軍部の名簿
≪軍部在籍リスト≫
1年:計0人 廃部の為。
2年:計8人
? 新田 透<死亡>
石竹 緑青←アオミドロ
斉藤 肇
畠 正一
亀山 冬太
速見 惇
田中 圭一
田中 慎一郎
3年:計13人
× 宍戸 友華
如月 エイラ
黒谷 景子
音谷 眩
草部 裕太
× 浜田 知也
春咲 龍一
× 森川 賢
× 笹原 暁
× 山本 信篤
× 中島 竜之介
× 旭 祐介
島原 芭蕉
昨年、生徒会により廃部が決定した軍部は現在解体されている。その原因を作ったのは生徒会に密告した石竹緑青の性だとされているが、それは何より普段の素行の問題であり、戦争根絶、世界平和への模索を謳いながら実際は研究資料と称してサバイバルゲーム用の装備を買い揃えていた。これでは潰れても仕方ない。だが私はチャンスを与えたのだ。行くあても無く、その身を寄せ合う吐き溜めの屑にもう一度チャンスを与えようとした。だが、お前達は選択を間違えたのだ。
八ツ森の西側に位置する廃工場を彼らはよく溜まり場にしていた。元々は地元にある製紙会社の一つだったが、八ツ森の一部の木が霊樹として認定され、原則的に伐採が禁止された煽りを受けて倒産してしまった会社の一つだ。ほとんどの設備が売却され、埃を被った事務用品が辺りに散乱している。工場の規模自体は大きく、十分に建物内でのサバイバルゲームを楽しめる広さはある。
内装を弄ったり、物資をそれぞれ軍部の人間が持ち寄り、秘密基地と化していた。もちろん合法では無いが、ここ10年買い手の現れない土地を少年少女達に乗っ取られても気に留める人間はいなかった。
だからこうして軍部の連中は時間が合えばここで時間を持て余している。だが、今日は少し様子が違ったようだ。
「おいっ!絶対にやばいって!」
グレーの迷彩が施された上下揃いの軍服に身を包んだ「笹原 暁」が息を切らせて廃工場の建物内に滑りこんで行く。
同学年、3年の「浜田 知也」と「森川 賢」がそれに続いて建物内に侵入する。彼らはこの拠点に隠してあるサバゲー用アイテムで武装するつもりらしい。
「俺達が〝2年A組襲撃事件″の実行犯ってなんで知ってるんだよ!」
少年達は戸惑い、混乱しながら自分達を追ってくる犯人を迎え撃つ為にナイフや、改造したガス銃に違法なBB弾をポーチとベルトに繋いでいく。
「誰から漏れた?あの如月や黒谷が告げ口したんじゃないだろうな!?」
肌黒い笹原がガス銃の弾を抜きながら、違法なBB弾を装填していく。辺りに丸い玉が跳ね飛ぶ。浜田の武装は電動銃と警棒。森川は複数の短いナイフと刃先の長いサバイバルナイフ。そしてスタンガンを腰に装着している。対峙して厄介なのは浜田と森川ぐらいか。
「いや、それは無い。あいつらも金を受け取って、口外しない契約を書類込みで結んだ。もしかしたら……」
3人は顔を見合わせて息を飲む。夏休みに新田が姿を消し、夏休みが明けてから更に3人の部員が姿を消した。
「行方不明になった新田や中島、旭、宍戸がきっと誰かに話したんだよ」
両手に銃を構えた笹原が敏感に物音に反応して、拠点となる廃工場の事務所の明かりを消す。それを合図にそれぞれライトをつけ、姿勢を低くする。
「ガラスの割られた音がした。きっとあいつが俺達を追って建物内に侵入したんだ」
3人は声を抑えて、サバゲーの要領で連帯を組み、事務所の扉を開けて広いフロア―の柱の影を利用して移動していく。銃に装着された赤いサーチライトが恐怖心を現す様に忙しなく揺れている。
「この工場は大きい。恐らく奴は同じ敷地内にある別の建物に侵入したはずだ。今の内にこの建物を出て裏手にある森に身を」
「馬鹿!こういう場合は助けを求めるのが先だろ?繁華街の方に逃げないと!」
大型の電動銃を大事そうに抱えた浜田がリーダー役の笹原に進言する。それにハンドガンを片手に構えた森川も深く頷き、賛同する。
「……それが出来ないから身を隠すんだよ」
ほう、なかなか賢い。
「いいか?もし、警察が駆けつけて保護されたとしても必ず理由を聞かれる。警察に捕まったとあの依頼人に情報がいってみろ?それに下手したら俺達が教室を滅茶苦茶にした事がバレてしまう。そしたら俺達は……」
他の2人が眼を見合わせる。
「契約違反。お金を返すだけじゃ無く、命を狙われる」
「そうだ。俺達に選択肢は無いんだよ。あの金を受け取った時点でな」
銃底でコンクリートの床を悔しそうに打ち付ける。
「最初から、嵌められていたのかよっ!」
ご名答。少し脅かしてやろうかなっと。同フロアに窓ガラスの割れる音が鳴り響く。その音に敏感に反応した3人はなりふり構わず出口に向かって走り出した。ブーツが床を蹴る音がフロア―響いてしまっている。これでは自ら現在位置を知らせている様なものだ。
月光のみが場内を照らす暗闇の中、甘い蜂蜜の様な香りが広がった様な気がした。チェックメイトだよ。お前達。
出口の大きな扉が開け放たれたと同時にリーダーの笹原の持つ銃が粉砕される。制服を着た金髪の少女から放たれた棍、トンファーにより瞬く間に原形を失った改造銃。体を硬直させた笹原を余所に他の2人が玩具の銃の引き金を引く。軽い連続した発砲音が辺りに響く。それはいつまで経っても鳴り止まない。それはなかなか的を仕留められないからだ。
建物の影に隠れながら3人の様子を確認すると、それぞれが必死に銃を構えて、金髪の少女に照準を合わせているが一向に命中させる事が出来ないでいるのだ。笹原と森川がハンドガンの弾を補充している間に浜田が必死に電動銃で少女を威嚇するがその隙を逃さずに突進し、森川に馬乗りになる。そして何時の間にか手に握られたナイフをその首元に宛がう。
「動くな。友の命が大切ならな。私はお前達に話を聞きたいだけだ」
その少女がナイフを何度か動かすと、森川の装着していた数本のナイフが連なったベルトが剥がされ、地面に放り投げられる。体の自由が効く笹原が予備の銃を少女の頭に銃口を突き付け、浜田が警棒を振りかざす。
「二度は無い」
少女は素早く銃口から頭をずらし、立ち上がると同時にトンファーを振り抜く。笹原を意識不明にさせた後、浜田の警棒を蹴りで吹き飛ばすと、もう一度トンファーを振り下ろした。本来の彼女なら2本のトンファー使いだが、日嗣尊の件で北白の弟の猟銃でもう一本を破壊されている。特注の様で新しく買い足されてはいないようだ。
「1人居れば事足り……る?」
地に倒れていた森川がその僅かな隙をついてスタンガンの端子を金髪の少女の膝の裏にそれを宛がう。
「これ結構強力な奴なんでね」
小さな青い光が迸り、その少女の体の自由を奪って行く。
「き、貴様!よくも女王蜂の体に!」
自由が効かないながらも、意識を失わない少女に驚きつつもそのまま電流を流し続ける森川。耐え切れずに少女が地面に膝をつく。
「よくも俺達をこんなめに合わせてくれたな!」
自由の効かなくなった体を少女は必死にトンファーで支えている。スタンガンを離すと落ちていた浜田の警棒を拾い、そのまま少女の側頭部に向かってそれを振り抜いた。小さな悲鳴が工場の裏手に響くがそれに気付く者は誰も居ない。
完全に意識を失った少女に跨り、笑いながら制服を脱がし始める森川。
「俺達をコケにしてくれた罰だ。こっちはあの襲撃事件の事を話したら消されるんだよ。居なくなった仲間や新田の様にな!二度とこんな事出来ない体にしてやる」
ブレザーを脱がせ、白いブラウス姿の彼女を見て驚愕する。トンファーやナイフを装着する為のホルダーが体を這うように締めつけられていたからだ。上着を脱がす事を諦めた森川が彼女のスカートを捲るとそこにもナイフを固定する為のベルトが腿に括り付けられていた。森川の中で欲望よりも恐怖が勝ったようで少女の下半身から驚く様に体を剥がす。
「なんなんだ!なんなんだこいつはっ!」
たじろく森川に私は声をかける。
「契約違反は犯して無いけど、彼女の為にも死んで貰うよ」
こちらの顔を確認する前に私は得物を振り降ろす。少年の体が回転しながら地面に叩きつけられる。不意を突かれたので恐らく首の骨は折れているだろう。死んでる。
「最初から殺すつもりだったけどね」
残りの二人に落ちていたサバイバルナイフを拾いあげると、それぞれの心臓を狙い、胸部を刺し貫く。眠りの中で死ねる事を幸せに思う事だ。笹原だけはその痛みに目を覚まし、自身の胸に突き立てられた刃を信じられないと言った様子でしばらく眺めていた。
広がって行く血溜まり。
その血の海に溺れて仕舞わない様に、我らの月の女神様をそっと抱きかかえて建物内の床に寝かしつける。彼女の事だ、すぐにでも眼を覚ますだろう。彼女の寝顔をずっと眺めていたいのもあるが、私にはこの外に転がる肉塊を処分する仕事が残っているのでね。
「お休み、愛すべき天使様」
*
少年達の苦しむ声が頭に響き、私は眼を覚ます。
朝だ。今日も調子が優れない。体がだるくとても重い。結局、この数日間で得られた情報に大したものは無かった。変に校外を探すよりも校内を探した方がもしかしたら効率がいいのかも知れない。
早く、早く、犯人に……白き救世主に繋がる証拠を見つけないと。ろっくんの命が危ない。
そろそろ学校に行かないとさすがに心配されてしまいかねない。学校に行く時間まで少し余裕もある。軽くシャワーを浴びたら、朝ごはんでも作ろうかな。
1人きりになってしまった家は他の人の温もりも感じないのでどこか寂しい。
ゆっくりと体を起こすと、私の掛け布団の上にそのまま放置されていた見覚えの無い黄色い手帳がベッドの端から落ちる。何だろこれ?
中をペラペラと捲りながら確認していくと、私の予定している日程がそのまま書き写されており、他には数人の名前が羅列されていた。これは夏休み前後に学年代表の田宮稲穂さんから入手した元「軍部」の名簿だ。
これは私の持っている生徒手帳にも書き写したやつだけど、なんでこっちにも同じのが書かれているんだろう。書くの間違えたのかな?
着替えを用意して居間に向かうと、読まれていない新聞が机の上に並べられていた。パパが読まないと新聞は溜まっていく一方。裁判の結果がどうなるか分からないけど恐らく数年は出て来られないと思う。裁判が始まるまでの間、その身柄も警察に拘束されてしまっている。
「ごめんね。パパ。もうパパを巻きこみたくないの。それに……」
北白直哉は明らかに、別の誰かに致命傷に繋がる一撃を与えられていた。それはパパの所持していた武装からはつかないであろう痕跡だ。誰かがあの場所に居て、口封じの為に殺したのだ。私は……いや、私達は前に進む為に犯人を自ら突き止め、真相を明らかにしなければならない。例えそれがどんな犠牲を払う結果になったとしても。
ふと思い出す。パパが新聞を読んでいて表情を変えた日の事を。確か私もそれに目を通して……。私はある人物の名前が書かれていた事を思い出す。北白直哉の名前の他に同じ八ツ森高校に通う「新田 透」の名前を。
頭が圧迫される様な感覚に陥り、誰かの警告する声が聞こえてくる。
ーー女王蜂よ。それ以上はダメだ。
「誰?貴女は一体誰なの?」
体に悪寒が走る。嫌な予感がしてテレビをつけると行方不明だった少年の遺体の一部が山林で見つかったと報道されている。警察では残りの部位は野犬に食べられてしまった可能性が高いと発表……。
「(そんな状態でも幸せって思えるお前が不憫に思えるよ)」
少年の声が頭に響く。それは他でも無い、今、ニュースで名前が上がった少年「新田 透」(17)の声だ。日嗣さんが私に彼の名前を聞いたのはこの事だったの?
目眩がして先程の黄色い手帳をフローリングに落としてしまう。名前が羅列された名前の横に×印が書き加えられていた。これは私が話を聞いて、有力な情報が得られなかった場合にする印だけど……笹原、浜田、森川という男子生徒に私はまだ接触していない。それにも関わらず、そこには既に×印が記載されたいた。そして、別ページに記載されいた新田透の名前の横には?印が書かれていて<死亡>とその横に書き加えられていた。
報道されているニュース画面を眺めながら私は思い出す。
「彼等を殺したのは……私だ」




