剣客三人衆
少女はその事実に罪を感じただ立ち尽くす。襲い掛かる影から彼女を救ったのは剣道部員達だった。
「私への接触はこれ以降控えてほしい」
私は驚いて彼女と向き合う。
「なんで?何のために?そんなのやだよっ!」
「犯人が私達の動向を見張っているかも知れない」
「犯人?犯人は杉村さんが……」
「そいつはただの実行犯。そいつに金を握らせて誰かが木田を襲わせた可能性が出てきた。佐藤さんの情報だけど死んだ男の口座に最近大金が振り込まれていたらしい」
なんでそんな事?!ただの高校生が誰かのターゲットになるなんて考えられない。
「恐らく、そいつは私達の教室を滅茶苦茶にした犯人と同一人物らしい」
全く以て繋がりが分からない。どういう事?
「木田は直前に杉村蜂蜜と行動を共にしていた」
「うん。知ってる」
しばらく小室亜記ちゃんが何かを考え倦ねているような仕草をして私と距離をとる。
「だめだ。これ以上君は関わるな。木田が私だけに情報を流したのは被害を最小限に抑える意味も込められていると私は思っている。だから巻き込めない」
急に突き放され困惑する。その場を立ち去ろうとする亜記ちゃんを呼び止める前に彼女はどこかに走り去ってしまった。一人その場に取り残された私は世界に取り残された感覚に陥る。皆私を置いてどこかに行ってしまう。自分の無力感を呪いながら俯いてバス停への道のりを歩いていく。その途中に白線が薄く引かれ、街灯の光が地面の赤黒い染みを照らしている。大きな赤い染みは2カ所にあって小さい方が恐らく沙彩ちゃんが倒れた場所だ。その場にしゃがみ込む私。
「また前みたいに皆と過ごしたいよ」
夏休みが明けて私達の日常は少しずつ崩れ始めた。何が私達を苦しめているんだろう。2年に上がった私達はまた去年みたいに平和な高校生活を過ごせるものだと思っていた。何かが変わった。変化点はどこだろう。私達の日常を壊した張本人。ふと脳裏に春に転校してきた杉村さんの顔が浮かび上がる。いや、違う。彼女自身に変化が現れたのは教室が誰かに荒らされてからだ。
私の頭の中で点と点が繋がり線になっていく。
んん?何か視えそう。
夏休み明け、木田沙彩ちゃんが上映アニメの改訂脚本を生徒会に提出していた。それは夏休み前に沙彩ちゃんが不在時に私が生徒会の田宮さんに渡した内容に不備があったからだ。そして新たに製作されたのは杉村さんが主役のアニメでは無く、石竹君を主役にした映画。
最初に作製されたアニメの脚本は杉村さんが主人公で分かりやすいヤンデレ系の学園もの。
石竹君を主役にした映画は、石竹君が爆発する話。
けど最終的には杉村さんの許可を得つつ、2人の幼馴染としての関係にスポットを当てた作品に沙彩ちゃんの意向で改変されている。何かが、どちらかが犯人の目に止まり、沙彩ちゃんは命を狙われた?沙彩ちゃんは事前に何かを察してたみたいで必死にあれこれ改変作業を行なっていた。
そこで私はある事実に気付く。
私が勝手に生徒会に脚本を提出していなかったら、彼女はこんな目には合わなかった?私は沙彩ちゃんの血痕に手を置く。
「ごめんね。私の性だ」
私が、私がもっと気をつけていたら!他の誰でも無い、私自身があの穏やかな日常を壊したんだ。全身から全ての力が抜けていく。動けない。私は間接的に親友を殺した。今まで沙彩ちゃんの為に流した涙が急に安っぽく偽善的に思えてくる。
「ハハハ、何それ。悪いの私じゃん」
私は立ち上がり、夜空を見上げる。ずっとそうして居たかった。何も考えたく無い。誰かにこんな私を叱ってほしかった。ここから見上げた星空はくすんでよく見えない。もっと山に近づけば綺麗な星が見えるかな?
「君、どうしたの?風邪引くよ?」
見知らぬ若い男から声をかけられる。私より2つぐらい年上の青年で、おとなしそうな感じの人だ。
「いいの。ほっといて」
青年が困ったような顔をしている。その後ろから更に男が2人ほど近づいてくる。
「どうした?」
「あ、いや、この女の子が道の真ん中でずっと突っ立てるから何事かと」
長身の男が虚ろな私の顔を覗き込む。
「お姉さん、この道は危ないよ?先週高校生の女の子が通り魔に襲われたってニュースで」
「知ってる」
3人の男が私の事を見て首を傾げている。変な女の子と思われたようだ。あながち間違っては居ないけど。マフラーから口元を出して3人の男に返答する。
「その女の子は私の友達なの。でも私が彼女を半分殺したようなものなの」
誰でも良かった。
「だから私を叱ってほしいの」
男たちが顔を見合わせている。長身の男が悲しそうな顔をして私の肩を寄せる。
「おいで。俺達が慰めてあげるよ」
私は首を振る。私は叱ってほしいの。男から距離をとろうとすると、両肩に込められた力が強められて身動きがとれない。普段なら怖くてパニックになってしまうけど、もうどうでも良かった。
「好きにして」
男たちが顔を見合わせて戸惑い、そして歪にその口の端を歪める。何かを囁き、私を少し強引に連れていこうとする。もういいよ。どうでも。私は青年達の灰色の車に乗せられようとしている。後部座席のドアがゆっくりと開かれて私はそのまま導かれるように体を折り畳もうとする。
「しっかりして下さい!」
ぼんやりとしている私の頭にどこかで聞いたような少年の声が響きわたる。青年達が驚いたように車から離れてその男の子の方を見る。彼は確か、私達のクラスによく顔を出している……誰だっけ?
「鳩羽竜胆です。貴女は確か石竹先輩のクラスに居た人ですよね?」
私が頷くと、頭一つ分ぐらい身長差がある男達から私を引っ張り出してくれる。
「ご友人が意識不明の状態で入院している事は知って居ます。でも自暴自棄に」
鳩羽君が冷たいアスファルトの上に叩きつけられる。寸前で受け身はとったものの殴られた後頭部を押さえている。先程の長身の青年が彼を背後から殴りつけたのだ。
「俺達のものだ」
鳩羽君が怖じ気もせずに立ち上がる。
「それは彼女が決める事だ。あなたはどうしたいんですか!江ノ木カナさん!!」
彼の叱咤が私の心に届いてくる。
「私は、私はこの人達の事は嫌い。生理的に無理」
周りを囲んでいた男達が顔を赤くして怒り出す。乱暴に私の肩を掴んで無理矢理向きを変えられる。
「離せよ!」
鳩羽君が男に飛びかかり、他の2人の男を巻き込む様に地面に倒れる。
「早く逃げて!近くに先輩達もいます。その角を曲がれば安全です!」
鳩羽君が叫び声をあげてそれに背中を押される様に私は走り出す。どうしよ、どうしよ、また私の性で誰かが危険に!背後で男の怒声があがり鈍い音が背後から聞こえてくる。先輩、先輩って誰!?
「誰か!誰か助けて!出ないと鳩羽君が死んじゃう!」
曲がり角に差し掛かったところで私は誰かとぶつかってしまう。細身で長身な男の人がぶつかった私の顔を覗き込む。
「うむ。この正当派天然系美少女顔は……確か2年A組の」
「江ノ木です。それより鳩羽君が!」
この男の人は知っている。この人も時々私のクラスにやって来て杉村さんにラブレターをしつこく渡そうとしてくる先輩だ。
「そうそう、この辺りで急に走り出してね……部活帰りで一緒に帰っていたんだけど、この辺に寄りたいと言い出してね。彼の行方を知らないかい?」
「私が男の人と揉めて、そこに鳩羽君が助けに!」
「なるほど」
私の肩を別の誰かがそっと叩いてくれる。
「私が行く」
身につけていたコートをラブレター先輩に投げつけると、その女の人が制服姿のまま走り出した。左手に布にくるまれた木刀を手にして。
「彼女はそそっかしいな。鳩羽君がその辺の男に負ける訳ないのに」
私は驚いて先輩の顔をのぞき込む。清廉な顔付きに人の良さそうな目が優しく笑う。
「彼は何てったって我が剣道部のエースだからね」
「え、エース?さっき走ってった東雲さんよりも強いの?」
何かを思案する様に顎をさするラブレター先輩。
「状況によるかな。東雲雀は自分自身の美学、武士道を貫くあまり相手に翻弄されやすい。相手に合わせて試合運びをしてしまうかれね。実力で言ったらトップクラスなんだけど非情に成りきれないタイプなんだ。優しいとも言えるけど、ある意味バカ正直とも言える」
「なら鳩羽君は彼女より強いんですか?」
「うーん、ムラはあるけど彼自身、相手に実力を悟られない様な戦い方をしている節があるからね。ほとんど無意識だろうけど。勝負に熱くなりつつ冷静に戦局を見定める知将でもあるからね」
「でも、彼は私の為に危険な目に!」
「そうだね、見に行こうか」
ラブレター先輩が私の肩を優しく抱いてエスコートしてくれる。その細長い手を見ると怪我をしているようだった。
「試合でですか?」
何を聞かれたのか一瞬分からなかったのか、少し戸惑いを見せた後「そうだよ」と短く答えてくれた。
「結構ボロボロにやられてね。だが次は負けるつもりは無いからね」
「そうですか、剣道も危険ですもんね」
角を曲がり、男達と対峙している鳩羽君と東雲さんが見える。
「なんだよこいつら!全然倒れねえ!それになんなんだこの女!パンチは弱いくせに、やたらと頑丈でほとんど攻撃が当たらない!」
「このガキの方もじわじわ押してくる」
「なんなんだこいつら!まだ高校生だろ?!」
ラブレター先輩がため息を吐く。
「あいつら、また悪い癖が出てるな」
「あ、ラブレター先輩!危ないですよ!」
先輩が東雲さんのコートを私に預けると自分の手にしていた布袋から竹刀をとりだす。
「ちなみに、私の名前は”二川亮”だから。以後、宜しくね」
背後の気配に気付いた2人が二川先輩の方に振り返る。その隙を狙って相手の男の一人が折り畳み式のナイフを取り出す。
私が悲鳴を上げる前に、二川先輩の強烈な突きがナイフを持った男の手を弾き、その切っ先が男の胸を打ち付ける。その衝撃で地面に倒れて苦しむ男。その光景を見て、背の高い男と低い男が怯む。その隙を見逃すまいと小さい男の方の顔面に竹刀を打ち込み、その場で気を失わせる。
一瞬の出来事だった。その迷いの無い竹刀裁きに私は言葉が出なかった。その剣先を残った長身の眉間にあてがう。
「片付はお前がしろ。その為にお前を生かした」
男が情けない悲鳴を上げて尻餅をついて慌てて仲間の男を抱え、自分の車に放り込んで車を急発信させる。
竹刀を布袋に直すと、鳩羽君と東雲さんに注意する。
「竜胆、正当防衛が認められる時ぐらい木刀を使いなさい。そして東雲さんも彼に合わせて無理に素手で戦おうとするな。君は強いがそれは木刀があってこその強さだ、奢るな」
2人とも反省したように頭を下げる。あの時、二川先輩が助けに入らなかったらナイフを出した男に刺されていたかも知れない。私が原因でまた……。私の体が思い出した様に震えだして涙が溢れてくる。
「ごめんなさい!私の性で皆さんが……」
剣道部の3人が微笑みながら私を囲ってくれる。まるで冷たい夜風から私を守ってくれるみたいに。木田沙彩ちゃんと小室亜記ちゃんが居なくなってひとりぼっちになった気がしてたけど、そんな事は無かった。こうして助けてくれる人が居て、私を叱ってくれる人がいる。
「鳩羽君、私を叱ってくれてありがとう」
それに鳩羽君は一度首を傾げるけど、すぐに優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。
「いいですよ。これでも僕は剣道部では「つっこみ」担当なんで」
私は頬を赤くする。
「鳩羽君って「攻め」だったんだ」
終始首を傾げている剣道部の人達。ここに小室ちゃんか木田ちゃんがいたら多分頭を叩かれていた。
「……私、鳩羽君の事好きかも」
しばらく間の後、驚きの声があがる。東雲さんが私以上に顔を真っ赤にさせてあたふたしている。
「またか。また一人、美少女が私以外の男に落ちた」
二川先輩が肩をがっくり落とす。鳩羽君が迷惑そうに眉をひそめる。
「いや、僕は既に好きな人は居ますから」
「杉村さんは石竹君のものだよ」
「分かってますよ!けど、もしもって事も」
「私じゃだめ?」
「だめです」
私はしょんぼりと肩を落とす。ため息をついて私をつれてバス停まで送ってくれる鳩羽君。申し訳ない。
「とりあえず、もうあんな無茶はやめて下さいね」
「うん。ごめんね」
「謝らないで下さい。これはただの良識的な注意勧告です」
「ありがと」
東雲先輩はその後もこの寒空の下をコート無しで歩いていた。二川先輩は鳩羽君を妬ましそうにずっと見ている。私なんかに残念がる必要ないのにね。二川先輩なら素敵な人が何人も見つかりそうだけど。その後も何度も私はアタックしたけど、鳩羽君は私を悟しながらずっと私の事をフリ続けてくる。そんなある日の帰り道でした。