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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
蜜蜂と接合藻類
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吸血女

目覚めた君は赤髪の白衣の女性と、君と同じ色の名前を持つ少年、そして、お姉ちゃんと部屋を共にする。

 誰かが事務椅子を引く音で僕は眼を覚ました。


「あら?ごめんなさい、眼が覚めちゃった?」


 僕の寝ているベッドから少し離れた所で、事務椅子に座る女性がこちらに向き直る。


「えと、この見慣れた景色は……カウンセリング室ですね。ランカスター先生?」


 先月この学校に着任したばかりのこの女性の名前は「ゼノヴィア=ランカスター」先生だ。


  臨床心理士の資格を持つ彼女は、杉村蜂蜜を追う様にこの学校の専属カウンセラーとして無理矢理乗り込んできた。即席ではあるが強引に専用の部屋まで用意して貰っているのはなんだが権力の匂いがする。赤髪の先生はこの高校には似つかわしくない大人の色気を学園内に持ち込み、別名「吸血女ドラキュリーナ」とも呼ばれていて、男子生徒に熱烈なファンも多いらしい。確かに綺麗だと思うけど。

 ランカスター先生がそんな僕への返答の代りに優しく微笑むと、かけていた縁無し眼鏡を膨らみのある白衣の胸ポケットに収納する。

 僕は改めて部屋を見渡す。


 淡い緑色のカーテンが部屋の中央を仕切り、カーテンを完全に閉めればこちらから診断スペースは見えない。今はカーテンが少し開いている為、ランカスター先生の方からでも僕の状態は確認出来る。多分、僕に何かあった時の為の配慮だと思う。

 こちらの医務ベッドスペースには、僕が横になっているベッドの他にあと3つベッドがある。その内の一つはランカスター先生のお昼寝用らしく、吸血鬼の棺の様なシーツが敷いてある。あ、このベッドだ。


 ベッドの他には灰色の事務机と椅子、そしてロッカーもある。あとは……簡単な流し台までもが新造されている。緑色のカーテンの向こう側「診断スペース」は茶色い大きな長机と長めのソファーが一対。


 机の真ん中にある花瓶には白い百合の花が差されている。部屋の片隅には観葉植物もぎっしりと……この見慣れた風景こそが最近、僕が所属した「深層心理研究部」の部室でもある。

 その顧問もランカスター先生で、生徒のカウンセリング以外にする事も無いので彼女は一日中ここに居る。その先生が、席を離れてこちらに近付いてくる。

 そして、いたずらっぽく口の端を歪めると特徴的な八重歯が唇の間から覗く。

 「何も覚えて無いの?」妙に芝居がかった演技が鼻についたが、突っ込まない。

 「覚えてますよ。僕は観察対象の杉村蜂蜜の手によって意識を強制終了させられたんですよね?」

 「アタリぃ」と微笑みながら人差し指で僕の鼻をはじく。痛い。

 「あ!授業!」

 僕はシーツを慌てて捲りあげると、ベッドから降りようとする。それをランカスター先生が体全体を使って阻止する。白衣越しに大きな胸部が僕を弾く。

「ちょっと、邪魔を……」

 ランカスター先生がベッドに乗り上げて部屋にかけられていた時計を指差す。15時30分。完全に今日は欠席扱いである。

 若草と佐藤から授業内容たくさん教えて貰わないといけない。僕は溜息をついて項垂れる。他の意識不明に陥った12名の男子生徒は保健室の方に運ばれたけど、すぐに目を覚ましたらしい。何が違ったのだろうか。

 考えあぐねていたら、思考を読み取ったのかランカスター先生が答えてくれた。どうやら杉村から受けた打撃だけが要因では無く、精神的なものも背景にあるらしい。


 そう言えば、小さい頃の夢を見ていたような気がする。随分と魘されていたようだ。僕の上着は脱がされ、赤色のネクタイまでもがランカスター先生の手によって解かれていた。そしてワイシャツの第二ボタンまで外されているのは気が効きすぎとしか言いようが無い。この先生はやたらと僕の世話を焼きたがっている気がする。優し気な微笑みを崩さないまま、僕の居るベッドに腰をかけるランカスター先生。タイトスカートの裾から死人の様に白い足が覗いている。

 なんだろ、ランカスター先生からは吸血鬼特有の血の匂いとかでは無く、アロマな香りが漂っている。さすがはカウンセラー。


 それにしても無駄に顔が近いです。


 「先生のその香り、アロマ系の香水ですか?」と質問して見るが、生返事しか返って来ない。彼女もまた、僕の前髪を掻き分けて額の傷に触れる。……彼女もまた?

 まどろみの中、僕は誰かに同じ事をされていた。あの甘い香りは……?「彼女も来てたわよ?こんな風に君のこの傷跡に触れていたわ。どんな意味合いがあるのかは知らないけど……」僕の心の中を見抜いて答えるランカスター先生は心理士とはいえ少し怖い。

 普段から先生は言っている。心理学を学んでいるからといって人の心の中までは分からない。むしろ決めてかからない事が心理士に必要な条件らしい。良い心理士とはあくまで対話の中で患者と答えを出していくのだと。


 「杉村は何か言ってましたか?彼女に名前すら覚えられてない……僕の事を……」どこか叱る様に僕の頬を両手で鋏む先生。それに合わせて僕の顔は変形する。白すぎる肌に反してその手は暖かかった。

 「彼女は貴方の事を覚えている。それに……」何かを言い淀んだようにして顔を伏せる。僕の頬はへちゃげたままだ。しばらく間があり、顔を上げた先生は再確認をするように質問を投げかける。


 「他の生徒と、貴方への対応の違い、何か解った?」首を僅かに振る僕。


「結局、一緒でした。他の生徒への詰問と同じ内容の警告を出した後、迎撃されました」


「その前後に貴方は何かした?」


「いえ、所属と氏名と目的を明確にし、杉村に返答しました」


「その直後に殴られた?」


「はい……あ、いえ?違う……?」


 やたらと重いジャングルブーツ思い出す匂いは嗅いでいない為、思い出す事は出来なかった。当り前だ。なんか色々思い出して来た。

「確かあの時、彼女は顔を赤くしていた。口調も別人の様に厳しかったし……」


 質問に対する回答が不味かった訳ではない。僕の”行為”が彼女に誤解を与えたのだ。でもこれ不味くないか?完全に変態とかの類いと思われたんじゃ……。慌てる僕の目をしっかりと覗き込まれる。


「安心して、石竹きゅん。君からの観察報告書に訂正を加える必要はないわ。むしろ修正が必要なのは、あなたの方よ。あなたが匂いフェチだという事を明確にしとかないとね。しかも足の……。好きな女の子の靴を収集して匂いを嗅ぐ変態さんだって」


「そっか、ならよかった……っておい!誰が!?」


カウンセリング室の扉が開かれ、そこから顔を出したのはクラスメイトの佐藤深緋さとう こきひだ。一歩遅れて若草青磁わかくさ せいじもこちらに気付く。


 お互いに硬直する同じクラスメイトであり、同じ深層心理研究部のメンバー。ランカスター先生の時間だけは止まらずに、笑顔で生徒を迎える。


「あら、いらっしゃい、あなた達」


 若草がにやついた表情をこちらに向ける。佐藤は、目の前の事実を受け入れられないのか、完全に思考と動作を共に停止させている。

「いや、あの……これは……」

 尚もこの心理士は、態勢を変えようとはしない。

「石竹君の外されたワイシャツのボタン……2人の距離、頬に添えられた手、そして1つの黒いベッドを共有しているこの状況は何!?」佐藤の叫び声が、廊下にまで響き渡る。


「不潔です!しかも生徒と教師……で!」


 余裕の笑みでかわす吸血女。


「あら、いけない?それに私、先生って呼ばれてるけど、正式にはただの臨床心理士の資格を持つカウンセラーで教員としてはここに採用されて無いのよね?それでもダメ?」

 「ダメです!青少年の教育に良くないです!」ベッドに駆け寄り僕等2人を引き剥がす佐藤。

「いいじゃない、ここは私の部屋なんだから何しても」

「「何する気だったんですか!」」と僕と佐藤の声が重なる。やれやれとベッドから降りて立ち上がるランカスター先生。


「やっぱり石竹くんは同い年の方がいいのかな?27歳の臨床心理士には興味無いのかしら?胸だってそれなりにあるのに……小さい方が好みだったかしら?」


「えっと、確かに魅力的だとは思いますけど……」


「ちょ、同じ年って!私も同じ年です!誤解を招くような言い方はやめて下さい!それと小さいって言うなぁ!」


「あら?佐藤さんって中学生かと思ってたわ。私は別の子の事を言ってたのだけど藪蛇だったかしら?」


「なんですか!その言い方は!教員として……心理士として……じゃなくて顧問としてあるまじき発言です!あとその胸!それ……2カップ位分けて下さい!邪魔でしょう?私が譲り受けますよ!世界は不公平です!」


 にやにやと佐藤と言い合いをするランカスター先生。解ってるのかな?彼女は臨床心理士の女性だ。佐藤はどう足掻いても言い合いで負かせる相手では無いのに。が、意外にも佐藤の「この年増!」という言葉にしょんぼりしてしまっている。ちょっとばつが悪くなった佐藤は、項垂れる先生の背中を押してカーテンの向こう側、長机へと誘導していく。その間もランカスター先生の呪詛の様な呟きが聞こえて来る。

「いいじゃない、カウンセラーになる為に盲目的に勉強して、なったらなったらで変な訓練を受けさせられたり、慌ただしい生活を送る毎日。少し位味わえなかった青春を味あわせて貰っても」などと呟いている。いや、その無念を僕で晴らそうとしないでくれ。


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