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緋色の死神


緋の少女と北白との決着。

漆黒の衣は血を帯び朱く染まる。


緋の死神となった少女は男には光を与える。

 目の前の男が拳に力を入れる。私の刃を握った手からポタポタと血が滴る。


 「怖かったんだ。罪を認めてしまう事が。だからずっと、僕はあの場所から出るのが恐ろしくてたまらなかったんだ」


 私は男を睨みつけようとするが、うまく感情を込めることが出来ない。男が被害者の子供達の名前を並べていく。


 「里宮翔子さん、天野樹理さん、川村仁美さん、矢口智子さん、日嗣命さんと尊さん、石竹緑青さん、佐藤浅緋さん・・・・・・私が命と心を奪った子供達」


 私はそれに付け加える。


 「その遺族と、この八ツ森市全体をお前は恐怖と悲しみに陥れた」


 北白が目に涙を浮かべて頭を下げる。そんなもので妹は還って来ない。


 「僕がこの家に戻ってきた理由は2つある。その一つは北白家にある財産を改めて被害者遺族に分配する事。当然、遙か昔からこの森を守り続けてきた伝統を北白家は破る事になるけど、それでも僕は」


 私は右手の拳を男の頬に叩き込む。男がうめき声とともに畳に転がる。


 「そんなのいらない」


 口から溢れる血を拭いながら話を続ける。


 「分かっている。これは僕の一生償っていかなければいけない問題だけど、僕のケジメの一つでもあるんだ。自己満足なのは分かっている」


 奥の部屋から先ほどの白衣の女性の慌てた声が聞こえてくる。入って来ようとする女性に呼びかけてそれを引き留める。


 私は近くに置かれていた果物ナイフを男の心臓近くに持って行く。


 「そのつもりだ。だからこの部屋には誰もよこさないつもりだ。自殺するつもりだったけどそれでは君達の気が晴れないと思っていたから、今日までその命を繋いできた。殺される為に」


 私は果物ナイフで男の腹を軽く傷をつける。その痛みに必死に耐えようとする北白直哉。


 「一つ聞いていい?」


 男が汗を額に滲ませて頷く。


 「貴方と一緒にいた共犯者について知りたいの」


 男は時間が止まったかのように身動きを止める。男の顔からみるみると血の気が引いていく。


 「私が、私が1人でやりました。私が、1人で……」


 同じ単語を繰り返す北白。様子がおかしい。


 「杉村さんから聞いたの。あなたには共犯者がいるって」


 男が焦点のあっていなかった瞳を私に向ける。40代に差し掛かっている男が急に老け込んだ気がした。


 「杉村?僕を捕まえた男性の……」


 私が首を振る。


 「ハニー=レヴィアン。貴方が天使と呼んだ女の子」


 男の暗い瞳に一転して光が射し込む。


 「天使様……」


 この男は杉村さんを天使だと思いこみ、自分を魂を浄化してくれる存在だとまだ信じているようだ。


 「天使はいない」


 「天使は、いるよ。彼女の黄金の輝きは人々に安らぎと希望を与える。赦しを僕達に与えるのが神様なら、天使は僕らに希望を与えてくれるんだ。生きるのに不可欠な人生への希望。光、愛そのものだ」


 男の目に光が宿っていく。


 その存在だけで人に希望を与えられる。そんな杉村さんに超常的なものを感じずにはいられなかった。


 「≪天使様、なぜ私を浄化して下さらなかったのですか?≫」


 男が首を傾げる。


 「白々しい」


 私は軽くナイフを横に走らせる。男の皮膚に赤い線が新たに刻まれる。


 「ごめん、本当に分からないんだ」


 この言葉はあの2年A組襲撃事件の際に、黒板に赤いスプレーで書かれていた文字だ。男が何かをつらつらと何かを呟きだす。


 「浄化そのものを天使は行えない。生贄を伴った儀式を経て、魂は濁りの無い御霊へと昇華される。そこへ至る道は大いなる意志の導き手によって示され、開かれるであろう。その言葉は矛盾しているよ。天使は希望であり、愛だけど、いくら天使様でも僕の魂を完全に浄化する事は出来ないよ。生贄を捧げきった段階でなら可能かも知れないけど」


 この件とは無関係のようだ。


 「あなたの共犯者を教えて」


 男が再び青ざめて首をふる。


 「ほんとに知らないんだ」


 「名前ぐらい分かるでしょ」


 「僕はずっと救世主様とお呼びしていたから本当に役に立つ様な情報は……」


 男が我に還ってハッとする。


 「共犯者は居たという事ですよね?」


 男が震えながら首を振る。


 「僕は、僕はその事を口にしちゃいけないいだ。口にしたら最後、僕の周りの人間も地獄に堕ちてしまうんだ。僕だけの性で」


 「特徴は?どんな男?女?」


 北白が過去を思い出すように目を瞑る。


 「うまく思い出せないけど。男だった。男の子」


 「子?子供?」


 北白が頷く。


 「そうだよ。見た目は君達と同じぐらいの年齢の男の子だったと思う。白くて間深いフードを被っていて顔はよく見えなかったけど」


 男の子?


 私のメールアドレスに送られてくる氏名を思い出していく。その大半が妹や私と同年代だった。そこで初めて私は、このメールを私に送るように指示した日嗣さんの意図を理解した。


 ”共犯者は、妹の事をよく知る人物である可能性が極めて高い”


 「そんな、だから日嗣さんは……」


 山小屋で目出し帽を被った男に刺されたのだ。そいつが教室を襲った犯人であり、この事件の共犯者?


 「他に知っている事は?」


 北白は必死に首を振り、それ以外は何も分からないと答えた。


 白いフードを被った救世主様。そいつが今もどこからか私達の事を監視し続けている?

あの黒板のメッセージは、それを知っていた杉村さんへの警告?下手な事を言えばお前の一番大切な「石竹緑青」を始末するぞという脅し文句でもあった訳だ。


 そんな恐怖を抱えて、彼女はこの数ヶ月間を過ごしてきたのだ。たった一人で石竹君を守りながら。


 もう一つ合点がいく事があった。2学期の授業が始まり、2年D組で一騒ぎあったのだ。

 

 授業中、学校に久々に登校してきた日嗣さんが悲鳴をあげて床に倒れ込んで気を失ったのだ。そしてカウンセリング室で目を覚ましてから、それ以降、自分の事を姉である「日嗣命ひつぎめい」と名乗りだしたのだ。


 山小屋で受けた背中の刺し傷により、妹は死んだ。


 だから今、こうして生きているのは姉である日嗣命なのだと。ランカスター先生の診断で、事件のショックで自己の記憶が都合のいいように形を変えてしまったのだという。


 私達は2学期の登校日に普通に会話をしていたので、何かの冗談だと思っていたけど……その後も彼女は自分が姉の日嗣命であると主張し、その振る舞いまでもが別人の様になってしまっていた。


 あぁ、それでか。


 石竹君が最近、しょんぼりしているのは。


 彼女が錯乱し、自分自身を「死んだ姉」だと思いこんでいると校内に噂を広めたのはもう一人の犯人から身を守る為なんだ。前例として杉村さんの件があったから周りはそれらを抵抗感無く受け入れられた。


 あの小屋の事件がきっかけで、自分を姉と思いこんだ日嗣さんに、聴力を失った石竹君。そして日嗣さんに何かあった時の為に用意されていた私への情報網のルート。その全てが犯人を欺く、もしくは身を守るための手段だったのだ。


 ……あの山小屋に現れた犯人を、私と若草君、そして杉村さんが目撃している。


 そうか、犯人をおびき寄せる為の疑似餌に私でもなれるという事だ。いらない。私の命なんて。犯人に復讐出来るのならいくらでもくれてやる。


 私は果物ナイフを勢いよく、北白直哉に突き刺した。その箇所からしとしと血が流れ落ちていく。


 「ありがとう。これで僕の罪は……」


 私は大声でさっきの女性の医師を呼ぶ。


 「私からのあなたへの復讐はこれで終わり。大丈夫。刺しても致命傷にならない箇所を刺した」


 北白が少し残念そうに俯く。


 「罪は一生消えない。けど、罰という概念があるとしたら、それを重ねることで罪は軽くなる。そう私は思ってる」


 北白の衣服が血で染まりながらも、その目には生気が息を吹き返したように光を帯びたような気がした。私でも誰かに光を与えられるということか。


 「死なないけど、すごい痛いところ刺したし、一応、治療しないと死んじゃうから」


 そう私が付け加えると「確かにすごい痛い」と北白が微笑んだ。


 私の心の重石が少し軽くなった様な気がした。ダメなお姉ちゃんでごめんね、浅緋。


 でも、それでも私は……。


 私は事件のファイルが入った鞄を肩にかけると、赤く染まった黒いメイド服のまま屋敷をあとにした。


 白き救世主よ。


 そうやって高い所から私達を見下していろ。私の果物ナイフ、その心臓に必ず突き立ててやる。


 私は緋色の死神。


 お前への復讐者だ。


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