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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
亡霊の再来
156/319

目覚める男の娘


おはようございます、日嗣尊です。


緑青君が気を失っている間に、色々してしまってごめんなさい。


いや、しかし、あやつが最初に私の着替えを見たのじゃ。お相子じゃ。


目には目を、歯には歯を、裸には裸じゃ!

サーチアンドデストロイじゃ!


 僕の名を呼び、体を揺り起こす者がいる。

 そうかあれは夢だったんだな。


 懐かしい母の不器用な笑顔……僕の殺した女の子の涙……必ず約束は果たすよ。拳を握りしめた状態で体を起こすと、僕を囲むように心理部のメンバーがいつもと違う異装コスチュームに身を包んでいた。


 横に座り、僕の事をずっと膝枕してくれていた杉村はツインテールを解き、頭に大きなリボンを着けている。その膝元は白いエプロンを着用し、水色のドレスを身に纏っていた。この衣装はいわゆるアリスエプロンという代物で、金髪、童顔の女の子が着るとすごく可愛く見える。元々可愛いが。杉村は英国人だが、父が日本人という事もあってか童顔の部類に入るので十二分にその可愛さを発揮している。右手は脱臼用の装具を着用している為、少し動き辛そうだ。痛みは伴うはずなのだが、今の状態でも手は動かせるらしいが、治りが遅くなりそうなので心配だ。


 「アリスエプロンか、似合うよ、ハニーちゃん」


 嬉しそうに微笑み杉村が照れくさそうにしている。


 改めて衣装替えをした面々を確認していくと、アリスエプロンの杉村を筆頭に(佐藤はそのままカントリー風なメイド服、江ノ木はアンミラ風ウェイトレスさんな衣装を着用している)喪服を着ていた日嗣姉さんは、ポイントに黒が入った紅色のドレスを着用し、赤いつばの帽子を被っている。日嗣姉さんがこちらを心配そうに見つめている。波打つ袖やスカート部が大げさ気味に装飾され、首には黒い逆十字架がぶら下げられていた。


 「尊姉さん、その衣装のモチーフって……」


 日嗣姉さんが嬉しそうに立ち上がると貴族の様にスカートの端を引っ張り上げて丁寧にお辞儀する。波打つ短めの赤いスカートの間から白い素足が露わになって眼のやりばに困ってしまう。


 「うむ。この衣装こそ夜の眷属ヴァンパイアどもを刈り尽くすのに相応しい戦闘服じゃ」


 「いや、前もキャンプ場で言いましたけど、日嗣姉さんがヴァンパイアの様ですよ」


 「フフフッ、悪鬼を殺せるのもまた悪鬼。ヴァンパイアハンターMICO、ここに再臨じゃ!お主、まさか妾との契約を忘れた訳では無いだろうな」(~MICOの章~参照)


 にやりと口角を上げると鋭すぎる歯が赤い唇の間から覗く。


 「すごい再現度ですね!牙まで再現するとは!」


 嬉しそうにひらりと日嗣姉さんが僕の前までやってくると、ソファーに腰掛ける僕に屈み、首もとに軽く噛みついてくる。


 「がぶーーっ!!」


 僕はぞわぞわして身動きがとれなくなる。前屈みになっている日嗣姉さんの赤いドレスの胸元が見えてしまっているのは気にしない。僕がB級映画さながらの情けない声で叫ぶと「安心せい、アマガミじゃ!」とまるで刀の峰打ちの様に情けをかけてくれる。


 「って、僕が血を吸われたのは二回目ですから。二回もあなたの従僕にはなりませんよ。すでに従僕ですし!主人マスター!」


 「それもそうじゃの」と呟くが、何かを考えた後、僕にしか聞こえない小さな声で耳元で囁く。


 「定期検診じゃ。君がまだ純血であるかどうかのね」


 少し顔を赤くさせながら顔を離す日嗣姉さん。


 「だ、大丈夫ですよ。杉村とは同棲しているとはいえ、ロリ村ですから。何回か襲われそうにはなってますが」


 「フフッ、安心したよ」


 日嗣姉さんがパイプ椅子に腰掛ける時に、素早く執事服を着た鳩羽君に椅子を下げさせている。いつのまに従わせたんだ?


 「すまぬ」


 「いえ、あくまで執事ですから」


 日嗣姉さんがすっと手を出すとその白い手袋の上に黒いサングラスが丁寧に差し出される。レンズ部が丸い形状のやつだ。その横を見ると、ランカスター先生がいつもの白衣姿とは違い、佐藤喫茶店の黒いメイド服を着ている。佐藤が着ているバージョンしか見ていないので妙な新鮮さを感じる。黒いメイド服に赤髪と碧眼が相まって、本物の吸血女っぽくも見えなくも無い。そしてその胸部は相変わらずなボリュームを伴い、エプロンの生地が窮屈そうに押し広げられている。イメージ的には「悪○城」に出てきそうな雰囲気だ。さすが吸血女ドラキュリーナと呼ばれるだけはある。対する日嗣姉さんは「○魔城」というよりは、執事服を着た鳩羽と相まって同じ吸血鬼でも「ヘルシング」寄りだ。サングラスといい、つばの広い赤い帽子といい。僕が1人で納得した様に頷いていると、ランカスター先生が首を傾げている。


 「どうしたの?石竹きゅん……私の方を見て頷いたりして。また胸に触りたいのかしら?でもね、こんなオバサンの胸よりも貴方の左横に座るアウラたんの方が大きいし、若いわよ?私に勝てる要素なんてどうせ無いのよ」


 ランカスター先生が紅茶に口をつけながら悲しそうに俯く。どうやら留咲アウラさんに色々な面で負けたことをまだ根に持っているらしい。


 左横を向くと白い法衣に身を包んだ留咲さんが恥ずかしそうに手を前に重ねている。白い法衣は膝丈ぐらいの長さで、そこから灰色のタイツが肉付きのいい足を包んでいる。頭には王冠の様な形をしたミトラ(司教冠)を被り、そこからマフラーの様に装飾を施した黄色い布が両肩から垂れ下がっている。確か星の教会の立ち位置も女教皇だったので本人にぴったりだ。褐色の頬に朱が差し、水色の瞳が恥ずかしそうに揺らいでいる。


 「石竹さん、どうですか?似合いますか?」


 「すごい似合ってますよ!星の教会でもその立ち位置でしたし、まさに女教皇って感じで威厳たっぷりです。灰色のタイツも肉感的で素敵です」


 今度は足を隠そうとする留咲さん。余計な事を言ってしまったか?


 「フッフッフ、いい気味じゃの。カトリックの犬め。肉感的=豚の様な足じゃ。ヴァンパイアの宿敵たるお主を私は認めぬぞ。胸が少しばかり大きくたって緑青君は貴様などにはなびかんよ。妾の下僕を誑かすでないわ」


 留咲さんが少しムスッとして紅いドレスを着た日嗣姉さんに突っかかる。


 「みこっちゃんはちょっと足が綺麗だからって調子に乗らないで下さい!貴女は神にあだなす異教徒、悪魔は成敗してくれます!」


 「ほう……そちがやる気ならこちらにも考えがある」


 「リンドウ」


 「はっ、こちらに用意しております」


 執事服の鳩羽が、紅いドレスと黒いサングラスをした日嗣姉さんに背中から取り出した黒と銀に輝く銃を二丁渡す。両手に銃を構えた日嗣姉さんが鳩羽に訊ねる。


 「対留咲バケモノ戦闘用13mm拳銃ラスカル。そちらの454カスール改造弾使用では無く、初の専用弾使用銃です。もはや人類では扱えない代物です」


 「弾殻は?」


 「純銀製ミコトニウム加工弾殻」


 「装薬は?」


 「メイベルス科学薬筒MICO9」


 「弾頭は?炸薬式か?水銀は?」


 「法儀式済水銀弾頭でございます」


 「うむ。パーフェクトじゃ、リンドウ」


 「……感謝の極み」


 鳩羽が深くお辞儀をすると共に「クハハハッ」と不気味に笑う日嗣姉さんが銃の照準を留咲さんに合わせる。本物の弾は入ってないと思うけど大丈夫かな。ってまんま「ヘルシング」じゃねえかよ!留咲アウラさんが机の上に並べてある銀製のナイフを両手に持つと、それをクロスさせる形で構える。まるで十字架のようだ。


 「我は神の代理人!神罰地上代行者ぁ!我が使命は我が星の教会に逆らう愚者を……その肉の一片までも絶滅することぉ!――エィメン!!」


 再現度高ぇっ!!って、あんたが倒そうとしている人物こそ星の教会の教祖様なんだけど!


 「ハリーハリーハリーハリー!さぁ私を倒してみろ!人間!戦争だ、戦争をしようぞ!」


 日嗣姉さんが叫びながら銃を掲げると、その声に反応してアリスエプロンを着た杉村が動く。体を回転させながらティースプーンを4本を左手の指に挟むと「戦争クリーク?うん!いいよ!?戦争しよ?」と留咲さんの手にしているナイフ二本を器用に真上に蹴り飛ばし、そのままそれが天井に突き刺ささる。間髪入れずに投げた4本のスプーン全てが日嗣姉さんの手に命中し、両方とも銃を落とし、そのまま仰向けにパイプ椅子ごと倒れてしまう。杉村は日嗣姉さんの落とした黒い方の銃を左手で拾うと、日嗣姉さんに馬乗りになってその銃を相手の眉間にあてがう。


 「私は本当は戦争が大嫌いなの。でもろっくんとの戦争ごっこは大好き。偽物の戦争は大好き。でも本物の戦争は大嫌い。自動小銃が嫌い。対人兵器が嫌い。指向性対人地雷が嫌い。でもナイフと拳銃は大好き。これがあれば私は負けない。私はろっくんを守れるから。けど正義の名の下、国同士の利権が絡み合う大量虐殺は大嫌い。罪もない民間人が巻き込まれる紛争も、空爆も、殲滅戦も電撃戦も特攻作戦も打撃戦も防衛戦も抱囲戦も突破戦も退却戦も撤退戦も大嫌い。潜入作戦は好き。ろっくんも大好き。私はろっくんを守る為ならなんにだってなれる。だから、もし、あなた達がろっくんに危害を与えようとするなら私は躊躇無く友達でも殺す。私が今生きているのはろっくんが居たから。彼が居ない世界なんてなんの意味も……無かったはずなのに」


 楽しそうにしていた杉村の顔が曇り、銃を握る手が震え出す。


 「そう……思っていたのに。私は、私は、私は?」


 馬乗りになる杉村の手を優しく握る日嗣姉さん。


 「すまぬ。天使よ。少しハシャぎが過ぎた。お主は悪く無い。過去のあの時点でお主が北白を捕まえてくれて良かったと思っている。でなければ私や天野さん、江ノ木さんの他にもたくさんの小さい女の子が犠牲になっていたの。君は良いことをしたの。だから自分を責めないで?」


 杉村が銃を落とし、頭を押さえる。


 「やだ、何これ、私、何も知らない。思い出したくない。何?この光景。あれは全部私が悪いの。私がろっくんを森に誘ったから、そして、私が浅緋ちゃんを見捨てたの。助けられたかも知れない命を犠牲にして、ろっくんを優先させ……私は、私は……誰?それに血塗れになった人達の姿も……やめて!入ってこないで!」


 浅緋という名前を聞いた佐藤が僅かに反応する。僕の事を気にしてかそれ以上リアクションをとる事は無かったが。8歳の杉村はまだあの事件に遭遇する前だ。無理に記憶の改竄が起きているから混乱するのも当たり前だ。混乱する杉村に日嗣姉さんが体を起こして抱きしめる。震える杉村の肩を優しく撫でながらあやしている。


 「焦るでない。お主のペースで良い。少しずつでいいから自分の事を認め、受け止めてやるのじゃ。そして自分一人で背負わないで?何のための私達なの?妾は夏休み、お主に助けられた。お主があの時緑青君の後を追いかけていなかったら、私は北白直哉の弟に撃ち殺され、緑青君は謎の男にバールで頭を割られていたと思う。お主は妾と緑青君の命を救ったのじゃ。まぁ、止めを刺そうとした男から守ってくれたのは緑青君じゃがの。そもそも私が山小屋になんて行かなければ……誰も怪我せずに済んだのじゃが……。けど私は前にも進めずに、お姉ちゃんにも会えなかった……」


日嗣姉さんが、愛おしそうに黒くなった自分の艶やかな髪を優しく撫でる。


「……尊ちゃん」


 杉村が落ち着きを取り戻し、僕の右側に座る。日嗣姉さんの横に立っていた執事服の鳩羽が床に落ちた銃を拾いながら、珍しく優しい眼差しで杉村を励ます。


 「そうですよ、杉村先輩は僕とカナ先輩を助けてくれました。だから僕たちも貴女の支えになります。他の生徒がどんな悪い噂を流そうが、僕達は変わらず貴女を受け入れますし、どこまでも追いかけます」


 それは迷惑だと思うが。そうか、ここに居る面々は校内に流れる悪い噂を知りながらこうして集まってくれているのか。眼を擦りながらコクリと頷く杉村。杉村の心は限りなく不安定だ。だから一度、僕の傍から離れた方がいい。杉村は僕の為なら血を流す事も心を犠牲にする事も厭わない。今週の日曜日、五日後の12月16日に杉村を本国に帰すように手配した僕の決断は間違っていなかったはずだ。それにそうでもしないと……。考え事をしながら顔を上げると、向かいの席のソファーに腰掛ける、薄黄緑の着物の上にエプロンを羽織った天野樹理さんが提案する。


 「私の歓迎会はもういいから、今度は蜂蜜の送別会を開きましょうよ。確か日曜日に帰国するのよね?」


 天野樹樹理さんの衣装の着物の丈だが、合わせの裾の部分が膝より上にあるミニスカ風着物で、腿まで伸びた白いソックスが細い足に沿って履かれている。ソファーに腰かけている為、着物とソックスの合間から覗く太股が何とも言い難い絶対領域を演出している。ずっと眺めていたい。天野樹理さんの和風ウェイトレスさんに合わせる様に横に座る荒川先生はワンレンの髪を後ろで返して簪で纏め、桃色の着物の上に割烹着を着用している。さすがに裾長けは足元まで伸びているが。どこかの居酒屋の美人女将である。


 「ちょっと、聞いてる?」


 天野さんが怪訝な表情で僕を見る。


 「あ、ごめんなさい!絶対領域を見てて……じゃなくて、着物姿が似合う天野さんと荒川先生に見惚れてしまってました」


 天野さんと荒川先生が少し顔を紅くしながら咳払いをすると話を進める事を優先させたようだ。

                  

 「英語担任の小川経由で杉村さんを帰国させる様に頼んだのは君なんだから、心地よく送りだしてやんなさいよ」


 ランカスター先生のお菓子を食べる手が止まり、むせ込んでしまう。


 「ちょ?!ちょっと待って?そんな事、私は英国から聞いて無いわよ?なんでそんな大事な事が私に知らされて無いの?小川先生にそんな決定権は無いはずよ?」


 僕が謝罪しつつ、ランカスター先生に説明する。


 「小川先生経由で、八ッ森の特殊部隊「Nephilim」の部隊長を努める杉村の義姉さんに僕から依頼したんです。杉村の事を安全と容疑が完全に晴れるまで英国に帰国させてほしいって」


 ランカスター先生の眼に動揺が浮かび、指を噛む仕草をとる。


 「石竹君は分かってるの?君にとっての杉村さんの重要性と、杉村さんにとっての君の重要性を」


 珍しくランカスター先生の口調が鋭さを持って僕に突き刺さる。


 「はい。その上です」


 「今の状況を本当に理解している?」


 「はい。大人達はあまり口にはしませんが、元軍部の連中が約半数以上行方不明になっています。これが自発的な行方不明なら問題ありませんが、新田透が変わり果てた姿で遺体となって発見された事からその可能性は限りなく薄くなっていると思います。加えて、もし、犯人がいるとしたら軍部だった僕を狙う可能性も高いです。幸いな事に、僕の傍には四六時中杉村が居てくれるので、ボディーガードとしては申し分ありません。ですが、杉村蜂蜜、もしくはその別人格がその犯人では無いのかという容疑がかけられているのもまた事実です。杉村を英国に帰還させるのは、危険性に加え、身の潔白を証明する為の手段でもあると僕は考えています」


 一口、紅茶を口に運ぶランカスター先生。いつものふざけた調子はどこにも無かった。


 「分かったわ。君がそこまで言うのなら私は止めない。でも、彼女にとって貴方の存在がどれほど大きいかというのは分かっていてほしいの。君の存在無くして、彼女の世界は成り立たないぐらいに……って、石竹きゅん、もうほとんど耳は聞こえてるみたいね?」


あ、少し寝ぼけてて全く気にしてなかった。いや、もういいか。全快はしてないが日常生活に支障は無いし、犯人に目をつけられた方が今は都合がいい。


 「あ、はい。ほとんど聞こえるようになってきました。杉村の事は肝に銘じます。皆さんも、またこうして金曜日に集まって貰えると助かります」


 杉村が顔を伏せたまま僕の腕に左手で触れる。


 「ろっくん、私、帰りたくない。何か嫌な予感がするの。ろっくんの事が心配」

 「いや、いいんだ。ここからは僕の問題だから。ハニーちゃんを巻き込む訳にはいかないんだ」

 「私は」

 「君の事が誰よりも大事だから」


 杉村が言葉を飲みこみ、静かにそれに頷く。


 「ろっくんにそう言われたら、何も反論出来ないよ」


 涙ぐむ杉村にメイド服の女性が声をかける。


 「杉村、何もずっとじゃないだろ?俺達の教室を襲撃した犯人が捕まれば、安全は保障出来る。それまでの辛抱だ。それにお前がこのままここにいると、行方不明になっている軍部連中の誘拐容疑で警察に捕まっちまうしな。目撃情報も幾つかあるみたいだし」


 メイド服を着た紺色の目をした髪の長い女性が男勝りな口調で杉村を諭す。それに納得したように頷く杉村。って、あんた誰だよ?普通に心理部のメンバーに溶け込んでるけど、僕が気を失っている間に何時の間に参加してきたんだ?校内で見かけない顔だけど。


 「ところで、佐藤の横に座る女の子は誰?知らない顔だけど、何時の間に心理部に?」


 佐藤が左右を見渡して、長髪のつり目な女の子を見て首を傾げる。


 「いや、女の子なんて居ないわよ?カナちゃんは紅茶を淹れに流し台の前だし、私の横に女の子なんて居ないわよ?」


 僕は背筋が冷たくなる。僕が見た夢は、八ツ森の霊樹が創りだした本物の黄泉の国だとしたら、メイドの女の子の霊を僕が引っ張って来たのかも知れない。


 「ごめん!君は還るべきなんだ。もといた八ッ森の白い霧の世界に還って……」


 天野さんが呆れた様に溜息をつく。


 「君はさっきから何を言ってるの?佐藤さんの横に女の子はいない。一番近いところに静夢お姉ちゃんは座ってるけど、女の子と呼ぶには無理があるわよ」


 荒川女将が軽く天野さんをこづく。


 「やっぱり、天野さんにも見えないんですね!ここに居るんですよ、メイド服を着た女の子の幽霊が!」

 天野さんが首を傾げながら名前を並べていく。

 「江ノ木さんは、ウェイトレス。私と静夢お姉ちゃんは着物。蜂蜜はアリスエプロン。尊は紅いドレス。留咲さんは教皇服。ヨハンはクマのぬいぐるみだし、メイド服を着用していると言えばランカスター心理士に深緋に青磁に君だけだけど」


 「そうですよね……佐藤とランカスター先生以外にメイド服を着た女の子……え?もう一回最後の部分復唱してもらっていいですが?」


 天野さんが首を再び傾げながら復唱する。


 「最後の部分?ヨハンはクマのぬいぐるみだけど」


 「もう少し後です」


 「深緋に青磁に君だけだけど」


 深緋に青磁に?恐る恐るメイド服を着た長髪の女の子の方をよく見て見ると、目元や体型がよく知っている男の子にそっくりだ。慌ててメイドの幽霊さんの前に立つと両肩をパンパン叩く。痩せ型だが触れてみると肩が硬い筋肉に覆われていて、男のそれだと分かる。でも胸は膨らんでいるし……恐る恐るヒラヒラしたミニスカートの部分を上げようとする段階で頭をその女の子に叩かれる。


 「いいかげんにしろ!」


 頭を押さえて呻く僕。


 「俺だ俺、若草だよ。お前本当に鈍感だな!」


 そこには顔立ちの整ったメイド服の美少女しか居ない。そういえば若草が居ないと思っていたけど。


 「あ、若草のお姉さんですか」


 「青磁だ。お前のダチの青磁だ」


 「いや、だって胸も佐藤よりもあるし、足の形も」


 自らを若草と名乗るメイドの女の子がスカートをヒラヒラさせて自分の足を見下ろす。


 「多分美脚矯正の付いた二―ハイソックスなんだろ?胸は本物顔負けの奴を留咲に付けられてブラまでさせられている」


 戸惑いながら若草と距離をとる。


 「まるで別人ではありませんか」


 「まぁ、無理矢理、留咲に化粧もされたしな。お前だって日嗣にされてるじゃねか」


 「ん?僕は日嗣姉さんに何をされたんだ?」


 「だから化粧とか、無駄毛処理とか着替えとか・・・・・・全く迷惑な話だぜ」


 そういえばさっき、天野さんは「深緋と青磁とキミ」と言っていた。夢から目覚めた後、気にして無かったが自分の体を改めて見直すと、黒いワンピースのスカートが揺らぎ、胸元に小さめな膨らみが2つ並んでいる。


 「えっ?えぇ?何これ?いつ?」


 「お前が杉村に股間を潰されて気を失ってる間にだよ。日嗣がいくら揺すっても起きないっていうから、勝手に改造する事を俺が許可した。俺だけこんな目に合うのは不公平だしな」


 杉村の方を見るとしょんぼりして僕に謝罪する。


 「ごめんね。ろっくんの大事な部分を部位破壊してしまって……」


 まさか!僕は慌てて自分の股間に手をあてる。杉村はグリズリーすら殺す。僕の大事な部分も殺されたのかも知れない。この先、僕は一生女として……暮らす必要は無さそうだ。自分の大事な部分の生存を確認した僕はとりあえず安堵の溜息をつく。スカート部を軽く上げるときちんと黒いストッキングまで履かされていて、ガーターベルトまで装着されている始末。日嗣姉さんの方を見ると、顔を紅くして丸いサングラスをかけ直してしまう。

 「これを全部日嗣姉さんが?」


 「うむ」


 「僕の制服は?というか、全部脱がせたのも日嗣姉さんが?」


 「う、うるさい!お主が先に妾の裸体を見たのであろう。お相子じゃ」


 そういう問題では無いと思うけどなぁ……。頭に手をやるとフリフリの若草が着用している様なカチューシャまで付いてるし。髪自体は元々長いめになっていたので、若草とは違い地毛の様だ。


 「あ、アウラさん。手鏡あります?」


 「あ、これで良ければ」


 アウラさんが近くの自分の衣装ケースから手鏡を取り出して渡してくれる。

 鏡を覗くと、きちんと顔には薄めのファンデーションが薄く塗られ、唇にもグロスが引かれている。眉も若干整えられているし。つけ睫毛は施されていないが、目元を際立たせる為のアイラインは引かれ、両耳にはパールのイヤリングまで付けられている。ぱっと見、性別は分からないだろう。背の高めの女性として十分通用しそうだ。日嗣姉さんの化粧力も侮れない。鏡面から少し顔を離して全体像を見ると、僕の知る人物が姿を現す。そうか、やっぱり僕は母親似だったのか。


 「母さん……」


 杉村が嬉しそうに僕の顔を覗きこむ。


 「ろっくんのママそっくりだね」


 「あぁ、ホントに……」


 先程見た夢の中の母さんを思い出す。僕の目を見て優しく微笑む不器用な笑顔。母の声が聴こえた様な気がした。

 「(愛してくれてありがとう)」

 「必ず、また会いに行くから……」

 僕は喉の奥が苦しくなって涙を流しながらその場にうずくまる。

 「ろっくん?」

「いや、大丈夫だ、ちょっと、懐かしくなって……」

  杉村が優しく僕を抱き締める。

「あなたは私が守るから……」

玄関に血塗れになった母を丁寧に寝かせた後、僕は雨の中を走り出し、杉村が黄色いレインコートを着て紫陽花公園で待っていてくれた。

心配した彼女が駆け寄ってくれて途切れ途切れの単語を話す僕の言葉を聞いて今みたいに母の血に塗れた僕を暖かく抱き締めてくれた。こうして隣でいつも支えてくれたのは彼女だった。 夢の中で佐藤浅緋さんの言葉も思い出す。

 「貴方は私が守るから」

母も見守っていると言ってくれた。

そして夢の中で浅緋さんはこうも言った。


「彼女の傍に居てあげて?それだけで彼女はどこまでも前に進んでいける」


僕のやろうとしている事を杉村の義姉さんは正しいと言ってくれた。果たしてそうと言えるのだろうか。僕の決断が、更に人を不幸に陥れてしまわないか不安になる。


もし、犯人に唯一拮抗出来る力が杉村にしか無いのだとしたら……僕は大きな過ちを。いや、そんな事を考えるのはよそう。これ以上自分の都合で彼女が血を流すのはダメだ。このままではいけない。僕が進む為に、犯人に近付く為にも、僕ら二人は一度離れないといけない。


背後に気配がして振り向くと、しゃがみこんで僕にハンカチを差し伸べてくれる江ノ木。

「折角の美人さんが台無しだよ?ほら、暖かい紅茶淹れたから飲んで?落ち着くよ?」


僕は江ノ木や、木田達アニメ研究部3人組も巻き込んでしまった事を後悔する。いつしか日嗣姉さんが1枚のタロットカード僕に渡してこう言った。


隠者のカードを持つ者よ、そなたが光を放とうとすればするほど、辺りの闇は一層深まるだろうと。足掻けば足掻くほど誰かを巻き込んで不幸にしてしまうかも知れない。


「江ノ木、すまない。巻き込んでしまって……それに木田の事は」

 

江ノ木が包帯を巻いている右手で僕の口を塞ぐ。


「ストップ!それは言いっこ無しだよ?君と杉村さんは私達を助けてくれた。それに、杉村さんは木田ちゃんが襲われた時、駆け付けてくれた。そのおかげで、私は木田ちゃんのお見舞いに通えるんだよ?大丈夫、きっと彼女もそのうち目を覚ますよ」


本当にこの子は強いと思う。僕と同じ経験をし、右手を撃ち抜かれて尚、犯人の事すら救おうとした。江ノ木の視線に気付いて首を傾げる。


「江ノ木?」


「今の石竹君を見たら、きっと木田ちゃんや小室ちゃんはこうすると思う」


江ノ木のアンミラ風衣装のエプロンポケットから包帯を取り出すと、僕の首にそれを緩く巻いて行き、目には眼帯を施される。


「こ、これは?」


「パーフェクトだよ石竹くん!タダでさえ儚い雰囲気を醸し出す石竹くんに、包帯と眼帯を巻いて儚さをプラス!更に喋れない設定を付け加えれば!それこそ最強のメイドさん!いや、最強の男の娘だよ!!」


いつになくテンションが上がりきっている江ノ木。本当に強い子だ。鼻息が荒く、手持ちの携帯で写真をすごい撮ってくるんだけど、ここは我慢だ。


「素敵……鳩羽君も女装してもらえないかな?」


日嗣姉さんの横に座る鳩羽に一斉に視線が集まる。背も低く、華奢な鳩羽ならすんなりと女装出来てしまいそうだが。


「ちょ!僕にそんな趣味はありませんよ!?」


まるで僕等にその趣味があるみたいに言うな。江ノ木が懲りずに更に詰め寄るが、そこにカウンセリング室のドアがノックされる音が響く。


やばい、この姿を見られたら変な趣味だと思われてしまう。ノックに続いてその主から声がかけられる。


「こんにちわ。生徒会です。文化祭に催される出し物について再確認に来ましたー」


自然と僕の体がビクついてしまう。軍部も確か、部費の使い方が不味くて生徒会からの視察であっけなく解体されてしまっている。まぁ……僕を捕虜扱いした腹いせに生徒会にリークしたスパイは僕だけど。心理部のお菓子代は、ランカスター先生の考案したお菓子療法という名目で出てたはずだから一発アウトかも知れない。来部の目的は文化祭についてらしいが。


「空いてるわよー」


というランカスター先生の返答を受けて、男女5人が扉を開けて姿を現す。


まさかのヘ◯シング回。

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