白き観測者
観測せし者。その思惑。悪意によって悲劇は引き起こされる。負けないで、傷持つ少年少女達よ。
入院していた北白直哉が退院し、本家の正当な後継になってしまったがさして問題では無いだろう。
あいつはまだ呪縛の中にいる。
誰かに私の事を漏らしてしまっても、あいつが知っている私の情報で私が特定されてしまう事などまず無い。
気になるのは、山小屋で仕留め損ねた「黒衣の亡霊」だろう。その膨大な情報収集能力と超感覚的な思考回路を持ち合わせ、真実の一歩手前まで肉薄してしまった。
その推測を石竹緑青に話していたと思われていたが、その少し前に自身で投げたスタングレネードによる音が彼の聴力を完全に奪い去っていたらしい。黒衣の亡霊が石竹にその推測を話したのは彼の耳が聞こえていないと分かって上でだろう。そうでないと八ツ森のルールを一つ破ってしまう事になるからだ。自身も血を流しすぎていて、死ぬかも知れない状態にあった。その中でなんとか事件の真相に辿り着く為のヒントを彼に託そうとしたのだ。
それにしても腑に落ちない点が一つある。黒衣の亡霊が何故あんな嘘をついているのかだ。
彼女は二学期が始まり、今まで顔すら出していなかった学校に登校してきただけで無く、あろう事か自分の事を死んだ姉だと主張し始めたのだ。
只でさえ、滅多に姿を現さなかった生徒がだ。しかもいつもの銀髪と喪服の組み合わせでは無く、本来の黒髪に戻っていた。そのインパクトは少なからず人々の興味を引き、山小屋での一件が多くの人間に知れ渡る事となった。あの心理士の手配で天使の二重人格の前例が校内に知れ渡っている為、半信半疑ながら少なからず半数近くの人間がそれを信じてしまっている。
いや、もしかしたら本当に自分を死んだ姉だと思っているのかも知れない。あれからというもの石竹緑青との接点もほとんど無いまま普通に高校生活を歩んでいる。
本来なら、あの山小屋で二人とも死ぬべきだったのだが、あと一歩というところでまた天使に阻止されてしまったのだ。様々な巡り合わせの結果、彼女のナイフが私の手を貫きそれを止めさせた。
どちらにしろ真相は確かめなければいけないが、自らを姉だと主張する理由の一つに「私はお前の事に気付いているぞ」というメッセージ性も含まれている可能性も捨て置けない。もしくは自分の身を守る為の手段なのかも知れない。どちらにしろ自分を死んだ姉だと主張する人間の発言に信憑性は無くなった。彼女は放置しても問題無いだろう。
同様に彼もだ。
聴覚を失ってしまった現在、彼の事もさして問題では無くなった。
あるとすれば……彼女の方か。
全く、無駄に足掻かないでくれ。
お前達はそのままでいいんだよ。
その壊れた心を引き摺りながら無様に生きていろ。それが最もお前達には相応しいのだから。