シームレス
青磁の退却を許さないロリ村隊長は、両肩を握り潰す鬼軍曹と化す。嘘だけど。
西岡商店街「筆箱から弾薬まで」が謳い文句の梅村文具店、ヤマアラシさんとハリネズミさん家の拠点制圧に成功した僕等は、杉村の家を目指して歩き出そうとする。商店街最端のアーケード下で若草が急に立ち止まる。
「じゃあ俺はこの辺で」
ヤマアラシさんの強烈な一撃で出来た痛みに、鼻を抑えながら僕は振り返る。若草がまだ戸惑った様な表情で固まっていた。その鞄には先程、杉村がブラックカードで購入した9mm弾(100発)が入っているからだ。
「そうだな、もう夜も遅いし、青磁の母親も心配するもんな」
「あぁ。今日は本当に色々あったが、久しぶりにお前と話せてよかったよ。もちろんロリ村……じゃなくて、杉村もな。学校ではきちんとお前に合わせるから心配すんな」
若草が笑顔を見せると、商店街の方を向いて立ち去ろうとする。それを何故か妨害する退行ロリ村さん。
「青ちゃん。まだ任務は終わって無いよ?」
ハリネズミさん曰く、ゴリラ並の怪力を誇る杉村の握力に若草の肩の骨が軋んでいるのが傍目にも分かった。
「いででっ!?肩が砕ける!どうした?用事は済んだだろ?弾薬はお前に奢ってもらったし」
杉村が何かを考え込む用に眉をひそめている。
「銃だけじゃ心配。青ちゃんも私の家に寄ってほしい。私の装備を分けてあげる」
若草が危険物を扱うように鞄を大事そうに抱えながら叫ぶ。
「これ以上物騒なもんを持たせるなよっ!」
「青ちゃんの持っている銃、M9(M92FS)はどちらかと言うと小口径で殺傷力はマグナム弾に比べて低いの。反動が少なめで取り回しも楽だけど、マン・ストッピングパワーは弱い。ヘッドショットが決まれば別だけど、多分、一発であなたは仕留められないでしょ?」
「マンス?ヘッドショット?俺、戦争しに行く訳じゃ……この銃は脅しぐらいにしか使わないって。弾も15発ありゃあ十分だし。それに俺は誰かに狙われている訳じゃないだろ?」
杉村が若草の話を聞いた後も若草を逃がすまいと両肩に更に力を込めていく。
「いや、今、お前に殺されそうなんですけど!」
僕に助けを求める様に視線をこちらに送る若草。杉村を止めようと腕に手を伸ばす。
「大丈夫だって。次、狙われるとしたら僕か他の軍部で……若草は無関係……」
元軍部の連中が誰かに狙われて姿を消すのはよくないが、他人にかまっている余裕が今は無い。大事な人を守るのに精一杯……あれ?何かが頭の中でひっかかる。若草は安全だと本当にそう言えるのだろうか?仮に犯人が僕を狙うならいつでも殺せたはず。元軍部の先輩達がほとんど姿を消したけど……そもそも元軍部が狙われているのは分かってても、狙われる理由を僕は知らない。2年A組襲撃事件を始点としてこれまでの僕の周りに起きた事件を仮に人為的な同一犯として時系列に並べた場合……。
(4月下旬)2年A組襲撃事件
(7~8月?)新田透の失踪
→森で身体の一部が発見される。
(7月下旬)キャンプ場にて石竹・日嗣が謎の男と犬に襲われ瀕死。
(10月?)夏休み明け元軍部の先輩数人が行方不明に。生死不明。
(10月下旬)アニメ研究部の撮影終了後、木田が通り魔に襲われて意識不明の重体。
(11月)北白直哉による再犯。鳩羽と江ノ木が監禁。生贄ゲーム被害者に。
(11月)北白直哉・死亡。杉村誠一の自首。
(12月)元軍部の先輩数人がその後も立て続けに行方不明。
「ろっくんその腕を離して?青ちゃんはもっと武装すべき。私の中のゴーストがそう囁いているのよ」
それは多分、ゴーストというかもう一人の君だと思う。
「緑青!早くこの杉村の手を退けてくれ!?肩を砕かれちまう」
「いや、杉村の言ってる事はあながち間違いじゃないと思う」
「緑青?」
「一見、軍部の連中が数人ずつ無作為に居なくなっている印象を受けるけど、木田や日嗣姉さん、鳩羽や江ノ木の事も無関係とは思えない」
「という事は、俺もそのうちターゲットに入るって事か?」
「消えていく軍部の連中と通り魔に襲われた木田、北白に監禁された鳩羽と江ノ木、そして謎の男に刺し殺されそうになった日嗣姉さん」
「……軍部の連中は最初から全員を消すつもりで、順序や系列がバラバラだな。元軍部の3年に被害が集中してるのは気になるが」
「対して、元軍部以外で傷害事件に巻き込まれた人物は……」
「明らかにピンポイントだな。しかもそうする必要があったかの様な印象を受けるな。木田や江ノ木、鳩羽が襲われて1番近くに居るはずの俺や佐藤が狙われないのはおかしいもんな」
これまでに被害にあった人間を頭に思い浮かべる。
「そして、その二つのグループに共通しているのが」
若草が驚いた表情で僕の顔を覗き込む。
「お前……だな。もしくは杉村?いや、軍部と杉村の繋がりは、目撃情報ぐらいだ」
「もしかしたら、僕の性で何人もの人間が……それで日嗣姉さんは僕に動くなって……いや、でも僕が動かなくても木田、江ノ木や鳩羽、軍部の人間が被害にあって……何の解決にも繋がらなかった。もしかしたら僕が何とか出来たかも知れないのに!」
若草が息を飲み、僕に尋ねる。
「お前と日嗣が表だって接触しなくなったのは端から見ても分かっていたが、裏でまだ繋がっていたのか?携帯とかも無いのにどうやって接触を?」
「日嗣姉さんの話では山小屋で姉さんを襲った犯人、もしくは僕らを殺す様にし向けた人物は、僕らの近い所から見ていて下手に動くと再び僕と日嗣姉さんの命や、周りの人間を狙ってくるって言われて動かないでいた。聴力も失ったフリをして。そして、時がくれば日嗣姉さんの仕掛けた罠に引っかかって姿を現すと」
「よくそんな連携とれてたな。接触もせずに」
杉村が若草に帰る気が無くなったと判断して両肩への力を抜いて若草を解放する。
「留咲アウラさんの力を借りてたんだ」
「あ?あの心理部に新しく入ったあの褐色の女か?」
「そうそう。彼女は星の教会のメンバーでもあって、日嗣姉さんにとって一番信用出来る人間だからね。彼女を経由して色々と連絡をとっていたんだ」
「なるほどな。だから心理部にもやってきたのか。あいつは特に事件被害者とかじゃ無いもんな。唯一まともそうだし」
杉村が話についていけずに、終始首を傾げている。記憶を改竄する前なら恐らく通じていただろうけど。
「……なぁ。一つ質問いいか?」
若草が顎に手を当てながら口を開く。
「今、校内に流れている噂が真実だと仮定する。軍部の連中を杉村が消していたと仮定して、その状況に恐れを抱いた犯人が自分の身を守る為に杉村の周りの人間に危害を加えているとは考えられないか?犯人は石竹を狙わないんじゃない。狙え無いんじゃないか?」
「狙えない?僕は無防備だけどなぁ。キャンプ場での件だって殺されかけたし」
「あぁ。だが、現にお前は生きている。寸前で杉村に助けられてな」
そういえばあの時、止めを刺される直前で杉村の投げたナイフが犯人の手に突き刺さってそれを食い止めたのだ。
「ハニーちゃん。その節はありがとな」
杉村が笑顔で僕に抱きついてくる。
「ううん。ろっくんが無事で良かった!」
若草が咳払いをして話を続ける。
「多分、狙わないんじゃない。狙っても四六時中べったりの杉村に邪魔されて狙えないんだよ」
キャンプ場での一件を振り返ると確かにそうかも知れない。しかし、隙があれば僕も犯人に殺されるという事だ。殺されないのはやはり、日嗣姉さんの指示通り、耳が聞こえないフリを続け、犯人の驚異に成り得ないと思わせていたから?むしろ殺そうとしても杉村に返り討ちに合うデメリットの方が大きいから犯人は狙わなかった?
「そんでお前には聴力が戻ってから話そうと思ってたが、あの森で、杉村は北白直哉の弟に猟銃で狙撃されている」
「うん。杉村のピンチだからランカスター先生から特殊部隊Nephilimが出動したんだろ?」
「あぁ。だがな。俺と佐藤はお前の事を追って森に入ったんだ。そして北白家の森、私有地に入る寸前の敷地前で警察の応援を待っていたんだ」
「特殊部隊Nephilimの方じゃなくて?」
「あぁ。警察へのコネがあった佐藤経由でな。特殊部隊の存在なんて俺ら二人は知らなかったし。ランカスターが応援をよこしたのも星の教会、教祖である日嗣からのメールと杉村の命が危険に晒されている情報を受けて部隊に救助要請をした」
ん?何がおかしいんだ?
「俺達は警察の方だけを待っていた」
特殊部隊の事は2人は知らなかったのか。
「そんで駆けつけたのが、杉村誠一さん」
「パパだぁ!!」
杉村が自分の父親の名前だけに反応する。
「え?誠一おじさんさんが警察?傭兵の間違いじゃ?」
現在はタクシードライバーだけど。
「そこなんだよ。そこが問題なんだよ。杉村の親父さんは勤め先の八ツ森タクシーにかかってきた身元不明の人物から娘の危険を知らされて駆けつけたらしいんだ。そこに俺らが居合わせて同行させて貰った」
「だから、それは日嗣姉さんのメールに気付いた誰かが……」
若草がいつになく真剣な表情で首を振る。
「杉村が撃たれた事を最前線に居たはずの俺と佐藤は知らなかった。ましてや俺達はともかく、杉村が追ってきている事すらお前と日嗣は気付いて無かっただろ?」
僕の脳裏にめまぐるしく夏休みの出来事が過ぎる。キャンプ場を越えた先、北白の森での日嗣姉さんと僕の冒険。
「じゃあ一体誰が?」
「それが分からないんだよ。あの時、杉村を撃った北白の弟以外に……杉村の状況を知る人間が居ない。ピンポイントで杉村の救助要請をおじさんが勤める八ツ森タクシーに出来る奴がいないんだ」
杉村が苦しそうに呻きながらしゃがみ込む。先ほどまでとはうって変わって小刻みに震えている。
「あの時ね、銃を持った男は誰かと電話してたの。私の事を銀髪の女の子と勘違いしたみたいで。でもその後、私の事は撃つなって指示されてたの。けど、結局その男の人は指を斬り落とした私に腹を立てて……?あれ?なんでこんな事知ってるんだろ?何の?誰の記憶?」
「「犯人だ!!」」
銀髪という事はあの場で射殺されるはずだった人間は日嗣尊だと言うことになる。北白の森で杉村が撃たれたのは誰かの指示によるものだった?正確には犯人が射殺を促したのは日嗣尊であり、逆にその場に居合わせた杉村の事は助けようとしていた?
「じゃあ何か?標的は日嗣尊の方で杉村では無かった。しかも、その証言が正しいとなると、撃たれた杉村蜂蜜を助ける為に八ツ森タクシーに電話をかけて誠一さんを救助に向かわせたのは犯人自身だよな?」
何故だろう。分からない。日嗣姉さんと僕は死んでもよくて杉村はダメ?
「杉村の事は殺す気が無いらしいな」
「そうみたいだな。むしろ助けようとしていた。ハニーちゃんに殺されない範囲で動いて、殺そうともしない」
ハニーちゃんが不思議そうに頭を抱えながら歩き出す。そっちはハニーちゃんの家がある方向だ。
「うぐぐー。これ本当に私の記憶?身に覚えが無いのになんでこんな事知ってるんだろ」
若草が歩き出した杉村を追いかけながら僕の腕を引っ張る。もう帰る気は無くなったらしい。
「緑青、銃で杉村が撃たれた時、俺達の前に現れたのは間違いなく「働き蜂だった。軍人の様な口調に俺の事をソーセージ。佐藤の事をロリポップと呼んでいたしな」
「待て、青磁!?夏休み明けてからも働き蜂さんの記憶は消失してたんだよな?なんでロリ村(杉村)に働き蜂の記憶が?」
若草が思い出したように手を叩く。
「そういや……そうだよな」
満月の光が黒い雲の隙間を塗って僕らに降り注ぐ。歩き出した僕らを引き留めるように若い女性の声が後ろから聞こえてきた。
「青……ちゃん?」
商店街の住民が月明かりを受けて姿を浮かび上がらせた僕らに気付いて声をかけてきたようだ。本当に若草青磁はこの商店街の誰からも好かれている。
僕らが振り向くと、そこにはゆるくウェーブのかかった茶色い長髪を肩ぐらいまで伸ばしている若い女性が居た。
身長も杉村と同じか少し低いぐらいで、その華奢な身体付きから僕らよりも少し年上ぐらいの年代に思えた。端から見ると素敵な年上のお姉さんだが、ペドフェリアな若草の目には15歳以上の女性はどう頑張っても美少女だろうがおばさんに見えてしまう。杉村の事ももちろんおばさん扱いだ。少し、軽い印象を受ける若草だが軍部のアイドル、音谷 眩を筆頭に年上の女性には結構モテる。
「母さん……」
ほらね、どんなに綺麗な年上の女性でもお母さんと……。
「「えぇ”っ?!」」
僕とロリ村の驚き声が重なる。どう高く見積もっても20代前半にしか見えない。夜道ではあるが、街頭と月明かりが彼女をはっきりと浮かび上がらせていたので見誤る事は無い。
「ん?どうした?お前等?俺の母親の若草紅だけど?」
僕らの驚きに構わずに、紅さんが青磁の服の裾を引っ張って引き留める。
「青ちゃんもう遅いよ?今日は帰って来ないの?」
若草が戸惑いながら僕らに目を向ける。そして後ろ髪を引かれながら母親の紅さんの手を解く。
「ちょっと、クラスメイトの家に忘れ物を取りに行くんだ。返して貰ったらすぐ帰るから」
若草の決断は概ね正しいと言える。僕との接触を後回しにして何回も周りの人間に目撃されるのは危険度を自ら上げる行為だからだ。それに僕らは事件の真相に近づきかけている。
北白の弟に猟銃で撃たれた記憶を持つ「ロリ村」と、北白の森で僕の後を追った「若草」と、謎の男に日嗣姉さんと一緒に襲われた「僕」。
何かが繋がりそうだった。