着信1件:非通知
緑青君を巻きこみ、私の腹を切り裂いたお前に慈悲などくれてやるつもりはない。更なる過ちを繰り返すというのなら私は許さない。
着信が鳴る。
僕は慌てて自分の携帯を手に取るが自分のでは無いようだ。鳴り止まない着信音を頼りに広い屋敷からその発信源を探す。この北白家に僕とお手伝いさんと専属の担当医、3人の人間が同居状態にあるが屋敷自体が広すぎる為ほとんど干渉は無い。
「あ、直哉さん。おはようございます」
部屋の襖を開けてお手伝いさんの香織さんが起きてくる。彼女も携帯の着信音で目を覚ましたようだ。長い髪が纏められずに肩から下ろされている。
「どこからでしょうね?こんな朝早くから鳴るなんて、高野先生の携帯でしょうか……」
僕はそれに首を振る。恐らく弟の携帯だ。炊事場から弟の部屋を目指す。屋敷の中を横断していると他の部屋から担当医の高野さんも出てくる。
「おはようございます。この迷惑な着信音は誰のですか?」
「多分、弟のだと思う」
「まだ解約されて無かったんですね」
「うん。僕の方の身辺整理の方を優先させていたからね」
「そうですか」と素っ気無い返答で化粧前の眠そうな眼を擦る。私が弟の部屋に向かおうとすると、彼女に腕を優しく掴まれ、体に巻かれた包帯の具合を確かめられる。
「ふむふむ。順調に癒えてますね」
「担当医の腕がいいからね」
それに満足したように笑顔を向けてくれる。30代前半であろう女性にしては屈託のない童女の様な笑い顔だ。
「伊達に高給取りではありませんよ」
「ありがとう、それより……」
「私の業務用の携帯でも無いですよ?」
「うん。分かってる。恐らく弟のだ」
その場に2人を残し、僕は弟の書斎を目指す。扉を開けると、机の上で充電器に差さったまま音を立てて震えている携帯電話が目に入る。佐藤深緋さん経由で受け取った青い携帯電話。誰だろうか。また佐藤さんがかけてきたのかな?いや、違う。あの時はこの携帯を使って北白家にかけてきた。彼女がこの携帯の番号を控えていたような素振りも無かったし、僕にケジメをつけに来た日以来、音沙汰も無い。この先、恐らく彼女は僕達とは関わらない、そんな気がしている。
恐る恐る青い携帯電話の着信画面を見ると、非通知設定のようだった。留守番電話サービスに切り替わり、電話の主の声が録音されていく。
「7年ぶりかな。君の救世主だよ」
そのまま音声は録音されていく。それに出る勇気は今の僕に無い。加工されている声とはいえ、それがあの救世主様本人である事は間違いない。僕のやり残したあと一つの事を今度こそやり遂げないと。
<浄化は生贄を伴い儀式を経て魂は濁りの無い御霊へと昇華される。大いなる意志の導き手によりその道は示され、開かれるであろう>
今こそ僕の生まれ変わるチャンスなんだ。
家政婦の香織です。
直哉さんはその電話を受け取った後、家を出て行かれました。
八ッ森を貴方が1人で出歩くのは危険ですので、その身が心配です。