精神科医と臨床心理士
青の少年は眠り、黄金の少女は手術。囲まれた教員と深淵の少女は新たな来訪者に何を望む?貴女も私と同じなのね。
私は「藤森 修」と申します。52歳になるしがないおじさんで、髪型は襟首を刈り上げたボサボサのショートヘヤーで、白髪まじりの髪が年相応の疲れを感じさせていることでしょう。一応仕事で呼び出されましたので白衣なぞ偉そうに着用しておりますが、どこぞの病院に専属医として在籍する訳でも無く、こうして誰かに呼び出されれば市内をフラフラと駆け巡る、役立たずの精神科医として食い扶持を繋いでおる訳であります。
さて、今回はというと、英国で大変活躍されているその道では有名な赤髪のお嬢さんに縁がありまして、こうして霧島大学附属病院へと急遽足を運ぶ次第となった訳でありますが……これは一体どういう状況なのでしょうか。私の一歩前を歩く綺麗な赤髪のお嬢さんに事態の説明を求めます。
「赤髪のお嬢さん、少し説明して貰えませんか?なぜ私がここに呼ばれたのか。そしてこの状況は一体どうしたんでしょうね?」
紅く波打つ髪を後ろ手に一つに纏めているお嬢さんがこちらに振り返ると、髪は尾のように揺れ、着用している白衣が流れ込んできた外気にはためいています。私もあと20歳若ければ青い目が素敵なお嬢さんに恋をしていたでしょうね。ふくよかな胸部が眩しいですね。
「ゼノヴィア=ランカスターです。何回も市内でお会いしているんですからいい加減名前ぐらい覚えて下さいね?えぇっと……修先生、申し訳ありません。私の想定していた状況と少し違う様です。保護室でずっと過ごしている女の子のセカンドオピニオンとして修先生を患者さんに紹介したかったのですが……その女の子はもう保護室を出られたみたいで……」
赤髪のお嬢さん、元い、ゼノビア=ランカスター心理士が霧島大学附属病院の受付フロアーをぐるりと見渡した後、受付台上に座っている長い黒髪を垂らした女の子を再視認されました。入口に立っている私達からは20Mほど離れていますが、突然姿を現した私達二人の事を向こうも警戒しているようです。30代と思わしきワンレンの髪型をした女性が目を赤くしながらこちらに振り向かれました。
「あの子の事よね……静夢教員もその子の前に立っているし」
ゼノビア心理士が遠慮がちにシズム教員に手を振ると向こうも戸惑いながらそれに答えます。
「間違い無いようです。彼女に相談を受けて、今日、ここに駆けつけた訳なのですが必要なかったのかも知れません……ね。退院されたみたいです」
病院内に漂う火薬の匂いに気付いた私は慌ててフロアーを見渡します。平日の病院にしては静かすぎる違和感も感じました。本来なら働いているはずの職員や医師らしき人物があの髪の長い女の子とワンレンの女性を取り囲むように並んでいますね。精神科医で無くとも分かります。何か異常な事態に陥っていると。
私は更に一歩踏み出ますと更に火薬の残香が強くなり、天井を見上げると大きな穴がぽっかりと空いていて配線コードや鉄筋が剥き出しになっていました。爆発物か何かが仕掛けられていた可能性を危惧しつつ、右側奥に繋がっている横幅の大きな通路の方に目をやりますと、大勢の人間がその場に滞留し、戸惑っている様に見えました。その中には体を振るわせている人間や放心状態の人も見受けられます。何かの事件に遭遇した場合の急性ショック症状が見受けられますね。通路にはざっと50人以上の人間が堆積していますが、その場で状況の成り行きを見守っている者の他に、心因性のショック状態で身動きがとれない者が何人かその場で座りこんでいますね。放って置いたら急性、慢性なストレス障害に陥る可能性もありえます。私はざっと通路を見渡し、病院の関係者らしき人間の目星を立てるとその人達に声をあげます。
「紅いお嬢さん。状況説明は後にしましょう。通路で身動きのとれない人達の状態をまずは確かめたいと思います」
ゼノビア心理士が素早く縁無しメガネをかけるとすぐさま私の前に出て状態が深刻、もしくは小さな子供が居ないかを確かめてくれます。
「修先生は動けない方、もしくはお年寄りの方を中心に対応願います。私は怪我人の発見を優先しつつ、状態の深刻な子供が居ないかを確認します」
「そのつもりです」
さすが精神医療の進んだ英国の人だけはありますね。こういう事態への対応が柔軟だ。それに引き替えここの病院の職員と来たら。
「ほれほれ、か弱い女性を取り囲んでいるお医者さん達も私たちに協力してくれると助かるんですけどねぇ」
私の言葉に我に返ったような素振りを見せる職員達が慌てて周りを見渡して、白衣を着た色黒の男に指示を仰いでいる。よく見ればエリートコースを邁進中の海原要一教授様では無いですか。海原教授はしばらく逡巡した後、難しい顔をしながら口を開かれます。
「天野樹理の確保が優先だ。どういう人物かお前達も知っているだろ?あの小3女児無差別殺傷事件の加害者だぞ?」
ほう。あの事件の娘が受付台に座る小さな女の子本人だったとは。あの事件から11年は経っていますが、その姿は小学生の様に小柄です。可愛いですが、神経過敏になって彼女も今まで苦しんできた事が伺えます。それが二次成長期へ悪影響を及ぼしたのかも知れませんね。初見で、遠見ですがそれほど危ない状態であるとは思えないですね。目の下の隈はひどいですがそれ以外に特に気に留めておくだけの情報はありませんね。机に座るのが行儀悪いぐらいでしょう。はたして、そこまで警戒しなければいけない相手なのでしょうか。
「おーい、ゼノビア心理士!先に少しあの長い黒髪の女の子と話をさせて貰えないかい?」
通路の奥の方からゼノビア心理士が顔を覗かせると、目立つ赤髪がよく目を引いた。大きな声で私に返答する彼女。
「はーい!こちらはどうやら怪我人は居ないようです。軽い捻挫ぐらいでしょう。何人かお子さんもいるので私はそちらの対応をしています」
私が大きく手を上げるとそれに微笑んで彼女は答えてくれます。私は大きく息を吸い込み、吐ききるとゆっくりと長髪の女の子に近づいていきます。大きく空いた天井の穴を見上げながら通り過ぎると、待合い席の方に人の気配を感じて目をそちらに動かします。
高校生ぐらいの若い男の子が椅子にもたれかけながら寝息を立てていたのです。この事件には関係無さそうですが、右手の指から血が滴り、床を赤く染めています。爆発物の破片か何かが突き刺さったのかな?私は念の為に使えない男共を尻目に受付の女の子に指示を出す事にします。
「そこで居眠りをしている男の子の状態も診てくれるかな?右手の指、包帯が巻かれた箇所から血が流れている。出血量は少ないと思うけど」
受付の看護師さんが素早く受付台を飛び越えて、私の横を駆けていく。現場で働くものを少しは君らも見習いなさい。教授とその腰巾着どもよ。
私が海原教授の横を通り過ぎようとすると、そのごつい手が伸びてきて私の肩を力強く引き留める。
「なんのつもりだ?ここは私の病院だ。フリーの雇われ精神科医が横から口を挟まないでもらおうか」
全く、ひどい言いようだね。
「患者にとって大事なのは、権威じゃないよ。話をきちんと聞いてくれるお医者さんだよ。精神科医なら尚更ね。それとも何かい?君はこの小さな女の子に近づくのが恐ろしいとでも言うのかい?」
海原教授が唇の端を噛みしめ、恨めしそうに私の事を見上げている。体格では叶わないが、身長は私の方が10cmほど高いからね。
私はその黒い手を軽く振り払うと、軽い足取りで受付台にちょこんと座る可愛い彼女にお近づきになる。そこに私との間に割り込んでくるワンレンの30代と思わしき女性はお姉さんかな?
「お前も樹理ちゃんを閉じ込めるのか?」
私へのその真っ直ぐな警戒心は彼女の事を思ってだろう。
「この子のご家族ですか?」
「いや、私はただの近所のお姉さんだ。ただ、この子の親、もしくは教師になりたいとは考えている」
背後にいる長髪の女の子がワンレンの女性の背中に額をあて小さくお礼を言うのがこちらにも聞こえてきます。
「静夢お姉ちゃん、ありがとう」
叶うのならこの子達をお互いの望む形で社会で暮らしてほしいと思います。こんなところに居ちゃだめだ。それを叶えてあげる為にも私は後ろに居る子と話さなければならないのだと思います。
「私に少し時間をくれませんか?その間、君達を拘束させる様な真似は医者の名に賭けてさせない。どうか信じてほしい」
しばらく悩んだ後、目の前の女性は樹理さんの手を握ったまま道を私に譲ってくれた。何とか理解して貰えたみたいだね。
「やぁ。こんにちわ。ご機嫌如何かな?」
大きな丸い目が驚いた様に私の顔を見上げ、戸惑っている。気さくに話しかけすぎたかな?
「誰?」
私は思い出した様に白衣の胸ポケットから薄汚れた皮のケースを取り出し、名刺を掲げます。それを丁寧にお辞儀しながらお嬢さんに差し出します。
「心のお医者さんだよ。皆は気ままな修先生って呼んでるね」
「そう。私は天野樹理。皆からは深淵の少女って呼ばれてる。こんな形でも20歳のレディよ」
自己認識は正常。受け答えもしっかりしていますし、動作も不可解な点は見られませんね。
「小さな淑女。少し話をしたいんだけどいいかな?こんなオープンな場所が嫌なら個室を借りるけど?」
天野樹理さんが少し考えた後、いぶかしむ様に私の顔を覗き込んできます。
「気ままな修先生がロリコンじゃなければ個室でもいいけど、その可能性は少なくとも零じゃない。そのまま保護室に連れ戻されかねないから、何かあっても入口からすぐ逃げられるここで話すわ」
ふむふむ。知能的な遅れも無く、状況判断も冷静かつ安全主義だ。保護室にずっと入れられていたとは思えませんね。
「そうだね。修おじさんは小さな女の子からも厚い信頼は得ているのだけど、それを証明出来ないからね。君がいいならここで話そうか」
「うん。手短にね?」
とりあえず私と話す許可は得られたようだね。良かった。ここで断られたら私のアプローチが悪かった事になる。これでも一応お医者さんの端くれだからね。
「まずはそうだね……この状況を簡単に説明してくれるかい?」
横から海原の腰巾着が「私から説明しましょうか?」と口を挟むが私はそれを否定します。
「彼女の口から聴きたいんだ。なんだね?君達は、私と彼女の話が終わるまでそこで突っ立ってるつもりかい?この病院でまがいなりにも働いているなら給料分は働きなさい。君もあの赤髪のお嬢さんゼノビア心理士に指示を仰いで通路の人達の安否状態を確認してきなさい」
その言葉に素直に従い青年は慌てて通路へと走っていく。残された青年達が互いに顔を見合わせ、気まずそうに顔色を伺い合っている。それに痺れを切らした海原教授が怒鳴りながら指示を出す。
「自分で判断ぐらいつくだろう!お前達も行け!」
鶴の一声でその場を取り囲んでいた職員達が慌てて通路へと向かいだしました。ため息をついている海原に私は声をかけようと思います。
「海原教授、貴方は行かなくてもよいのですか?」
「フンッ、問診ぐらいあいつらにもでも出来る。私はここで見張っているよ。お前がこの女の子にいつ殺されてもおかしく無いからな」
私はこの屈強そうな男が急に小さく見えて笑い声をあげてしまいます。
「はははっ、死ぬときは誰だって死ぬよ。ただね、私は目の前の患者を放っておくぐらいなら死んだ方がマシだと思っているからね。もちろん、見るからに危険な案件は警察に協力を要請するが、今は必要ないだろう?私の目の前にいるのは小さな淑女、ただ一人だ」
「フン、綺麗事を。それにお前の患者じゃ無いからな。私が受持つ患者だ」
目の前に座る天野樹理ちゃんが露骨に嫌な顔をしている。担当医がここまで嫌われてしまっては手の施しようが無いね。
「それに私ら前線で患者を診てきた精神科医はね、死線を何度もくぐり抜けてきたんだよ。お前が机の上で臨床研究を重ねていく中、私は何人もの患者さんと向かい合ってきたんだよ。アルコール依存症の屈強な男や、自殺願望の強い女性、私の事を恐ろしいバケモノだと妄想し、何度も殴られたり蹴られたりしてきたんだよ。こんな小さな女の子相手に縮こまる様なハートは持ち合わせておらんさ」
海原教授が「フンッ!」と唸り、顔を私からそらせ、腕を組んで不機嫌そうにしている。おや?女の子に視線を戻すと、彼女も不機嫌そうに口を尖らせてしまっていますね。
「なんだか舐められているみたいね。必要なら貴方もそこの色黒男みたいに心臓をえぐり取ってさしあげましょうか?」
彼女の瞳孔が小さくなり、獲物を狙うような仕草を伴う。彼女の背後から黒い靄の様な狂気が溢れてくるような錯覚を覚えるが、これは虚栄だね。私を試そうとしているだけだ。
「それは物騒だね。でもね、そんな事は初対面の人に不用意に言ってはいけないよ?私なら構わないけど、大抵の人はそこのおじさんみたいに怖がってしまうからね」
「……貴方は、違う感じがする。そうね、私は淑女。はしたない事をしてごめんなさい」
丁寧にお辞儀をして謝罪する天野樹理さん。罪への意識、異常、正常の判断はついている。問題無さそうだけどなぁ。
「いいよ。それより、話の続きをしようか?」
彼女は咳払いすると手短にこの病院で起きた一部始終を説明してくれる。保護室での生活、来訪者との対話、そこからの脱出劇、そして色々な人を巻き込んでのこの騒動。とても今日一日で起きた事とは思えない。人の心が回復するにはそれだけの時間と段階を要する。保護室に居ながらも様々な人を傷つけ、他者を否定し、殺そうとしてきた人間がこうも変わるとは。それに彼女はずっと今日まで閉鎖病棟の保護室に隔離されてこの10年を過ごしてきた。それをたった一つの切っ掛け、ある少年の来訪によりここまで変わる事が出来るのだろうか。この少女の持つ心が強いのか、それとも……。
「待ちなさい少年よ」
受付の看護師に促されながら、眠たそうな顔で私を横切ろうとする少年を引き留める。少年が目を覚ましたように驚いた顔で目を見開く。
「あなたは?誰ですか?医者ですよね?天野さんのお知り合い?」
本当に寝ていた様で私の存在に気付いて無かったようだ。多分、紅い髪のお嬢さんにも気付いてないのだろう。
「私は藤森修。精神科医をやっとる者だ。君がこの子を連れだそうとしたのかね?」
しばらく間を置いた後、答え辛そうにそれに頷く。
「宇治森さん、僕がこの子を連れ出そうとしました。だから、僕が全部悪いんです」
名前を微妙に間違われとる気がするがまぁいいか。単なる好奇心、いたずら心でやった訳では無さそうだ。こうなる事も粗方予想していた雰囲気が漂う。
「すいません、ちょっと、指が床に落ちそうなんで早く縫合してもらいに行っていいですか?話はそれから聴きますけど」
そこまで傷は深く無かったはずだ。私と話す事事態を避けているのか?
「そうだね。引き留めて悪かった」
一礼して、その場を去ろうとする少年に、天野樹理さんが声をかける。
「君は命の恩人。悪くない。君は私を救い出してくれた。もし、君が何かしらの処罰を受けるなら私がその代わりになる。もしくはそいつら全員殺す」
少年がその言葉を微笑みながら受け取り、お礼を言う。物騒な言葉にも物怖じせずに正面から受け止めるこの少年は何者だ?
「大丈夫です。いざとなったら杉村のお母さんの力を借りますから」
「あの金髪の子の?一体、あの子は何者なの?」
「そうですね……。英国の政界に身を置く母と最強の元傭兵を父に持ち、八ツ森最強の特殊部隊Nephilimに籍を置く義姉さんを持つ女の子です」
「……冗談よね?」
「あと、僕の幼馴染です」
少年が優しく微笑むと、天野樹理さんが顔を赤くさせて俯きながら呟く。
「それが一番羨ましいよ」
手術室に向かう少年を再び私は呼び止めます。
「少年よ、君の名前は?」
少年が思い出した様にその名前を口にする。
「えっと……ただの高校生、石竹緑青です。多分、八ツ森でこの名前を知らない人は居ないでしょうけどね。それでは失礼します」
私はその名前を知っています。確かにそうですね。彼の名前は私の精神科医としての名前よりもずっと知れ渡っていて当然だ。そうか、そういう事だったんですね。
「確かに、君にしか出来ませんね。彼女の痛みを知る君にしか」
私は下を向いて得体の知れない敗北感に襲われる。深淵の少女と呼ばれる彼女相手に海原教授が縮こまっていたのを端から見て楽しんでいたが、そうでは無かった。私が彼女と出会った時に彼女は既に心を回復させていた。私が診たのは回復した後の彼女だったから平気だと感じたのだ。この少年の事は知っている。天野樹理さんと同じ事件を体感し、母を父に刺し殺された少年だ。こうして今、笑って暮らせているのが不思議なぐらいだ。いや、それは全部、八ツ森に住む人達と、その父親の功績でもあるが。
「君はすごいな……」
私が顔を上げると、少年の姿は無く、正面通路の奥に消えていこうとしていた。私の心の中にある事が引っかかる。何故、あの少年は自分の名前の知名度を知っていたのだろう。彼だけは自分の事を知らないはずだ。解離性障害を起こし、事件の記憶を失っている彼が知るはずも無い。去り行く少年に私は声をかける。
「君はもしかして」
その言葉を途中で、ずっと天野樹理さんの手を握っていたワンレンの女性に力強く肩を握られる。
「八ツ森のルール。先生もご存じかと」
私はハッとなり口元を慌てて押さえる。ついあの事件の事を話してしまいそうになった。八ツ森の7年間の贖罪の努力を私の一言で無駄にする訳にはいきませんね。
「すいません。精神科医である私が守秘義務を怠るとは」
ワンレンの女性が「お気になさらず」と一言置いて、天野樹里さんを抱き抱えて駐車場に向かう。自動ドアが開き、一度こちらに振り返るとこう付け加えた。
「もういいだろ?彼女をここから出してやっても」
私はそれに力強く答える。
「もちろんです。彼女の心は至って健康そのもの。回復していますよ。また何かあったらその子に渡した名刺に連絡先が書いてあるからいつでも呼んでくれていいよ。気ままな修先生だからね」
ワンレンの女性が深くお辞儀をするとそのまま駐車場へと向かっていく。さて、私も一仕事するか。
「ゼノビア心理士!」
通路の奥で忙しなく問診している彼女に私は呼びかける。
「はーい、ここです。天野樹理さんとの会話は終わりましたか?」
「あぁ。納得行く結果だったよ。彼女はあのワンレンの女性に引き取ってもらったけど、良かったかな?」
通路で問診を繰り返す職員達が一瞬身をこわばらせて、海原教授の方を見るが、当の本人は呆れ顔でそっぽを向く。まぁ良かったじゃないか。我々が手に負えなかった患者が一人元気に退院したんだ。喜ぶべき事だよ。海原教授が悪態をつきながら病院の奥へと消えていく。私はその背中に声をかける。
「おいおい。教授が患者を目の前にして逃げ出すのかい?」
海原教授がこちらに振り返りもせず答える。
「お前らと違ってこっちには色々あるんだよ。後で問題にならないように手続きをせにゃあならんのでな。私の責任問題をせめて重くなり過ぎない様に先に手を打たせてもらうよ」
全く頭が上がらんよ。さすがは教授まで上り詰めた男だ。名誉教授も近いかな?
「海原よ、もうちょっと素直に喜んだらどうだ?」
「余計なお世話だ。柄にも無い事が出来るか」
大きな足音を立てて事務室に引き下がっていく海原教授。メンドクサい男だねぇ。けど性根まで腐っちゃいない。あいつにはあいつのやり方が。私には私のやり方があるだけだ。その目的はやり方は違えど向いている方向は同じなのだから。恐らく、あの少年もそうだったのだろう。私は通路で怯え、肩を竦めている女の子に声をかける。
「怖かったね、もう大丈夫だからね?」
修先生!こっちは終わりました。
って、あれ?
静夢教員と天野樹理さんは?
帰った?
あれ?
手術室からなんで
ハニーとろっきゅんが?!
そして私の出番は?!
え?十分活躍した?
てへへ。




