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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
前進そして後退?
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二度目の再会

父親と面会する緑青君。その事実に君は……杉村さん、あなたが彼の傍に居てあげて……?あれ?杉村さん?

 その日、僕は学校を休んで父に会いに東京の中心地まで出向いた。父が収容されている刑務所に着くまで色々な事が頭を過ぎる。父は母を刺し殺した。けど、不思議と憎しみは抱かなかった。いや、抱けないの間違いか?何故かは分からないけど杉村おじさんに促されなければ自発的に会いに来る事は無かったと思う。警察の人を通して面会の予約は済ませてある。父も久しぶりすぎる息子との面会に拒否反応は示さなかったようだ。電車に揺られて1時間30分ほど最後に見た父親の姿を思い出していた。一般的に良い父親だったのだと思う。むしろ刺された母の方に問題があった。小さい頃はよく分からなかったけど、父と母は両家の縁談により結婚が決まった。母はそれなりに容姿が良く、ミステリアスな雰囲気が男性を惹きつけていたようで子供を連れて買い物をしていても知らない男の人によく声をかけられていた気がする。特定の浮気相手がいる訳ではなく、声をかけられてしばらくすると雨の日に僕を公園に残してどこか出かけてしまう。

 当時の何とも言えない寂しさを思い出して、今がどれだけ恵まれているかを実感する。そんなに目立つ方では無いし、突出した特技も、面白い話が出来る訳でもない。どちらかというと愚鈍な方であまりクラスの中心人物的立ち位置では無い。それでも今はこうしてリア充なクラスメイトと比べれば少ないかも知れないが、周りに僕を慕ってくれる人間もいる。かなり個性的な面々だが。


 思考を元に戻す。


 つまり、母は父と婚姻を結び、僕を産んだにも関わらず、男遊びが止む事は無かった。むしろ、叔父さんの話では昔は清楚、可憐で、浮気など考えられない様な淑女だったようだ。何が原因でそうなったかは分からないけど、とにかく僕は父が我慢に我慢を重ねた結果、無理が生じてある日それが爆発して母を刺したのだと思う。

 仕方が無いと思う反面、只でさえ、浮気性の母を持つ子供というレッテルが世間から貼られていたのに加え、母が死んだ日から、今度は人殺しを父に持つ息子という最低最悪なレッテルが貼られてしまった。


 子供というのは残酷で、自分の親が僕の事をそう見ていると感じるとそれに影響されて僕に攻撃的になる。あいつは悪い奴の息子で、成敗が必要だと。僕は無意味な暴力に晒されていた気がする。


 いつからだろう。


 僕が表立っていじめられなくなったのは。


 「……緑青……だよな?」


 その懐かしい声に我に還る。今、透明な壁を挟んで目の前に父が座っている。父、白緑びゃくろくが最後に僕の姿を見たのは7歳ぐらいの時だからそうなるのも仕方ない。


 「そう……だよ。緑青です」


 10年以上疎遠だった父との距離感が上手く掴めない。感動の再会でも、心の整理がついてからの面会でもない。未だに僕の心は混沌としていて自分でもよく分からない状態だからだ。


 「緑青。すまなかった……ずっと、ずっと謝りたかったんだ。だが、その機会すら緑青には許されていない様な気がして。苦労をかけたと思う。申し訳なかった」


 僕は正直に自分の気持ちを打ち明ける。


 「いや、どうすればいいか分からなかっただけだよ」


 原因を作ったのは母だ。けど、刺し殺したのは父だ。誰がどう悪くて何を許せばいいのかが分からなかった。


 「そうだよな……。分からなくて当たり前だよな」


 どちらかというと、母親似の様で父に似ている部分は少ない。あるとしたら寝癖の様な癖がかかった髪型ぐらいだろうか。40手前の男性にしては若々しい様に思える。柔和な顔に留置所生活の疲れか、眼が淀んでいる。色々な事が頭を巡るが、僕が今日、ここに来た目的は親子の長年の溝を埋めに来た訳では無い。


 「ここに来たのは、あなたとの溝を埋める為に来たのでは無いです」


 父と呼ぶにはまだ抵抗感があった。特に拘りも無いので父と呼んでもいいが、自然とその呼び方が口から出た。あなた呼ばわりされた父が少し悲しそうな眼をする。それに少し罪悪感を感じつつ、言葉を続ける。


 「杉村おじさんが、ある事件の犯人を殺害して逮捕されました」


 驚いた様に身を乗り出す父。


 「なぜ、そんな事に!?あの誠一さんが警察に捕まるような事をするとは思えないが……」


 面会時間は限られている。無駄話をするつもりは無い。


 「今日、ここに来たのは杉村おじさんの示唆があったからです」


 「誠一さんが?緑青をここへ?」


 「僕の青い傘を返して貰う為にここに来ました」


 父が眼を見開いて僕の瞳を覗く。青い傘を返して貰う。それが二人の間で交わされた約束か何かだったのだろうか。


 「思い出したのか?」


 あぁ、やっぱり。何かを父は僕に隠している。杉村おじさんが言っていた。八ツ森の一つのルールを破れる唯一の人間は父だけだと。


 「やっぱり……僕と北白直哉は何かしらの繋がりがあるんだね」


 「思い出してはいないのか……なら、なぜその事に気づいたんだ?」


 「決定的だったのは、北白直哉のお通夜に顔を出した時、会った事も無い男の生前の顔が脳裏に蘇ったのと、北白家から弁護士さんを通して一生遊んで暮らせる様な額の大金が振り込まれた事」


 「北白がそんな事を……確かあの事件で重度の精神病が明らかになって無罪になったと聞いていたが、罪悪感は感じていたのか」


 駄目だ、情報的に父に伝わっていない情報が多すぎて話が進まない。覚悟を決めて父の眼を見据える。その雰囲気を感じ取ったのか、父が姿勢を改める。


 「父さんが分かる事だけ教えてくれたらいいよ」


 父さんと呼ぶところで少し声がうわずってしまったが、気にせず続ける。


 「八ツ森のルールって何?」


 恐らく僕が一番知らなければいけないのはここだ。父が口を閉じ、難しい顔をして手を口にあてる。選択は間違えでは無かったようだ。


 「緑青、記憶が戻った訳では無いんだよな」


 「はい。7年前に八ツ森で起きた事件に関わっているとは感じているけど、全く身に覚えが無いんだ。色々調べたんだけど、そこにも僕がその事件に関わった記録は無いし。ハニーちゃんに聞いても答えてくれない」


 父が優しく微笑んだ様な気がした。それは昔、僕の頭を撫でてくれた時に見せる表情だった。


 「緑青、君の大切にしていた青い傘、ハニーちゃんに貰った傘を返す時が来たようだね。ありがとう。私が、今日、ここまで生き長らえて来られたのは君に……緑青にこの傘を返す時を待ち続けていたからなんだ」


 *


 八ツ森の駅に着いて自宅のマンションに着くまでの間、僕は急に降り出した土砂降りの雨に構うこと無く、バスも使わずに歩き続けていた。


 僕の手には母の血痕がついた青い小さな傘が握られている。


 すれ違う人は不思議に思っただろう。傘を持っているにも関わらずそれを開かない奇妙な少年の姿に。


 父から告げられた事実は、僕のこの7年間を根底から覆す様な内容だった。身に覚えも無いし、俄には信じられなかったけど……合点がいく事もいくつかあった。


 浮気性の母を持ち、虐められていた僕を庇い続けてくれたハニーちゃん。更に妻殺しの息子として風当たりがひどくなった時も、ハニーちゃんは僕を庇い続けてくれた。


 その必要が無くなったのは、丁度、彼女が僕の前から姿を消した日からだった。僕はしばらく彼女の幻影を追い求めていたが、思い返してみればその頃から僕に対する虐めはぱったりと息を潜め、無くなっていた。避けられもせず、受け入れられもせず、それでも危害を加える人間は居なくなっていた。


 周りが成長して、精神年齢が上がるにつれてそういう事にエネルギーを注ぐ事に無駄を感じ始めたのかとばかり思っていたけど、そうでは無かったのだ。


 僕の幼馴染が姿を消した日、八ツ森に一つのルールが創られた。


 それは、他でも無い。


 僕の日常を守る為だけに創られた「たった一つの優しい嘘」だったのだ。


 でも、それを僕はどう受け止めていいのか分からない。頼んだ覚えも無いものを僕はどう捉えていいのか分からない。ましてや、僕がそんな憐れみの目で見られていたと考えてしまうと耐えられない憤りに似た様な感情が心に渦巻いてしまう。


 土砂降りの雨の中、僕はどうしたらいいのかも分からなくなってしまって、10年前や7年前に僕に太陽の様な光を与えてくれた友達を探し求める様に「紫陽花公園」へと足を運んだ。


 雨の降る日は、別の男と会う母のアリバイ作りに僕は公園で遊ばされていた。母が迎えに来てくれるのは夜遅く、その度に、母の目がどんどん光を失っていくのに気づかないフリをして。


 僕が何かを必死に求めていれば、あんな事にはならなかったのだろうか。


 父は母を愛していた。


 そして母は、父の事も、僕の事も愛していた。


 どこかで何かの歯車が狂いだした。その歯車を元の位置に戻せたのは僕だけだったのかも知れない。

 この状況を作り出したのは他の誰でもない、僕自身だったのかも知れない。母は誰かに叱ってほしかったのかも知れない。こんな駄目な私を叱って抱き留めてほしい。父は母と別れるのを恐れて、見て見ぬフリをした。その反動で僕に暴力を振るってしまったのかも知れない。父は僕も刺し殺すつもりだった。でも、それは母「あおい」の必死の抵抗で叶わなかった。父は僕を殺して自分も死ぬつもりだった。現場に戻ってきたのは僕を殺す為。それは愛していたから。でも、僕が見当たらなくて、自ら罰を受ける道を選んだ。それは自ら死ぬことよりも苦難の道だったのかも知れない。けど、父と母は僕のこの平穏な7年間を守り続けてくれたとも言える。


 力無く、紫陽花あじさい公園のベンチに腰をかける。雨はまだ降り続いているが寒さも痛みも感じない。愛情も憎しみも感じられない。何も。手に子供用の小さな青い傘を握りしめているだけだ。


 僕はどうしたらいいんだろう。


 うずくまり、地面に出来た水溜まりを眺めていると女の子が笑いながら遊具で遊んでいる声が聞こえてくる。遠くでブランコがギシギシと揺れる音がしている。


 僕とは対照的に元気な女の子の声を聞きながら、意識を失いそうになる。体温は既に無くなっているように思えた。このまま死んでも僕に未練は無いように思え……。目の前にあった水溜まりが爆音と共に水飛沫をあげ、泥水を周囲にぶちまける。


 まるで不発弾が爆発した様な衝撃に僕はベンチに仰向けになる。全身に泥を浴びながら目の前の超常現象を確かめると、丈の合っていない小さなレインコートを羽織った金髪の女の子が足を地面にめり込ませて突っ立ていた。


 「抜けない。助けて?ろっくん?」


 お前かよ。


 と思いながら、溜息をついて杉村の手を取る僕。結構地面に埋まっている。というか、ブランコの遊具がある場所からここまで20m以上あるけど、ここまで飛んできたのか?相変わらず桁違いの身体能力である。

 「どうしたんだよ。こんなとこで」

 「ろっくんこそ」

 「学校はどうしたんだ?」

 「おさぼり」

 「駄目だろ。特に理由が無いなら休んじゃ……」

 「ろっくんはどうしてここに?」

 「ん?あぁ、ちょっと嫌な事があって……」

 「へぇ。奇遇だね。私もなんだ」

 嫌な事があったと言っている癖に、クスクスと小さい女の子の様に雨の降る公園でくるくるとバレリーナの様に回りながら僕の周りを楽しそうに回転している。楽しそうで何より。

 「あ、それ、私がこの前交換した傘だね。大事にしてくれて嬉しいな。でも差さないと意味ないよ?」

 「ん?確かにそうだな。けど、子供用でとてもじゃないけど雨を防げ……ない?」

 「フフフッ、変なの。私達子供なのに」

 僕はその言葉の違和感に気付いてしまう。確かに僕等はまだ未成年だけど、今、杉村が差している子供はもっと別の意味を持っている。それに、この傘と杉村が羽織っている黄色いレインコートを交換したのは10年も前の出来事だ。

 「す、杉村?いや、ハニーちゃん?」

 屈託の無いとびきりの笑顔で僕に返事する。

 「なーに?ろっくん!」

 「今年で僕らは何歳だっけ?」

 杉村が本当に可笑しそうに僕の泥だらけになった肩を叩く。

 「もう、そんな事も忘れたの?」

 僕は苦笑いをして、次の言葉を待った。不安と恐怖が入り交じり、顎がガタガタ震えてしまう。いや、これは体がきちんと寒さを感じ取れてきた兆候か?

 「私、ハニー=レヴィアン!8歳です!」

 「わぁ、よく言えました!」

 土砂降りの雨が止み、雲間から夕陽が僕らを照らし始める。


 僕らはこの公園で再び再会した。記憶の無い僕と、記憶を失ってしまった幼馴染と。


 「これ、どうしたらいいの?」

 「うーんとね、ハニーもわかんないや。フフフ」

 ……正確に言うと、8歳の頃の杉村はもっと冷めていて大人びた考えの持ち主だった。多分、サバ読んでる。もしくは都合のいい記憶の改竄が行われた?それは自己防衛反応の一種なのだろうけど、これはちょっと不味い事になったかも知れない。というか、死活問題だ。

 「これ、どうしたらいいの?」

 「えっとね、ハニーもわかんない。あれ?デジャビュー?」

 夕陽を浴び、笑いながら僕の周りをくるくると回る杉村はまるで花の妖精だった。僕は深い溜息をついて杉村の手を引いてとりあえず帰る事にした。


どうすんだ……これ。

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