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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
亡霊の再来
158/319

玄 関

ハロー、銀髪から黒髪に華麗に変身を遂げた黒き魔女こと日嗣尊お姉ちゃんじゃ!


これらの通り名は妾が考えたのでは無いぞ?


勝手に皆がつけるのじゃ。


引きこもりがちな妾も9年前にはテレビ出演を果たし、一躍時の人に。


10歳の銀髪美少女(白髪)に世間は注目したけど、緑青君の件で私は表舞台から姿を消した。私も世間にうんざりしてたし丁度よかったわ。杉村さん……北白を止めてくれてありがとう。今度は私が貴女に……。

 心理部の活動を終え、コスプレ衣装を着脱した僕らは八ツ森高校の制服に着替えて玄関ホールまで降りてくる。部活動の活動時間は特に決められていないが、辺りはすっかり暗くなっており、時計の針は19時24分を指していた。12月中旬、只でさえ陽が落ちるのは早くなっているというのに。文化祭へ向けての追い込みか、校内の明かりは消えずに生徒達の声が微かに聞こえてくる。僕等が関わったアニメ研究部の出し物はどうなったんだろ。確か、木田が通り魔に襲われた関係で、映像作品はお蔵入りされたとか。


 「あ、江ノ木?」

 「何かな?石竹っち」

 「僕等が協力した映画ってどうなるんだ?」


 笑顔で振り向いてくれた江ノ木の顔が曇る。自然と包帯が巻かれた右手を庇う様に抑える。


 「沙彩ちゃん(木田)があんな目にあっちゃったし、結局生徒会にお蔵入りにされちゃった」

 「そっか、残念だな。いつかは見れるのか?」


 江ノ木が何やら難しい顔をしながら少しずつ答えてくれる。


 「詳しくは知らないんだけど、沙彩ちゃんがね、亜記(小室)ちゃんに何かを託したみたいなの」

 「託す?」

 「うん。だからそのままって事は無いと思……う」


 江ノ木が慌てたように辺りを見渡して、僕に耳打ちしてくれる。


 「(皆は信じてくれないんだけど、沙彩(木田)ちゃんが襲われたのは私の所為かも知れないの)」


 江ノ木の性?そんなまさか。


 「(今、亜記(小室)ちんが登校拒否してるでしょ?)」


 確かに。


 「(こっそりと、沙彩ちゃんの未完成だった映画を完成させてるみたいなの)」


 小室も恐らく木田を襲った犯人とそう仕向けた犯人に怒りを抱いている。木田の無念を作品を完成させる事によって晴らそうとしているのか?


 「(それでね、亜記ちんに色々聞こうとしたら、口をつぐんで私にも教えられ無いって。二年A組のアニ研三人組の1人だっていうのにね)」


 何故だ?何故小室は他の人物の協力を求めないんだ?


 「(そして、亜記ちんの推測だけど、沙彩ちゃんがこっそりと1人だけに教えたのは他の人に危険が及ばない為なんだって)」


 木田はもしかしたら、命を狙われる可能性を想定していたのか?


 「(それでね、夏休み、沙彩ちゃんが急に文化祭で発表する内容を変更するって言い出して、変だなぁって思って聞いたら、もう一人の杉村さん。多分、三人目の彼女の方かな?その子に脅されていた可能性が高いの)」


 三人目。殺人蜂さんの方か。当初は容赦の無い残忍な性格だと思われていたが根本的な部分は杉村と共通しているのでただ単に極端な性格をした杉村だと最近思うようになった。


 「(でね、私ね、沙彩ちゃんの許可無く、文化祭の内容を勝手に生徒会の人に伝えちゃったの。田宮ちゃんに催促されてつい報告書をそのまま渡しちゃったの。だから私の性で沙彩ちゃんは)」


 話が飛躍しすぎている。なんでそこで江ノ木の性に?


 「(え?その辺はよく分かんないの。けど、そんな気がするの)」


 木田が通り魔(恐らく意図的)に襲われた事件に軍部だけでは無く、生徒会も関わっているのか?いや、それは考えにくい……のか?

 ふと気配に気づき、辺りを見渡すと、ずっとこそこそ話し合っていた僕と江ノ木の周りを囲むように心理部員達が僕等の事を不思議そうに眺めていた。江ノ木が顔を赤くして弁明する。


 「違うの、鳩羽君!これは浮気とかじゃなくて!」

 「そうそう、ちょっと文化祭の件について相談されてたんだ」


 江ノ木が手をあわあわさせながら取り繕う。


 「そうそう、私の着るアンミラ服の下に見せていいパンツ履くか、見せちゃいけない方を履くか相談にのって貰ってたの」

 「そうそう?」


 おいおい。変な話題に差し替えるな。杉村がじとりとこちらを見てくる視線が痛い。


 鳩羽が咳払いし、江ノ木を落ち着かせながら訂正する。


 「カナさん。僕等は付き合っていませんので石竹さんとパンツの話をするのは別に構いません。で、石竹先輩はどちらを選んだんですか?」


 僕の代りに答えてくれる江ノ木。


 「もちろん!本物だって答えたよ!男のロマンを壊しちゃいけないとかで」


 そんな事言ってねぇ!だがうまく誤魔化せた?溜息をつく鳩羽。杉村の方を見ると杉村の質問する。


 「石竹先輩は杉村天使先輩が居るのにも関わらず、他の女性の下着を見たがる変態です。それでいいんですか?」


 杉村が難しい顔をして唸る。


 「可笑しいなぁ。私のパンツには全然興味を示さないのにぃ。私が部屋でパンツ姿でも履かせようとしてくるから興味無いはずなんだけどなぁ」


 鳩羽がたじろきながら後ずさる。


 「う、あまり、ショックな事は言わないで下さい。ずるいですよ、石竹先輩は」


 いや、退行したロリ村との生活の心労を分かってほしいぐらいだが。江ノ木があちゃーといった風に額に手をあてている。


 「石竹っち、着衣フェチだったか……失敗、失敗。きっと朧げに浮かぶ衣服越しの体のラインに想像を膨らませて昂ぶってしまうタイプの男の子だったんだね」


 江ノ木は結構、そういうのに詳しかったりする。


 「ろっくん……匂いフェチに、着衣フェチ。私、今度からきちんとパジャマ着るね!」


 気のせいか杉村が嬉しそうだ。部屋できちんとパジャマを着てくれるようになるなら結果オーライか。また事実無根の変な性癖ぞくせいが付加されてしまったが。今は、男の娘属性までつけられそうなのにやめてくれ。皆僕をどういう人間が分からなくなってしまうだろう。若草が少し顔を引きつらせながら僕の肩を叩く。


 「匂いフェチに着衣フェチ。そして女装癖まであるとは、とんだハイブリットだな。化粧落とすのにも俺と違ってすんなりと慣れた手つきだったからな」

 「いや、違うから!尊姉さんに丁寧にレクチャーされながらだったからだって。尊姉さんは説明が上手だから」


 近くにいたアウラさんが、拗ねるように口を尖らせる。


 「どうせ私は説明下手ですよ。若草さん、手間取らせてすいません」

 

 若草が自分の性だと、必死にフォローを入れてアウラさんの機嫌を直そうとしている。メイド喫茶用の衣装を脱ぐのにも手間取ったりしていたが、化粧を落とすのにも若草は手間取ってしまっていた。当たり前だけど。


 「そういやどうすんだよ、緑青。俺、明日からクラスの奴等にどんな顔すればいいんだよ」

 「青磁はいつもそんな事気にしてないだろ?」

 「俺はぺドだが、そっちの趣味は無い。それに田宮に弱みを握られた事が一番怖えよ」

 「大丈夫だよ、あぁ見えて田宮は口が固いし、結構優しいんだぞ?」

 「確かに悪い奴じゃないが」


 僕と若草が会話をしながら靴箱に向かおうとして佐藤に呼び止められる。


 「待って、2人とも」


 振り返ると佐藤を中心に心理部メンバーがずらりと並んでいる。あれ?帰らないの?


 「ここが新しい戦場よ、間取りを確認しとかないと」


 ここ八ッ森高校は無駄に敷地面積がでかい。それに伴って玄関ホールもそれなりの広さを誇る。


 「ここから続く部屋に応接室があるってことは恐らく給湯室もある。最悪、佐藤喫茶野外用の設備を投入すれば問題無く調理から給仕まで賄える。この広さだと大テーブル小テーブル合わせて100席ぐらいは軽いけど、恐らくこの人数でしかも素人だとそんな人数捌けないから、目標50人といったところね」


 「ひゃ、百人?会議室で喫茶店開く時は精々10人程度って」


 「スペースの問題よ。けど、今はその問題が解決されている。搬入物資も5倍に増やして、インテリアもこだわれるから昔の佐藤喫茶を再現出来るかも。珈琲を淹れる器も紙コップが妥当かと思ってたけど、これならコーヒーカップが使えそうね」


 留咲アウラさんが心配になって質問する。


 「食器を使用すると洗う必要が出てきます。調理込みで厨房を男性3人に任せても大丈夫でしょうか?必要なら私も厨房に……」


 「ダメ!アウラさんはおっぱい係担当だから!ホールに居て!」


 「お、おっぱ?!」


 アウラさんが訳の分からない役割を任されて戸惑う。


 そこに天野樹理さんを連れて荒川先生とランカスター先生が身支度を整えて玄関ホールにやって来る。天野さんが僕等を見かけるとトコトコと近くに駆け寄り、笑顔を輝かせる。目の下の隈は薄くなってきているし、髪もすっかり短くなって別人の様に表情は明るい。先週、閉鎖病棟で10年以上も閉じ込められていた幼女、いや、少女、いや、女性とは思えない。


 「何々?なんだか楽しそうね」


 アウラさんが困った顔をして天野さんに助けを求める。


 「私、佐藤さんにおっぱぃ係を命じられてしまいました」


 「お、おっぱ?!」


 天野さんが顔を紅くして自分の胸を隠す。今度は佐藤が樹理さんの体を上から下まで眺めると役割を指定する。


 「天野さんはロリータ係ね」


 「はっ?!それを言うなら貴女もでしょ!私よりぺったんこで低身長のガキのくせに!」


 佐藤がたじろき、反論する。


 「ち!違いますぅ!私はこう見えてお姉さん係なんです!私は全体の作業指示を下すリーダー係なんですぅ!」


 「何よ!私こそお姉さん係よ!」


 唸りながら両手を組み合うロリ枠のお二人。仲が良い様で。呆れた様に荒川先生がその無益な争いを止めさせる。


 「おいおい。職員棟4階会議室でやろうとしてた事をそのままやりゃあいいじゃねぇか」


佐藤が天野さんと突掴み合いながら荒川先生の方に顔を向ける。


 「ダメです!こんな広いスペースを10席程度で捌くようなら……即クレーム発生です!只でさえ、ごったがえす八ッ森文化祭当日に、無駄なクレーム対応に追われる時間などありません。だから最低限50席は用意するつもりです。屋外にも席を設けたいところですが寒いので恐らく利用者もいないので残念ですが」


 「50席……こんな素人の集まりで大丈夫か?バイト経験もほとんど無い様な労働力ゼロの様な奴らだろ?」←ひどい。


 「大丈夫です!こんなチャンス二度とあるか分かりません。佐藤家の今後がかかっているんですから!私の大学費用がかかっているんですからっ!私が指導します!」


 大学費用って。あれ?でも佐藤のところにも浅緋さんの件で北白家から財産の贈与があったはずだ。荒川先生が溜息をつきながら提案する。


 「あんな女将の様な恰好をさせられて私はホールに出るつもりは無いぞ?手伝えるのは厨房ぐらいだな。まぁ、客席からも姿は見えると思うが、歩き回るよりはましだ。それに、当日、何人か手伝って貰えそうな奴に声をかけてみようか?」


 佐藤が目を潤ませながら荒川先生の両手を握る。


 「有難うございます!あと三人ぐらいいれば大丈夫なんです!」


 「三人か……それなら、当日クレープを焼かないって言ってた、田宮とあの副会長の卑弥呼は呼べば確実に来るんじゃないか?田宮は石竹から頼めば来てくれそうだし、副会長は樹理ちゃんか佐藤がお願いすればイチコロだろ。生徒会の仕事ほっぽりだして来てくれそうだしな」


 厨房に僕と若草と鳩羽、そして荒川先生が居ればなんとかなりそうだ。


 「そうですね……もし了承して貰えれば客捌きは十分ですね。現時点で厨房が3人……なので三人のうちの一人を厨房に回したいんですが……」


 佐藤が小さな顎を手で掴みながら作戦を練っている。田宮はおでんぐらいしか作らないからなぁ。大丈夫かな?ん?何かおかしいぞ?4人じゃないのか?確認の為に佐藤に声をかける。


 「佐藤?なんか人数おかしくないか?僕と若草と鳩羽、荒川先生を合わせて4人じゃ?」


 首を振る佐藤。


 「ダメ!鳩羽君はショタ枠で、対お姉さん兵器として必要なの!厨房で眠らせるには勿体ない!まぁ、最悪、私が状況を見て厨房に入ればいいだけなんだけど。若草君は男の娘枠だけどあんまり表に出すのは可哀想だしね。私の需要は無いだろうし」


 そんな事も無いと思うが。後ろで始終を見守っていた鳩羽が手を上げる。


 「1人、お願いしたら来てくれそうな人が居ますよ?」


 佐藤が嬉しそうに目を輝かせる。


 「剣道部はクリスマスイヴだっていうのにミルクせんべいを売るぐらいですし、人員の必要数は少ないんですよ。自由が利く部員がほとんどです。僕も心理部につきっきりでいいって言われてますし。大会や訓練で日々頑張っている剣道部は今回、文化祭を楽しむ側に回っているんですよ。その中から広告塔になってくれそうで、鍛えた脚力と足捌きでホールを無尽に駆ける事が出来、以外と料理やお菓子作りも好きな部員で、単純で騙されやすい人と言えば……」


 そんな人いたっけ?


 「誰?剣道部でそんな人いたっけ?」


 「はい。東雲雀先輩です」


 あの木刀娘がお菓子作り?


 「即採用!彼女なら混雑するホール内の移動も、調理も出来るとしたら……しかも、モデル体型の彼女なら立派な広告塔に」


 用心棒にもなるしね。


 「多分、杉村天使先輩との決闘をエサにチラつかせればイチコロです」


 「このジゴロめぃ!」


 佐藤が上機嫌で鳩羽の肩を叩く。この鬼どもめ。いいのか東雲よ、こいつらは完全にお前を馬鹿にしているぞ。問題はメイド服込みでやってもらえるかだが。田宮は意外と似合いそうだけど。


 「とにかく、事業拡大に伴い、大幅な企画修正が必要ね。明日、学校が終わったら石竹君と若草君は佐藤喫茶の方に寄ってくれる?当日並べるデザートの追加と、あんまり出ないとは思うけど、ナポリタンやホットサンドの調理方法をレクチャーするわ。もちろん父さんからね。母さんからは接客の指導をして貰えるけど、不安な人は明日中に私に声をかけてくれる?」


 これは結構大がかりになってきたぞ。僕の右側を陣取る杉村が左手で僕の腕を引っ張る。


 「ろっくん。深緋ちゃんの喫茶店で特大パフェ食べる約束……」


 そうだった。天野樹理さんの面会に霧島大学附属病院に行った後、予定では杉村とデートする約束をしていた。文化祭当日は杉村は参加出来ないのでこの望みは叶えてやらないとな。


 「うん。そうだな。ごちそうになろうか。佐藤、喫茶店で杉村と一緒に用事が済んだらパフェを食べさせてもらってもいいか?」


 佐藤が微笑みながらそれに了承する。


 「消費税ぐらいは負けてあげるわ」


 杉村が脱臼していない方の左手だけを上げてくるくる回り出す。


 「パフェ~♪ろっくんとパフェフェ」


 その光景を見ていた天野さんがやれやれと言った表情で溜息をついている。


 「あ、天野さんも来ますか?退院祝いにごちそうします。荒川先生も是非ご一緒に。明日から文化祭の仕込みに本格的に入るので当分店は閉めるし、貸切状態ですよ?」


 荒川先生と天野さんが顔を見合う。


 「そうだな。明日は樹理ちゃんに合う服をデパートで選んだ後、寄らせて貰おうか。どうせ外食するつもりだったし、ごちそうになろうか?」


 「うん!私、喫茶店初めて!!」


 童女の様に目を輝かせる天野さん。くるくる回る杉村に並んで天野さんも両手を上げてくるくる回り出す。制服のスカートがまるでバレリーナの様に広がりながら回転している。そうか、9歳からずっと病院暮らしだとそうであってもおかしくないか。荒川先生が優しい表情で回転する天野さんの頭をポンポンと叩くが、回転する天野さんの腕にはじかれてしまっている。


 「そ、そうか。良かったな。久しぶりに佐藤の親御さんのところにも顔を出したかったんだよ。天野樹理ちゃんの元気な姿を見せてやりたいしな」


 佐藤が少し悲しそうに笑う。


 「そうですね。父も母も喜ぶと思います」


 佐藤がこっちに丸い目を向けると、ムスッとして僕の方を叱るように見つめてくる。


 「必ず来てね?父さんも母さんもしばらく喫茶店に顔を出してない石竹君の事を心配してたし、杉村さんに石竹君がもう取られてしまったのか?とか私が何とかかんとか五月蝿くて。とにかく会いたがってたわ」


 杉村に僕が取られる?佐藤になんの損があるんだろう。背後から誰かに背中を突かれて後ろを向くと、日嗣姉さんがジトリとした目で僕を睨んでくる。


 「なんと罪作りな男じゃ」


 完全に体の向きを反転させて日嗣姉さんに向き直ると、僕は顔を赤くして反論する。


 「どういう意味ですかっ?」


 日嗣姉さんが体を密着させ、僕を見上げる。

 「天使だけに飽き足らず、もう一人の幼馴染にまで手を出そうとするとは。しかも親御さんの同意を得た状態とは……」


 「ちょっ!?何も僕は佐藤に手を出そうとはしてませんよ!確かに佐藤のご両親は何かにつけて僕と佐藤をくっつけたがっていましたが、ただの悪ノリですよ、多分」


 日嗣姉さんが更に僕の両肩に手を添えて、綺麗な三白眼を妖しく潤ませる。


 「佐藤家共々陥落させ……あまつさえ」


 日嗣姉さんが僕の耳元で小さく囁く。


 「樹理たんや2年学年代表の田宮さん……」


 身に覚えが無いが何故かドキリとしてしまう。いや、無い無い。こんな冴え無い男子高校生がそんな美少女達に惚れられるなんて、そんな事無い。


 「そして……」


 日嗣姉さんの頬が一層赤くなり、綺麗なその黒目がちな目を大きく開く。


 「尊……姉さん?」


 「そ、その、あの、あれじゃ」


 なんだか僕まで照れてしまう。僕は人を愛せない。けど、恋する事は出来るのだとしたら……。いや、そんな訳ないか。そんな都合のいい話があっていい訳ない。


 「あの、尊姉さん。僕、応援してます!姉さんが幸せだと僕も幸せです!」


 「私の幸せは……君の……」


 言葉が尻すぼみになり、日嗣姉さんの顔から朱の色が消え、顔を伏せる。静かにそっと顔を僕から離すとそのまま外に向かって歩き出してしまった。その後ろを追う様に留咲アウラさんが慌てて着いて行く。


 なんだ?何か不味い事を言ってしまったのか?


 日嗣姉さんは自分の人生を歩み出そうとしている。それを応援したいと僕は心から……。背中に軽い衝撃が走り、振り向くと天野樹理さんが僕の背中に頭をつけている。頭突きされたようだ。


 「君にそれを言われたくは無いのよ」


 「樹理……さん?」


 「行きなさい」


 天野樹理さんが下を向いたまま僕の背中を両手で押す。その力で数歩つんのめりながら前進する。


 「どこに……ですか?」

 

 「お逝きなさいっ!」


 樹理さんが大きな目で真っ直ぐ僕を見据え、その指が玄関を指差し声が響く。それは叱咤というよりも僕の背中をあと押ししてくれるような気がした。君にそれを言われたくない。僕は日嗣姉さんに何を言ってしまったんだろ。


「僕はただ、日嗣姉さんに幸せに……」


「君に悪気が無いのは分かってる」


「日嗣姉さんは、生徒会長の二川先輩みたいな男性が好みで……2人が上手くいくといいなって……」


「このおバカさん!君はね……あの子に希望を与えた。前に進む為のキッカケを君に貰えたの。ずっと、辛く悩んで苦しんできて、それでも前に進めない自分自身の弱さにうんざりしながら。でも、君は、あの子に前に進む勇気とキッカケを与えたの。だから、そんな君の事を……自分の血すら流す事を厭わずに最後まで私達の事を見捨てようともしない……貴方に……どれだけ救われたか……だから、貴方と他の人を比べる事なんて……出来ないのよ。絶対不可能」


 「僕、追いかけます!」


「うん。駆けなさい」


 天野樹理さんが俯き、顔を伏せ、それに答えてくれる。駆けだそうとした僕に杉村が手を伸ばそうとするが、天野さんがそれを引きとめる。視線は下を向いたままで。

 「行かせてあげて?」

 「でも、ろっくん……私から離れていっちゃいそうで……だから」

 「お願い」

 杉村がゆっくり頷き、僕を解放してくれる。日嗣姉さんの気持が分からない今、それを確かめたい。それを問い詰めてしまったら、僕の心にも何か別の傷が生まれてしまいそうで怖いけど、僕は、その何かを確かめる為に駆けだした。上履きだけど関係無い。僕の心の中に住まうこの得体の知れない温かい感情とともに。背後から天野さんと杉村のすすり泣く声が聞こえてきたような気がした。



 早足で歩く日嗣尊の後ろを追うように、留咲アウラが駆けてくる。


「アウラよ、着いてくるでない」

 

留咲が息を切らせ、大きな胸を揺らせながら日嗣尊に合流する。


「そんな訳にはいきません!みこっちゃん、最近変ですよ?それにさっきすごく悲しそうな顔を……」

 

日嗣尊が突然立ち止まり、留咲の方に振り返ると声を荒げる。


「これ以上着いてくるでない。何も悲しい事なんて無いし、何が変だと言うのじゃ!」


留咲が意を決したように日嗣尊に食いかかる。


「変ですよ!前はずっと一緒に帰ってくれたのになんで最近は私を遠ざけるように1人で帰ろうとするんですか!そんなだと、あの噂を私も信じてしまいますよ!」


その言葉を放った後、留咲が慌てて口を塞ぐしぐさをとる。言ってはいけない事を言ってしまったと感じてしまったからだ。


日嗣尊が目を細めると、留咲を試すように質問で返す。


「ほぅ……あの噂とはなんの事を指しておるのじゃ?まさか妾が実は姉の日嗣命だったという噂の方では無いであろう?」


留咲が意を決したように日嗣尊の腕を掴む。

「命さんを名乗っていた件に関しては、その必要が無くなったと尊さんから聞いてからは気にしてません!石竹君も尊さんも誰かに襲われる事はありませんでしたし」


日嗣尊が小さく留咲に聞こえ無いように囁く。

「(他の子が犠牲になったけどね……)」


その事について日嗣が気負う事は何も無い。奴らは自ら危険を犯した。それまでだ。それについてもただ単に優先順位が変わったにすぎない。いずれは……いや、それはすぐにでも。


「尊さんの口から聞かせて下さい!今、上級生の間で流れている噂について完全に否定して下さい!尊さんはそんな事してないって!私の知るみこっちゃんはそんな人じゃ……」

「そんな女じゃ」


 日嗣尊が顔を歪ませ、留咲アウラを地面に突き飛ばす。12月の寒空の下、両者の白い息が熱を持って口から吐き出される。


「いつもみたいに、冗談だって笑って下さいよ、悪戯っ子みたいに無邪気な笑顔で……」


「アウラ……」


優しい表情で日嗣尊が留咲の名を呼ぶ。その微笑みに思いが通じたと感じた留咲は笑顔になる。


「ほら、やっぱり……」


「お前に妾の何が分かるのじゃ。もう私に近寄らないで。この雌豚」


その一言で息を詰まらせる留咲。ショックで尻餅をついた体勢から体を起こす事が出来ないらしい。日嗣尊がしばらく立ったまま見下ろしていると、留咲の目から涙が次々と溢れてくる。


「一体、どうしてしまったんですか……貴女は!」

 

泣き崩れる留咲を置いて、日嗣尊は1人、繁華街に向けて早足で歩いていく。背中から聞こえてくる留咲の鳴き声にかまうことなく。


日嗣姉さんの幸せってなんだ?

それは僕のなんだったんだろう。

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