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木田沙彩の仕込みナイフ

2人はバス停まで歩く。友となった二人に言葉はいらない。掌にその暖かさを残し、木田は何者かに襲われる。

 この辺りに慣れていない彼女をバス停まで送る私。すっかりと陽は落ちて薄暗い闇が町を覆っている。多くの会社帰りのサラリーマンや学校帰りの他校の生徒等がせわしなく行き交う。ここから一番近いバス停までは15分ぐらいだ。その道のりを私は金髪の英国人、杉村蜂蜜さんと歩いている。石竹君の動画ファイルを手に入れて上機嫌のようだ。少しリズムがおかしい「みつばち」の童謡を口ずさんでいる。


 杉村さんが闇夜でもはっきりと輝く黄金の瞬きを伴いながら、後ろに縛った髪が揺れている。サイドテールもキュートだが、簪で纏めたポニーテールも少し大人びて見えて素敵だ。見とれている場合ではない。何か話さないと。


 「杉村さんはなんであんなに、あいつの事が好きなんですか?」


 白い顔に朱が差して顔を真っ赤にする。


 「うぅ、えっと・・・・・・」


 山小屋での件、彼女はテントの中でさえ素直に寝ていればあんな大怪我を負うことは無かった。話によると石竹君と日嗣さんは杉村さんが来なければ殺されていたらしい。でも一歩間違えれば杉村さんも猟銃で背中から撃たれて死んでいた。死ぬことが怖くないのだろうか。


 「ろっくんね、日本に来て最初の友達なの」


 「最初だから好きになったの?」


 首を横に振る杉村さん。


 「いつ彼を好きになったのかは分からない。けど気付いた時にはそうなってたの」


 うぅ、なんたる王道。お互いに意識していなかった幼馴染の2人が年頃になって恋愛に発展するなんて。


 「石竹君と付き合い始めたのはやっぱり夏休み前ぐらいからなのかい?」


 歩いていた杉村さんが一時停止して私に取り残されていく。


 「杉村さん?」


 「わ、私達は友達で。そ、そんな関係にまだなれてないよ!」


 いや、完全に端から見てて2人の関係は友達を越えているように思える。多分、皆もそう見ていると思うけど。


 「ろっくんが、石竹君が私を、誰かを愛せないのは知ってるから」


 「へ?」


 今度は私がその場に取り残される。数歩先でそれに気付いて振り返る杉村さん。どういう事だ?彼が人を愛せない?なら彼女との関係性は愛情というよりも友情だというのか?立ち止まった私を健気に手をとり引っ張ってくれる杉村さん。手繋ぎイベントを発生させてしまった。


 「分かってるの。いくら愛してもそれが還ってくる事はない。けど、いいの。彼が孤独だった私を最初に照らしてくれた光だったから」


 光か。私は彼女の方が光そのものに映るけど。


 「見返りのない愛情。自己犠牲を伴う愛情こそ私は本物だと思う」


 「ありがとう」


 「彼が人を愛せるようになるにはどうすればいいか解っているのかい?」


 「分からない。私は時々、このままでもいいかなって思うけど」


 私は握られていた手を強く握り返す。


 「君達はねぇ!もう少し自分達の幸せを望むべきだ!幸せになる権利は十分有しているはずだよ!」


 悲しそうに杉村さんが一言「ありがとう」と呟いた。


 「でもダメ。私達を影から邪魔する人間がいる。そいつが居る限り私達は幸せになれないの」


 邪魔を?あの襲撃事件の犯人かな?あの事件の性で彼女は変わってしまった。


 「犯人はまだ見つからないのかい?」


 頷く杉村さん。


 「過去の事件、その共犯者がまだどこかで私達を監視しているはず」


 過去の事件というと、石竹君と一緒にWebダイブして数時間かけて調べあげたあの「八ツ森市連続少女殺害事件」の事を差すのだろうか。ん?ちょっと待って?確か犯人は北白家の人間で、無罪判決で最近退院して出てきたと噂にはなっていたけど?


 「共犯者?もしかしてあの石竹君と佐藤さんの妹が被害にあった事件の?」


 首を傾げる杉村さん。


 「他に何があるの?」


 「いや、私達の教室を襲った犯人を探しているのだと」


 「うん。そうだよ?」


 ん?ちょっと待って?


 「つまり、あの事件には共犯者が居て、その犯人が私達の教室を荒らした犯人と同一人物?」


 「証拠は無いけど、私はそう思ってる。木田さんもそう思ってたんじゃないの?だって見せて貰った映画の内容も……」


 「いや、私は作品としてそうなった方が面白いかなぁって」


 「偶然の一致?」


 杉村さんの許可が出て安心してしまっていたけど。これ、不味くない?もしあの内容の映画が公開されてしまったら、私は合計2人の人から命を狙われる事に。いや、そもそも犯人の人がわざわざ高校の文化祭まで来て見に来ないか。それに作中内では絶対に犯人になり得ない人を真犯人に仕立て上げた。まず問題は無いとして、これはフィクションですという文言を入れておけば大丈夫か。


 人気が少し少なくなっていく。バス停は近い。


 「木田さん。あのね」


 色々な心配事が頭を駆けめぐる。そんな中、改まって杉村さんがこちらを見ている。


 「全てに決着が付いたら、と、友達になってほしいなって」


 私はそれに微笑む。照れ隠しに咳払いをする。


 「人並みな言葉だけど、友達っていうのはなるもんじゃない。いつの間にかなってるものなんだよ」


 私はもう手を繋いでいる。改めて握手する必要も無いし、この手の暖かさは偽りの無い彼女のものだ。それ以上、何の説明がいるというのだろう。


 「えへへ、ありがと」


 そう短く礼を言うと、バス停まで私を引っ張って行ってくれる。私がバス停に行く必要は無いのだけどね。彼女がバス停の時刻表を確認すると、あと15分ぐらい待たないといけないみたいだ。この季節、肌寒いので何も防寒対策をしていない彼女にマフラーを渡してあげる。


 「ありがと、また来週返すね?」


 私はそれにいつでもいいよと答え、彼女とそこで別れた。

  

 帰り道、私は彼女が転校してからの約半年間を思い返す。私達にとってはなんの変哲もない半年だった。杉村さんが転校してきて、教室が荒らされたとはいえ実質的な被害は私達に無かった。


 現場検証をしていた杉村さんと遭遇し、もう一人の杉村さんに他言無用と脅されてはいたが今日までこうして無事生きている。


 でも彼女達は違った。


 誰かに日常を脅かされ、あまつさえ命さえ落としかけた。なぜ彼女達ばかりそういうめに合うのだろう。もう十分じゃ無いかと思う。


 ふと光の射さない薄暗い路地に、人の気配がしてそちらを凝視する。ニット帽にどこにでも売ってそうな薄手のジャンパーを羽織った中肉中背の男が暗闇からこちらを見ていた。口元にはタバコの火が暗闇に浮かび上がっている。


 私は慌てて目を反らすとそのまま歩きだした。


 一人取り残していた杉村さんが心配になって踵を返す。只でさえ、彼女は綺麗で人目を引く。モブみたいな私と違って単純な犯罪遭遇率で言ったら私なんかよりも遙かに高い。既に超えてるし。


 どうにも嫌な予感がする。


 もし犯人がずっと杉村さん達を邪魔しようとしているなら、それは私の今日の行動も知られているのかも知れない。足早に駆ける私の足音に付随してもう一つ足音が遠くの方から近づいてくる。


 早く、早く彼女の元へ!


 自分の普段の運動不足を呪いながら足に鞭打ち力を入れる。もうすぐ、もうすぐだ。あの曲がり角を曲がれば遠くに杉村さんが見える。


 安堵した瞬間、狭い路地から急に黒い人影が飛び出してくる。危ない!杉村さん?!その男は手にしていた鉄パイプを高く掲げていた。


 狙いは私?


 鉄パイプの独特な風切り音が唸りをあげながら私の側頭部に命中する。大きな衝撃と共に、頭が揺れて目の前がチカチカする。


 地面に膝をつく。


 二撃目を私は両腕で頭を守る。鈍い痺れを伴い腕が動かなくなる。頭は無防備だ。犯人の見知らぬ顔を虚ろに眺めながら私は彼女の名前を叫んだ。


 「は、ハニーちゃんっ!!」


 意識がどんどん遠のいていく。頭の左側からの出血がひどいらしく、血がダラダラと私の衣服を染め上げいく。あ、これはダメなやつだ。死を目前にして様々な思い出や感情が渦を巻いて白くなっていく。


 「あの2人が幸せになれる世界を、私も望んでいるよ……」


 痛みなど無い。二撃目はなんの抵抗感も無く私の頭に振り下ろされて私は地面に倒れ込む。反応できない身体に対して、瞳は閉じる事無く現状を捉え続けている。男が鉄パイプを捨てて懐からナイフを取り出し、私に近づいてくる。なんとも言えない感覚だ。


 こんな恐怖を石竹君達は味わって。私の目の端に黄金の輝きが映り込む。それは紛れもない彼女だった。黄金の光を帯びながら、目の前の男のナイフを蹴り落とすと、両手で二本のかんざしを持ち、それを勢いよく引き抜く。長くしなやかな黄金の髪が揺らめき、彼女に少し遅れて付随する。


 彼女の動きは目で追えないが、その黄金の軌跡が私の目にいつまでも消えることなく止まっていた。


 男に二本の簪を突き刺すと地面に叩きつけて相手に何かを問いつめている。


 「あなた、誰に雇われたの?」


 その冷たい声色は先ほどまでの彼女のものでは無かった。男が口を割らないことを悟った彼女は腿のホルダーに固定して隠していたナイフを素早く手にすると躊躇無くそれを男の心臓に突き刺した。


 そして男に刺さっていた二本の簪を抜くと、血に染まったそれに構う事無く髪を結い出す。こちらに向き直り、私に近づいて来る。


 「ごめんなさいね。全部女王蜂クイーンの性ね。大丈夫、すぐに救急車は呼んであげるから」


 まるで自分の事を他人の様に話す彼女は、あの優しい杉村さんでも無く、働きウォーカーさんでも無かった。彼女こそ、私を貯水タンクの上で脅しにかけた冷酷な杉村さんだ。事実上、彼女に2回も助けられている訳だけど。私は口を開いて声を出そうとするがうまく話せない。するりと私の渡したマフラーをナイフで切り裂き、患部にそれを巻いてくれる。


 「首は折れてない。両手の打撲と頭蓋骨への損傷か。出血はそれほど無いけど、脳へのダメージが心配ね。言葉も話せないみたいだし」


 先ほど、私を襲った男を殺した人間とは思えない冷静さで、私を軽く負ぶさると人気が多い繁華街の方まで歩いて助けを呼んでいる。彼女と石竹君は携帯電話を持っていない。私はそういえば持っていた。慌ただしく血塗れの私に気付いた町の人々が周りを取り囲む。その中の一人が必死に救急車を呼んでいる。私は最後の力を振り絞って携帯を取り出すと、一番仲の良かった小室に最後の言葉をメールで託す。私が死んでも、まだやれる事はありそうだからだ。


 この一手がせめて、彼女らの救いにならんことを。


 「(これが私の隠しナイフだ)」



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