第五ゲーム 1日目
何者かに監禁された少年と少女。過去の事件と状況が酷似している事に恐怖を募らせる。貴方はまた繰り返そうと言うの?
――八ツ森高校、2年A組。
今日は江ノ木の姿が無いようだ。無遅刻無欠席を誇る天然系元気っ子の彼女が学校に無断で休むのは珍しい事だ。やはり彼女も木田の事が相当こたえているらしい。
「(緑青君、どうしたの?)」
杉村が僕に口の動きだけで言葉を伝えてくる。この会話は今のところ僕と杉村の間でしか使えない。僕が口の動きを読めても相手が分からないと意味が無いからだ。
「(江ノ木がいないと思って)」
少し不機嫌な顔をした杉村は呆れたように溜息をつく。今の杉村は主人格では無く、まだ未知の部分が多い殺人蜂さんだ。目つきが鋭く、悪戯っぽい笑みが小悪魔的で一部のMっ気のある男子からは人気が出そうだ。表情一つでこうも印象が違って見えるのは知らなかった。完全に性格も違うし。
「(あの分厚いメガネの小室って子と一緒で、不登校になったんじゃないの?)」
最初はそう思ったのだが、少し考えてから僕は首を横に振る。
「(あいつは、木田と小室の分まで学校に来ているつもりだ。だから意地でも学校は休まないよ)」
杉村が興味無さそうに伸びをして椅子に深く腰かける。
「(私はあなたさえ居れば、他はどうでもいいわ)」
そう言いながらも、木田の切り裂かれたマフラーを授業が始まっても外そうとしない殺人蜂さんの心遣いは主人格である女王蜂への配慮か。それとも、根源的なものを共有する彼女達は無意識にそれらが現れているのかも知れない。彼女の先ほどの言葉も、見方を変えれば僕を徹底的に優先させて考えているだけで、他が大切で無いと言ってはいない。今日も僕は彼女の観察記録を怠らない。2年A組の後ろの扉から木刀娘の東雲が辺りを見辺して田宮の姿を確認すると、借りていたカーディガンを丁寧に彼女に返す。
「助かったよ、稲穂」
「気にしないで?幼馴染みが破廉恥な格好で校舎内をうろつくのは耐えられなくって」
東雲の顔が真っ赤になって狼狽える。
「穴は塞いだ?」
「うむ。裁縫道具できちんと塞いで貰ったよ。ママに」
「うんうん。素肌も下着も見えてないから大丈夫ね」
教室を見渡す東雲。まだ誰かを捜しているようだ。
「すず?誰かを探してるの?存在感は無いけど、石竹君なら貴女のライバルの横に座っているわよ?」
なんて失礼な。間違っては無いけど。東雲が僕と目線を合わせると少し恥ずかしそうに視線を外す。なんでだ。
「違う。稲穂。あの鼻血君ではない。今日は、剣道部の後輩である鳩羽はこのクラスには来ていないんだな」
田宮が迷惑そうに、教室の窓から杉村の事を眺めている「杉村愛好会」の会長と本物の「生徒会会長」の細馬先輩と二川先輩を睨みつける。
「今日は後輩ストーカー君の姿は見ていないわね」
「そうか。手間をとらせたな」
「部活の朝練には来てなかったの?」
「あぁ。無断欠席は珍しいからな。少し心配になって」
もしかしたら、江ノ木が鳩羽君を連れ去ったのかも知れない。もしくは二人で愛の逃避行?いや、それは無いか。隣を向くと、こちらをずっと見ていたのか殺人蜂さんと目が合う。妖しく微笑むと、するりと僕の額に軽くキスをする。さすが獰猛な熊蜂である。教室の窓から空を見上げると、曇天。今日は雲行きが怪しい。これは一雨きそうだな。
*
雨が屋根を伝い、小屋全体に雨音が響いている。私と鳩羽君が謎の男に襲われ、どこかの小屋に監禁されてから2日ほど経っていると思う。当たり前だけど、持ち物は全て没収されていて携帯も手元に無い。隣でじっとしている鳩羽君と目が合う。
「帰りたいね」
「そう……ですね」
私達二人は薄暗い小屋の中、むき出しの裸電球一つで照らし出されている。部屋の中央にある二本の柱にそれぞれ片方の手を鎖で繋がれている。両足は錠で完全に固定され、歩くこともままならない。お腹空いたなぁ。
「昨日は眠れた?」
「貴女が眠ってしまったので、犯人に乱暴されない様にずっと見張っていましたから寝てません」
私は無神経になんの考えもなく寝ていた事が恥ずかしくなる。
「あ、ありがと」
「いえ、いいんですよ。気にしないで。それより、僕達をここに連れてきた犯人の意図が分かりません。ここに閉じこめてから2日めです。そろそろ何かしらの動きはあると思いますが……」
私はお腹を押さえる。
「竜胆君。私、お花を摘みに」
鳩羽君が両耳を塞いで目を瞑ってくれる。
「ありがと」
私達の片手を柱に繋いでいる鎖は意外と長くて、歩きにくい事を除けば結構自由は効く。だからこの小屋内で唯一鍵がかかっていない納屋部屋への行き来が可能で、そこにトイレも設置されている。簡単な作りの洗面所も横にあるので水分だけは一応確保出来ている。
ただし、鎖が邪魔して扉を閉めきれないのが悪評価だ。鳩羽君はああやって私が用を足す間、目を閉じ、耳を塞いでくれる。鼻も押さえてくれると助かるんだけど我が儘は言ってられないか。何故かポケットにあったハンカチは没収されずにそのままあった。私はそれで濡れた手を拭く。
私が元居た定位置に戻る気配を察したのか、目を開けて何事も無かったかのように中央の柱に背をもたれる。
「私達どうなるのかな?」
「わかりません」
「なんで私達を誘拐したのかな?」
「それも分かりません。ただ、気になるのはこの状況です。山小屋に鎖で繋がれた被験者2人。明かりは剥き出しになった裸電球一つ……これはまるで」
鳩羽君が状況を説明してくれてそこで初めて気付く。
「これ、もしかして、あの八ツ森市連続少女殺害事件の模倣?」
「はい。もしくは……再開ですかね」
最近、その事件の犯人が裁判所の許可を得て、正式に医療施設を退院したというニュースが報道されていたのを思い出す。
「すごく、怖いよ」
「僕もですよ」
脳裏に石竹君と杉村さんの顔が浮かぶ。こんな体験を彼らは10歳という年齢で体験してしまったのかと思うと恐怖で体が身震いする。私は殺される。もしくは、鳩羽君を殺してしまうのかな?嫌だよ。そんなのは!




