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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
はに〜とろっくん。
138/319

チャイルドマレスター

紅さんに後ろ髪を引かれながらも僕等は杉村の家を目指す。 それなりに距離があるので歩いて行くには少し疲れるかも知れない。

若草から母さんと呼ばれた紅さんが改めて僕らクラスメイト2人の顔を確認する。


 「綺麗な子ね。外人さんなのかな?あ、君はもしかして……最近よく青ちゃんが話してくれる男の子かな?」


 軽くお辞儀をして自己紹介する。


 「初めまして。石竹緑青いしたけ ろくしょうです。いつも青磁君には助けられてばかりで」


 「いえいえ、ご丁寧に。こちらこそ青磁がお世話になっています。少し言葉使いが悪かったり、性格が軽く見えるかも知れないけど、すごくいい子なの。だから大らかな気持ちで青ちゃんとお付き合いを……」


 若草が恥ずかしそうに母親を後ろに引っ込めようとする。そこに割り込む様に杉村が紅さんの目の前に立ちはだかる。


 「ハニー!レヴィアンです!ハニーちゃんですっ!」


 自分の事を無視されていると感じたのか必死に杉村の自分アピールが繰り広げられる。


 「あらあら、綺麗な子なのに、すごく中身はかわいいのね♪」


 杉村よりも背の低い紅さんが、背伸びしして杉村の頭を撫でる。ウヘヘッと奇妙な声を上げて喜ぶ杉村。

 「ろっくんも撫でて!」

 紅さんの手を離れてこちらに飛びついてくる杉村。

 「ちょっ、それじゃあ頭を撫でられない。っていうか抱きつくな!いででっ!」

 杉村が凶悪な腕力で僕の身体を締め上げていく。だから細い腕のどこにこんな力があるんだよ!?空想科学何とかで1度検証して貰えませんかーっ!!

 「あらあら。仲がいいのね。二人は恋人さん同士なのかな?」

 杉村が腕力をそのままに一時停止して、紅さんの方を見る。

 「違うよ?」

 紅さんが口に手をあてて可愛く驚く。

 「お友達同士でそんな熱い抱擁はしないと思うんだけどなぁ」

 杉村が大きく首を振って一つの答えを出す。

 「全てに決着がついたら。私達幸せになるの」

 紅さんの頬が今度は一気に赤くなる。

 「そしたらあなた達は」

 「既に結婚を約束した者同士。それを婚約者というのだっ!」

 確かに僕らのささやかな幸せを邪魔する人間がいるなら徹底的に戦おうとあの白い光りの世界で約束はしたけど、婚約した覚えは無い。やはり、あの森での出来事は現実だったのか?紅さんが頬を赤くしたまま、若草に無意識にすり寄る。

 「青ちゃんの相手も出来れば見つけてほしいんだけどなぁ……」

 丸い瞳が一層煌めき、可愛く紅さんに懇願されると引き受けてしまいそうになるが、それは出来ない。犯罪に繋がるからだ。

 「それは出来ません」

 紅さんががっくりと肩を落とす。青磁の要望通りの花嫁候補を探すには小学校や中学校に行かないと見つかりはしないからだ。

 「いいじゃない。貴方達は将来を約束されているリア充さん達なんだから」

 言葉を遮る様に若草が紅さんに向かって声を荒げる。


 「母さん。見た感じで軽々しくこいつらにそんな事を言うなよ。こいつらはずっと、普通の幸せを求めて戦って、けど、それでもうまくいかなくて足掻いてるんだ」


 若草は紅さんの返事を待たずに、僕らに振り向く。


 「すまん。母さんはお前達が事件に巻き込まれた事を知らないんだよ。3年前にこの街に引っ越してきたからな。俺からも言ってないし。それに事件の事は俺も知らなかった」


 「杉村おじさんに聞いたのか?」


 若草の背中に隠れて紅さんが申し訳なさそうに戸惑っている。

 「いや、佐藤に聞いた」

 「佐藤に……いつ?」

 佐藤の名前が出てきてズシリと重い罪悪感が僕の両肩に乗りかかる。それは僕が佐藤の妹を殺したからだ。


 「俺が、お前にペドだと伝えた日だ」


 2年の一学期、佐藤が実家でバイトを始めた日に、僕と若草は居合わせた。その時から若草は知っていたのか。佐藤が八ツ森のルールを守らせる為、そして何よりも僕の事を思って。妹を殺した人間相手に。

 「そっか……佐藤にはどう償っていいか分からないよ」

 今度は僕が肩をがっくりと落とす。それを見た杉村がすぐに僕の異変に気付いて再び抱きしめてくれる。今度は痛くない、優しく暖かい抱擁だ。


 「それは私達二人の罪……」


 確か、ロリ村はお風呂場でも同じ様な事を言っていた。杉村は直接の被害者では無いが幻の4件目と呼ばれる第四ゲームに無理矢理介入して僕だけを助けてくれたのだ。自分の心を犠牲にしてまで。


 記憶を自ら改竄し、今までで一番混乱しているはずの杉村は……もしかしたら部分的に全ての人格の記憶を共有出来ているのかも知れない。まだ推測だけど。

 「ペド……?青ちゃんが幼児性愛者?そんな……チャイルド・マレスターに発展しないかすごく心配……」

 若草の影に隠れていた紅さんが膝から崩れ落ちる。

 「あ、こっちの事も母さんに言ってなかったわ」

 若草が後ろを振り返り、頭を掻いている。

 「まぁ、いいか。そんな遅くはならないから先帰っといてよ。菓子屋の仕事は終わったんだろ?母さん」

 その言葉に紅さんの返事は無かったが、それに構わずに僕ら2人の肩を叩いて杉村の家に向かう事を促してくる若草。離れていく紅さんの姿はずっと地面に手を着いたままで、月明かりは消え失せ、街灯の寂しい灯だけが紅さんを背中から照らし続けていた。


コンテニューしますか?


 >は い


  いいえ


 というテロップが浮かんできそうなぐらい気の毒そうに。

 「(青ちゃんが遠くに……行ってしまう)」

 紅さんが立ち直れるのか心配になった。

 「いいのか?青磁」

 若草が特に気にする様子もなく答える。

 「いいんだよ。母さんは少し俺に構いすぎるからな。こっちとしては少しぐらい距離を置いて貰える方がありがたい」

 「ならいいけど、それにしても若い母親だな。一児の母親とは思えない。多く見積もっても20代にしか見えない」

 「まだ25歳だからな」

 「へっ?」

 今、僕らの年齢が17歳である。8歳で子供を?幼児性愛は遺伝か?戸惑う僕に気付いた若草が、歩きながら重い事実を述べる。

 「あぁ。子供を産めない身体だからな。俺は里子なんだよ」

 「えっ?」

 「えっ?青ちゃんの本名「さとこ」なの?男の娘?」

 杉村の発言は置いといて、その事実は初めて知る。父親にひどい虐待を受けていたとは聞いていたけど、養子だと言うことは知らなかった。それに紅さんが子供を産めない身体なんて。

 「そう気にすんな。世界に目を向ければ子供を産めない母親なんていくらでも居る。俺の母親だけが特別なんじゃない」

 「生みの親の事は覚えているのか?」

 若草は首を振る。

 「いや、覚えてない。気付いたら孤児院で施設暮らしだったからな」

 「そうか……」

 「最初はあのクズ(父)も、母さんに優しかったそうなんだよ。けど、母さんが子供を産めないって判明して、俺を養子に迎えて……俺が成長すると共にあいつは少しずつ暴力をふるい出して……俺に危害を加え始めた頃に紅さんと俺は逃げ出したんだ。あいつの下から」

 かけていい言葉が見つから無かった。

 「ん?気にすんなよ。お前に比べたら俺は幸せなもんだろ?お前も暴力は実の父から受けていたそうだし。あの事件の被害者でもある。まぁ、割と金持ちなのは羨ましいがな。たかだか血の繋がりだ。心で繋がっているならそれで問題無いだろ?」

 確かに若草の言う通りかも知れない。血が繋がっているからの葛藤もあるとも言える。その点に置いて、若草の父親、紅さんの夫は苦しんだのかも知れない。杉村が僕の右側を陣取りながら、自分の家まで僕を引っ張って案内してくれている。


 「ここからだと少し距離があるねー」


 杉村が若草の家庭の事情をさして気にする様子も無く、僕に現状報告をする。ファミレスから商店街まで来たので気にならなかったが、ここからだと少し歩いて行かなければならない。杉村の家の景観を幼い頃の記憶を頼りに思い出す。頼りない記憶だけど。


若草が思い出した様に財布から名刺を取り出すと、そこに書かれた電話番号を携帯に打ち込んで電話をかけだす。


 「あ、すんません。商店街の東出口の近くまでタクシーをまわしてもらえないっすか?」


 若草の手にしている名刺は、かつて杉村誠一さんが困ったときの為に渡したものだ。

 「はい、高校生3人です。金髪の女の子が目印です」

 金髪と呼ばれて杉村が嬉しそうに返事する。

 「私、目印!」

 両側に束ねた黄金の髪が月光に反射し、輝きながらくるくる回る杉村。それを眺めながら八ツ森の無料タクシーを待つこと3分。その間、ずっと杉村は回り続けていた。優しい黄緑色の車体が目印の「八ツ森無料タクシー」が駆けつけてくれた。ちょうど近くを巡航していたタクシーがあったらしい。

 それに気付いて若草が手を振り、呼び止める。

 「こっちっす、こっち」

 タクシーの運転手が窓から顔を出して「あ、金髪の女の子だ。君たちの事だね」と声をかけてくれて僕らのすぐ近くに車を停車してくれる。

 「どもども」

 若草を筆頭に後部座席に乗り込む3人。

 「どちらまで?」

 杉村が元気良く「私ん家!!」と答える。それでは分かる訳がない。運転手の人が改めて声を上げた杉村の顔を見ると、何かに気付いた様に「杉村さん家ね。了解」と車を発進させた。驚く僕達を余所に杉村はなぜか偉そうに膨らみのある胸をはっている。


 「え?運転手さん?さっきの一言で行き先が分かったんですか?」


 40代の思わしきベテランドライバーさんが、前を向いたまま得意げに答える。 

 「八ツ森のタクシードライバーを舐めちゃいけないよ」

 かっこいい。

 「ハニーちゃんの事も舐めちゃいけねーよ」

 「お前は関係無いだろ」

 「あ、ろっくんは私の事を舐めてもいいけどね。物理的にね」

 「……いや、その発言にどう返していいかわからない」

杉村が自分の発言に少し恥ずかしくなって頬を赤く染める。

「笑えば……いいと思うにょ……?」

 運転手さんが杉村の言葉に笑い声をあげる。

 「あっはっはっ!彼女に気に入られているみたいだね。緑青君」

 あれ?僕の事も知られてる?

 「僕の事、誰か分かるんですか?」

 運転手がさも当たり前の事の様にそれを肯定する。

 「君はこの八ツ森に住む大人達にとって子供みたいな存在だからね。色々と苦労してきた事もおじさん達は知ってるよ。もちろん、その横に座るお嬢さんの事は誠一さんからもよく聞いている。私の能力を受け継いだ自慢の娘だってね。んでもって、横に座ってる男の子は商店街の子供、青ちゃんだろ?」


 あぁ、そうか。八ツ森無料タクシーは誠一さんの職場だった。間接的に杉村の事を知っていてもおかしくは無いか。若草が商店街の子なら僕は八ツ森の子らしい。随分と大きく出たものだ。

 「パパのお知り合い?」

 運転手さんが気さくに会話を続けてくれる。

 「そうだよ。誠一さんには君の幼い頃の写真とか見せられていたからね。でも、本当に綺麗になったね。おじさんがあと10年若かったらアタックしたのに」

 杉村の目の色が変わり、運転手に身構える。

 「どんな攻撃アタックが来ても私はそれを叩き潰す……」

 車内に謎の殺気に包まれるが、運転手さんはそれに気付いていない。

 「はははっ、手厳しいね。緑青君が羨ましいよ」

 杉村が構えを崩さないので、僕がそれをやめさせる。

 「(アタックって、攻撃の事じゃないよ?交際の申し込みって事だよ)」

 杉村が奇妙な声をあげて手を下げ、下を向いてモジモジする。

 「で、でも!私にはろっくんが居るもん!」

 「ん?わかってますよ。誠一さんに緑青君との仲の良さは伺ってるからね。他の人がつけいる隙なんて……おっと、もうすぐ着くよ?」


 閑静な一軒家が建ち並ぶ高級住宅街をしばらく進むと、一件のシンプルな白壁の二階建ての住宅前にタクシーが止まる。僕達はお礼を言って後部座席から立ち上がる。去り際に車の窓を開けた運転手さんが杉村に声をかける。

 「嬢ちゃーん!誠一さんの事は残念だと思う。けど、元気だしなよ?」

 杉村が微笑みながら元気よく返事する。

 「うん。大丈夫だよ!その気になれば、パパはどんな牢獄もプリズンブレイク出来るしね」

 「ハハハッ。そりゃそうだ」

 やりかねないから、冗談とは思えない。

 「誠一さんはずっとこの街で、ドライバーを勤めながら犯罪抑止に尽力してきた人だ。だから、きっとすぐ出て来れるよ。それに誠一さんが手を下して居なくても、この街の誰かがあいつに鉄槌を下していたと思う」

 笑顔から一転して、憎しみに顔を歪める運転手。僕の方に向き直る。

 「緑青君もしっかりな」

 この人も、僕に何が起きたかを知っている人なんだろうな。運転手が車を発進させる直前、若草がそれを引き留める。


 「あっ、おじさんは何か知ってるっすか?この子が森で猟銃で撃たれた時に、誰かから誠一おじさんに電話があったって」

 運転手が口を開き、思い出した様に答える。 

 「あぁ、あの件ね。嬢ちゃんも大変だったよなぁ。生きてて良かったよ。そうだよ。あの日、夜遅くに八ツ森タクシーに電話が入って、誠一さんの所在を確認した後、お嬢ちゃんが猟銃で撃たれて命が危ないって電話が匿名で入ったんだ」

 若草が呟きながら思案している。

 「(その電話の主は、その段階で「猟銃」により杉村が撃たれた事を知っていた。もしかしたら、北白の弟に日嗣尊を射殺する様に指示した犯人、本人かも知れないな)」

 「ん?どうしたんだい?」

 「いや、その電話の声の主ってどんな声だか分かりますか?」

 「コールセンターにかかってきた電話だから詳しくは分からないけど、その電話を受け取った社員が言うには若い男の声、少年みたいな声だったらしいよ」

 若草が何かに考えを巡らせた後、運転手にお礼を言ってその場でタクシーを見送る。

 「……緑青、杉村が撃たれたのは多分、犯人にとって計算外だった。一刻を争う事態に焦ったのか、犯人様が直々に電話をかけたらしいな」

 なるほど。想定外の出来事に対して間接的に依頼を受けて動いている人間ならそんなに早く判断して動く事は出来無い。即座に対応出来たのは、犯人本人だったからか。

 「でも、声の主は少年の様な声って」

 「あぁ。とりあえず、性別は絞れたな。男ってこった。行方不明になった軍部の連中は分からないが、少なくとも、お前の周りの人間にちょっかいをかけてくる人間は杉村では無いってこった」

 若草はまだ杉村への警戒を完全に解いてはいない。それは仕方ないとして、日嗣姉さんや、木田、江ノ木、鳩羽を狙った犯行は杉村では無いことは証明されてよかった。証拠はまだ無いけど、9割方杉村は白だろう。

 「逆に言うと、杉村以外の女は信用していいって事だ」

 「う、うん。そうだな」

 杉村が犯人である可能性は低いと思うけど、多重性人格障害を抱える杉村の中にはまだブラックボックスが存在するのは確かだ。

 「むーっ、ハニーの悪口?」

 「杉村違いだよ」

 と僕が杉村をごまかすと、機嫌を直して目の前の一軒家を指差す。

 「私ん家っ!」

 杉村さん宅に初訪問である。昔、僕の家には招いた事はあったけど、訪問するのは初めてだ。杉村誠一さん曰く、命の危険を伴う自宅らしい。

「あっ、家の鍵、持って出るの忘れちゃった!オートロックなのに……」

杉村が外に着ているパーカーの袖を上げて、準備運動を始めてしまう。

「自宅に潜入作戦γ決行……ね」

もう、なんか、嫌な予感しかしない。



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