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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
深淵の少女
150/319

タイプ1:変わり者

連休明け、僕等は久しぶりに登校した。

 朝、僕と杉村蜂蜜すぎむらはちみつは制服に着替えて同じ玄関の扉を開ける。


 昨日は天野樹理あまのじゅりさんの件で学校をズル休みしたのだが、担任が事情を知る荒川静夢あらかわしずむ先生なので責められる事は無いと思うけど。

 「ろっくん、右手大丈夫?」

 僕の右手は先日の天野樹理さんの件でナイフを素手で握った為、危うく指を落としそうになった。

 幸い傷は深く無く、すぐさま治療を施したのですぐ傷は塞がりそうだ。指を動かす度に痛みは伴うが。

 八ツ森高校の緑のブレザーに黒のスカートを履いた杉村の右腕の様態を見る。 

「ハニーちゃんの肩はもう大丈夫?」

 杉村の右腕は片手でマグナムリボルバーを連射したので肩が軽い脱臼を起こしてしまっていた。右腕が動かせない状態だったが、今では治療の甲斐があり、2週間ほど装具で固定し、様子を見るらしい。

 杉村が自分の右腕の感覚を確かめる様に装着さた装具越しに自分の右腕を見つめる。

 「多分、今週中には治りそう」

 夏休み、猟銃で背中を撃たれた時もすごい勢いで完治させていた気がする。マンションの住人達が同じ扉から現れた僕等に目を丸くしているが気にしない。何も疾しい事はしていないしね。それよりも8歳児に退行し、一部の記憶を改竄してしまった杉村を元に戻す手立てはあるのだろうか。


 思い返してみればこの連休中に色々あったなぁ。


 金曜日に学校を休んで父に会いに行き、僕が「八ツ森市連続少女殺害事件」の被害者の1人である事を聞きだした。公園で居合わせた杉村は8歳児に退行していて、別人格である「ウォーカー」さんが書き残していた黄色い手帳に、行方不明になっていた「軍部」の連中の名前が並び、その中に山で遺体となって発見された新田にいだとおるの名前もあった。行方不明になった軍部はもしかしたら死んでいるかも知れない。

 「働き蜂」さんが軍部の連中を殺したのかを杉村本人に問い質すが、記憶を改竄してしまった杉村にとっては働き蜂さんは存在しない事になってしまっている。僕等の高校生活を脅かす北白直哉の共謀者。その情報を得る為に「働き蜂」さんの手帳に書かれていた名前の人物に会いに行く事に。


 八ツ森市連続少女殺害事件「第一ゲーム」の被害者の1人、天野樹理あまのじゅりさんだ。


 「霧島大学附属病院」へ荒川先生に連れられて、僕と杉村はボロボロになり(特に杉村)ながらも天野さんの口から当時の貴重な情報を得る事が出来た。そして僕と同じ境遇である天野樹理さんの事を他人事とは思えず「天野樹理救出作戦」を決行した。杉村と他の患者さんに迷惑を相当かけてしまったのでこの件に関しては反省している。杉村の近くに居ると感覚が麻痺してしまいがちだが、日本ではナイフも銃も日常生活で使われる事は無い。天野樹理さんを病院から救出する事に夢中でその配慮が足りなかった。幸いな事に、その場に居た(事前に荒川先生からランカスター先生に連絡を入れていた様だ)僕等「心理部」の顧問、ゼノヴィア=ランカスター心理士と精神科医の「藤森修ふじもりおさむ」さんがその場に居た人達に冷静に対処してくれたおかげで、英国金髪美少女による銃乱射事件(直接的な被害者は本人の脱臼のみ)が人々の心に悪影響を及ぼす事は無かった。


 病院の手術室から僕と杉村が顔を出すと、荒川先生と天野さんは居なくなっていて、変わりにランカスター先生が忙しそうに人々に問診を行なっていた。藤森先生や他の職員達もだけど。ランカスター先生が僕から事情を聞くと、深い溜息をつきながら怒られたのだけど、それ以上責められる事は無かった。

 多分、同席していた精神科医の「藤森修ふじもりおさむ」先生のフォローが無ければ、僕等は警察に掴まっていた。(銃の発砲、ナイフの所持、器物破損等)


 狙って起こした訳ではないけど、天野樹理救出作戦を成功へ導いてくれたのは、看護師「岩井八千代いわい やちよ」さんと精神科解放棟の皆さんのお陰である。彼らの大きな加勢が無ければ、天野さんを荒川先生の所までお届けする事は出来なかった。その性もあってか責任問題がうやむやになってしまったのもある。マイケルおじさんが主犯となって病院側にストライキを起こしたと本人が断固主張しているのも僕の罪が軽くなった要因の一つだ。彼らと僕等の間には何か見えない絆の様なものが存在している様に思えた。


 「進め!心に傷持つ仲間達よ」去り際に彼らは確かにそう言った。


 そしてもう一つ、皮肉な事に天野さんを恐れ僕の事をあれほど嫌っていた精神神経科「海原要一うなばらよういち」教授の手回しが無ければ確実に警察はおろか学校側からも何らかの処分を受けていただろう。責任問題を無駄に大きくしない為の配慮だろうが、結果的に僕は海原教授に助けられた事になる。昨日の出来事を振り返りつつ、僕等は学校の門をくぐり、上履きに履き替えてから2年教室へ続く階段を登る。


 「ろっくん、結局デート行けなかったね」


 僕の右側を歩く杉村が、口を尖らせながら左手で僕の腕を引っ張る。


 「そうだね、ハニーちゃん。また今度埋め合わせするよ」


 「うん。またガストンでいっぱいデザート食べたいね」


 先週、退行したロリ村(杉村)と一緒にファミレスに顔を出したのだが、そこに居合わせた軍部と若草と色々あってその店にすごく顔は出し辛い。バイトの女の子も泣かせちゃったし。


 「どうせならもっといい所でデザートを……佐藤の喫茶店で特大パフェを食べようか?」


 「それいいね!深緋こきひちゃんがウェイトレスしてくれないかなぁ」


 最近、色々ありすぎて佐藤の実家である喫茶店に顔を出していないので、今度杉村と行こう。本当はすぐにでも佐藤深緋さとうこきひとそのご両親に謝罪したいが、今はダメだ。出来ない。僕は佐藤の妹の事は知らないという事にしておかなければならない。その時が来るまで。無論、以前のまま記憶は失ったままだけど。


 階段を登り、二年の教室が並ぶ通路に出ると登校し、すれ違う人々が僕等を少し避ける様に目を合わせてくれない。「僕」というか杉村の方に怯えている気がする。


 違和感を感じつつ、A組前の廊下に差し掛かるといつもの様に「杉村蜂蜜愛好会」の生徒がたむろして……いない。窓際で教室内を眺めているのは、ファンクラブの会長「細馬奨さいば しょう」と生徒会会長兼剣道部部長「二川亮ふたがわりょう」、そして「東雲雀しののめ すずめ」と心理部兼ストーカー後輩の「鳩羽竜胆はとば りんどう」だけだった。いつもの人数はどこに行った?

 彼らは毎日こうして窓際で僕等の事を眺めているが、席につくまでは何故か大人しくしてくれている。僕が軽く会釈をすると各々が戸惑い気味に挨拶してくれる。対照的に杉村はそんな事お構い無しに、元気よく手を振って皆に挨拶する。


 「おぉ!勢揃いだね!皆、おはよーっ!!」


 元気よく挨拶する杉村に面食らった傍観者達がうろたえ、目を瞬かせている。普段の杉村なら会釈をするぐらいで、照れて声を上げ、しかもとびっきりの笑顔で朝の挨拶なんかしない。そんな周りの反応お構い無しに、僕の腕を左手で引っ張って席まで案内してくれる。


 「おいっ!!聞いた?見たか?拝んだか!?」(細馬)


 「あ、あぁ。我らの月の女神が太陽の様な笑顔で……石竹君にしか見せない様な笑顔で」(二川)


 「挨拶してくれた!?」(鳩羽)


 基本的に杉村に相手にされていない、細馬先輩と二川会長、鳩羽が一番戸惑っているようだ。東雲は難しい顔をして杉村の右腕を席に着いてからも睨みつけたままだ。今日、杉村にとっては久しぶりの登校になる。もしかしたら、杉村と決闘したかったのかも知れない。竹刀袋から出しかけた木刀が僅かに顔を出したところで止まっている。さすがに右肩を脱臼している相手に木刀は振るえないらしい。杉村と僕ならお構い無しに利用するけど。

 戸惑う別クラスの生徒を余所に、いつもの廊下側二列目、最後尾の我席に腰を落ち着かせる。僕の前の席には、今日ももう一人の幼馴染「佐藤深緋さとう こきひ」と僕等の事情を唯一知るぺドな親友「若草青磁わかくさ せいじ」が鎮座している。


 前に座る2人以外は動揺し、僕等と距離を置いている様な気がする。もしかしたら昨日の病院での銃乱射事件の噂が既に広まっているのかも知れない。朝のHRが始まる前にあと10分ほどある。若草と話していた佐藤が後ろを向いて僕の表情を覗いている。そしてその小さな唇を向けてしっかりと言葉を発音してくれる。


 「連休明けの石竹君達は毎回怪我してるわね?杉村さんは骨折?」


 僕は佐藤に対する罪悪感で真っ直ぐ彼女の目を見れない。誤魔化す様に軽く頷いて返事を返す。


 「そうだな、自業自得だよ」


 佐藤が少し違和感を感じたのか首を傾げ、何かを考え込んでいる。そしてしばらくの思考の後、何かの答えに辿りついたようだ。


 「石竹君、なんか雰囲気変わった?髪が少し伸びてるのもあるけど、なんか前と雰囲気が違う気がする」


 僕は必死で佐藤の唇を読んでいる体裁で言葉を返す。


 「ん?気のせいだよ。髪は切る時間が無くて」


 佐藤は僕の言葉をそのまま受け取ってひとまず納得する様子を見せてくれる。横に居る若草がニヤニヤしながら「杉村の元気そうな、充実した様な顔を見ただろ?石竹の悟った様な顔も」と佐藤に言葉を足す。佐藤は意味が分からず、しきりに首を左右に傾げている。


 「石竹はな、杉村と夜を共にした」


 佐藤がガタリと勢いよく立ち上がり「不潔ーっ!!」と言いながら僕の体を突き飛ばす。その勢いで床に仰向けに転がってしまう。青磁よ、頼むから余計な事を周りに広めるなよ?今、結構大事な時期なんだから。


 「確か、先週末から2人は同棲しているんだよな?」


 佐藤が再び悲鳴を上げて、僕を踏みつけてきた。激しい追撃に体を痛めつけられながら、下から見上げた佐藤の黒いプリッツスカートが揺れ、その中が視界に入りそうになるので顔を逸らし無抵抗を貫く。こんな事で罪滅ぼしになるとは思っていないけど、それでも僕の罪がほんの少し軽くなる様な錯覚を覚えてしまう。


 「石竹君!杉村さん!休みの間に何をやってんのよ!」


 佐藤の背後から人影が現れ佐藤の4つある技のうちの一つ「踏みつけ」を止めてくれる。ちなみに他の三つは「メガトンパンチ」「きりさく」「なげつける」のノーマルタイプの超打撃型だ。その影は週末のお手伝いさんでもある「田宮稲穂たみや いなほ」だ。彼女には同じベッドで絡み合う(杉村がパジャマの下を履かずに僕の腰にしがみついてくる)僕等2人の姿を見られてしまっている。

 「落ち着いて、佐藤さん。気持ちは痛いほど分かるわ。学校をズル休みしてまで、何かをやっていた2人を見るのはすごく胸糞が悪いものね!」

 佐藤が田宮の静かな怒りに気付いて息を飲み振り返る。田宮の顔もどこか怒っている?田宮と僕のギブ&テイクな関係を知る佐藤は田宮情報の信憑性の高さを知っている。


 「こ、高校生で同棲は……田宮さんも、不謹慎だと思いませんか!?」


 田宮が仰向けに倒れている僕を一瞥してから佐藤を丁寧に退けると、一歩前に出て、静かに足を上げる。そして……そのまま僕の鳩尾目掛けて足を振り降ろす。うごっ。痛い。僕の視点からだとその白い下着が露わだ。人の家でバスタオル一枚になる彼女なら些細な事なのかも知れないが。


 「そうね佐藤さん。石竹君はすごく不謹慎ね。これは生徒会の1人として見過ごせません。よね?二川会長?」


 田宮の技の一つ「にどげり」が僕の鳩尾にダメージを与えながら、廊下で一部始終を見守っている生徒会長の二川先輩に意見を求める。


 「そ、そうだね。けどまぁ、高校生でしか味わえない青春もあるからね。うんうん。それもまた一興。それより鳩尾は人間の急所の一つ。その辺にしとかないとね?彼死ぬよ?君のパンツも彼から丸見えだろうし」


 「そう……ですかっ!!潰れろっ!!」


 田宮の第二の技が発動。「メガトンキック」が僕の股間に命中。『きゅうしょにあたった!』

 涙眼で廊下でたむろする先輩達を横目で見ると、細馬先輩が二川先輩の体を激しく揺さぶっている。ちなみに杉村は遊んでいると思っているのか、田宮の事は止めてくれない。


 「貴様はいいのか!?あんな……なんの取り柄も無さそうな、脇役の様な男に我らの女神を取られても……いや、寝とられてもいいのか!貴様!それでも杉村愛好会の一員かぁ!」


 二川先輩が微笑みながら細馬先輩を宥めてくれる。


 「どうだろうな。私には君の方がモブに見えるが。彼はああ見えて結構個性的だぞ?私達以上にね?彼の方が君よりキュートだしね。それに寝とられるって、元々君のものでも無いだろう。7年前から彼女は彼のものだった。よね?杉村さん?」


 二川先輩が爽やかにウィンクすると、それに杉村が笑顔で答える。


 「うん!私、ろっくんの女ぁ!」


 細馬先輩が「うそだと言ってくれーーっ!!女神様!!」そう叫びながら自分のクラスに戻って行く。8歳に退行した杉村だから、善悪の判断つかずに脳内にある相応しい語録を遠慮なく使ってしまうらしい。

 1人で席に座り傍観者を気取る若草が股間を抑えてもがいている僕を見てクスクス笑いながら事の成り行きを見守っている。それより気になったのは僕の周りに集まって来る「変わり者」どもの事はともかく、一般的高校生のクラスメイトや生徒達が僕達の事、もしくは杉村の事を避けているのが気になった。要領の良い「殺人蜂ホーネット」さん効果で、八ツ森高校の生徒から徐々に人気を取り戻しつつあったはずなんだけどな?恐れられていた「働きウォーカー」さんの姿も夏休みを境に校内では現れてはいないはずだし。


 「田宮?僕もしくは杉村に良くない噂とか流れて無い?」


 田宮が驚いた様に手を自分の口の前に持ってくる。


 「石竹君?耳、聞こえる様になったの!?」


 その言葉に合わせて杉村が耳に手を当てて聞こえない振りをするが、お前がやっても意味無いだろ。

 耳の状態は完全では無いが、普通に人の話声を聞きとれるぐらいには回復している。完治したと判断されたら犯人から狙われかねないという事で、日嗣姉さんからは時が来るまでそのまま聞こえないフリをする様に指示されていた。日嗣姉さんも命を狙われない様に自らを日嗣命(姉)と名乗っていたし。僕等のパイプ役として、留咲アウラさんも活躍してくれた。どうしようか。そろそろ動かないとこっちが殺されてしまう気がするし、残りの軍部の安否も気にかかる。横から事情を知る若草が言葉を鋏んでくれる。


 「ん?気付いて無かったのか?こいつ、ある程度なら相手の唇を読んで会話出来るし、聴力の方は順調に回復してきてるはずだぞ?な?緑青?」


 若草の目が僕にその言葉を肯定する様に促しながら言葉をかける。僕は少し戸惑いながらそれに答える。


 「うん。治療の甲斐あってか、ある程度なら聞こえるし、唇も読めるからもうそんなに気を使わなくていいよ」


 田宮が少し涙眼になって手を差し出し、体を起してくれる。


 「とりあえずよかったわ。一生耳が聞こえ辛いのは生き難いものね」


 僕の肩の埃を払って、軽く抱きしめてくれる田宮。まるで僕の保護者の様だ。田宮が自分の席に戻って行くと、とり残された佐藤が所在なさげに、僕と田宮を交互に何回も見返している。


 「わ、私は抱きしめ無いわよ?」


 僕の事を顔赤くして見上げる佐藤。妹を殺した男に普通に接してくれる佐藤に申し訳無くなってしまう。


 「それより、杉村さんと同棲してるって若草君が言ってたけど、本当?」


 佐藤に目を合わせられないままありのままを答える。


 「うん。金曜日から同棲してる。気付いたら見ての通り8歳児の杉村に退行、ロリ村化してたんだ。原因は恐らく「働きウォーカー」さんが握っていると思うけど、まだ分からない。そして杉村の家に本人が入ろうとしたら家の二階が地雷クレイモアで吹き飛んだ。工事が終わるまでの間、ほっとく訳にもいかないし仕方無いだろ?杉村おじさんは留置所だし」


 「んな事ぉ!信じられるかぁ!」


 佐藤の強烈なメガトンパンチが僕の左頬を捉える。そのまま受けても良かったが、杉村の前で「僕」に対する明らかな攻撃は佐藤自身の命が危ない。ロリ村状態でもその性質は同じだとこの前のレストラン等で証明されている。僕は気配で佐藤の拳の到達地点に右手を構え、静かに受け止める。佐藤からの攻撃は基本受けているので、こうやって留めるのは初めてかも知れない。少し遅れて佐藤が僕の右手の中に収まる、自分の小さな手が包まれている事に気付く。


 「あれっ?石竹君?やっぱりなんか変わった?もしくは……私の事、嫌いになった?」


 佐藤の手がそっと僕の手の平から離れ、佐藤の目に涙が滲む。


 「いや、違うんだ。そういう訳じゃ……」


 「嘘、だって石竹君、今日は一度も私としっかり目を合わせてくれない。なんか変よ」


 佐藤が涙を流しながら自分の右手についた血痕に気付く。それは僕の右手から滲みだした血だ。


 「血?私のじゃない……」


 自分の手の甲を見つめていた佐藤が何かに気付き、顔の前で構えたままの右手の包帯に気付く。まだ傷口が癒えきっていない為、包帯の下から滲んだ血が広がっている。この傷は、病院で天野さんの自殺を止めようとした時についた傷だ。


 「ごめん、手を汚しちゃったな」


 佐藤が怒った様に声を荒げる。


 「馬鹿っ!そんな事どうでもいいのよ!それより石竹君はいっつも無茶してボロボロになって傷ついて……もっと自分を大切にしてよ!杉村さんも何故か脱臼してるし!」


 釘を刺された杉村もしょんぼりと反省する。佐藤が反転してすぐ傍にある自分の席に着席し、上ずった声で僕等に聞こえない様に呟いた。


 「何の為に妹が犠牲になったか分からないじゃない……」


 佐藤は1人涙を流し、僕等に背を向けている。泣いているのを僕等に見せない為に。

 若草が咳払いし、僕等の事を心配そうに眺める窓辺の変わり者達に声をかける。


 「あんたら、これは見世物じゃないぜ?」


 東雲と鳩羽、二川会長と細馬先輩が気まずそうに顔を見合わせている。その場を静かに離れようとする面々に改めて若草が説明する。


 「あ、あんたらに一言付け加えておくよ。杉村は先週からロリ村……元い、8歳児に精神が退行してしまった。その辺配慮して貰うと助かる。少なくともいくつかの記憶の改竄が杉村の脳内で行なわれている。元々変だが、更に難しい状態になってしまった現在、あんまりちょっかい出してくんなよ?先輩方と後輩、そして東雲は、まぁいいか。今の杉村とお前は仲良くやれそうだしな」


 沈んだ顔をする面々を置いて、東雲だけが目を輝かす。


 「本当か!鼻血君(石竹)の友達よ!」


 東雲が一歩教室に踏み込み、竹刀袋から木刀を取り出す。


 「って!今OKを出した訳じゃねぇ!この雰囲気の中、木刀振りまわせるお前の神経が羨ましいわ」


 「ふふっ、誉めてくれるとは」


 「先輩、誉めてません。無神経って事ですよ」


 後輩の鳩羽がすかさず通訳してくれる。ロリ村の強さはどれぐらいなのだろうか。木刀を上段の構えに持ち直し、杉村との距離を詰める。杉村の体がその闘気に反応し、席を離れ、東雲が距離を取る。剣道の間合いから自分の体を本能的に離している。どうでもいいけど、杉村と闘う時はなんで木刀なんだろ。普段から部活で使用している竹刀でいいのに。木刀なら下手したら相手を殺してしまうし。

 「東雲ちゃん、私を狙ってるの?」


 「あぁ、そうだ。君に狙いを定めている。ダメかい?」


 「いいよ。実践訓練だね?来て?私も貴女に狙いを定めるから!」


 言葉を言い終わるか否か、杉村が長身の東雲の懐に飛び込む。始まってしまった。2人のネバーエンディングファイトが。


 杉村は上段から振り降ろされる強力な一撃の勢いを殺す為に、木刀を握る東雲の両手にスカートの中の隠し持っていたナイフを突きたてようとする。剣道熟練者の面打ち速度を越えて杉村のナイフが空を裂き、その手に届こうとした時、後ろのドアから2人の闘いを止めさせる大きな声が響き渡った。

 

 近くの扉から急に姿を現した影に警戒して、攻撃を中断し、両者ともお互いに距離をとる。東雲の手にナイフが刺さらなくてよかった。もちろん、杉村の脳天も割られずに済んだ。


 突然、僕等の目の前に姿を現したのは自らをその姉と名乗る、(元)星の教会の教祖様「日嗣尊ひつぎみこと」だった。


 あれ?喪服に戻ってる?



校内の様子が少し変だ。

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