寿司パーティ
撮影は無事終わり出演者は一足先にクランクアップする。毒見係の石竹君。
結局、石竹君は爆発させなかった。
脱出した二人の背後で山小屋が爆発するシーンは用意してあったのだが、あの3人がいい演技をしたので内容を少し変えさせてもらった。生徒会へ台本は提出済みだし、最後に映像チェックも入るだろうが私は彼らの心の叫びに私の眠れる創作魂が目を覚ましたのだ。
台本では拘束された杉村さんと日嗣さんに逆に追い詰められて発狂するシーンで、石竹君が声を入れてしまう。石竹君の声だけが入ってしまっても編集でなんとかなるのでそのまま撮影を続けたら、今度は杉村さんがその言葉に台本に無い台詞を話し始めたのである。
周りからはシーンカットの合図がだされていたが監督権限で撮影を続けさせた。
その台詞を活かす形でモノローグも全面的に差し替えて、石竹君の台詞も新たなものを別の人にお願いして録音するつもりだ。彼等は今日で撮影の日程は終わりで、彼等も文化祭に向けての準備があるからだ。
改定の改定脚本は新たに石竹君と杉村さんの幼馴染という関係性に重点を置いた作風に変更する。こういう関係性に羨ましいものを感じながらも、彼らの過去の一部を知る私達はあまり「リア充爆発しろ」とは安易に発言出来ない。
当初の台本とは違い、彼らの関係はまだその戸口にも立っていなかった。予想では高校生で既にイケナイ関係にまで発展していると思っていたんだけど、二人の関係はピュアッピュアのピュアキュアだった。
全ての撮影を終えたメインキャストの3人である杉村蜂蜜、石竹緑青、アウラ=留咲を総勢20人からなるアニメ研究部が拍手で称える。クランクアップを迎えた出演者の皆様に労いの意味を込めて寿司パーティをアニメ研究部の部室で開く事にしたのだ。私では無くアニメ研究部の部長さんが声をあげる。彼には感謝している。私の我儘を二度三度と聞いて貰えたからだ。この映画が完成したら一緒に映画でも観に行ってあげてもいいと思う。
「ここでひとまずクランクアップした3人に大きな拍手をもう一度!」
八ツ森高校の部室棟の一角で大きな拍手が鳴り響く。それに照れくさそうにしながら頭を掻いている石竹君。杉村さんはというと石竹君とは対照的に落ち着き払っている。大勢の観衆への対応になれているようだ。彼女は確か英国では名のある人の娘という事でそういう場にも慣れているのかな?撮影の方でも石竹君絡み以外の場面ではその演技にも堂に入っていたし。
元「星の教会」のメンバーであるアウラさんも自然体で演技が出来ていたし、器の大きい女の子に思える。多分、普段の彼女をよく知っているから出来た演技だろう。水色の瞳と褐色の肌は銀色の髪に良く映えていたし。今は本来の少しウェーブのかかった黒髪を下ろしているがなかなか素敵だ。女の私でもそそられるものがある。異国の血が混じる影響かその豊かな胸部がなんとも魅力的に私の目に映っている。今度は彼女を主役に映画を撮るのもいいな。部活に入っている訳でも無いので今度交渉してみようか。あ、ちなみにそっちの趣味では無いぞ。美しいものを嫌いな人が居て?
部長が続けて祝杯の音頭をとり、それに合わせて全員が手持ちのジュースを高く掲げ、グラス同士が音を立て響き合う。これがアルコールならもっと盛り上がっただろうが。私達はまだ未成年だしね。そう贅沢は言ってられない。
それぞれ乾杯を済ませた後、こちらに大勢の視線が注がれる。
「木田監督もお疲れさまでした」
私は顔を綻ばせながら首を横に振る。
「その言葉は全ての作業を終わらせてから頂くよ。それに皆もよくこんな日程ギリギリの撮影に付き合ってくれてありがとう」
拍手が私に向けても放たれる。こんな学生が作った素人丸出しの短編映画でも誰かの心に何かを残せるだろうか。最初は私自身が杉村さんから身を守る為の差し替え案であったに過ぎないが、やはり私は映画の事が好きなんだと思う。私の横に特に仲の良い小室亜記と江ノ木カナが私を挟むように座る。
「木田監督、こっちの方も順調です」
淡々と私に報告を済ませる小室。分厚い四角眼鏡を通したその目元はよく分からないが、やや疲れているように思える。まぁそれはお互い様だろう。数人で分担しているとはいえ、編集作業はまだまだ続いているのだから。対照的に小室の作業を全面的にバックアップしているはずの江ノ木の顔からは疲れを感じさせない。小室が担当しているのは、同時上映の短編アニメ「キュートなハニーちゃん」だ。
こちらのあらすじは、変身もののヒロインアクション系なのだが契約魔も登場しないし、魔法で怪人を懲らしめるのでなく、普通にトンファーとナイフで敵を叩きのめすシュールな展開が売りのアニメになっている。
作中での決め台詞が「これが私の隠しナイフよ」と隠しているのに宣言してしまう謎の台詞だがアクションシーンと相まってなかなかカッコいい。ちなみに杉村さん本人はこんな事言わない。ナイフを使うときは誰の目に留まることなく使うし、撃つときは躊躇無く撃つ。だから怖い。
簡単にアニメと言っても専用のツールを部費で購入し、デジタルで作成しているとはいえ、相当な作業量なので5分ほどの短編アニメでクオリティも限界まで下げてる。
キュートなハニーちゃんといいつつ、ハニーフラッシュとかビリビリに衣服が破ける変身シーンもない。あ、オープニングはパロディで確か本家に似せているけど。本編は「蜂」の着ぐるみを被った杉村さんが怪人をやっつけて蜂蜜を奪い返す話だ。
分厚いレンズの眼鏡越しに私を覗き見る小室。彼女とは1年からの付き合いだが素顔を見た事が無い。小柄なショートヘアーの女の子だが少し変態気質がある。それ故か独特の雰囲気を醸し出している。常にスケッチブックを携帯しているし。親友となった今となっては気にならないけど。私も小型のカメラを持ち歩いているし。同じ様なものだろう。
「どうした?こむっちゃん?」
訝しむ様にメガネのレンズをこちらに向けている小室。
「どうして杉村さんの長編アニメから一転して、実写映画化に路線変更したの?」
小室はひたすら私の言うことに忠実だったが(作品創り以外に興味が無いのもあるが)そこは疑問に思っていたらしい。
「まぁ、その、また映画を撮りたいと……」
私の言葉を遮るように江ノ木ちゃんが私の発言に被せてくる。
「しっ!亜記ちゃん!監督は杉村さんに命を握られてるの。だからあまり不用意な内容のアニメは創れなかった。だからあえて彼女を巻き込んだ映画製作に路線変更したのよ。それなら彼女もどんなものが出来上がるか常時チェック出来るし、不信感を抱かれないからね」
私がこの子の勘の鋭さに口を開けて見つめていると、やんわりの微笑みながら「図星?」と私にかわいく確認をとる。この子も一種の天才の部類かも。
小室が少し怯えた様に、少し離れた席でお寿司を吟味している杉村さんと石竹君を眺める。
「ん?ごれは、ハァマチッ!シャーモン、マクロ」
杉村さんがお寿司を食べるのが初めてらしく、石竹君が指さしてネタの名称を教えている。微笑ましいな、おい。
「こっちの白い生のお魚がハァマチで、紅色なのがシャーモンね。深紅なのが……マクロ!」
石竹君の発音が少し怪しいので間違って覚えてしまっているが気にしない。それぞれ二鑑ずつ、プラスチックの赤いトレイに乗っているそれらを片方ずつ手で掴むと、それをそのまま石竹君の口に運ぼうとしている。
慌てて石竹君が醤油皿を指して、それを漬けて食べるのだと身振り手振りで説明している。醤油をつけたハマチを石竹君の口に丁寧に運ぶとその反応を伺っている。
石竹君が首を縦に振り、おいしいと呟くと杉村さんも頷いてそれを自分の口に運ぶ。生で食べるお寿司に警戒しているようだ。でも、自分の一番大事な人を毒味に使うのはどうかと思うが。
「むぁ!デリシャス!次はシャーモン食べたい!?」
次にサーモンが石竹君の口に運ばれていく。色々突っ込みたい部分はあるが、まぁいいか。
「木田監督、まさか……あれを」
「え?こむっちゃんも知ってたのか?私が杉村さんに脅されてる事を?」
こっそりと私に耳打ちする小室。
「(監督のあの痛い初期の映像作品。自分を主役にして制作して、映像と共に痛いポエムが流れるあのすごく痛い作品。あれを握られてるんですか?!)」
「痛い痛い言い過ぎだぞ!確かに痛いけど!って違うしっ!」
安堵のため息をつく小室。そんな爆弾はとっくの昔にこの世から消している。そういえば小室と出会った時に仲良くなる為にそんなものを見せたような気がする。
私の両隣に彼女たちの笑顔が咲く。こういうのも嫌いでは無いよ。さてと今宵の主役である彼らに挨拶をしてくるとするか。私の身の安全は保障された訳だしね。
また映画を撮るのも悪くないな……。