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マフラーと耳あて

江ノ木と木田。切り裂かれたマフラーと杉村蜂蜜。君の性じゃ無いよ……大丈夫、きっと彼女は……。

「ねぇ、沙彩ちゃん。少し寒くなってきたね」


「私、寒がりだから耐えられなくて新しい耳当て買っちゃった。白いモコモコしたやつね」


「すごく暖かいから教室でもしてたら、国語の先生に怒られちゃった。ちゃんと声は聞こえてますよ?って反論したんだけどね、ダメだったよ」


「そうそう、文化祭に上映するアニメの方なんだけどなんとか完成したんだ。早く沙彩ちゃんにも見てもらいたいな。私、結構頑張ったんだから」


「亜記ちゃんさ、アニメの方の作成データを全部私達に預けてから学校に来なくなっちゃったの」


「私には他にやる事が出来たって言って、部屋から一歩も出て来なくなっちゃった」


「杉村さんもずっと元気が無いの。話を少し聞いたんだけど、彼女が沙彩ちゃんのピンチに駆け付けてくれたんだよね?」


「うん。だと思った。あの日、何があったかは知らないけど、彼女ずっと切り裂かれたマフラーを大事そうに首に巻いてるの。あれね、いつも沙彩ちゃんがしてたやつだよね?」


「彼女のマフラーが目立たないように耳当てを授業中でもしてたんだけど、私だけ注意されるって少しひどいよね?」


「彼女、沙彩ちゃんともっと色々話したり、仲良くなったりしたかったんだと思う」


「私達もそうだよ。アニ研三人組の2人が居ない教室は少し寂しいんだ」


「あ、沙彩ちゃんのママが来たみたい。じゃあ私、そろそろ行くね?ここへは荒川先生が連れて来てくれたの。授業抜け出して来ちゃった。へへっ」


私は沙彩ちゃんに手を振って別れの挨拶をする。扉の前でずっと待ってくれていた荒川先生にお礼をいう。


「戻ろうか。午後の授業は休んでもいいんだぞ?」


私は首を横に振る。


「彼女達の分まで私が学校に……行かないと」


そこで耐え切れなくなって、私は病院なのに大きな声をあげてボロボロと泣きじゃくる。そんな私を優しくあやしてくれる荒川先生。


「今は泣け、我慢なんかするな」


散々流したはずの涙が枯れることなく流れていく。沙彩ちゃんの前では泣かないって決めてたけど、病室じゃないし、これはセーフだよね?



お昼休みが丁度終わる頃、眼を真っ赤にした江ノ木が教室に戻ってくる。その視線が僕の横の席に座る杉村蜂蜜に注がれる。


「杉村さん、ありがとう。貴女が居なかったら沙彩ちゃんにも会えなかったから……」


杉村の表情は変わらない。そのまま席に着く江ノ木。先週末、木田沙彩が帰宅途中に通り魔に襲われる事件が起きた。襲われた木田は頭を鉄パイプで殴打され頭蓋骨を損傷。すぐさま病院に搬送され一命はとりとめたものの、昏睡状態となり、今も病院のベッドで寝たきりの状態になっている。その前後、杉村と木田は会っていたらしく、木田の声を聞きつけた杉村が通り魔に襲われる木田を助ける。その通り魔は杉村が返り討ちにした。警察での検証の結果、木田にナイフで止めを刺そうとしていた事から正当防衛が認められ、相手を殺してしまった事に対するお咎めは杉村に一切無かった。


学校側の見解では通り魔の偶発的な犯行とされている。その直前まで杉村と木田は行動を共にしていた。「僕達」には分かる。木田が襲われたのは恐らく……。


沈黙を貫いていた杉村が、僕の肩に顔を乗せ、メモを書いて僕に見せる。


〆「あの子の悲しみ、私だけじゃ受け止めきれないみたい」


すぐ近くにある杉村の眼を覗く。首元には少しくたびれて、一部が切り裂かれたマフラーをしている為その口元から言葉を読み取る事は出来ない。前の席に座る若草と佐藤が心配そうに僕等をみている。


あの子?誰のことだろう。


「(ハニーちゃん?)」


僕が心配になってその名を口にすると、名前を呼ばれた杉村の眼が優しいものに変わり、マフラーから口元を出すと「(お願いね)」と呟いたように思えた。


それを機に杉村の顔がだんだんと崩れていき、大粒の涙をポロポロと流し始める。そして飛び込むようにして僕の胸に顔をうずくめる。その勢いで床に押し倒されてしまうが、それには構わない。


杉村の声が僕の体を震わせる。


「私の性なの!私が、私が全部悪いの!」


僕は何度も「ハニーちゃんは悪くないよ」と繰り返し、杉村の苦しそうな背中を何度も何度も優しく撫でる。


「約束したの、彼女、私と友達になってくれるって!なのに!なのに!」


彼女は彼女の出来る精一杯の事をやった。昏睡状態とは言え、木田沙彩に回復の見込みが全く無くなった訳ではない。望みはまだある。僕は杉村の体を支えて、抱えるとカウンセリング室へと向かった。彼女を落ち着かせるにはあそこがいい。ランカスター先生もいるだろうし。犯人の北白直哉が表に出てきた事で彼女は精神的にも不安定になっているはずだ。


彼女の妙なまでに澄んだ泣声が移動する廊下に響き渡る。何事かと何人もの生徒が顔を出してくる。カウンセリング室がある職員棟までは階段を降りなければいけない。その道中、2年D組を横切ると教室の奥の方で苦しい顔をしている日嗣姉さんと目が合う。しばらく間があった後、視線は彼女の方から降ろされた。僕は、僕達はいつまで苦しめばいいんですか!このまま何人もの被害者が増えていくのをただ見守るしか出来ないなんて……。そこに撮影を共にしたアウラ=留咲さんが教室から出て来て僕等に付き添ってくれる。カウンセリング室への道中、杉村はずっと泣いていた。

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