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第五ゲーム 8日目 肉と血

それは小屋内のゲームの決着。どういうつもり?

 北白さんに私達は問われる。


「今日はどちらの血を捧げて貰えるのかな?」

 私が口を開こうとするのを鳩羽君が素早く制する。

「質問いいですか?血を捧げない場合、パンは得られないという事ですよね?」

 北白さんが私達の為に用意してくれた物資を目の前に並べていく。

 「そうだね。対価無くして得られるものなんて何もないんだ」

 一通り、物資を床に並べると私達の目の前に椅子を持ってきてそこに腰掛ける。脇に分厚い聖書を抱えて首を傾げる北白さん。

 「今日は血を捧げません」

 「賢いね……そういう選択肢もあるのか。それを繰り返して、限界が来たら血を捧げる。それで食いつないで行けば、数ヶ月は生きながらえる事が出来るね。更に言うと君達の所望するもので、工具以外のものは下着も含めて言われた通りに僕が用意してきた」


 「例えば、日持ちのする食料を僕達が大量に要求した場合、それは叶えてくれますか?」

 北白さんが鳩羽君の言葉を受けて、聖書を椅子に置いて立ち上がる。

 「それはルール違反だよ。それは引き延ばせる命のリミットを通り越した行為だ。馬鹿の僕でもそれがフェアじゃないという事ぐらい分かるよ。それに……いや、とにかく、君達が血を流して得られるのは一日分の猶予だけだ。それに君達は大きな勘違いをしている」

 北白さんが小振りの薪割り用の斧を納屋部屋から持ち出してきて、それを片手に持つ。

 「今回は異例なんだよ」

 「異例?」

 鳩羽君が曇った表情になる。私は緊張してきて喉が乾いてきた。彼の匙加減で私達は死ぬのだ。

 「血を捧げない選択をした段階で、君達のうちのどちらかが死ぬ。君達が血を流すのは生き延びる為の手段でもあるんだよ。かつての儀式に与えられた猶予の時間を君達は知っているかい?」

 「3分?」

 「2分だよ。その間に生贄となる少女を僕が選ぶんだ。もちろん、より、生き残ろうとした方に僕は生きる権利を与え続けてきたんだ。意志に反して出血死した女の子もいるけど」

 「なぜ僕らを生かす?殺し合わせない?」

 北白さんが何かを思い出すように頭を捻りながら言葉を繋げていく。

 「僕が君達を殺し合わせようとしても、恐らくその通りにはならない。高校生2人がかりなら逆に僕が殺されちゃうだろうしね。鎖の長さから言って、僕に普通に襲いかかる事も出来るしね。そっちの男の子は剣道部のエースだし、警戒はしているんだよ。僕もまだ死ねないからね。だからまず、君達を衰弱させる為にこの山小屋に監禁した」


 鳩羽君がやっぱりと呟く。


 「実は決めかねているんだよ。僕もね。2人とも十分生きるために頑張ったしね、甲乙つけがたい。どちらも僕は生かしたいんだ。でもルールは破れない」

 それが如何にも当たり前の様に持論を展開するが、それはいくつかの矛盾をはらんでいる。けど、この場所は既に北白さんの支配下に置かれている。彼の気分次第で私達は殺される状況。

 「これは僕の罪滅ぼしだよ。本来ならすぐにでもどちらかを生贄に捧げるんだけど、どちらも僕はなるべく殺したくはないんだよ。だから少しずつ、結界を張る儀式に必要な血の量を君達から分けて貰っているんだ。数値化すると一人分の少女の血液量だから、約3ℓだね。それに届くまでこのゲームは続くんだ」

 鳩羽君が何かに気付いた様に顔を輝かせる。

 「もし、僕らの流す血の量が少女一人分に達した場合はどうなるんですか?」

北白さんが言い切る。

 「生け贄は捧げられた事になるから、2人とも解放するよ。必要無いからね」

 鳩羽君がこちらを向く。

 「確か、人の血液量は体重の約13分の1。その量の3分の1を失うと失血死の危険が伴うと聞いた事があります。僕の体重が約53kgです。江ノ木先輩……カナ先輩は?」


 「えぇっとね、3……」


ここは正直に答えた方が良さそう。


 「約48kg」


 「僕の失血量のデッドラインは1,4ℓで、カナ先輩のデッドラインは1,3ℓですね。2人がギリギリ目一杯の血を流せば目標の3ℓにやや届かないぐらいです」


 「でも、1ℓでも結構な量だよね?」


 「はい。大した治療も出来ない今、大きな傷は負えません」


 「なら、少しずつ分けて血を流していけば……あっ!」

 私はある事に気付く。

 「一度選択した部位は選択出来ない。しかも、血を捧げない選択をした段階で僕らのどちらかが確実に殺されてしまいます」

 私は目の前がクラクラしてきた。

 「最善策は、致命傷にならない部位で出来るだけ多く血を流す事?」

 「そうです……だから……僕の右腿を捧げます」

 「それでいいんだね?」

 静かに頷く鳩羽君。

 「一応ルールだからね。1分待つね」


 1、2、3……。


 私は頭の中で50秒を目安に数える。鳩羽君は、刺されるのに備えて近くに救急箱を用意している。私の体は自然と震え出す。


 20、21、22……。


 北白さんのナイフが自分の体に突き立てられる光景を想像してしまう。


 40、41、43……。


 刺された事無いから分からないけど、紙で指を切る10倍ぐらい痛いのかな?


 51、52、53……。


 大丈夫、女の子は出産の痛みに耐えられる体になっているはず。そろそろかな?


 「私の左腕を捧げます」


 鳩羽君が突然の私の言葉を訂正しようと口を開く。

 「ダメです!僕の」

 「時間切れだよ。君の左腕でいいね?」

 私は静かに恐る恐る頷く。必死に鳩羽君が私の言葉を訂正する為に叫ぶ。私は弱り切っている鳩羽君の口を塞ぐ。これ以上傷が増えると本当に危ない。せめて前の傷が塞がって血が流れなくなるまで私の体を使う。

 「君の左腕を傷つけるよ?」

 北白さんがなんの躊躇も無く、小さなナイフの刃先を私の左腕にあてがい、刃先が僅かに私の左腕を掠める。突き立てられるよりましなんだろうけど、痛覚が段々と滲んできて激痛が私の左肩から全身に走る。痛いなんてもんじゃない。こんな痛みを彼は3日間に渡って耐えてたの?私は泣き叫びながら左腕を押さえる。鳩羽君が包帯を準備してくれている。けど、私はそれを拒否する。血を、出来る限り流さないと……いけない。鳩羽君の分まで。ポタポタと音もなく床に私の血がその痕跡を紅く残していく。血でよく見えないけど、この紅く滲む服の下に肩の肉がすっぱりと裂かれているところを想像して貧血を起こしてしまう。頭の血の気が引いてきて、視界が狭まり、体勢を保てなくなってきた。力なく私は床に体を寝かす。それを優しく鳩羽君が受け止めてくれて無言でガーゼと包帯で患部を巻いてくれる。

 「無茶しすぎです」

 「うん、でも私も頑張るから、生きてここから帰ろうね!」

 その時だった。上空をヘリが飛行する音が遠くから聞こえてきて、遠ざかっていく。私達を探している捜索隊のヘリ?この辺りまで捜査の手が届いてきたのかも知れない。

 「北白さん……もし警察がここに突入したらどうなるんです?」

 「周りを囲まれて、捕まるか、最悪射殺だね」

 「ねぇ?私達を置いて逃げた方が……」

 返事をしようとした北白さんが、山小屋の扉をノックする音に反応して表情を硬直させる。その瞳に虚ろな光が射し込む。北白さんが椅子の近くにかけていた小振りの斧を構えて、大きく振りかぶる。ねらいは私だ。

 「ごめん、本当は君達を2人とも助けたかったんだ。それは本当なんだ」

 鳩羽君が私を支えてくれていた手を離して、慌てて無防備な私の前に出ようとするのが見えた。もういいよ、これ以上君が私の為に傷つくことは無いよ。キスありがとね。私は鳩羽君の襟首を掴んで、わざと遠くへ引っ張り倒す。足を怪我していない彼は踏ん張れずにそのまま転がってしまう。

 「貴方の魂に救い有れ」

 私はそっと目を瞑って微笑む。最後に北白さんの驚きで見開かれた両目が私の瞼の裏にいつまでも残っている。斧が私横っ面を掠め、そのまま振り下ろされた。金属が弾ける音がして私を柱に繋ぐ鎖が弾け飛ぶ。

 「ごめん、少しつきあってもらうよ」

 え?どういう事?鎖を破壊し、自由になった私の両足と肩を抱えるとそのまま小屋の扉を蹴破り、外へと飛び出した。私を抱えて森の中を必死に駆ける。久しぶりの外はまぶしい。夕焼けが私の目に染みる。

 「こんな目に合わせてごめん。でも、君を、君達を助ける為にはこうするしかなかったんだ」

 何を言ってるの?この人は。男の人は山を駆け、木々の間をぬうように走る。小枝から私を守るように片腕を私の前に出してくれる。森を抜け、山を降りていくと車道が通る道に出る。足音がしてそちらを向くと、そこに誰かが居た。知らないおじさんなのに、なぜか杉村さんの顔がその人の顔とだぶって見えた。

私はこの時を待っていた。7年もの間ずっとだ!

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