黒き魔女
青の少年と黄金の少女が姿を消した教室に姿を現した黒き魔女。彼女は何かに勘づいている?
石竹緑青と杉村蜂蜜が教室から姿を消してから3日経つ。未だに鳩羽竜胆と江ノ木カナの消息は不明扱いだ。それに加えてテレビであの三人組の男の行方が分からなくなっていると報道もされ始めた。立て続けに5人の行方が分からず、かつての八ツ森市連続少女殺害事件の主犯である北白直哉の失踪も人々が注目を集めている一因となっている。そう長くはかからないだろう。あの男が捕まるのも。ただ、私が、最も、気掛かりなのが3日前に杉村を追って山に入ったというこの2年A組の生徒、石竹君と杉村さんだ。恐らく彼等の目的は江ノ木や鳩羽の解放だろう。警察がいくら動こうと私にとっては問題では無い。だが彼等は別だ。刑法だとか法律だとかそんなものが彼等には通用しない。杉村さんに至ってはなんの躊躇も無く、石竹君に害を成す可能性がある存在を消し去るだろう。そして痛いのが、この現状下では私が迂闊な行動はとれないという事だ。私の横にいつの間にか立っているこの女に怪しまれるのが一番厄介でもある。懸念材料の一つに彼女の存在も入れておかねばならない……。
「ご機嫌よう、いつぞやは妹がお世話になりました」
切り揃えられた前髪の下から、上目遣いな三白眼が私を覗き込んでいる。2年A組の窓から教室の様子を眺める私の横に、音も立てずにゆらりと黒髪の美少女が私の横にすがたを現す。
「うおっ!星の女神様!お体の加減はもう良いのですか?!」
「ありがとう。私の妹のお友達だった方ね。お星様になった妹もきっと貴方に感謝しているわ」
ゆっくりとした口調で穏やかに微笑む日嗣尊。彼女の持つ不思議なカリスマ性が細馬将を一瞬で自らの配下に置く。自分の事を姉だと宣う狂女の癖に。君の壊れ方は全く美しくないよ。私は苛立ちを隠しながら奥歯を噛みしめる。
「尊さんの事は残念でしたが、命さんが無事で何よりです」
日嗣尊の狂言に示す生徒の反応は2パターンある。細馬の様に彼女の言葉を受け入れ、それに素直に従うパターン。もう一つは、錯乱している彼女に対して深く関わらずに真剣に相手をしない。一緒にキャンプ場に行った若草君や佐藤さんでさえ、軽く受け流す程度か、まともに会話すら交わしていない。それはそうだろう。共に時間を過ごした友人が、急に自らの事を死んだ姉である「日嗣命」だと名乗りだしたら困惑しない方が可笑しい。
「生徒会長さんもこの教室に何かご用事かしら?」
私は耐えられず、彼女に侮蔑の視線をぶつけながら笑顔で答える。
「これでも、この男(細馬)とは同じ杉村愛好会の一員です。居なくなった彼女を心配して顔を出すのは自然の成り行き。それより、珍しいですね。貴方がこちらに顔を出すのは。学校に来ているだけでも不思議ですが」
日嗣尊、いや自分を日嗣命と言い張る女が私の挑発にも表情一つ変えずに教室内を見渡す。
「私の妹が彼に勇気付けられたから。妹の意志を姉の私が引き継ぐのは当然です。あら?確か貴方達は若草君と佐藤さんね。その節は妹がお世話になりました」
若草君と佐藤さんがやや戸惑い気味のぎこちない笑顔で、日嗣尊だか命だかに手を振る。
「やはり、彼と彼女は居ないのね」
若草君と佐藤さんが少し神妙な面もちで頷く。
「江ノ木さんと鳩羽君と同様に、彼等も無事で居るといいのだけど」
教室内の彼等に向けられていた日嗣の視線が、いつの間にか私の方に向けられていた。
「彼にもし何かあったら、私は恐らく犯人を許しません」
これは警告か?それとも彼等に何かあった場合には只ではおかないという為の釘を間接的に私に刺しているのだろうか。山小屋でこの女を襲った時は目出し帽を被っていた。面は割れて無いはず。だが思った通り、こいつは厄介だ。底が全く見えない。何を企んでいるか分からないし。あの山小屋での石竹君との一方的な会話を聞く限り、相当なところまで何かを掴んでいるはずなのだが。なぜいきなり星の教会を解散させて、自らを姉と名乗りだしたのだ?意図がまるで分からない。殺しておけばよかった。いや、殺すはずだった。あの男さえ邪魔しなければ!
「では、ご機嫌よう。また何れ、どこかでお会いしましょう」
そう言い残し、彼女はゆらりと亡霊の様に自分のクラスに戻って行った。かつて銀髪だった黒き魔女よ。お前に何も未来は変えられない。