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黒歴史

眼鏡のその奥にある決意。貴女は確か木田さんのお友達?

 「こんにちわ、おばさん」


 「小室さん。ごめんなさいね、わざわざ」


 「いえ、お気になさらないで下さい」


 木田沙彩の母親が何かを言い辛そうにしている。木田家にも私の噂は届いているようだ。

 「大丈夫です。区切りがついたら学校にはちゃんと出ますから」


 文化祭まで2ヶ月と少し。私には時間が無いのだ。学業を犠牲にしても木田沙彩が手がけた作品を完成させる必要がある。沙彩の母親に特別許可を貰って自宅のパソコンにアクセスする許可を先日得ることが出来た。


 「そう……ならいいのだけど。そうだわ、一度小室さんも娘のお見舞いに……」


 「遠慮しておきます」


 私は真っ直ぐ沙彩の母親を見つめ返す。呆気にとられているようだ。私が彼女を訪ねる時は作品が完成した暁か、目を覚ましてからだとそう決めている。


 私は彼女がこんなところで終わる様な人物では無いと信じている。彼女自身は謙遜しているが、ほぼ一人の力で映画を完成寸前までこの短期間で仕上げるなど素人技とは思えない。しかも在籍しているのはアニメ研究部であって映画研究部では無いし。


夏休み明け、長編アニメ制作の指揮をとっていた彼女から一時凍結の話が出て、急遽映画を自ら撮ると言い出した時には驚いたが当初の日程の3分の2程度でほぼ完成にまで持ってきた。


しかも、同時上映用の短編アニメの演出まで携わっている。私は主にそのアニメの作画のみの担当だが、十分に監督として才覚は備えていると思う。 


私は見慣れた彼女の部屋に足を踏み入れる。白と黒を基調としたどこか無機質な印象を与える部屋。カメラなどの撮影機器は黒に統一され、パソコン等の電子機器は対照的に白で揃えられていた。部屋の広さも一般的な女子高生の2~3倍はある。私の部屋の4倍はあるな。仄かに蜂蜜の様な甘い香りが残っている。これは恐らく我らがアイドル杉村蜂蜜の残り香だろう。彼女はあの日、直前まで木田と行動を共にしていた。


 数台あるパソコン全ての電源を入れて起動させていく。本体の排気音と起動音が重なり唸りをあげてデータを読み込んでいく。私は沙彩の部屋を改めて見渡す。作業スペースから少し離れた所に深い藍色のソファーとベットが備え付けられている。私はそれにゆっくりと腰掛ける。わずかに残る彼女の残り香が私と彼女との思い出を呼び覚ます。彼女を襲った通り魔はクラスメイトの杉村蜂蜜すぎむらはちみつさんがその場で始末してくれた。もし彼女を襲った犯人が今も生きていれば私はそいつを見つけだして同じ目にあわしてやろうと思っていた。


 デスクトップ型のパソコンのモニターにログイン画面が表示されていく。私は自分の携帯を開き、木田沙彩から送られてきた最後のメールを開く。彼女はなぜ私にこれを託したのだろうか。彼女を襲った犯人は目の前で杉村さんが返り討ちにしてくれたはずだ。それでも尚、私にだけこんな回りくどいやり方でこんな事を頼むのは不自然に思える。


  *  *  *


送信者:木田沙彩


件名:作業は順調かい?


内容:突然だが、私の三台あるパソコンのIDとパスワードだ。


   ①ID:saaya-kida

     Pass:kurosawa7


   ②ID:sayasaya

     Pass:happy-happy


   ③ID:kidakida

    Pass:black-box

   

   これを託す意味を君はなら分かってくれるはずだ。ちなみに③のパソコン内のデータは初期化してくれ。今までありが


  *  *  * 


 そこでメールは途絶えている。意識を失いそうになって恐らくそこでメールを送信したのだろう。通り魔に襲われた時間帯に私に送られてきた一通のメール。


 彼女は単に文化祭用の作品を完成させたかった訳では無い。


 監督不在という事で同時上映だった方の「キュートなハニーちゃん」のみが上映される運びとなった。どういう訳か沙彩の作品の上映は生徒会から却下された。その点に違和感を感じる。普段、スケブを持ち歩いて外界に興味の無い私でも分かる。


 発表用アニメの方は完成させて江ノ木に任せた。なら私は木田沙彩の託した思いを掘り起こそうと思う。3台同時にログインして文化祭発表用のフォルダを更新日順に並べるとひとつひとつ中身を確認していく。


 その作業に没頭していると木田さんの母親から声をかけられる。


 「小室さん、もう遅いし親御さんも心配されていると思うのだけど」


 パソコンを起動してから6時間近くが経過していた。登校拒否の引きこもりの私には関係無いけど。

 

 「そうですね。また何かあったら寄らせて貰います」


 私は手早く鞄からUSBメモリーをとりだすと文化祭関係のデータをそれに移す。おっと、彼女の③のパソコンのデータを初期化しなければ。


 USBメモリーにデータが書き移されていく待ち時間、少し中身が気になっていくつかのフォルダを開いて行く。①と②のパソコンには作品関連のデータしか保存されていなかったが、この③のパソコンには個人的趣向が強いプライベートなデータがひしめきあっていた。部屋に誰も居ない事を確認し、データの初期化作業を進めていく。これを親には見られたくないな。


 ふとデスクトップの「宝物」というフォルダが目に入り喉を鳴らす。一体このフォルダにはどんなレベルの如何わしいデータがあるというのだろう。越権行為だと自覚しつつ私はそのフォルダを開く。

  

 「こ、これは!?」


 思わず声を上げてしまったそのフォルダには彼女が個人的に撮った八ツ森の穏やかな日常風景と共に、映画制作時の光景が何百枚と並んでいる。彼女が普段から持ち歩いている小型のデジカメで撮られたものだろう。普段の彼女の口からこういった日常への幸福感が感じられる様な発言は無い。


そして「一番大切な宝物」と表題が書かれたフォルダの中を覗いて私は涙を流す。


 部屋を見渡し、新品の記録用DVDを取り出すとそれらの画像を保存していく。


 「ごめんね、これだけは初期化出来ないよ」

 私は親御さんに礼を述べた後、木田沙彩宅を出る。


今、私の目から視える世界は真っ暗だ。この先どうしていいかも分からないし、自分に何が出来るかも分からない。


 けど、これがあれば私は迷わずに進めそうな気がする。


 彼女が残した作品と”私と彼女が笑顔で映る写真”が焦き移されたDVDをそっと抱きかかえて私は帰路に着く。

 

 貴女の願いは必ず私が届けてみせる。

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