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ぽっぽっぽ


鳥類と菌類、その帰り道。

木田沙彩ちゃんが入院する実原総合病院で受付の手続きを済ませてから彼女の眠る病室へと足を運ぶ。今日は私一人ではない。鳩羽君が特別に付き添ってくれているのだ。幸運日ラッキーデイ。ありがとう沙彩ちゃん。

病室のドアを開けると仄かな西陽が窓から差し込んで、目を瞑る沙彩ちゃんの頬に陽を落としている。ベッドの背が傾いて見える彼女の顔は穏やかそうに見える。痛々しかった彼女の頭に巻かれた包帯も簡単なものになっていて術後の経過は良好みたい。少し髪も伸びた気がする。

 「体はこんなにも生きようとしてる。これで目が覚めない訳無いよね」

 鳩羽君が近くに椅子を用意してくれてそれに私が腰掛ける。

 「顔色もいいみたいですね」

 「だね。後は目覚めを待つばかり」

 鳩羽君が申し訳なさそうに沙彩ちゃんを見つめている。彼女と彼の接点はそんなに無いはずなのに。

 「沙彩ちゃんの事は知ってるの?」

 私の視線に気づいた彼が、まだ少年のあどけなさを残す白い顔をこちらに向ける。

 「いえ、直接話した事は無いですけど、よく2年A組に顔は出しているので、自然と顔は覚えてましたから」

 「沙彩ちゃんすごいんだよ?」

 「知ってますよ……」

 「あれ?そうなの?」

 「確か石竹先輩と杉村先輩を主役に映画を撮っていたとか。僕にそんな真似は出来ませんし」

 「だね。私、映像の方はさっぱり分からなくて。それなりにパソコンは使えるんだけどね」

 鳩羽君が私の言葉に静かに耳を傾け、西陽を顔に受けながら輝いて見える。彼の柔和な笑顔が私の心を解し、暖めてくれる。彼を好きな理由が少し分かった気がした。

 「私達がキス……したら目覚めるかな?他所でやれ!って怒って起きてきそう」

 鳩羽君が見て分かるぐらいに怪訝な表情になる。

 「するなら僕達じゃなくて、彼女にして下さいよ」

 全然慌て無い彼を見る限り、本当に脈は無いのかも知れないなぁ。

 「ダメだよ。初めてのチューが私じゃ、沙彩ちゃんが可哀想。君以外の王子様のキスが必要だね。彼女に片思いしている男子なら一人知ってるのだけど、彼女自身特に好きな人は居なかったはずだからね」

 鳩羽君が話を逸らす様に花瓶に飾られた水仙の花びらに手を触れる。私が飾ろうとして病室前に放置してしまった花だ。誰かが見つけて飾ってくれたみたい。

 「元気そうだね。水仙ちゃん。再会を喜んでいるよ」

 それに首を傾げる鳩羽君。変な子と思われないようにそれには触れず、違う話題に切り替える。

 「なんで今日は付いてきてくれたの?」

 それに呆れた様に笑顔になる彼。それは私に向けられたものでは無い。

 「部長命令ですよ。八ツ森市の美少女にこれ以上被害が出ないようにって。もう自暴自棄になっちゃダメですよ?」

 「うん。気をつけるね?あと私は美少女なんかじゃないよ」

 「貴女がそう思って居なくても、部長……二川先輩の中で貴女はそうなんです」

 「君は私の事どう思ってるの?」

 「えと、かわいいとは思いますけど、正直そういうのよく分からないんです。たかだか骨格と肉の付き具合のバランスが人間の美的感覚に適合しているかしていないかの話ですよね?」

 鳩羽君が本当に分からないといった顔で困ってしまう。

 「でも杉村さんの事大好きなんだよね?」

 それに対して自問自答するように考えながら答えてくれる彼。

 「顔ではないんです」

 「でもお人形さんみたいに綺麗な顔してるよね?彼女」

 あまりそこは気にしていないような素振りで思い出したようにそれに同意する彼。恋のライバルが彼女だと勝ち目が無い気がする。綺麗な金髪をなびかせ、透き通る緑の瞳に、白い肌と華奢な体。無駄な贅肉が無くて、研ぎ澄まされた体に着痩せしてるであろう豊かな胸。私が彼女に勝てる要素なんて一つも無い気がする。溜息をつく私。そこに丁度巡回の看護士さんが病室に入ってくる。

 「あ、そろそろ行こうか。鳩羽君」

 「仕事の邪魔しちゃ悪いですしね」

 私達二人は椅子を元に戻すと看護士さんに軽く礼をして病室を出る。病院の敷地を出たところで鳩羽君が口を開き、私の住所を訊ねてきた。

 「その辺りだと僕の家とは反対方向ですね。バス停までお送りします」

 「ありがと」

 ホントはここで別れるべきなんだけど彼のともう少し話がしたかったからその好意に甘えてしまう。外はすっかりと暗くなっていて風が私達の衣服をはためかせている。凍えそうになる。すっかりと冬だね。あの暑かった夏の日々が嘘のよう。

 「ね、鳩羽君。寒くない?」

 「寒いです。冬でも半袖の東雲先輩が信じられません」

 「あ、彼女にもお礼を言わないと。あの時、鳩羽君に加勢してくれたんだよね?」

 「はい。それで僕があいつらに木刀を使う価値も無いって主張したら、素手で加勢してくれたんです」

 「いい先輩だね」

 「はい。少しバカ正直すぎるところはありますが、すごく僕にも優しくしてくれます」

 「確か、毎朝、杉村さんの事を後ろの扉から見てるよね?その時にお礼言おうかな」

 「そうですね。あ、江ノ木先輩は何か知ってます?」

 「何を?」

難しい顔をしながら彼が思い出すように質問する。

 「この前、東雲先輩が珍しくカーディガンを着ていたのですが……僕が声をかけたら、貴様もそんな目で私を見るなー!って言ってすぐどっかに行ってしまって」

 私は耐えられずに吹いてしまう。多分、あの日だ。杉村さんが機嫌を悪くして、教室の扉にナイフで彼女を固定してしまった日だ。危うく彼女のかんざしで眉間を刺されそうだったけど、寸前で石竹君がそれを止めたのだ。あれ?結構それってすごくない?あの杉村さんの一撃を止めるって、相当技術がいるはず。私じゃまず出来ない。むしろ出来る人っているの?

 「江ノ木先輩?」

 「あ、ごめんごめん。鳩羽君が教室を出た後、杉村さんが本気を出して東雲さんをナイフで扉に磔にしちゃったの。その時彼女の制服に穴が空いてしまって」

 鳩羽君が何かに納得したように手を叩く。

 「それでですね。その日は道場に顔は出したんですが、カーディガン姿のまま道場の隅っこでずっと素振りしてたので。理由聞いても顔を逸らされて全然教えてくれなくて。よく見たらスカートにも穴が空いてましたし」

顔を真っ赤にして走り去る彼女を思い出す。かわいかったなぁ。

 「きっと杉村さんに負けちゃったし、田宮さんに周知の事実を明らかにされてたからね。ふてくされちゃってたのかな?」

 「そうかも知れませんね。周知の事実ってなんですか?」

 「彼女が格好をきちんとすれば女の子らしいって」

「言われてみればそうかも知れませんね。もう姉の様な存在なんで、気付きませんでした」

 鳩羽君が呆れる様に笑いながら私の手を引っ張ってくれる。なんで?

 「教えてくれたお礼です。僕にはこれぐらいしか返せませんが」

 私は嬉しくなって泣きそうになった。これあれだ。怖い人がたまにする親切みたいな感じだ。鳩羽君が少し照れ臭そうに聞いてくる。

 「なんで僕なんですか?もっといい人はいると思うんですが……」

 「わかんない。でも君からは特別な何かを感じるの」

 「何でしょうね。同じストーカー気質だからですかね?」

 「そうかもね」

 「そこは否定して下さいよ!」

 「でも君は私を叱ってくれた」

 「出過ぎた真似をしてすいません。生意気ですよね」

 私は首を横に振る。バス停まであともう少しだ。彼とこのまま手を繋いでどこまでも歩いていたい自分が居る。側から見たら私達はきっと恋人同士に見えるはずだ。彼の手は冷え性なのかあまり温かくない。私がもっと暖めてあげたくなるよ。

 「ね?私じゃ……ダメなんだよね?」

 寂しそうに顔を逸らした彼は、首元に巻いた灰色のマフラーに口元を埋める。

 「杉村さんには石竹君がいるよ?」

 私がそう言うと少し歩く速度を速めて私を引っ張る鳩羽君。

 「ずるいですよね。石竹先輩ばっかり」

 「ばっかり?彼はそんなにモテたっけ?」

 「いえ、こちらの事です。気にしないでくだ」

 「君には私がいるよ」

 彼の足を止めて抱きついてみる私だけど……本気で迷惑そうにしている。私はなんだか泣けてきて弱音をぶつけてしまう。

 「どうしたら、私の事を好きになってくれるの?!」

 「それは僕にも……分かりません。僕も石竹先輩と同じでそういうのよく分からないんです」

 「鈍感だから?」

 「そういう意味じゃないんですけどね」

 「君に私の好きは届いてる?」

 少し困った顔をする鳩羽君。彼の切り揃えた前髪の下からその瞳が私を捉えている。

 「好意もそうですが、口に出してますもんね。あなたの場合は」

 溜息と共に呆れられてしまった。

 「彼女には伝えたの?好きって?」

 鳩羽君が首を振る。あぁ、そうか。彼女の場合は近づいた時点で命の危険を伴うんだった。最近は隣に石竹君がいるから大分落ち着いてはいると思うけど。ふと1年の時の事を思い出す。彼の周りにはほとんど人は居なかった。居ると言えば佐藤さんぐらいだった気がする。2年に上がってからは確か若草君もそれに加わっていたけど。

 「佐藤さんももっと素直になったらいいのにね。私みたいに」

 鳩羽君が首を傾げている。

 「佐藤ってあの喫茶店が実家の姉の方ですか?」

 「そうだよ。1年の時は彼の横には佐藤さんが居たから。あの二人は一時的に同じ屋根の下で暮らしていた時期もあるしね」

 鳩羽君が何かを考えている。

 「それは無いでしょ」

 「そうかな?杉村さんが転校してくる前はずっと一緒だったからよく夫婦みたいだって、からかわれてたんだよ?」

 「そうなんですか?それは知らなかったです。でもそれは無いと思いますよ?だって彼は……」

 確かにそうだ。記憶が無いとはいえ、彼は佐藤さんにとって実の妹を殺した相手に変わりない。でも。

 「彼は過去の事件で、妹さんを殺さざるを得ない状況に追い込まれた。その事は佐藤さんも重々承知しているよ。強いよね、彼女。私よりも小さくて華奢なのに」

 そうですね。と鳩羽君。すごく悲しい目をしている。鳩羽君が辺りを見渡して、バス停を見つけるとそこまで手を引っ張って送り届けてくれる。バスのダイヤを確認する彼。

 「あと5分ぐらいでバスは来ます。では僕はこの辺で」

 「うん。ありがとう。私の王子様」

 「まぁいいか。好きに呼んで下さい」

 「またね、りんちゃん」

 「そのチョイスは悪意を感じますね」

 「ダメ?竜胆りんどう君は?」 

 「まぁ、それでいいですよ。でわでわ、カナさん」

 「カナと呼んで?」

 「……気が向いたらそうします。カナ先輩」

 「うむ。竜胆後輩よ」

 そこで手を振って分かれる私達。数メートル歩いた後、何かを思い出したようにこちらに駆けてくる。私がずっとその背中を見つめていた事がバレてしまったのかも。

 「あ、これ、僕の連絡先です。二川先輩が部長命令で交換しとけって」

私は渡されたメモを空高く抱えてくるくる回って喜びを表現する。

「あなたは犬ですか!喜びすぎです」

「必要ならば私はいつでも君の犬になるよ、わふわふ」

「残念、僕はネコ派です」

「にゃうにゃうー」

呆れられたのか、溜息が彼の口から漏れる。

「今度、それを二川先輩にやってあげて下さい。泣いて喜びます」

「君の前でしか私は獣にならない」

「獣にしては随分貧弱ですが……それはそれは光栄です」

呆れて笑う彼に私はお別れの握手をする。冷え性なのかやっぱり彼の手は冷たかった。私の熱を分けてあげるよ。名残おしそうに彼に手を振る私。今度こそお別れだ。でも連絡先は二川先輩の好意で交換出来た。これからお見舞いに行く時は付き添ってくれるらしい。やったね。沙彩ちゃんありがと。道沿いにあるバス停で私が待っていると、少し離れたところから男の子の悲鳴が聞こえてくる。その声の主は多分。さっき別れた鳩羽君だ!私は慌てて声がした方に走っていく。バスが私の横を通り過ぎて行くが、構わない。彼の事が心配だ。病室で眠る彼女の姿が頭をよぎる。彼まで私は失ってしまうの?!


 路地裏に、気を失って倒れている鳩羽君を発見する。嫌、そんな、嘘だ!


 私が慌てて彼に駆け寄ろうとすると、誰かが背後から私の口元に布をあてがう。変な匂いがする。私は必死に抵抗して暴れるけど、その力にあらがう事が出来ずに息を吸い込んでしまう。どんどん意識が薄れていく。もしかして、この前の人達が仕返しに?私、どうなっちゃうのかな?

そこで私の意識は途絶えた。鳩羽君、無事で居て!

 


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