているよ、尊敬に値するぞ!日嗣尊!」

「クククッ、二度も言うで無い。それに今更何を。妾は馬鹿でどうしようも無い出来損ないの、いらない子じゃ!それに1人じゃ無い。忘れたのか?妾は星の教会の教祖様じゃ」

日嗣尊が部屋から出る気配が無くなる。自分の優位性を感じ取ったらしい。

「星の教会の基本構造は知っているつもりだ……メールによる拡散及びその莫大な情報収集。その中にはメデイア関係や、警察、政治絡みの信者も居る。しかし、そんな動きは何処にも……」

「何を言っておる?基本は何も変わってはおらぬ。手紙(メール)のやりとりで情報を得ていたのじゃ。ちなみに動きを悟られぬように、携帯自体を警察に預けておる」

「まさか、アナログで、手紙のやりとりをしていたというのか?それでも膨大な数に上るはずだ。私に辿り着くまで、どれだけの時間がかかると……」

「ほとんど寝ておらん」

「馬鹿か!?」

「三度言うで無い。そんな馬鹿にお主は足元を掬われておる。いい気味じゃの」

ありえない。一体、こいつは!何百、何千もの手紙を捌きながら情報の取捨選択を繰り返してきたというのだ?しかし、この私に届いた刃は紛れもなくこの女自身の努力の賜物だろう。

「全て……あいつの、石竹の為だというのか……」

私は右手に握っていたナイフに力を込める。

「そうじゃの。半分はそうじゃ。残りの半分は彼女の為じゃ」

「天使のか?」

日嗣尊の笑い声が室内に響く。

「佐藤……浅緋(あわひ)。残りの半分は彼女の為じゃ」

まただ、またあの女が私達の邪魔を!許さない、許さない!死んでもまだ私達に憑きまとうのか!消えろ、亡霊!

振り抜いたナイフが僅かに日嗣尊を掠めた感覚がする。その感触を頼りに、その空間に向けてナイフを突き立てる。

「お主!まだそんなに動け……死ぬぞ?動くで無い!」

「死ぬのはお前だ!亡霊どもっ!!」

踏み込み、刃を突き立てるが、感触が固すぎる。木製の扉にナイフが突き刺さり、抜けなくなったようだ。小さな悲鳴が扉越しに聴こえ、足音が遠ざかっていく。逃げられると、思う……なよ。遠くから日嗣尊の声が聴こえてくる。

「白き観測者よ……一言付け加えておくわ。君は多分、もう一人の第零ゲームの被験者……つまり、白き救世主様が本当は誰か知らないんじゃないかな?ま、君にとって、それはそんなに重要では無いのだろうけどね」

私は腹部に出来た傷を抑えながら仰向けになる。

「その通りだよ、日嗣尊……私の完敗だ……」

扉の近くから慌ただしい足音がサイレンと共に聴こえてくる。本当に救急車を呼んでくれているとは。病院に送られては貴様の事も追えない。やられたよ、しかし、お前は今日をもって犯罪者だ。まだ罪の明らかになっていない私を、罪の無い普通の男子高校生をお前は刺して逃げたのだからな。世間ではただのイカれた女の戯言とされるだろう。警察に捕まるまでの間、精々無様に逃げ回っていろ。お前の居場所はもうどこにも無い。私の意識が薄らぎ、脳裏に白いフードを目深に被った少年が映り込む。今度は私の番だ。私が……お前を……。

引き分けの……ようじゃの。因みに妾は誕生日を迎え、20歳じゃ。大人じゃ。そこ、大事じゃぞい?二回留年してまだ学生ではあるがの……。

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