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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
蜜蜂と接合藻類
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蜜蜂の観察日記

一縷の希望を託された君。それは黄金の少女の観測。無理しないでね?

心理部員として顧問をランカスター心理士に迎え、カウンセリング室に集まる僕と若草と佐藤。出された課題について話しているところだ。


「観察の必要性があると言えば彼女の事に決まっているだろ?」


 若草が分かりきった事を聞くなと溜息ながらに佐藤に説明している。うん、正解。


 「僕はランカスター先生から、“杉村蜂蜜すぎむら はちみつ”の監視を言い渡されてるんだよ」


本人にばれたら今度は気絶どころじゃ済まない。命懸けのミッションでもある。とりあえず佐藤を落ち着かせるランカスター先生。


「まぁまぁ、落ち着いて。これは石竹きゅんの自主的に希望した課題では無く、私や学校側から出された指令ミッションなのよ」


「指令?」不思議そうな顔をする佐藤。


「君達、杉村さんの危険性は認識してるわよね?」若草と佐藤が見合わせて頷く。


「確か4月の終わり位か?あの事件の後だよな?様子がおかしくなったのは。教室を全く離れなくなった」と若草。


 何かを思い出しつつ佐藤がそれに続く。


 「そして……いつだったかしら?ある日の体育の授業中……杉村さんを外に引っ張りだした屈強な体育教師が皆のいる前で一瞬で赤子の様に倒されてしまう出来事もあったわよね」


 佐藤がおぼろげに答える。


 一呼吸間を置いて、ランカスター先生がこちらを一瞥する。それに倣う様に悪友の2人の視線がこちらに注がれる。


「僕から説明するよ、見てたし。……彼女はあの日、無理矢理体育の授業に出席させられそうになったんだ。体調不良を理由に教室にいたのだけど(実際に顔色は悪かった)それをサボりだと受け取った体育の前田が彼女を叱りつけて、運動場で体操着を渡して着替えさせようとしたんだ」


 「え、それって、脱がせたってこと?」


 「違う違う。渡しただけ。まぁ、その後、上着を脱がそうとはしたんだけどね?」


 「そしたらどうなったの?」と佐藤。


 「……その時、杉村の心の防波堤が決壊したんだと思う。彼女は、両肩に置かれていた前田の手を両手で振り払うと、右のつま先で前田の腿に蹴りを内側から入れた。その後、顎への掌手の一撃を喰らわせて、気を失った前田をそのまま地面に背中から叩き落としたんだ」


 暫くの沈黙の後、若草が口を開いた。


「確か、噂では大腿骨骨折と、打撲、むち打ち状態で全治1ヶ月の怪我で入院。そのまま消えるように転勤したって話が……」


 ランカスター先生に目をやる3人。


「そうね。しかも不思議なのが怪我を負わせた当人に一切のお咎め無し。当初はそれに対して厳しく彼女を批判する教師も何人かはいたんだけど……」曇った表情をするランカスター先生。


「いたけど?」と復唱するように疑問を口にする若草。


「体育の前田先生が大した訴えも起こさず、入院中に身柄を市外の病院に移された事。そしていつの間にか学校側の職員名簿から名前が消えていたらしいわ。まるで誰かが彼を消し去ったかのように。その件からかしら、彼女に近付く教師が居なくなったのは。教員の間で、噂が広まってるのよ。彼女に近付いてはいけないって」


 あともう1つと僕が付け加える。


「杉村自身は何も語らないけど、もしかしたら前田先生にも何らかの過失があったんじゃないかって話もありますよね?」


「どちらにしろ、こんな田舎だもん。すぐに噂は広がるけど当人は何も語らないから結局真相は解らないまま。その事が彼女への警戒心を増幅させているのよ。担当医としては残念ね」怯えと戸惑いの表情を浮かべる若草と佐藤。


「担当医?顧問では無くて?」と佐藤。


「あ、口がすべった……どうしよ」


知らないですよと僕が答えると、ランカスター先生は眼鏡の位置を直して僕等を見つめる。仕事モードだ。


「彼女は精神的な疾患を患っているの。私が英国で専属のカウンセラーとして任命されたのが丁度7年前。彼女の母親から任命されて日本まで追ってきたって訳」


「7年前……時期的に同じタイミングね……やっぱり彼女が……」と意味有り気に呟く佐藤。7年前って言えば、確か……僕の前から姿を消した頃だな。そうか、帰国してたんだな。


 「確かに」と若草が口を開く「最近の彼女の言動や、行動、暴力的行為は不思議ちゃんを越えて、まさに修羅だもんな。普通では無いわな」


 「幼児愛者のお前もな」と軽く一言添える僕。 俯いていた佐藤が青白い顔を上げて先生に疑問を投げかける。


 「なんでわざわざ彼女を追いかけてスクールカウンセラーにまでなったかっていう疑問は置いといて……7年も彼女の担当医をしていたのなら、わざわざ石竹くんに彼女の観察をお願いする必要は無いんじゃ……?」


 暫くの間があった後、探るように言葉を繋ぎ合わせていくランカスター先生。


 「彼女を追いかけてきたのは、彼女のお母様が私の親友であるのと同時に、英国でそれなりの政治的権限を持つ人間だからなの。その娘ともなれば、政治的利用、金銭的誘拐が起こってもおかしく無い。いわば治療と監視を私が任されているようなものね」


 ランカスター先生が思い出した様に事務机の引き出しから黒い塊を取り出して手に構える。


 「非常時には発砲の許可も得ているわ」


 元軍部の僕なら分かる。


 ランカスター先生の手に収められているのは「FNファイブ・セブンN」で特殊部隊向けに開発された小口径高速弾を使用する大型ピストルで、口径5.7㎜全長212mm重量843g、装弾数は20発。


 それを正式に支給されている彼女は一体何ものなんだ?


 日本が銃社会とは無縁の日常を過ごす事を思い出したランカスター先生が呆けている僕等から慌てて銃を隠す。


 「ともかく、私が彼女と出会った当初、誰も手を付けられない状態だった。今みたいに暴力的では無かったけど、かなり錯乱していて、衰弱していたの。偏執病パラノイヤの症状も出ていたし……」


 それを私は7年を費やしてようやく彼女の症状を緩和する事が出来たの。安定してきた彼女に安心した矢先の英国での失踪。


 彼女は私達の前から、突然姿を消して日本に密航したの。どんな手を使ったかは解らないけど、彼女は父方の姓を名乗り、八ッ森高校の“杉村蜂蜜”として在籍していた。


 彼女のお父様、杉村誠一すぎむら せいいちさんの連絡が無ければ、もう……英国中が大騒ぎになっていたわ」


 お手上げのポーズをとる先生。英国では杉村は有名人なのかな?話疲れたのか、紅茶を一口飲んでケーキを口に運ぶ。それにつられて僕等も紅茶を口にする。

 「貴方達も2年A組なら知ってるわよね?4月20日、学校で起きた事件の事を」頷く佐藤と若草。

 「確か、深夜の2年A組に不審者が侵入して、窓ガラスを全て割り、黒板に赤いカラースプレーで大きく『天使様、何故私を浄化して下さらなかったのですか?』って書かれていたんだよな?」と若草が同意を求める。


 「その事件が切欠で彼女の様態が悪化した……んですよね?」と佐藤。


「……そうね……と言いたい所だけど。


その事件の直後、危険だと判断した私は、彼女に何度も入念にカウンセリングを行なったの。けど、別に変わった様子は見られなかったわ。だから私も安心しちゃった。数日後からかしら?しばらくして様子が急変したのは。彼女の元々持っていた偏執病の再発が見えてきたのは……」


佐藤が再び疑問を投げかける。


「再発なら、先生が治せるんじゃ……」


溜息を吐く先生。


「それがね、少し前とはパターンが違うのよ。私や彼女のお父様と話す時は至って普通なの。けどね、少しでも警戒心を現すと彼女に別の人格が現れるようになったの。何か他に別の原因があるのかも知れないのだけど、これを心療医学的に見ると、過去の強烈なトラウマが引き起こすPTSD(心的外傷後ストレス障害)が原因で引き起こされる解離性障害の一種“解離性同一障害”を引き起こしている可能性が高いと判断する事が出来るのだけど……」疑問符の僕達。


「貴方達に解り易く言うと、多重人格障害……二重人格って奴よ」


 息を飲む部員。


「そんな漫画みたいな事が実際にありえるのか?」と若草。


「あくまで医学的な推論に過ぎないのだけど、過去にも多重性人格障害を起こした例はいくらでもあるわ。彼女が過去に受けたトラウマから考えるとそれが起きてもおかしくない。けど不思議なのは7年前の症状とは別の形で現れた精神疾患……そこがどうも腑に落ちないのよね。だからそこで、彼の出番って訳」

 僕に指を指すランカスター先生。注目する他2人。僕は溜息を吐きながらそれに答える。

「だから、昔馴染という微妙な境界線にいる僕なら、もしかしたら何らかの手がかりを入手できるかも知れないって言うのが先生の魂胆なんだ。だから僕は良識ある追跡者ストーカーに転職したって訳」


「なら、緑青は履歴書とかの職歴に「追跡者ストーカー」って書かないとだな」と笑う若草。


 僕は将来が不安になった。


 「さぁ、石竹きゅん、貴方の口から聞かせて?彼女を観察した結果を」僕はしぶしぶカウンセリング室にある自分のロッカーの鍵を開けて、自分の報告書を改めて確認する。


 もちろん個人情報に関する事なので(秘)扱いだ。


 ランカスター先生が治療の為使用する必要が出て来た時以外は、誰にも見せるつもりは無い。


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